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2015年3月29日 - 2015年4月4日

2015年4月 4日 (土)

石井芳樹候補、ご当選おめでとうございます!

 統一地方選挙前半戦(県議選・政令指定都市選)がはじまった。長久手市選挙区は現職である石井芳樹候補以外に立候補者がなく、無投票での当選が決まった。石井県議は町議会議員時代から自転車で町内を小まめに回るなど、地域活動のきめ細かさは常人の及ぶところではなかった。対立候補として誰も名乗りを上げなかったのは、石井県議に対抗できるだけの地域活動を行う自信のある者が誰もいなかったからであろう。

 まずは、石井県議の今後のますますの御活躍をお祈り申し上げたい。

 ただし、選挙と言う政治のプロセスから考えると、無投票当選と言うのはあまり歓迎できない事態ではある。事実上、白紙委任となってしまうだけではない。石井県議自身、「県議会が中二階と思われてなかなか県会の活動が理解されない」と嘆いていたが、選挙が事実上行われないことで、更に有権者の無関心を増幅させてしまう恐れがある。

 今回の県議選は全国的に見ても無投票当選が目立つ。かつて若い候補者を積極的に擁立してきた民主党は、候補者を「勝てる選挙区」と「勝てる数」に絞り、また、20代30代の新人擁立はかなり少なくなった。愛知や京都はそれでもそこそこの候補者を立てているが、大阪となると自民と維新の対立に埋没し、共産が加わった三つ巴にすら割って入れない印象しかない。

 無投票当選が増えた原因を「なり手不足」と報じているマスコミは多い。しかし、候補者が定数未満という選挙区はさすがにない。正確には「候補者不足」と言うべきだろう。

 当たり前だが、議員は希望しても確実になれるわけではない。そして、選挙は事前の政治活動費用も含めて自前が原則である。自民党は「自分党」と言われるくらいで党の資金には頼れず、民主党も似たような状況だ。新人では献金も集まらない。

 また、候補者本人は勿論のこと家族も仕事や生活に影響を受ける。特に地方選挙は選挙区が狭く、地縁血縁が入り乱れることになるから負ければなおのこと後味が悪い。特に落選した場合、しがらみだけが残ることになるから、特に新人は手を挙げにくい。

 県議選レベルでは政党色が強くなるが、勝ち目のない選挙区に候補者を立てるのは民主党はおろか共産党でも避けている。資金と人員を勝てる選挙区に投入するのは党の議席獲得戦略として否定はできない。このあたりは米英でも同じことで、大統領選挙ですに投票率は過半数に届かず(しかも、有権者の事前登録を行わないと投票できないような場合には、母集団そのものが日本の有権者とは全く異なることになる)、無投票と投票率3割程度の無風区が圧倒的に多い。言い換えれば、残った僅かな選挙区は激戦区となり、ここでの勝敗が議会を左右するわけである。

 無投票区を見ると圧倒的に無投票当選しているのは自民党が多く、この点は二大政党双方に無投票当選が多い米英とはかなり異なる。としても、勝てる選挙区に資源を集中する傾向が見られる以上、日本でも無投票選挙区は増えていくのではないだろうか。

2015年3月30日 (月)

リー・クワンユー元首相が死去

 シンガポールの「建国の父」であるリー・クワンユー元首相が亡くなった。

 政治家として世代的には鄧小平や蒋経国総統らと同じであり、家父長的・権威主義的な体制によって統治を行っていたことは疑う余地がない。しかし、マレーシアから追放も同然に独立し、冷戦時代でもあったシンガポールの微妙な地位と、都市国家に過ぎない国力では、自由と民主をただちに実現するのは難しかったと言わざるを得ない。開発独裁体制も建国直後の不安定な情勢下においては、合理性があった。

 鄧小平は自由を求める人々を銃と戦車で弾圧し、後継者たちも民主化を抑え込み続けて今に至っている。蒋経国は戒厳令を解除し、民主化へ舵を切った。現在の中国と台湾の現状は、あまりにも対照的だ。

 リー元首相は華人の民主主義運営能力を疑っていたが、台湾では二度に渡り政権交代が起き、三度目の可能性も出てきている。共匪のような「党天下」ではなく、民主的な政権交代が定着しつつある。華人の民主国家運営は不可能ではない。

 後継者であるリー・シェンロン首相が果たして蒋経国になれるか、この十数年がシンガポールの分かれ道になるのではないか。

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