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2014年4月

2014年4月30日 (水)

移民解禁は亡国への道

 安倍総理は「外国人労働者」の受け入れについて検討するよう指示している。安倍総理自身は報道番組等で移民解禁に慎重な姿勢を示してはいるが、これは安倍総理の国粋主義的な思想から考えても慎重になる或いは否定的な見解に行き着くのは当然の事であろう。単純な外国人排斥論は論外としても、まとまったエスニックを受け入れた場合に日本社会が大きく変容してしまうことは間違いなく、その過程で日本が従来有してきた美徳や価値観などは消滅してしまう可能性が高い。保守派である総理が二の足を踏むのは当然であろう。

 しかし、一方で経済界は移民の解禁に大賛成である。低賃金労働者から高度な能力を持つ労働者まで、国内で資本投下せずいわば「輸入」できるメリットは大きい。おおむね何処の国でも移民は多産だから少子化対策もやらずによくなる。買い手が更に優位な労働市場を形成すれば、労働条件などいくらでも引き下げられる。維新の会が提案しているように、最低賃金法の廃止や某派遣会社の経営者が力説していた労働基準法の廃止なども実質的に可能だ。無論、今の日本人の大多数を「切り捨てる」のと同じことになるのだが、そもそも大企業経営層に「国家」に対する帰属意識があるのかはそもそも怪しいところである。

 大打撃を受けるのは地域社会だ。移民解禁のコストは結局は国や自治体が払うことになるのだが、今まで地域で培ってきた「常識」は通用しない。

 安倍総理自身が移民解禁に懐疑的な考えを持っていたとしても、経済界の圧力やTPP参加の条件なども考慮すると、経済界寄りの立場に立つ審議会や諮問会議が「移民解禁」の結論を出すのは早晩確実ではないかと思われる。かといって、野党はおしなべて外国人参政権に賛成で外国人の権利拡大に力を尽くしてきた方々ばかりである。これでは、なし崩し的に移民が解禁されていくことになりかねない。

2014年4月25日 (金)

韓国客船沈没事件

 韓国で修学旅行生を乗せた客船が沈没する事件が起きた。この客船は日本製で、それを中古船として韓国の会社が買い取り、改修して就役させていたものである。良く見ると、上部構造物が不自然に増高されており、旅客定員を増やすために韓国に渡った後で改装されているそうである。

 日本の安全基準は厳しいが、他の国はそうでもない。日本の中古船が海外に売却されると、より旅客を詰め込めるように改造される例は珍しくない。そして、フィリピンなどでトップヘビーになった客船が沈没する事故は過去にも起きていた。船長以下乗組員が旅客への避難誘導を何もせず真っ先に逃げ出したことは論外としても、無理な改修が事件の遠因になった可能性は高いのではないか。

2014年4月20日 (日)

鍋島文知先生逝く

 幼稚園以来お世話になった鍋島文知先生が95歳という長命を全うされた。ここ数年はあまり表に出られることはなかったようだが、それでも90歳を超えるまで現役の園長をつとめられた。

 私自身としては幼稚園に在園していた時よりも、卒園して十数年経ってから近年までの間に御教示を受けたことの方が印象に残っている。師範学校卒業後騎兵として中国大陸に出征したお話を伺ったり、教園寺に保存されている長久手合戦の際に徳川家康が寄贈した陣羽織を見せていただくなど、思い出深い。

 先生からの三十年余に及ぶ御厚情に深謝しつつ、御冥福をお祈りしたい。

2014年4月15日 (火)

台湾立法院占拠事件

 台湾立法院占拠事件は、王金平立法院長が「両岸協議監督条例」が法制化されるまでサービス貿易協定の審議を行わないと表明したことで終わりを迎えた。学生たちは議場を掃除して撤退したが、これだけを見ても中国と台湾の違いは一目瞭然だ。

 かつて、中台はともに民主化運動の時代を迎えたことがあった。このとき、台湾では「国是会議」を設置して与野党が民主化への道筋を定めた。これに対して中国では学生運動を銃と戦車で弾圧した。そして、台湾が1990年代には民主主義国となったのに対して中国は未だに独裁国家のままである。

