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2014年3月21日 (金)

ものを書くということ

 万年筆愛好家でプロデューサーの足澤公彦さんのお話を伺う機会があった。足澤さんは万年筆を使うのにあたり、使える環境と使えない環境があることを述べられた。例えば、サハラ砂漠の中では繊細な万年筆は使えないと。

 私も同感である。私も万年筆は人後に落ちないほど好きなのだが、あまりにも忙しくなってきたため万年筆を握ってじっくり考えるということはほとんどなくなった。パソコンで急いで文章を作るか、プリンターから出力された資料に急いでシャープペンシルで書き込んで指示を出すか・・・という日常が続いている。

 思考力や文章力と言うものを考えてみると、万年筆と言うのは自分の頭で考えたことを咀嚼して、それを紙の上に綴っていくのにちょうどいい時間差を与えてくれる筆記具であると言える。ペンシルやボールペンは早く書くことには良いが、その文章が練られたものになるとは言い難い。考えることと、指を動かすことの「間」が大切なように思える。

 クジラやイルカが「話す」ことが話題になっている。チンパンジーでも絵を描くことがあるらしい(それを絵と認識しているかは分からないが)。しかし、文章を書くというのは今のところ人間にしかできないことである。だが、「じっくり考えながら書く」というプロセスを疎かにしていると、人はどんどん馬鹿になる。私も最近はじっくり考えながら書くということができていない。数秒で答えを出して伝えなければならないような、パブロフの犬のようなことを繰り返しているから、私だけでなく同じようなことをしている者も日一日とバカになっていることがよく分かる。

 少しでも、「書く」というプロセスを仕事の中にも取り戻していきたいものだ。考えない仕事ほど不幸なものは無い。

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