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2014年1月19日 - 2014年1月25日

2014年1月25日 (土)

マルハニチロ毒物混入事件

 マルハニチロの子会社が製造した冷凍食品に毒物が混入された事件で、警察は契約社員の男性を被疑者として逮捕した。しかし、本人は「覚えていない」と容疑を否認しており、工場自体もティッシュ一枚外から持ち込むのが難しいとのことで、混入方法を含めて動機まで解明するのは容易なことではあるまい。

 本人は正社員と同様の仕事をしながら契約社員であることに不満を漏らしていたと報道されており、そもそも職場の不満が全体的に多かったとも言われている。これは恐らくは事実だろう。仕事に対してやる気がある者であって、不安定な非正規身分で満足している労働者は、私の知る限り皆無である。秋葉原での無差別殺人事件が派遣法の見直しにつながったように、今回の事件も根は深いのかも知れない。しかしながら、待遇が悪いからと言って犯罪を行うことが許容されることがあってはならない。ここは区別されるべきだ。

 難しいのは、混入事件や情報漏えい事件が多発する傾向にあるが、ともすれば企業側は非人間的な管理規定を作り、一挙手一投足まで労働者を縛ろうとする。特に非正規労働者はもともと信用されていないこともあるため、厳格な監視下に置かれる。しかし、このような待遇を与えることは企業への忠誠心など期待できまい。そうすると、いくら厳格にしたところでリスクは減っていないと考えるしかない。

2014年1月23日 (木)

早生まれは運動で不利

 日本サッカー協会が調べたところ、やはり早生まれは運動面では不利なようだ。サッカーをやっている小中学生では、早生まれの選手は極端に少なくなる傾向にあるという。野球でも同様で、野球選手は専ら4月~7月生まれに集中する傾向があるという。

 無理もない。小中学校あたりでは、まだまだ1歳の違いは大きい。大人になり、専ら頭を使う仕事をしていれば、5歳10歳の差を覆すこともそれほど難しくはないが、体格がモノを言う子供の運動では不利になるのは免れない。加えて、試合も含めて結果を出せなければ選手として注目されないし、そもそも競技に面白さを感じること自体難しいものとなる。

 私自身、小中学校では体育は常に1であり、運動が嫌で嫌で仕方が無かった。小学校では運動の出来不出来は、ほぼそのまま人間関係に直結し、運動のできない私のような者は好個のいじめの対象になる。教師は無責任にも「努力が足りない」「頑張っている奴はいる」と言い放ってほとんど何もしてくれなかった記憶があるが、私の方も嫌なサッカーのために努力したところで平均にもならないであろうことは分かっていたから何もしなかった。その分、読書を好むようになったので今の私があるわけだが、私が子供の頃の愛知県はピークが過ぎたとは言え管理教育の中心地と言われていたところであり、運動を尊ぶ一方で文系の活動は低調であり、放課の時には本を読むことを禁止し外で遊べと指導されていた。

 不利なものにあえて挑戦するのも美学ではあろう。しかし、不利なものを捨てて自分の有利な分野を選択することもまた重要なことだ。子供たちの健全な成長のためには、多くの選択肢を与えることが重要なのではないか。この点、最近の教育改革では何故か体育ばかり優遇される傾向にあるが、これは宜しくない。音楽や美術、更に実技に偏重するのではなく鑑賞や評価というところに目を向けさせると、子供たちにもっと広い選択肢を与えることができる。

 いくら音楽が好きでも、皆が音楽家になるわけではないし、絵が得意なものが画家になれるわけでもない(なってみたところで食えないのは必至である)。しかし、仕事を持ちながら趣味や教養としてこれらを楽しむことができると、人生は実に豊かになる。スポーツにしても同じ事であろう。選手ともなれば結果が全てだが、人生の趣味のひとつとして楽しむのであれば結果よりも楽しんだ過程の方が重要になる。

 

2014年1月21日 (火)

争点がどうもよく分からない東京都知事選挙

 東京都知事選挙が迫っているが、どうも争点がよく分からない。確かに、今まで「単一争点選挙」で地滑り的勝利が続き、ひとつの争点に引き付けられることの危険性は多くの国民が理解しているところである。しかし、今回の都知事選挙では何が争点なのか、主要なものもどうも見えてこない。

 細川元首相は小泉元首相の支援を得て「脱原発」を争点にしたがっている。この二人は、もともと「政治改革」「郵政民営化」の前科前歴があるから、上手く争点を「脱原発」に持ち込んで、反対派を「危険な原発推進派」として糾弾し流れを作りたいところだろう。しかし、宇都宮元日弁連会長も原発反対派だし、単純にいかないところがある。

 舛添元厚生労働大臣は知名度はあり、福祉問題にも詳しいが、東京でそれをどのようにやっていくのか、独自性を出すのは簡単ではない。福祉、特に高齢者福祉は最近の政治家が口を揃えて充実を訴え、福祉施設経営者が相次いで中央・地方政界に進出している。しかし、その実態は低賃金で使い捨てられる福祉労働者の犠牲の上に成り立っているわけで、福祉関係そのものが「ブラック企業」と同視されているという冷徹な現実がある。福祉の充実を訴えたいが、福祉労働者の労働問題は福祉関係業者の「儲け」を直撃しかねない上、代替となる若い労働者が続々と投入される上、日本人で駄目なら移民を入れろと言う理屈の根拠にもなっているので、人的な補充に「困らない」であろう状態が続くであろうことが見込まれており、そこには触れないというが普通になっている。一時はホワイトカラーの残業代をゼロにすることを推進した人でもあり、どうも労働問題には疎いようで、この点はかなり心配だ。

 田母神将軍は安全保障問題では間違いなく専門家だが、都政にどのように経験や知識を活用するのかは疑問符が付く。確かに、東京都は紛争の起こりかねない島嶼も「版図」に含んでいるが、アメリカの州のような国軍とは別の独自の軍隊を持っているわけではないし、安全保障問題に対する都知事の影響力は極めて限定的だ。

 候補者にはそれなりに専門家が揃いながら、どうも活用方法を間違えそうだと思われる情勢にあり、今なお争点がよく分からない。こうなると、有権者はイメージや組織的な投票をせざるを得なくなるが、この点の動きが禍根を残すのは年中行事になってしまっている。東京の「苦難」はオリンピックがあろうとも、まだまだ続きそうだ。

2014年1月19日 (日)

名護市長に稲嶺氏が再選

 普天間移設が大きな争点になった名護市長選挙で、移設反対を訴える現職の稲嶺市長が当選した。これで移設反対派は勢いづくだろうが、これは裏返せば普天間基地も返還されないということを意味する。アメリカとしても危険な普天間基地の使用を継続することは本意ではないが、移設先が決まらなければ使い続けるより他は無い。基地反対派が嫌がるオスプレスも飛び続けることになるだろう。

 普天間問題がこじれたのは、言うまでもなく民主党鳩山政権の見通しの甘さにある。「国外移設、最低でも県外移設」という甘言で沖縄の有権者に訴えたが、国際関係や安全保障を全く考慮しない妄想の延長でしかなかった。鳩山元総理は総理大臣になってから「沖縄の海兵隊が何をしているのか知らなかった」というような発言も繰り返して、アメリカから「要するに頭がおかしい人」と呆れられている。

 民主党政権も最終的には辺野古移設にまとまりかけたものの、沖縄の住民にしてみれば夢を見せられた挙句騙されたということになり、中央政府に対する不信感が高まるのは致し方ないところだった。それを選挙に「活用」するのはそう難しいことではない。

 しかし、再選した稲嶺市長も舵取りは難しいことになるのではないか。移設に協力しなければ国や県が地域振興策を差し止めてしまうのは確実と見られるからだ。何より、普天間が返ってこないという厳然たる事実はどうしようもない。

 中国の対外拡張政策が勢いを増している中で、残念ながら沖縄の基地が果たす役割は従前よりも増しつつあるのが現状だ。太平洋戦争末期まで沖縄にはまともな基地が存在していなかったが、これは日本の防衛線が東は外南洋、西は中国大陸内陸部に食い込んでいたためで、東はともかくとして西はあの頃とは大きく異なる。今回示された住民の民意と、国際関係・安全保障上の問題をどのように妥協させていくのか、これは容易なことではない。

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