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2015年3月

2015年3月30日 (月)

リー・クワンユー元首相が死去

 シンガポールの「建国の父」であるリー・クワンユー元首相が亡くなった。

 政治家として世代的には鄧小平や蒋経国総統らと同じであり、家父長的・権威主義的な体制によって統治を行っていたことは疑う余地がない。しかし、マレーシアから追放も同然に独立し、冷戦時代でもあったシンガポールの微妙な地位と、都市国家に過ぎない国力では、自由と民主をただちに実現するのは難しかったと言わざるを得ない。開発独裁体制も建国直後の不安定な情勢下においては、合理性があった。

 鄧小平は自由を求める人々を銃と戦車で弾圧し、後継者たちも民主化を抑え込み続けて今に至っている。蒋経国は戒厳令を解除し、民主化へ舵を切った。現在の中国と台湾の現状は、あまりにも対照的だ。

 リー元首相は華人の民主主義運営能力を疑っていたが、台湾では二度に渡り政権交代が起き、三度目の可能性も出てきている。共匪のような「党天下」ではなく、民主的な政権交代が定着しつつある。華人の民主国家運営は不可能ではない。

 後継者であるリー・シェンロン首相が果たして蒋経国になれるか、この十数年がシンガポールの分かれ道になるのではないか。

2015年3月28日 (土)

普天間移設の是非以前の問題

 菅官房長官が翁長沖縄県知事に面会したいと言い出した。辺野古移設に対して翁長知事が強権を発動したことにより、政府としても打開の道を探らざるを得ないのだろう。
 だが、翁長知事が素直に面会に応じるだろうか。翁長知事の当選以来、何度上京して面会を求めても会おうとすらしなかったのは安倍総理と菅官房長官の方ではなかったか。私は普天間返還のためには辺野古移設が一番現実的だと思っているが、内容以前に翁長知事を「説得」する努力すらせず、ひたすら強権で抑え込めばいいという態度を露骨にしてきた。これでは、余計にこじれるだけではないか。
 安倍総理の国会での言動などを見ていると、意見や議論の内容よりも、意見や議論を出してくること自体「自身への敵対行為」と捉えているようだ。何やら、意見を言うことを「和を乱す」として忌避するムラ社会を想像させるが、我が国の最高権力者が未だにムラ社会的な思考のままでいるとすれば情けない話だ。

2015年3月20日 (金)

G大学L大学

 大学を一部をG大学とそれ以外のL大学に分け、L大学では例えば経済学部ではケインズやマルクスではなくエクセルを学ばせるという計画が話題になっている。「即戦力」を求める経済界に対する安倍政権の回答だろう。

 大学教育の価値は卒業直後ではなく、相応の地位や部下を持つようになった時に必要になる。大学は専門学校ではないのだから、「大学卒が使えない」というのはある意味当たり前の事だ。

 会計ソフトや機械の使い方は「即戦力」にならないことはないだろうが(実際には、仕事は組織によっても異なるので、実務能力を高める教育を受けたからと言ってただちにその組織で使い物になるとは限らないのだが)、一方で大学でトレーニングすべき思考力や判断力は磨かれないことになる。即ち、卒業後短期間で使い物にならない人材になることは目に見えている。使い物にならなくなって企業から放逐されたら、そこでまた自分の資金と時間を使って能力開発をしろということなのだろうが、果たして現在の労働者にそこまでの体力があるかと言われると怪しい。

 また、エクセルを教えるという事になれば、大学教員も「研究者」でなくても良いという事になる。最近は大学高校の非常勤講師を派遣する会社も増えてきており、そうした人材ビジネス業者が派遣してくる「インストラクター」の方が適任であろう。しかし、大学教員は大学と言う研究の場があってこそ、研究ができる。L大学になってしまえば、多くの研究者からポストが取り上げられることは必至だ。

 田舎の地方大学、学生のレベルが低いと嘆きながらも優れた研究を学会に発表している研究者は少なくない。研究の場が取り上げられてしまえば、我が国の知的レベルが落ちていくことは避けられない。

 G大学L大学の構想は、使い物にならない大学卒を量産し、大学の研究の質を低下させるだけの結果になるのではないか。

2015年3月15日 (日)

