« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »

2014年3月

2014年3月31日 (月)

袴田事件に動き

 長年冤罪が囁かれていた袴田事件に大きな動きがあった。我が国では冤罪と言われてきた事件は少なくないが、再審はほとんど認められない。

 まず、裁判所として再審は自分たちのやったことを否定することである。法曹は司法修習の期を通じて上下関係が強く、特に裁判官や検察官はこの傾向が強い。両者は人事交流制度もあり、かなり親密な関係にある。そうなると、再審など認められば検察との関係がぎくしゃくする。・・・と言われてきた。

 ここまでの話は在朝法曹というエリートの話になるが、国民感情とて無視できない。「被害者の心情はどうなるのか」という意見は相変わらず今回の話でも目立った。つまり、「誰かを処罰しなければ気が済まない」という素朴な庶民感情である。これもまた、冤罪を作り易い土壌ではある。

 再審制度は今までの手続きの問題を指摘することだから、例えばこういう手続きにこそ裁判員等職業法律家以外の考えを入れるような制度改正が必要ではないか。

2014年3月29日 (土)

医療現場の労働問題

 「医療崩壊」が囁かれて久しいが、一方で打開の道はなかなか開けてこない。原因のひとつは間違いなく医療現場の抱える労働問題だが、違法か合法かという話だけでは問題は解決しない。

 社会保険労務士も医療労務の問題に取り組むようにはなってきているが、現場で何が起きているのかを掴むのは容易ではない。しかし、付け焼刃的な対処法だけ助言しても効果は無さそうだ。

2014年3月27日 (木)

クリミアの併合既成事実化へ

 ロシアがクリミアの併合を着々と既成事実化している。ウクライナにはロシアと正面切って争うだけの軍事力は無く、ウクライナ海軍に至ってはほとんどの艦艇がロシアに投降してしまい、事実上壊滅してしまった。

 欧米諸国はロシアを非難しているが、それ以上の動きは鈍い。少なくとも、ロシアを実力でクリミアから追い出そうとは誰も考えていない。こうなると、ロシアが併合を既成事実化できる可能性はかなり高くなる。それを読んで、プーチン大統領も急いでいるのだろう。

 残念ながら、大国のやりたい放題に国際社会は無力であった。この事実を、日本も再認識する必要がある。

2014年3月25日 (火)

台湾政界大混乱

 馬政権が推進する大陸との通商協定をめぐり、学生を中心とするデモ隊が立法院に乱入し議場を占拠し続けている。行政院にも乱入し、首相執務室にあたる院長室まで荒らされたというのだから事は深刻だ。

 台湾政治は一貫して中国との関係が重大な問題であり続けている。今回の問題は、政権と立法院の多数を占める国民党が大陸との関係強化を進めているのに対し、それでは大陸に飲み込まれてしまうのではないかとの危機感が爆発したものと言える。台湾の民主社会は大陸そのものを揺さぶってはいるものの、それだけでは経済的に大陸に飲み込まれることを阻止できない。

 1990年代までは、台湾と大陸のパワーバランスは核兵器はともかく海空戦力については圧倒的に台湾側に有利であった。しかし、2000年代に台湾は基隆級ミサイル駆逐艦とP3C哨戒機こそ導入できたものの、イージス艦の導入と潜水艦の更新には失敗し、護衛艦についても2000年当時の勢力のままである。航空兵力についても目立った進展は無かった。そして、その間に中国は一気に軍拡を進め、今や台湾海峡のパワーバランスは中国側に有利になりつつある。

 民進党政権時代、野党であった国民党は民進党政権の武器購入を妨害し、政権獲得後も中国に遠慮して対空ミサイルの開発を中止するなど、「国防」を疎かにしてきた感は否めない。もともと、台湾が大陸に対してある程度独自性を発揮してこれたのは、相当程度有力な海空兵力を持っていたからである。これが後退してしまったのだから、発言力が小さくなるのは仕方がない。

 1990年代初頭にも同じような混乱があったが、あの時は民主化を進めるプロセスをめぐる争いであった。その点では、当時の李登輝総統も与党である国民党も、本省人も外省人も、また野党であった民進党も独立派も統一派も一致していた。だからこそ、「国是会議」によって議論を集約することができた。しかし、今回は台湾内部の方向性はバラバラだし、大陸との関係をどうしていくのかはかなりの温度差がある。「国是会議」の二匹目の泥鰌を狙うのは難しい。

