« 2014年3月2日 - 2014年3月8日 | トップページ | 2014年3月16日 - 2014年3月22日 »

2014年3月9日 - 2014年3月15日

2014年3月15日 (土)

さようなら寝台特急「あけぼの」

 寝台特急「あけぼの」が3月14日発をもって廃止された。臨時列車としては残るものの、廃止の理由が「車両の老朽化」だから、早晩完全に消えることになるのは避けられそうにない。これで国鉄時代から存続している寝台列車は全廃と言うことになる。二度ばかり乗ったことがあるが、トワイライトエクスプレスや北斗星のような食堂車やロビーは無く、個室寝台はあるものの何となく「昔ながらの寝台列車」の風情を残したまま走っていた。

 私はたまたま14日がたまたま移動日にあたっており、上野駅で下車して見送ることができた。数週間前に上野駅に見に来た時には大して人がいなかったのだが、さすがに最終日となると発車する13番線は入場規制がかかるほどで、反対側の14番線にも人が溢れかえり、規制線が張られ警備員が数メートル置きに配置されるなど物々しい有様であった。私は何度か乗ったし、上野駅を通るときに時間調整して見物したこともあったくらいだから今更写真を撮るのに熱心にというわけではなかったからよかったのだが、写真を撮ることに必死な人たちと言うのもいるわけで、三脚が林立するなど独特な雰囲気であった。押し合いや怒号などはさすがに鉄道を愛する者として情けない気がするが、これを「トワイライトエクスプレス」や「北斗星」などの豪華列車の最終便でやられたら、間違いなく雰囲気はぶち壊しだろう。

 上野発の夜行列車と言えば、「津軽海峡冬景色」でも歌われているが、「あけぼの」の廃止をもって青森駅に向かう寝台列車そのものが全廃となる。厳密には「北斗星」「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」は青森駅に入って機関車を付け替えるが、乗客の乗降はできない。

 寝台列車の廃止は「時代の流れ」という言葉で説明されるものの、どうもそれだけでは納得致しかねるところがある。「ななつつ星」は別格であるにしても、東京から出雲や高松に向かう「サンライズ・エクスプレス」は連日満席だそうだし、「北斗星」も個室寝台を取るのはかなり難しい。昔ながらの開放型寝台が中心だった「あけぼの」にしても乗車率は60パーセント程度で推移していたそうだから、そう悪いとも言えない。廃止された東海道ブルートレインや山陽ブルートレインは末期に乗車率が3割を切っていたそうだから、むしろ「あけぼの」はかなり健闘していたと言えるのではないか。

 「深夜に移動する必要はない」という意見もある。ビジネスホテルが価格破壊でかなり安くなったのも事実だ。しかし、新幹線をもってしても、例えば私がよく移動する名古屋-仙台間では「のぞみ」と「はやぶさ」を利用して乗り継ぎが順調であったとしても、四時間程度は見なければならない。翌日の朝一番でどちらかに仕事がある場合、どうしても午後七時過ぎには移動する必要がある。それでも、到着することにはともに日付が変わってしまう。

 高速バスという方法もある。夜行の高速バスは大阪大学にいた頃一度だけ大阪から東京に行くときに使ってみたことがあるが、満足に睡眠がとれるものではなかった。もともと高速道路は居眠り運転防止のためあえてガタつきが作ってあるし、バスの座席はそう広くない。夜間移動したとしても、翌日は睡眠不足と疲労で、とても有効に活用できるものではなかった。

 これに対して、寝台列車の場合は十分に睡眠を取ることができる。最初に寝台列車に乗った時は大丈夫だろうかと思ったものだが、自分としてはビジネスホテルで寝るのとそう大差はなかった。たまに睡眠不足になることがないわけではないが、これは寝られないというのではなく、車内探検や深夜早朝の機関車の付け替えを見物しようとして寝なかっただけである。何度か札幌→仙台で移動したことがあるが、早朝仙台に到着し当日の仕事には全く支障はなかった。高速バスとの居住性の違いは価格を考慮しても歴然としている。

 安全性についても、高速バスはあちこちで事故を起こしているのに対して、寝台列車ではその手の話は長く聞かない。もともと、高速バスは規制緩和の影響で爆発的に普及して寝台列車を駆逐したが、その安さは運転手の労働条件の悪化と、整備コストの削減によるものであり、いわば安全性を下げるかわりに価格も下げるというものであった。「乗って事故に遭ったら自己責任」ということになるのだろうが、寝台列車がことごとく廃止されてしまうと「安全な夜間移動」は少なくとも私のように疲れないで移動したいということになると、実質的に選択肢がなくなってしまう。

 鉄道は安全だし、定時性にも優れている。この利点はもっと見直されてよい。夜間移動という需要は決して少ないものではないから、安全性と快適性という付加価値を付けることによって、まだまだ需要喚起の余地はあるのではないかと思う。特に、高速バス運転手の労働問題を考えると、高速バスの価格面での優位性を将来に渡って維持できるとは必ずしも言い切れない。トルコではトルコ国鉄のサービスの悪さから高速バスが普及したが、最近は寝台列車も含めて鉄道の巻き返しが起きている。

