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2015年11月29日 - 2015年12月5日

2015年12月 5日 (土)

社員をうつ病にして解雇?

 社会保険労務士が報道で取り上げられることはあまり見ない。弁護士や行政書士の様にドラマや漫画になることもなく、士業として後発であることもあって知名度は決して高くない。ところが、ある社会保険労務士の書いたホームページ・ブログの内容が凄まじいということで、ネット上で炎上した挙句、いくつかのニュースにも取り上げられる事態になった。

 問題の記事を書いたのは木全美千男社会保険労務士で、著作や講演も多数行うなど、相当有名な方だったようだ。同じ愛知県社会保険労務士会所属だが、幸いと言うべきか、私は面識は無い。

 その記事には「モンスター社員を首にしろ」「社員をうつ病にして首にしろ」「精神的に追い詰めるのは楽しい」などと書いてある。これにはさすがに驚いた。

 確かに、無理難題を要求してくる従業員を見たことが無いわけではないが、木全先生の定義では年次有給休暇の取得や賃金支払いを要求する等、要するに「労働者の権利」を主張する者は全てモンスター社員なのだそうである。さらに、従業員を追い詰めて自殺に追い込んでも責任を問われないようにすることが重要なのだそうで、こういうことを積極的に行わない社労士は無能とまで述べておられる。私も木全先生に言わせれば無能な社労士ということになるのだろう。

 ニュースの記事によれば、取材に対し木全先生は「従業員を追い込んで真人間にするという意味で書いた」と答えておられるが、自殺した後にどうやって真人間にするのかは答えておられないので良く分からない。

 それにしても、「会社は利益を追求するところで、民主主義は不要」との事だが、どうやって従業員の過半数代表者を出していたのだろう。あれは「民主的」に選ばれなければならないことになっている。過半数代表者との協定が無ければ残業はさせられないし、意見を聴かなければ就業規則も提出できない。早稲田大学では、この選出に瑕疵があったとして訴訟にもなっている。

 また、木全先生は「社会保険料は税金と同じなので、節税する権利がある」と述べておられるが、社会保険料は税金と異なり、保険料を下げれば給付も下がることになる。どんな手を使って下げていたのかは知らないが、日本年金機構のコンピューターには保険者である事業者のデータに関与している社会保険労務士も登録されている(全事業者・全社労士ではないが)。年金機構も、これを機に調べなおす必要があるのではないか。

 既にホームページもブログも閉鎖されているので、現在は「魚拓」と呼ばれるコピーサイトでしか確認することはできないが、ネット上で炎上をはじめる2日ほど前に東京の複数の弁護士から指摘を受けていたので、実際のサイトやブログを閲覧することができた。

 弁護士からは「弁護士でこのようなことをすれば懲戒処分だが、社労士会は懲戒処分にしないのか」という問い合わせがあった。ネットニュースでは記者が厚生労働省の担当者に懲戒処分について確認したことも書かれている。

 社会保険労務士の場合、懲戒権は社会保険労務士会ではなく厚生労働大臣が持っている。この懲戒処分で資格はく奪を行うことも可能だが、過去の例では補助金の不正受給など、所謂「刑事事件」を起こした場合などに適用されているようだ。

 社会保険労務士法には「社会保険労務士は常に品位を保持し、法令及び実務に精通して・・・」と書かれており、品位を害する行為は懲戒処分を行い得る。ただし、「品位を害する広告」「品位を害する著作」によって懲戒処分を受けたという例は聞いたことがない。全国社会保険労務士会連合会が発行している「月刊社労士」には懲戒処分の報告が掲載されているが、ここでも掲載された記憶が無い。

 また、厚生労働省は社会保険労務士会の自治を尊重する傾向にあり、監督官庁とは言っても介入はできるだけ控える方針を取っているようだ。他の業界団体と異なり、「厚生労働省の意向は・・・」というような話も、社労士会の会務では聞いたことが無い。恐らく今回も、社労士会がアクションを起こした上で、懲戒処分を検討することになるのではあるまいか。

 その社会保険労務士会だが、愛知県社会保険労務士会の場合は「監察綱紀委員会」という組織があり、ここが非違行為の対応を行うことになっている。ただし、ここで行える処分はあくまでも「会員資格」についての処分であり、弁護士会の懲戒委員会のように資格そのものを取り消したり、業務を停止させるような強制力はない。

 会員資格停止処分を受けると、何らかの役職に就いていれば自動的に解任され、研修に参加することもできなくなる。会報も送られてこなくなる。だが、効果はあくまでもそこまでであり、社会保険労務士としての業務自体は何の制限もなく行うことができる。

 過去の監察綱紀委員会の事例は公開されておらず、果たしてこのような「品位を害する広告」「品位を害する著述」でどこまでの処分をなし得るかは不透明ではある。しかし、社会保険労務士に対する信用を大きく損なったのは確かであり、相当に重い処分をしたとしても裁判所は社会保険労務士会の自治を尊重して有効とするのではないか。

 社会保険労務士は企業の顧問として関与することが一般的であることもあり、どうしても労働組合などからは批判を受けやすい。悪質な社労士は悪質な弁護士と共に「ブラック士業」として、特に問題視されている。私のところにもコンサルタントから

 「労働法は労働者を守る法律ですから、労働法に詳しくなっても経営者から嫌われて顧問先は増えません。顧問先を増やすには労働者と戦うことで、それには民法を勉強しましょう」

 というようなことを書いたセミナーの案内が届く。残念ながら、経営者は「首にできます!「払う必要はありません!」に弱いようだ。悪貨は良貨を駆逐するとは、このようなことを言うのだろう。言うまでもなく、真面目な経営者が相対的に損をすることになる。

 社会保険労務士試験に「憲法」がないこともあって、社会保険労務士の人権感覚の欠如はかねてより問題にされてきた。また、懲戒処分を含む処分が甘すぎるのではないかとの指摘も受けてきている。ここで身内に甘い対応をすれば、社会保険労務士全体に対する信頼を著しく損なうことは明らかだ。社会保険労務士として、このような事態には無関心でいるわけにはいかない。

 ※本稿は私見であり、所属している会や支部の公式見解ではない。

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