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2015年5月24日 - 2015年5月30日

2015年5月27日 (水)

不適切な行動をとる「ブラック社労士」対策は急務である

 「ブラック士業」という言葉がある。従前は、士業の事務所が徒弟的・封建的で給料も安いことから士業関係者が自嘲気味に言っていたものだが、今は「ブラック企業の手先となる社会保険労務士や弁護士」を指して使われることが多くなった。特に弁護士は別格で「士業」とは一線を画して扱われることも多いので、そうなると「ブラック士業=社会保険労務士」となる。

 確かに、ブラック企業の「手先」となってでたらめな話を労働者にして「あなたには権利は無い」などと言っている者もいないわけではない。弁護士の中には労働弁護団に所属して労働者側に立つ者も多いので、ユニオンの関係者などはもっぱら社会保険労務士を目の敵にしている。しかし、よくよく話を聞いてみると、必ずしも本物の「社会保険労務士」ではないのではないかと疑わしくなるケースが珍しくない。

 例えば、会社側の社会保険労務士から離職票が届いたとの話があったが、その封筒は「会計事務所」のものであった。税理士事務所と合同で開業している社会保険労務士は少なくないが、その場合であっても事務所の区分は税理士と一緒というわけにはいかないので、別に社会保険労務士の事務所を名乗ることが普通である。

 恐らくは、税理士事務所の事務員が勤務社会保険労務士として登録しているのだろう。しかし、勤務社会保険労務士は開業社会保険労務士と異なり、取り扱いができるのは自己の勤務先の手続きに限られる。つまり、税理士事務所に所属して税理士事務所の顧客である企業の社会保険手続きを行ったり、顧客企業の担当者と一緒になって労働者に退職勧奨など行っていれば、社会保険労務士法違反となる。

 そもそも、開業社会保険労務士が幅広い業務を行うことを許されているのは、専門職として独立が保障されているからである。これは税理士や司法書士、弁護士も同じだ。税理士事務所に勤務している勤務社会保険労務士にとって、ボスは税理士となるから、こうなると独立が保障されているとは言い難い。職務範囲が自分の事業所の範囲内のものに限定されるのは、当然であろう。

 こうした社会保険労務士の非違行為については各都道府県社会保険労務士会に設置されている監察綱紀委員会が対応することになるが、専ら開業社会保険労務士が助成金を不正に請求するのに加担したり、社会保険料の申告を誤魔化したという話が中心であり、何故か「勤務社会保険労務士の非違行為」の申し立てはほとんどないようである。被害者である労働者やユニオンに、そもそもこうした「税理士事務所に勤務する勤務社会保険労務士」の行動が違法だという知識が乏しく、そこで単に「社会保険労務士が悪い」ということになっているようだ。

 もっと問題なのは、「ニセ社会保険労務士」の存在である。社会保険労務士は登録しなければ名乗る資格すらないのだが、企業によっては試験に合格しただけで企業内で「社会保険労務士としての資格手当」を支給したり、組織表で「社会保険労務士」と表記したりすることがある。

 このうち、資格手当の支給については道義的にはともかくとして法律上は処罰する規定がないので法的責任を問うことは難しいが、後者は明らかに違法となる。こうした「ニセ社会保険労務士」が企業側の代表者である「社会保険労務士」を名乗って登場し、無責任な発言をして労働者を叩くと、これまた「社会保険労務士が悪い」ということになる。

 従来、監察綱紀委員会は社会保険労務士会内部にばかり目を向けていた。しかし、「社会保険労務士」を名乗って行われる非違行為が多いことに鑑みれば、今後はそちらにもアンテナを張っていくべきであろう。例えば「資格手当」の問題については違法行為を指摘することはできないものの、法の精神を没却するものとして抗議することは可能である。