 残念なのは、ここで台湾軍がもっと強力であれば、台湾の人々は大陸との交流が深まってもここまでの恐怖心は感じずに済んだだろうということだ。

2014年3月23日 (日)

大阪市長選挙

 橋下前市長の辞職に伴う大阪市長選挙は、有力な対抗馬のないまま投票日となり、橋下前市長の当選で幕を下ろした。投票率は二割程度で、全国的に大して注目されなかったが、どうやら大阪市民も大した興味は示していなかったようである。

 橋下前市長の当選は当選である。しかし、もともと選挙で圧倒的多数の票を獲得してそれを利用して大阪都構想に反対する勢力をねじ伏せようとしていたのが事実上の独り芝居になってしまったから、目論見はどうなるか分からない。小泉元総理は「参議院が反対した」ことを理由として衆議院を解散したが、郵政解散で自民党が圧勝した結果衆議院で圧倒的多数を獲得し、それをバックに参議院を従わせている。しかし、今回の場合大阪市議会の構成は何も変わらない。大阪都構想の賛成が圧倒的多数であることを理由に議員を脅すこともままならない。恐らく、何も変わらないのではないか。

 そもそも、大阪都構想は橋下市長のオリジナルではない。戦後何度も、大阪が「衰退していく」過程で東京に対する対抗策として大阪の財界人たちの間で出てきた話である。それが戦後六十年余何も進まなかったのは「議会の抵抗」とか「中央官庁の抵抗」ではなく、単にそれだけのメリットがなかったからである。

 橋下市長は何とかの一つ覚えのように民間民間と騒いでいるが、その結果として公募した区長校長はセクハラをはじめとするスキャンダルを連発し、民間委託先の労働者が低賃金で生活ができず生活保護を受けているという、冗談のような事態を連発している。橋下市長としては、そろそろ次のネタを用意しないとネタ切れになりかねないのではないか。

2014年3月21日 (金)

ものを書くということ

 万年筆愛好家でプロデューサーの足澤公彦さんのお話を伺う機会があった。足澤さんは万年筆を使うのにあたり、使える環境と使えない環境があることを述べられた。例えば、サハラ砂漠の中では繊細な万年筆は使えないと。

 私も同感である。私も万年筆は人後に落ちないほど好きなのだが、あまりにも忙しくなってきたため万年筆を握ってじっくり考えるということはほとんどなくなった。パソコンで急いで文章を作るか、プリンターから出力された資料に急いでシャープペンシルで書き込んで指示を出すか・・・という日常が続いている。

 思考力や文章力と言うものを考えてみると、万年筆と言うのは自分の頭で考えたことを咀嚼して、それを紙の上に綴っていくのにちょうどいい時間差を与えてくれる筆記具であると言える。ペンシルやボールペンは早く書くことには良いが、その文章が練られたものになるとは言い難い。考えることと、指を動かすことの「間」が大切なように思える。

 クジラやイルカが「話す」ことが話題になっている。チンパンジーでも絵を描くことがあるらしい(それを絵と認識しているかは分からないが)。しかし、文章を書くというのは今のところ人間にしかできないことである。だが、「じっくり考えながら書く」というプロセスを疎かにしていると、人はどんどん馬鹿になる。私も最近はじっくり考えながら書くということができていない。数秒で答えを出して伝えなければならないような、パブロフの犬のようなことを繰り返しているから、私だけでなく同じようなことをしている者も日一日とバカになっていることがよく分かる。

 少しでも、「書く」というプロセスを仕事の中にも取り戻していきたいものだ。考えない仕事ほど不幸なものは無い。

2014年3月19日 (水)

まずは会えてよかった

 拉致被害者横田めぐみさんの御両親夫妻が、モンゴルのウランバートルで孫と曾孫に面会することができた。長らく叶わなかった面会であるが、これはよかったのではないかと思う。

 確かに、日本政府が何らかの譲歩をしたのではないかと疑われる可能性はある。しかし、高齢の横田夫妻にしても外国に出かけられるだけの健康と体力のある時間は限られている。また、日本政府が北朝鮮に譲歩したいと思っても、それは国民が許すまい。今回の措置は北朝鮮に対して見返りはない「人道的なもの」として両国とも捉えるべきと言えよう。

 一番恐れていたのは、「感動の再会」が北朝鮮あたりで撮影され、ばら撒かれることであった。今回は特に映像は出ておらず、この一件を北朝鮮が宣伝に使うことは難しい。また、孫やひ孫に会うことができたと言っても横田さん本人は「死亡した」ことにされており、未だ面会できたわけでもない。孫やひ孫に会うことはできたが、本質的な問題は何も解決していない。