旧国鉄生産性運動に思う

 かつて、国労や動労が生産性運動に反対した理由は「生産性が向上すれば、余剰人員が解雇される」というものだった。「生産性運動」を推進した国鉄当局側も生産性運動を持ち出してきた生産性本部も「余剰人員は配置転換により救済する」ことを表明しており、実際に高度成長期の日本企業は生産性向上に伴う余剰人員を配置転換することで事業拡大してきた経緯もあり、この時点では動労国労の生産性向上に対する批判は的外れであったと言える。

 ところが、21世紀になってみると、そもそも使用者側が配置転換の責任を正規雇用に比べて左程負わなくても済む非正規労働者が多用されるようになった。また、企業が事業の拡大よりも株主価値の上昇や時価総額と言った方向の経営に拘るようになってきた。こうした現状は、非正規労働者の側からすれば、生産性を向上させても配置転換ではなく契約終了による人員削減を引き起こすリスクが高まるだけということになる。実際、職場の生産性が向上した結果余剰人員として契約終了を申し渡された非正規労働者の例は非常に多い(非正規労働者側は努力すれば正規雇用になれると思って生産性向上に協力していたというものも多く、これはもう皮肉としか言いようがない)。

 安倍政権は「日本の企業は生産性が低い」と言い張っているが、「生産性運動」で主張された「労使協調、雇用の維持」という観点は政府自民党や大企業からは根本的に欠落している。これでは、生産性向上際して労働者特に非正規労働者の積極的な協力協働を得るのは難しくなったと言えるのではないか。

 企業が人的資源を「負債」とすら見るようになっているこのご時世、皮肉な話だがかつての国労動労と言った「極左過激組合」の主張していたことが「はからずも当てはまるようになってしまった」と感じているのは私だけだろうか。

2015年3月11日 (水)

東日本大震災から四年

 東日本大震災から四年の日を迎えた。あの日は、文字通り天地がひっくり返った。日本人のメンタリティすらも変えてしまったとさえ言える。ご冥福とお見舞いを申し上げたい。

 あれから被災地復興が叫ばれ続けているが、決して進んでいるとは言えない。そもそも東北は震災前から不況の地であったのであり、全般的に人口の流出が進んでいた。どのレベルをもって「復興」とするのか、それすら四年経っても曖昧なままである。

 震災後、確かに東北には一時的な復興需要、減税等による企業進出によって、仙台の繁華街等は繁栄を取り戻したかに見えた時期もあった。しかし震災から四年が過ぎ、「被災地復興」に乗った企業も馬脚を現しつつある。典型的なのは、「復興関係の補助金が出なくなるまでに正規雇用にします」と約束しておきながら、復興関係の補助金が出る間だけ雇用し、出なくなる直前に「事業方針が変わった」として大量に雇止めにしたコールセンター業だが、これと似たような事例には事欠かない。復興そのものが食い物にされる危険性を震災直後より指摘してきたが、「やはり」と言わざるを得ない。

 被災地に進出した企業の大半は、正規雇用の労働者は外から転勤させ、非正規を被災地で雇うという形態である。つまり、「いつでも逃げ出せる」体制を取っている。社会貢献しているという宣伝に補助金が付くのだから、悪い話ではない。しかし、これは本当に東北の人々が求めている「雇用の形態」かと言うと、そうではあるまい。

 今後、福島第一原発の廃炉も含めて、まだまだ東北には資金がつぎ込まれる。被災地をブラック企業が食い物にしていることが多々指摘される中、社会保険労務士としてもこの方面で復興に貢献できないものか。単なる手続きだけでは、被災地は救えない。

2015年3月10日 (火)

沖縄独立

 沖縄では反基地闘争から「独立論」の議論が高まっている。日本から独立すれば米軍基地もなくなり、平和な沖縄になるという理屈だ。

 ここでは、分離独立した場合に分離前の国家が負っていた義務が分離された国家に承継されるかどうかが問題になるが、アメリカ政府は基地使用の責務は日本政府から当然に琉球新政府に引き継がれるという解釈をするだろう。日本から独立したところで、基地問題は解決しない。

 中国軍を誘致して米軍を実力で追い出したとしても、中国軍が更に基地化を進めるのは目に見えている。今の沖縄の自由は基地によって「多いか、少ないか」の問題になっているが、中国領になれば「あるか、ないか」の問題になってしまう。

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