 ただし、監察綱紀委員会にも限界がある。弁護士会が独自に懲戒処分を行うことができるのに対して、社会保険労務士の懲戒権を持っているのは厚生労働大臣である。監察綱紀委員会が行うことができるのは、現実には「社会保険労務士会会員としての処分」でしかない。会員資格を停止されれば、開業社会保険労務士なら「悪評」となるし、社会保険労務士会の役員からも外れることになるから仲間内での信頼も失われることになり、資格剥奪や停止にならなくても影響は大きい。しかし、勤務社会保険労務士ならば会員資格が停止されたところで「会社の名前で業務を行う」ことができる以上大した痛手にはならないし、「ニセ社会保険労務士」ともなれば、監察綱紀委員会は何の処分も出来ない。

 今後は、監察綱紀委員会の機能を拡充し、非違行為を積極的に調査するとともに、「ニセ社会保険労務士」に対しては抗議や告発も含めて厳正に対処していくべきであろう。また、「身内の処分」と言われないためにも、現実の処分は有識者も含めた「懲戒委員会」のようなものを作ってそちらに委ね、監察綱紀委員会は「検察官役」に徹するべきではなかろうか。

2015年5月25日 (月)

日本版マイスター制度にほとんど意味は無い

 自民党が、ドイツに習って「日本版マイスター制度」を創設する検討をはじめた。十数年前にも同じような議論があったが、どうも「熟練労働者不足」になるとこうした話が出てくるようである。しかし、日本でこのような制度を作ったとしてもほとんど意味をなさないと考える。

 日本では「マイスター制度」は熟練労働者を優遇する制度であると肯定的な評価をされることが多いが、これは裏を返せば「マイスター」の資格がなければ優遇されないということである。マイスター資格を取得できるのはドイツでも若年に限られているので、この時期にマイスター資格取得に失敗すれば、その後どんなに努力したとしても「非熟練工」の枠から抜け出すことができない。実際、マイスターよりも熟練した「非熟練工」の不満が問題になっている。

 そもそも、日本では伝統的に大卒高卒の区分すら諸外国と異なり絶対的な壁ではなかった。以前より減っているとは言え、高卒中卒の取締役や社長は珍しくない。しかし、マイスター制度をはじめとするヨーロッパの考え方は、学歴や資格で厳然たる差を設け、その職業に就いている限り逆転不可能とするものである。

 これは、日本でも大工や寿司職人等伝統的な職人の世界で「親方」と「徒弟」の関係を見れば分かる。親方が黒と言えば白い物でも黒になるし、親方がうんと言わなければ一人前としては扱われない。戦後の日本の労務管理は、こうした不合理で封建的な徒弟制度を「否定」してきた面がある。

 「親方」と「徒弟」の差異は絶対的なものがある。だからこそ、苦労してマイスター資格を取ろうとするわけだが、日本でどのようにして「資格の有無で待遇に逆転不能な格差」を設けるのか。「最低賃金法」ではなく、無資格者にこれ以上の賃金を支払ってはならないという「賃金上限法」でも作るつもりか。賃金や処遇で非マイスターと決定的な差異が生じるように制度設計しなければ、苦労してマイスター資格を取ろうとは思うまい。

 また、そもそも論としてマイスターが必ずしも熟練が必要な職務に従事しているとは限らない。指揮下の労働者がきちんと出勤するか、朝に頭数を数えるのがマイスターの最も重要な仕事だという話もある。

 ドイツでもマイスター制度について矛盾が指摘されており、ドイツの製造業ひとつ見ても必ずしも品質向上に貢献しているとは言い難い。また、日本ではこうした制度の土台となる「学歴差別」「資格差別」がほとんど存在しない。

 マイスター制度導入の利点がもしあるとすれば、「正規労働者と非正規労働者の格差の固定化」の道具にすることだろう。言うまでもなく、マイスター制度では若いうちにしかるべきマイスターの下で長期間働いて実務経験を積み、熟練労働者にならなければマイスターになることができない。つまり、入り口の段階で「派遣」をはしめとする「非正規」労働者は、実務経験を積むことができないことになる。ここでマイスター資格を持つ正規労働者と、持たない非正規労働者という区分けができる。となれば、その後は簡単だ。マイスターだから高い処遇、非マイスターだから低い処遇で何が悪いと言い張れる。「マイスターを取得できなかったのは自己責任」という論法も成り立つ。

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