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2016年12月4日 - 2016年12月10日

2016年12月 9日 (金)

年金額の根本的な引き下げは年金不安を増大させるだけ

 従来、我が国の公的年金制度は物価スライド制度と呼ばれる調整機能を持っていた。これは物価によって年金額を変化させるもので、物価は変化しても価値は変わらないという制度だった。これをマクロ経済スライドとして、賃金や寿命などを勘案して物価に比して年金の伸びを押さえようとした。このため、アベノミクスでの物価上昇に年金が追い付かず、多くの受給者の不満を招いている。そして、次はより賃金を反映させた制度に変更するという。そもそも、安倍政権は「賃金は上がっている」と主張していたのに、年金については「将来に備えた給付の抑制のため」に賃金を持ち出しているのだからよく分からない。

 それはともかく、「少子化で年金保険料を払う人が減っている」という認識は間違いだ。確かに人口減少社会に突入はしているが、毎年何百万人も一気に減っているわけではない。「保険料を払える人が減っている」というのが正しいと言える。その最大の要因は雇用の劣化だ。

 また、自営業者も厳しい。バブル時代までは独立すればそこらのサラリーマンの二倍三倍稼げるのが当たり前だったそうだが、今やサラリーマンの半分も稼げれば良いのではないか。例えば社会保険労務士は平均年収500万円と言われているが、これは勤務社労士として正規雇用で相応の扱いを受けている者を含んだ数字なので、実際の開業社労士はせいぜい300万円から400万円程度に留まると思われる。多くの顧問先を抱える古手が平均値を引き上げているであろうことを加味すれば、若手などは200万円程度と考えた方が良いのではないか。

 今や、自営業者の多くは「子供に後を継がせたくない」と言う。自営業から脱却した中小企業の経営者でもそうした声が少なくない。 

 もともと、国民年金第1号被保険者は「定年が無く、家業を子供に継がせられる」「賃金以外に収入源がある」「養ってもらえる」ことが前提の年金制度であるが、これらの前提がほとんど崩壊してしまっている。代わって、下層階級に転落した非正規労働者や無職の者など、被用者年金制度の枠組みから脱落した(させられた)人たちが第1号被保険者の中心になっている。免除や猶予の制度があるとはいえ、生活そのものが厳しい中で、保険料支払いは大変な負担だ。

 ここで年金額を根本的に引き下げられるということは、今でも生活に不足している年金額から更に下落するということになる。こうなると、どの道将来的に年金で生活できないという諦念が蔓延することになる。これでは、年金不安を増大させるだけだ。

 せめて、国民年金の1か月あたりの単価を見直し、生活保護水準まで引き上げることが必要と思われる。納付した分が具体的に生活を支えられるということを担保することは、スウェーデンなどの例を見ても分かる通り、年金制度の信頼と納付状況の改善につながる。年金額の引き下げは欧州においてももっぱらマイナスの効果しか生んでいない。

 「働き方改革」と称して、「雇われない生き方」が持ち上げられているが、我が国の年金制度は働き方によって制度が異なる仕組みを持っている。特に労働者扱いされるかどうかは極めて重要な分岐点だが、そうした議論はほとんどなされていない。現役時代の働き方の変革が、老後はもとより障害や死亡の際にどのようなマイナス効果をもたらすか、もっと目を向けるべきであろう。

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