 今回の学生の撤退で両岸の根本的な問題が解決されたわけではない。しかし、台湾社会に根強い中国政府への不信感が現れたかたちとなり、台湾の自律性を保てるような手を打つことを馬英九総統も打たざるを得なくなった。解決したわけではないが、話し合いや監視のプロセスは作られる。これは民主主義国にとって重要なものである。

 学生たちが綺麗に議場を掃除して撤退したのも注目すべきことだ。台湾は民主主義には若干の混乱はあるが、中国の非難するような「混沌」ではないと示したのではないか。

2014年4月10日 (木)

やはり、非正規労働者の結婚は難しい

 三月末から四月にかけては異動・転勤の季節である。これを機会に結婚したり、結婚を前提として同居をはじめたりする例は珍しくない。

 面白いのは、非正規労働者を見ていると女性は結婚するが男性は結婚しない(できない)ということである。非正規労働者の中にも当然結婚している男性はいるのだが、正規労働者のうちに結婚していたり、学生や正規労働者のうちに結婚を前提とした交際をしていたりという「基盤」があってのことで、調べれば調べるほど「非正規労働者の男性が非正規労働者として知り合って結婚した」という事例はほとんど例がないことが分かる。一方、女性は本人が非正規労働者であることは今のところ恋愛や結婚に大きな障害になっていると認めることはできなかった。

 自営業者は非正規労働者とはまた少し違うが、かつてのようにサラリーマンの倍稼げるという時代ではない。何かの業種別の収入の中に社会保険労務士が600万くらいのことが書いてあったが、これは大企業の人事労務部門に勤務する勤務社会保険労務士が引き上げているという指摘もあり、開業ではかなり厳しい。特に親の跡を継いだわけでもない新人社会保険労務士の多くは年金事務所やハローワークでのアルバイト生活を余儀なくされる。弁護士ですら苦戦している状態だから、士業が結婚相手として敬遠されるのは無理からぬところだ。最近では独身の医師も増えてきているという。

 一方で、非正規労働者から正規労働者に転換できた場合、特に男性は恋活婚活に踏み出すことが多く見られる。非正規労働者の多い職場で正規労働者に登用された者の場合、その職場での「市場価値」は跳ね上がる。職場恋愛で女性労働者側にしてみると、正規労働者に転換された男性労働者は相当に魅力的に見えるものらしい。中には、この立場を利用して非正規労働者の人妻らとひそかに情を通じる輩もいるから始末に悪いが、大抵の場合非正規労働者はその職場に執着していないし改善を求めて動けば契約解除が契約更新はなくなるのが普通だから、ほとんど表沙汰にならない。

 恋愛や結婚に踏み出すことで顕著なのが非常勤講師や任期付教員から正規教員に転換できた大学教員だ。しかし、定年まで勤められて昇給があり、各種の研究費を自弁しなくても済むとはいえ、採用当初の正規教員の賃金は額面上任期付のそれと大差がないことが多い。そうすると、金銭的に一気に恵まれた状態になるわけではないから、将来の見通しや正規教員になれたという自信が恋愛や結婚を後押ししていると推察される。逆に非正規ポストでいくら「君は恵まれている」(実際、時給ベースに換算すると正規教員の底辺より恵まれている例がないわけではない)と力説しても、それが恋愛や結婚に踏み出すだけの自信につながるとは言えないのではないか。

 若い女性と話をすると、やはり非正規労働者や自営業者は敬遠される。これが現状だ。時間的金銭的に余裕が少ないこと、異性から実質的にそのような理由で対象外とされて落ち込むことが分かっているから、男性の非正規労働者は恋愛や結婚に踏み出せない。この問題を放置したままで若者が結婚する筈もないし、出生率など上がるわけもない。

 国策で「雇用の流動化」を進めれば、現状は更に悪化していくことだろう。政府与党や財界の推進している移民や外国人労働者の受け入れはそうなった時の穴埋めであり、とすれば権力側は既に非正規労働者を「見捨てる」決断をしているものと考えざるを得なくなる。

