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2016年3月 8日 (火)

評価記録の原則開示を慣習化せよ

  広島県の中学三年生が自殺した問題で、学校側が「中1の時に窃盗をした」という誤った評価記録に基づいて進路指導を行ったためではないかという疑惑が出てきた。一部の教員が記録の間違いに気づいていたらしいが、訂正されることはなかったという。
 我が国では評価が本人に開示されないのが当たり前になっている。本人から見れば、何を書かれているのか分からない。もし、評価記録を本人や保護者に開示する仕組みがあれば、事前に異議申し立てや、消去させることも可能だったと思われる。やってもいないことを記録に残すのに同意する人はいない。
 本人の側から記載内容についての同意不同意、異議申し立てができない仕組みは問題だ。
 企業の評価や記録についても、本人には開示しないことが普通である。しかし、原則的に本人に開示し、同意不同意やその内容を本人に検討させた方が教育的効果は高い。また、昇進や昇給などの場面でも、納得が得やすい。人材育成の観点からは、むしろ開示した方が効果がある。
 評価を本人に公開せず、上司と人事担当者だけで回覧して「俺は他人の秘密を知っている」と悦に入っているケースは少なくないが、こうした場合は恣意的な評価が横行するばかりでなく、評価者が立場を利用して良からぬことをやるようになる。実際、最近のビジネス本には「上司へのゴマスリ方法」が詳細に解説されている。
 こうなると、評価記録は「企業が人材を使いこなす」ためのツールではなく、「あら捜しをしていざという時に首切りをする」ためのツールになってしまう。首切りしやすいことに価値を見出すならばともかく、企業の健全な発達を考えればマイナスでしかない。

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