 北朝鮮は日本がこの問題に関しては譲歩しないことを知るべきだ。人道支援に関しては北朝鮮が今のような瀬戸際外交をやめれば労を惜しまないだろうが、相変わらず独裁政権が瀬戸際外交を続けているようでは国内外の理解を得られない。

2014年3月17日 (月)

国家は自殺することすらできる

 クリミアとセバストポリはロシアへの編入の是非を問う住民投票を行い編入が多数を得たことを受けて、クリミア議会は独立とロシアへの編入を求める決議を行った。この国は、誕生と同時に自殺することになる。

 もともと、クリミアの地はロシアにとって数百年来欲しくて仕方がない土地であった。クリミア戦争も南下するロシアがクリミアを巡ってトルコと衝突したために起きたものである。このあたりは文明の十字路に位置する関係で民族が入れ替わっていたが、クリミア・タタール人などは中央アジアに追放され、かわってロシア人が入りこんで今や多数派を占めている。

 としても、簡単に他国の領土を自国に編入することはできない。軍事力を使えば尚更のこと、「侵略」になってしまう。そこで、クリミアは一旦独立し、その上でロシアへの編入を求めるという二段構えの方法を取っている。異民族であるウクライナ人の支配で迫害されている少数派であるロシア人が民族自決の大義をもって独立し、その上で国際法上主権国家は自殺することすらできるから、独立を放棄してロシアに編入される。どちらも、表面的な話だけで言えば、問題はないように見えてしまう。

 しかしながら、クリミアの独立は背後でロシアが糸を引いているのは確実であり、国際法的にはともかくとして政治的にはロシアのやりたい放題を容認することになってしまう。そこを警戒して欧米諸国はロシアへの制裁に踏み切った。

 とりあえず、ボスポラス海峡を抑えているトルコがロシアの味方にならない限り、ロシアがクリミアを手に入れたとしてもそれで世界の海に乗り出していけるわけではない。ロシアがクリミアを手に入れようとしはじめてから数百年が過ぎているが、その間に世界は「植民地主義」の時代でもなくなった。軍事的な影響力は黒海沿岸に限定されるのではないか。

2014年3月15日 (土)

さようなら寝台特急「あけぼの」

 寝台特急「あけぼの」が3月14日発をもって廃止された。臨時列車としては残るものの、廃止の理由が「車両の老朽化」だから、早晩完全に消えることになるのは避けられそうにない。これで国鉄時代から存続している寝台列車は全廃と言うことになる。二度ばかり乗ったことがあるが、トワイライトエクスプレスや北斗星のような食堂車やロビーは無く、個室寝台はあるものの何となく「昔ながらの寝台列車」の風情を残したまま走っていた。

 私はたまたま14日がたまたま移動日にあたっており、上野駅で下車して見送ることができた。数週間前に上野駅に見に来た時には大して人がいなかったのだが、さすがに最終日となると発車する13番線は入場規制がかかるほどで、反対側の14番線にも人が溢れかえり、規制線が張られ警備員が数メートル置きに配置されるなど物々しい有様であった。私は何度か乗ったし、上野駅を通るときに時間調整して見物したこともあったくらいだから今更写真を撮るのに熱心にというわけではなかったからよかったのだが、写真を撮ることに必死な人たちと言うのもいるわけで、三脚が林立するなど独特な雰囲気であった。押し合いや怒号などはさすがに鉄道を愛する者として情けない気がするが、これを「トワイライトエクスプレス」や「北斗星」などの豪華列車の最終便でやられたら、間違いなく雰囲気はぶち壊しだろう。

 上野発の夜行列車と言えば、「津軽海峡冬景色」でも歌われているが、「あけぼの」の廃止をもって青森駅に向かう寝台列車そのものが全廃となる。厳密には「北斗星」「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」は青森駅に入って機関車を付け替えるが、乗客の乗降はできない。

 寝台列車の廃止は「時代の流れ」という言葉で説明されるものの、どうもそれだけでは納得致しかねるところがある。「ななつつ星」は別格であるにしても、東京から出雲や高松に向かう「サンライズ・エクスプレス」は連日満席だそうだし、「北斗星」も個室寝台を取るのはかなり難しい。昔ながらの開放型寝台が中心だった「あけぼの」にしても乗車率は60パーセント程度で推移していたそうだから、そう悪いとも言えない。廃止された東海道ブルートレインや山陽ブルートレインは末期に乗車率が3割を切っていたそうだから、むしろ「あけぼの」はかなり健闘していたと言えるのではないか。

