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2016年5月15日 - 2016年5月21日

2016年5月18日 (水)

再雇用による賃金低下をめぐる問題

 東京地方裁判所の判決で「定年後の再雇用でも業務が同じまま、賃金を引き下げるのは違法」との判断が下された。一般的に、定年延長を行うか再雇用のどちらかの制度が選ばれることが多いが、老齢化に伴う負担の軽減と引き換えに賃金は60歳前よりも大幅に引き下げられることが多い。我が国では、公的年金も含めて、60歳から「徐々に引退」するという制度設計ではあるものの、65歳までは現役で働くことを大原則としている。

 この点において、再雇用前と後で仕事の内容も責任も変わらないのに、賃金だけが引き下げられるのは納得がいかないのはよく分かる。まして、「能力主義」「成果主義」が叫ばれるようになって二十年以上経っている。能力も成果も衰えていないのに、それで賃金だけが引き下げられるというのは、そもそも能力主義や成果主義を原則にしてしまった企業としてはダブルスタンダードである感を免れない。

 ただし、そもそもこの問題では「賃金」とは何者であるかを考える必要がある。今では「成果に対して払うもの」というのがもっぱらの見方であり、少し前まで主流であった「能力に対して支払うもの」という考え方も根強く残っている。しかし、一方で官公庁や大企業中心に年齢によって上昇していく賃金モデルを採用しているところも多い。中小零細企業では、そもそもルールに則った昇給制度そのものがないところが多く、中にはバブル崩壊以来記録上昇給していない者すら見られる。非正規労働者や派遣労働者の場合、昇給するのは例外的な事例とすら言えるのが実態だ。
 もともと、「賃金」の精神は「人たるに値する生活を保障するもの」であって、単に成果に応じて支払うというものではなかった。大企業正社員の賃金が年齢とともに上昇し、50代前半をピークとしていたのは、「結婚→子育て→住宅取得→子供の学費」という、一般的な家庭の基本的な歩みに合わせたものである。
 この伝統的(ある意味理想主義的と言えるが)な考え方に立つのであれば、子育ても終わり、住宅取得も終わった労働者に従前の子育てや住宅取得をカバーできるだけの賃金を支払う必要はないということになる。しかし、使用者側がそう言い切れるためには、当然ながら人生の段階に応じた年齢を重視する賃金を賃金制度の根幹として存続させていなければなるまい。若い労働者には成果主義だ能力主義だと言って賃金を抑制し、高年齢の労働者に対して今度は生活給は高くなくてもいいから減らすと言うのであれば、完全な論理破綻である。

 「生活給」を考慮すれば、同一労働であっても中年層と高齢者で賃金が違って当然であるのが日本の慣行だった。逆に言えば、財界の口車に騙されて生活保障という原点を積極的に破壊したツケが回ってきたと言える。
 また、再雇用だけでなく若年者との間でも同様の論点での問題が生じる。若年者の場合、経験や能力の不足を理由として賃金は低いのが当たり前だった。しかし、「業務が同じ」「成果も同じ」「責任も同じ」ということになると、若年者と中年との間で賃金に格差があるのも問題だという事になる(ただ、若年者の場合は「引き下げ」ではないので、高齢者と同じように争われるわけでは無かろう)。
 ここでも「生活給」を中心に考える立場であれば、中年と青年では賃金には大幅な差があって当たり前だ。しかし、「成果主義」「能力主義」ではそうは言えない。
 賃金設計の実務上は折衷的な方法が取られるのが普通であるとは言え、特に「成果主義」に比重を置くのであれば、生活給と同様の考え方で賃金を大幅に引き下げるのは問題があるということになる。

 大抵の場合特別支給の高齢厚生年金が支給されるので、「年金の補填程度に賃金を支払えばいい」と思っている経営者も少なくない。しかし、60歳台前半における年金と賃金との関係はこの逆である。60歳を境とする大幅な賃金低下を補てんする制度として、特別支給の老齢厚生年金と高年齢雇用継続基本給付金の制度が設けられている。よく誤解されるが、60代前半の老齢年金が60代後半以降の老齢年金に比べて支給停止の要件が厳しいのは、もともと年金を中心に生活設計するというよりも、老齢による稼得能力の低下を補填する意味合いで制度が設けられたためである。

 今回の判決は地裁レベルのもので、まだ確定判決というわけではない。しかし、安易に再雇用で賃金を引き下げるのは難しいという事になる。若年者に回る賃金や雇用を食われるという批判も当然出るだろう。
 残念ながら、使用者が注目するのは「いかに引き下げるか」の話ばかりであり、弁護士などの法律職やコンサルタントも法的紛争の回避や勝つことに力点を置きがちだ。しかし、業務内容を変えるとか、現役も含めた賃金制度全体の考え方を組み立てると言った、言わば「現場の労務の問題」に立ち入らなければ、労働紛争は続くだろうし、若年者も含めた不満はくすぶり続けることになるのではないか。

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