« 袴田事件に動き | トップページ | 消費税増税 »

2014年4月 1日 (火)

都市と農村の共生に向けて

 今日は吉田市長のお誕生日である。おめでとうございます。

 4月1日は世の中では「エイプリル・フール」であるが、法律の世界ではなかなか興味深い日である。「年齢計算に関する法律」によって、日本では誕生日の前日に年を取るという制度になっているため、4月1日生まれの人は3月31日に年を取る。この関係で、4月1日生まれの人は3月31日に学齢に達するため、前の学年に組み込まれるというわけである。

 さて、吉田市長と言えば「都市と農村の共生」を掲げている人である。ここ三十年余の間に急速に都市化した長久手だが、それまでは「田舎」であった。かつては、今は寂れた感が拭えない瀬戸は陶磁器で我が世の春を謳歌しており、長久手に嫁に行くと聞くと気の毒がられたそうである。  最近、吉田市長と倉本氏が話し合ったという記事が中日新聞に掲載されていた。倉本氏は「懲農制」を吉田市長に勧めていたが、この制度は農業の現状を無視した単なる「軟弱な若者を強制労働させて鍛えよう」というもので、要するに中国で文化大革命の時に知識青年を「下放」したのと本質的には同じ発想に基づく。都市と農村の共生が目的である以上、このような制度の導入は感心しない。

 そもそも、かつての農村社会は決して豊かでもなければ文化的に優れていたわけでもない。作家の塩野七生氏は「文化は都市からしか生まれない」と述べているが、それが歴史の教えるところだ。何より、かつての日本の農村社会は貧しく、「娘を売る」というのは当たり前に見られたものだったし、「次男三男が食っていけないから兵隊になる」ことは今なお自衛隊への入隊と言う形で見られる話である。  先祖代々長久手に住み、長久手の原住民である私にしても受けてきた教育からしても生活様式や思考は完全に都市住民のそれである。そうなると、「農」とは何かと言うことになるのだが、それはノスタルジックであり故郷や先祖との「繋がり」を実感するものでしかない。

 ここで注目したいのは、古代ローマ市民の生き方だ。古代ローマは地中海世界を長年に渡って支配し、法律をはじめとする古代ローマの文化は今なお我々に大きな影響を与えている。この古代ローマは明らかに都市文明であり、高層建築に住み(もっとも、当時は高層階の方が家賃が安かった)、二十四時間営業の居酒屋が普通であるなど、電気がないことを除けばその生活は現代人を見ているようだ。

 しかし、このローマ人が本質的には「農民」であったことはあまり知られていない。都市に住むローマ市民の多くは、ローマ近郊に農地と別荘を持っているのが当たり前であり、時々出かけては農業を行っていた。オリーブやワイン、チーズなどはささやかな自家製の物の方を好んでいたという話も残っている。

 ユリウス・カエサルの時代、既にローマ市民は数百年に渡って「都市に住んで」いたし、ローマ周辺の農業は周辺地域から安く農作物を輸入できた関係から産業としては壊滅状態にあった。にもかかわらず、ローマ市民はその時代でも土に親しんでいる。

 この古代ローマ市民の生き方は、「都市と農村の共生」について参考にする価値が大いにあるのではないか。

« 袴田事件に動き | トップページ | 消費税増税 »