 「深夜に移動する必要はない」という意見もある。ビジネスホテルが価格破壊でかなり安くなったのも事実だ。しかし、新幹線をもってしても、例えば私がよく移動する名古屋-仙台間では「のぞみ」と「はやぶさ」を利用して乗り継ぎが順調であったとしても、四時間程度は見なければならない。翌日の朝一番でどちらかに仕事がある場合、どうしても午後七時過ぎには移動する必要がある。それでも、到着することにはともに日付が変わってしまう。

 高速バスという方法もある。夜行の高速バスは大阪大学にいた頃一度だけ大阪から東京に行くときに使ってみたことがあるが、満足に睡眠がとれるものではなかった。もともと高速道路は居眠り運転防止のためあえてガタつきが作ってあるし、バスの座席はそう広くない。夜間移動したとしても、翌日は睡眠不足と疲労で、とても有効に活用できるものではなかった。

 これに対して、寝台列車の場合は十分に睡眠を取ることができる。最初に寝台列車に乗った時は大丈夫だろうかと思ったものだが、自分としてはビジネスホテルで寝るのとそう大差はなかった。たまに睡眠不足になることがないわけではないが、これは寝られないというのではなく、車内探検や深夜早朝の機関車の付け替えを見物しようとして寝なかっただけである。何度か札幌→仙台で移動したことがあるが、早朝仙台に到着し当日の仕事には全く支障はなかった。高速バスとの居住性の違いは価格を考慮しても歴然としている。

 安全性についても、高速バスはあちこちで事故を起こしているのに対して、寝台列車ではその手の話は長く聞かない。もともと、高速バスは規制緩和の影響で爆発的に普及して寝台列車を駆逐したが、その安さは運転手の労働条件の悪化と、整備コストの削減によるものであり、いわば安全性を下げるかわりに価格も下げるというものであった。「乗って事故に遭ったら自己責任」ということになるのだろうが、寝台列車がことごとく廃止されてしまうと「安全な夜間移動」は少なくとも私のように疲れないで移動したいということになると、実質的に選択肢がなくなってしまう。

 鉄道は安全だし、定時性にも優れている。この利点はもっと見直されてよい。夜間移動という需要は決して少ないものではないから、安全性と快適性という付加価値を付けることによって、まだまだ需要喚起の余地はあるのではないかと思う。特に、高速バス運転手の労働問題を考えると、高速バスの価格面での優位性を将来に渡って維持できるとは必ずしも言い切れない。トルコではトルコ国鉄のサービスの悪さから高速バスが普及したが、最近は寝台列車も含めて鉄道の巻き返しが起きている。

 速達性を売り物にする航空業界についても同じだ。速達性で鉄道は航空機の足元にも及ばないが、定時性や快適性では鉄道の方が上である。航空運賃は確かに値下がりしたが、一方でコスト削減が整備や航空関係者の労働条件の低下によって成り立っているところから、大事故につながりかねない整備不良や乗務員の過失が度々指摘されている。こちらも、将来に渡って今の優位性を維持できるとは言い切れまい。

 寝台列車が単に市場競争に敗れて消えるというのは確かかも知れないが、その「市場の枠組み」そのものはかなり政策的に自動車業界や航空業界を後押しするように動いてきた、少なくともこの二十年余はそのように感じる。

 ただし、JR各社も寝台列車の設備をほとんど向上させてこなかったのは確かだ。「取るのが難しい」と言われる北斗星やトワイライトエクスプレスの個室寝台にしても、その設備は平成に入った頃のものであり、四半世紀経過していながら更新されていない。「あけぼの」は更新されないまま消えていった。基本的な居住性が悪いというわけではないが、コンセントはB寝台個室にはなく無かったり、A寝台ロイヤルにしても「電気カミソリ用」として洗面室に設置されており、パソコンや携帯電話の充電には不十分だし場所も悪い。JR各社が新幹線の充実ばかりに目を向けていたのは確かである。それで取れる筈の夜間移動という需要をバスに渡してしまったのではないか。

2014年3月13日 (木)

小保方論文問題に思う

 「脳幹を鍛えればうつ病が治る」「朝早く起き続ければ癌が治る」など、色々な話を聞かされたものだが、いずれも国内外のいかなる研究機関でも追試に成功したという話は聞かない。野口英世の医学的功績と言われているもののかなりの数が、実際には追試に成功した例がなく、医学者としての研究業績としては否定されているという事実もある。それが科学の冷徹な現実と言うものであろう。