 将来が見えず家庭を持つことすらできない。この不満が中東では革命に繋がった。日本ではもっぱら孤立による自殺の方に向かい、政府転覆などには行きそうもないところが権力側にとって救いなのかも知れない。しかし、国内にリスクを溜めこんでいることは為政者は自覚しておいてもよい。

2014年4月 5日 (土)

消費税増税

 四月一日から消費税が増税された。消費税導入時や5パーセントへの増税時ほどの騒ぎにはならなかったものの、消費の落ち込みが心配されるところである。社会保険料も増加となるが、その見返りとなる給付は総じて抑制の方針が打ち出されているから、国民の不満は鬱積しているというのが実情である。「賃上げ」にしても、現実には一部の大企業の幹部社員を除けばその恩恵には与れず、多くは賃上げ無しであり、非正規労働者としては良くて現状維持ということころだ。

 国民の不満は鬱積していても、それは表沙汰にはあまりなることはない。何を言っても駄目だろうという諦念が支配しているように感じられる。時として爆発するが、それは専ら下級公務員や窓口に対するクレームであって、体制を揺るがすような動きにはなりそうもない。

2014年4月 1日 (火)

都市と農村の共生に向けて

 今日は吉田市長のお誕生日である。おめでとうございます。

 4月1日は世の中では「エイプリル・フール」であるが、法律の世界ではなかなか興味深い日である。「年齢計算に関する法律」によって、日本では誕生日の前日に年を取るという制度になっているため、4月1日生まれの人は3月31日に年を取る。この関係で、4月1日生まれの人は3月31日に学齢に達するため、前の学年に組み込まれるというわけである。

 さて、吉田市長と言えば「都市と農村の共生」を掲げている人である。ここ三十年余の間に急速に都市化した長久手だが、それまでは「田舎」であった。かつては、今は寂れた感が拭えない瀬戸は陶磁器で我が世の春を謳歌しており、長久手に嫁に行くと聞くと気の毒がられたそうである。  最近、吉田市長と倉本氏が話し合ったという記事が中日新聞に掲載されていた。倉本氏は「懲農制」を吉田市長に勧めていたが、この制度は農業の現状を無視した単なる「軟弱な若者を強制労働させて鍛えよう」というもので、要するに中国で文化大革命の時に知識青年を「下放」したのと本質的には同じ発想に基づく。都市と農村の共生が目的である以上、このような制度の導入は感心しない。

 そもそも、かつての農村社会は決して豊かでもなければ文化的に優れていたわけでもない。作家の塩野七生氏は「文化は都市からしか生まれない」と述べているが、それが歴史の教えるところだ。何より、かつての日本の農村社会は貧しく、「娘を売る」というのは当たり前に見られたものだったし、「次男三男が食っていけないから兵隊になる」ことは今なお自衛隊への入隊と言う形で見られる話である。  先祖代々長久手に住み、長久手の原住民である私にしても受けてきた教育からしても生活様式や思考は完全に都市住民のそれである。そうなると、「農」とは何かと言うことになるのだが、それはノスタルジックであり故郷や先祖との「繋がり」を実感するものでしかない。

 ここで注目したいのは、古代ローマ市民の生き方だ。古代ローマは地中海世界を長年に渡って支配し、法律をはじめとする古代ローマの文化は今なお我々に大きな影響を与えている。この古代ローマは明らかに都市文明であり、高層建築に住み(もっとも、当時は高層階の方が家賃が安かった)、二十四時間営業の居酒屋が普通であるなど、電気がないことを除けばその生活は現代人を見ているようだ。

 しかし、このローマ人が本質的には「農民」であったことはあまり知られていない。都市に住むローマ市民の多くは、ローマ近郊に農地と別荘を持っているのが当たり前であり、時々出かけては農業を行っていた。オリーブやワイン、チーズなどはささやかな自家製の物の方を好んでいたという話も残っている。

 ユリウス・カエサルの時代、既にローマ市民は数百年に渡って「都市に住んで」いたし、ローマ周辺の農業は周辺地域から安く農作物を輸入できた関係から産業としては壊滅状態にあった。にもかかわらず、ローマ市民はその時代でも土に親しんでいる。

 この古代ローマ市民の生き方は、「都市と農村の共生」について参考にする価値が大いにあるのではないか。

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