 速達性を売り物にする航空業界についても同じだ。速達性で鉄道は航空機の足元にも及ばないが、定時性や快適性では鉄道の方が上である。航空運賃は確かに値下がりしたが、一方でコスト削減が整備や航空関係者の労働条件の低下によって成り立っているところから、大事故につながりかねない整備不良や乗務員の過失が度々指摘されている。こちらも、将来に渡って今の優位性を維持できるとは言い切れまい。

 寝台列車が単に市場競争に敗れて消えるというのは確かかも知れないが、その「市場の枠組み」そのものはかなり政策的に自動車業界や航空業界を後押しするように動いてきた、少なくともこの二十年余はそのように感じる。

 ただし、JR各社も寝台列車の設備をほとんど向上させてこなかったのは確かだ。「取るのが難しい」と言われる北斗星やトワイライトエクスプレスの個室寝台にしても、その設備は平成に入った頃のものであり、四半世紀経過していながら更新されていない。「あけぼの」は更新されないまま消えていった。基本的な居住性が悪いというわけではないが、コンセントはB寝台個室にはなく無かったり、A寝台ロイヤルにしても「電気カミソリ用」として洗面室に設置されており、パソコンや携帯電話の充電には不十分だし場所も悪い。JR各社が新幹線の充実ばかりに目を向けていたのは確かである。それで取れる筈の夜間移動という需要をバスに渡してしまったのではないか。

2014年3月13日 (木)

小保方論文問題に思う

 「脳幹を鍛えればうつ病が治る」「朝早く起き続ければ癌が治る」など、色々な話を聞かされたものだが、いずれも国内外のいかなる研究機関でも追試に成功したという話は聞かない。野口英世の医学的功績と言われているもののかなりの数が、実際には追試に成功した例がなく、医学者としての研究業績としては否定されているという事実もある。それが科学の冷徹な現実と言うものであろう。

 小保方博士の論文は世界中を熱狂させたが、その論文の中身がねつ造ではないかと指摘されている。博士論文そのものが外国の研究機関のホームページに掲載された文章を丸写ししたのではないかとの疑惑もある。しかし、何よりも多くの人々をがっかりさせているのは、誰も追試に成功していないということであろう。追試ができないということは、仮に論文に掲載されていることが事実であったとしても、活用することはできないということになるからだ。

 ここまで疑惑の目に晒され、袋叩きにされているのはいささか見るに忍びない。論文を取り下げてしまうと取り下げそのものが相当な不名誉になるようだが、内容の修正も含めて対応することは避けられないだろうし、むしろ科学の進歩のためには徹底的な究明が必要だ。私自身も将来の再生医療に大いに期待しているから、単なる学者の功名心のための研究であったとは思いたくない。

2014年3月11日 (火)

東日本大震災から三年

 今日は東日本大震災から三年の日である。犠牲になった人々のご冥福をお祈りしたい。

 あの日から、日本人のメンタリティは変わったように思う。

2014年3月 9日 (日)

映画「永遠の0」を観る

 映画「永遠の0」を観てきた。作品そのものは、当時の戦闘機パイロットの葛藤や家族愛を描き、戦後生き残った人々の苦しみも描き、感動できる内容に仕上がっている。

 役者の演技については、主役とその周囲よりも、平幹二郎をはじめ山本学、橋詰功ら日本映画界の古株たちがまことに存在感のある演技をしており、この点では脇役の方が主役とその周辺を圧倒してしまっていた。しかし、「戦争を生き残った」人々が若い人々に語るという点では、このほうが「自然」であると言えるかも知れない。

 特攻隊員を「テロリスト」と同視するような人々にしてみればそれでも十分に軍国主義的と言えるかもしれないが、映画の内容自体は批判されていたように、戦争を賛美したり特攻隊員を英雄視するというつくりではなかった。むしろ、サウンドと相俟って、冒頭から極めて物悲しいというか、悲劇的な印象すら感じられた。

 映画にする以上、原作のエピソードが変わってしまうのは仕方がないことだが、原作では様々な人々の口を使って当時の日本社会や軍の問題点が指摘されているのだが、残念ながら映画ではこうした部分が分からなくなってしまっている。もちろん、知らなくても映画そのものは楽しめるのだが、批判的精神という点においては感心しない。

 例えば、ガダルカナルの戦いでラバウル航空隊に配属されたベテラン・パイロットは次々と戦死していくのだが、原作では詳細に語られていたその背後関係が映画ではほとんど語られていない。物量というような単純な問題ではない。長年労働問題に関心をもってきた私としては、ガダルカナルの戦いから我々が学ばねばならないことが多いように思う。

« 2014年3月2日 - 2014年3月8日 | トップページ | 2014年3月16日 - 2014年3月22日 »