 小保方博士の論文は世界中を熱狂させたが、その論文の中身がねつ造ではないかと指摘されている。博士論文そのものが外国の研究機関のホームページに掲載された文章を丸写ししたのではないかとの疑惑もある。しかし、何よりも多くの人々をがっかりさせているのは、誰も追試に成功していないということであろう。追試ができないということは、仮に論文に掲載されていることが事実であったとしても、活用することはできないということになるからだ。

 ここまで疑惑の目に晒され、袋叩きにされているのはいささか見るに忍びない。論文を取り下げてしまうと取り下げそのものが相当な不名誉になるようだが、内容の修正も含めて対応することは避けられないだろうし、むしろ科学の進歩のためには徹底的な究明が必要だ。私自身も将来の再生医療に大いに期待しているから、単なる学者の功名心のための研究であったとは思いたくない。

2014年3月11日 (火)

東日本大震災から三年

 今日は東日本大震災から三年の日である。犠牲になった人々のご冥福をお祈りしたい。

 あの日から、日本人のメンタリティは変わったように思う。

2014年3月 9日 (日)

映画「永遠の0」を観る

 映画「永遠の0」を観てきた。作品そのものは、当時の戦闘機パイロットの葛藤や家族愛を描き、戦後生き残った人々の苦しみも描き、感動できる内容に仕上がっている。

 役者の演技については、主役とその周囲よりも、平幹二郎をはじめ山本学、橋詰功ら日本映画界の古株たちがまことに存在感のある演技をしており、この点では脇役の方が主役とその周辺を圧倒してしまっていた。しかし、「戦争を生き残った」人々が若い人々に語るという点では、このほうが「自然」であると言えるかも知れない。

 特攻隊員を「テロリスト」と同視するような人々にしてみればそれでも十分に軍国主義的と言えるかもしれないが、映画の内容自体は批判されていたように、戦争を賛美したり特攻隊員を英雄視するというつくりではなかった。むしろ、サウンドと相俟って、冒頭から極めて物悲しいというか、悲劇的な印象すら感じられた。

 映画にする以上、原作のエピソードが変わってしまうのは仕方がないことだが、原作では様々な人々の口を使って当時の日本社会や軍の問題点が指摘されているのだが、残念ながら映画ではこうした部分が分からなくなってしまっている。もちろん、知らなくても映画そのものは楽しめるのだが、批判的精神という点においては感心しない。

 例えば、ガダルカナルの戦いでラバウル航空隊に配属されたベテラン・パイロットは次々と戦死していくのだが、原作では詳細に語られていたその背後関係が映画ではほとんど語られていない。物量というような単純な問題ではない。長年労働問題に関心をもってきた私としては、ガダルカナルの戦いから我々が学ばねばならないことが多いように思う。

2014年3月 7日 (金)

頑張れパラリンピック

 間もなく、冬季パラリンピックが開幕する。日本選手団の活躍に期待したい。

 パラリンピックは障害者のオリンピックだが、健常者であったとしても容易にはできない競技を行う。パラリンピックにあるわけではないが、「盲人野球」は聴覚を頼りに試合を行うが、これは視覚障害によって聴覚が研ぎ澄まされた故にできる競技と言えよう。そうした点では「障害者」ではなく「障碍者」と表記した方が適切な感じもする。

 どうしても障害や病気を負ってしまうと人は委縮しがちである。パラリンピックの選手たちは競技を通して、残された力でも広く活躍できることを我々に教えてくれる。現実問題として、健常者の範囲に含められる人々であっても、いつ障害を負うかわからないのである。(だからこそ、公的年金制度には障害の関連給付がある)

 もっとも、障害を補助する器具や装置が必要と言うことから、パラリンピックが「金持ち国の祭典」になってしまっているのは事実であろう。障害者のスポーツ参加どころか、「我が国には障害者はいない」と言い張るところすらある。

 世界的に見て、障害者の地位向上はまだまだ簡単ではない。

2014年3月 5日 (水)

凍らぬ港がある限り・・・

 ウクライナ動乱でロシア軍として介入しているのはロシアに言わせれば「自警団」らしい。かつてのソ連は戦車を仕立てて乱入したものだが、さすがに21世紀の現代ではいきなり戦車を出すわけにはいかないので、「自発的」にロシアへなびいていると思わせたいのだろう。無論、ロシアの旗色が悪くなれば戦車が出て来るであろうことはチェチェン紛争などを見ていれば容易に想像できる。

 ロシアがウクライナに執着するのは、やはり「凍らぬ港がある」という意味が大きいだろう。ロシアの南下政策は伝統である。簡単に諦めるとは思えない。

 気がかりなのは、欧米諸国がウクライナ情勢を憂慮しつつも、現実に圧力をかけるとなると消極的になっていることだ。シリアでもそうだったが、泥沼化を恐れる欧米諸国としてはどうしても介入には躊躇せざるを得ない。泥沼化すれば首が飛ぶことになりかねない。

2014年3月 3日 (月)

ウクライナ動乱

 冷戦後のウクライナの歴史は親ロシア派と親欧米派の対立の歴史となっている。これはウクライナだけでなく、伝統的に文明の十字路に位置するグルジアなども同じだ。ソチオリンピックが終わると同時にプーチン大統領は事実上の軍事介入に踏み出した。

 ウクライナ人にしてみれば、心情的にロシアには加担したくない。これは、ソ連の一部としてロシアに主導権を握られて酷い目に遭わされたというだけではないようだ。

 ウクライナ人に言わせれば、現在のロシア・スラブ世界の源流はロシアではなくウクライナである。スラブ世界の「文明開化」は現在のウクライナにあったキエフ公国がコンスタンティノープルを首都とする東ローマ帝国から皇女を公妃として迎え、正教や文字などを導入したことにはじまる。モンゴル帝国の侵入を受けるまでは、キエフこそがスラブ世界の中心であった。

 しかし、モンゴル帝国の侵入によってキエフをはじめとするルーシの世界は徹底的な破壊を受ける。ロシアでは「モンゴル・タタールの軛」と呼ばれる時代だが、この時代にハーンから免税の特権を受けて勢力を拡大したのがモスクワ大公国であった。モスクワ大公国は東ローマ帝国の滅亡によって「第三のローマ」を名乗ってロシア帝国となり、現在のロシア共和国に繋がる。つまり、ウクライナ人にしてみればロシアはモンゴルと結託してキエフの占めていた地位を乗っ取った人々であり、ロシア人をタタールとの混血であると蔑視する意見すらある。

 ウクライナ人はかつてのルーシの正当な後継者は自分たちだと思っている。「ロシア・タタールの軛」は御免だと思っているわけだ。それでもロシアが武力で支配する時代が長く続いたが、冷戦の終結によって名実ともに独立を果たすと、どうしても欧米に接近することになる。一方、ロシアは自国の覇権が脅かされるうえ、ロシア帝国の時代からウクライナには多くのロシア系住民が移住している。「同じ民族の保護」という大義名分を掲げる理由ともなる。

 今回のウクライナ動乱では、ロシア系住民の多い地域がウクライナから分離してロシアへの併合を要求するなど、混迷が深まっている。その背後には数百年に及ぶ怨念の歴史があるのだから、解決は容易なことではない。

2014年3月 1日 (土)

PM2.5

 今日から春だが、あまりいい春とは言えなさそうだ。中国大陸から汚染物質が飛んでくる。

 もともと、発展途上国は環境規制が緩いところが多い。我が国も水俣病やイタイイタイ病など、多くの公害病を出してきた暗い過去がある。しかし、経済発展とともに公害対策に力を入れてきた。しかし、中国は「世界第二位の経済大国」になったにもかかわらず、未だに金儲け優先である。

 中国の環境汚染問題は中国でも問題になっているが、漏れ聞こえてくるところでは日本でいうところの市区町村レベルで争いになった程度で、かつての水俣病や四日市ぜんそくのような国内で大問題になったという話は聞かない。中国政府の報道管制もあるだろうし、汚染をまき散らす企業と地元自治体・共産党幹部の癒着もあるだろう。

 かつて、日本の公害問題はマスコミとともに野党や労働組合が重要な役割を果たした。何しろ、高度成長期の自民党は公害問題に取り組むと企業の成長を阻害すると思い込んでおり、「カドミウム米は気合で食べれば問題ない」などと暴言を吐くほどだったからである。この点、「労働者への配分は企業の成長を阻害する」と今なお同じようなことを言っているのが気がかかりだが、ともかくも中国には野党は存在しない。

 となると、この環境汚染問題も結局のところは中国の民主化が進むかどうかが解決にとって重要になるということは間違いなさそうだ。

« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »