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2014年2月

2014年2月27日 (木)

「アンネの日記」毀損事件

 全国の図書館や書店で「アンネの日記」が毀損される事件が多発している。アンネの日記は反ユダヤ主義者から非難されている本ではあるが、我が国に反ユダヤ主義者がいないわけではないが、欧米と比べて微々たる数でしかないし社会的影響力は皆無だ。むしろ日本は戦前から伝統的にユダヤ人やイスラエルには同情的である。

 特定アジア諸国が戦前の日本をナチス・ドイツと同じ犯罪国家だと宣伝している。今回の日記の毀損を喧伝することで「日本は今でも戦前を反省せずナチスと同じことをしている」という補強に使いたいと考えている可能性はある。そうなると、少数の反ユダヤ主義者の犯行と考えるほか、日本をナチスと同じようにして貶めたい国或いは反日主義者の犯行と言う可能性も考えないわけにはいかない。

 いずれにせよ、犯人は厳罰に処されるべきだ。「アンネの日記」は単に「アンネ・フランク」という一人の少女の日記というだけではない。悲惨な目に遭わされたあの時代のユダヤ人を代表するものである。

2014年2月25日 (火)

狂気の全理事辞表提出要求

 籾井NHK会長が、今度は全理事に日付を空欄にした辞表の提出を要求し、ことごとく理事がこれに従って提出していたということが明らかになった。全く、こうなると発言云々以前の問題で狂気の沙汰であると言うしかない。

 そもそも、NHK会長には人事権が与えられているから、別段わざわざ辞表を取る必要はない。不適格と認める理事がいれば、経営委員会の同意を得て罷免すれば済む話である。形式的に理事の自発的辞任にしたいのかも知れないが、そんなことをしたところで何か意味があるわけではない。そもそも、理事の側から「辞任したつもりはない」と言われればそれまでのことである。もし、このようなやり方がまかり通るのなら、使用者は採用時に日付を空欄にした退職届を提出させ、解雇したくなればそれを使って「自己都合退職」にしてしまうことが可能になってしまう。

 籾井会長は前職では親分肌の人物として人望があったという。が、このようなタイプは独断と暴走、強権的な手法に走りがちだ。それは、「ドラえもん」でのび太に対するジャイアンの行動を思い出せばよい。ジャイアンはのび太やドラえもんを体を張って守る一方、理不尽な虐めを繰り返している。

 「自分の好きな時に、自発的辞任と言う外見を取って理事を解任する」というのは、組織の長としてあるまじき振る舞いだ。強権的な手法を取るのは、そもそも自分の考えを部下に説明できない、自分のやり方で部下から共感を得られない証左と言えるのではあるまいか。

 従軍慰安婦問題は歴史問題だから個人として色々な考えがあってよい。実際、学術的にも争いがあるところだ。しかし、「メディアは政府に従うのが当たり前」というメディアの責任を放棄してNHKを宣伝省にでもするが如き発言や、今回の辞表提出要求は常軌を逸している。安倍総理が好んで任命した以上、任命責任が問われてしかるべきではないか。

2014年2月23日 (日)

森東京オリンピック組織委員会会長ジョーク

 「森さんの一番得意なスポーツは、やっぱりラグビーなんだろうか?」

 「違うね。一番得意なのはボブスレーだよ。右も壁、左も壁、そして奈落の底に真っ逆さま」

2014年2月21日 (金)

浅田選手、よく頑張った!

 ソチオリンピックのフィギュアスケート女子で、浅田選手はメダルに届かなかった。しかし、当初の失敗の後で一転して美しい演技を見せたことはライバル選手も含め内外に大きな感動を与えている。メダルの数と色だけが重要なら、浅田選手は敗者であろう。しかし、その姿勢を通じてライバルや勝者にまで感動を与えるということは誰にでもなし得ることではない。浅田選手は日本にメダルをもたらすことはできなかったが、より多くの無形の感動を与えたことで、永く記憶される選手になったのではないか。

 浅田選手の今後についてはよく分からないが、この辺りでメダル争いから解放されても良いのではないか。点数を争うのではない、純粋に美しい演技を見たいと望んでいるファンも多いだろう。

2014年2月19日 (水)

大雪

 大雪の後遺症は未だ甚大である。総理が支援者と天ぷらを食べていたことも話題になっているが、情報が入り適宜指揮命令ができる環境であったかどうかを問題とすべきであろう。官邸で弁当を食べていたとしても、情報が入らなければ意味がない。

 尾張地方はほとんど雪が降らない。東北ならば都市計画で耐寒耐雪は必須だが、愛知県ではほとんど考慮しなくともよかった。それだけに、今回のように異常な降り方をすると大変である。ただし、ほとんど雪の降らない地域で耐寒耐雪を基本にしてしまえば明らかにオーバースペックになってしまうから、雪に強ければそれでいいというものではない。

 災害の際は「地域力」が重要であるが、これもまた権力によって五人組や隣組のように、人権侵害の装置として使われるようになるリスクがある。東日本大震災で消防団も前身の警防団時代にはその持っている地域住民の情報を利用し悪名高い翼賛選挙で暗躍した前科前歴がある(このあたりは衆議院鹿児島二区選挙無効事件判決文に詳しい)。最初は善意でもって作られた組織や制度が牙を剥くことは人類の歴史上枚挙に暇がない。だからこそ、一面で見ることだけは避けなければならない。

2014年2月17日 (月)

トヨタのプリウスが100万台リコール

 トヨタのプリウスに不具合が発生し、リコールされる台数は100万台に及ぶと言うから恐ろしい話だ。少し前にアメリカで問題になったブレーキが利かなくなるという類のものではないそうだが、突然加速できなくなるというから、高速道路で不具合が発生すれば大事故につながりかねない。

 それにしても、日本車のリコールは増えた。無論、かつては不具合などをそうそう表沙汰にしなかったということもあったのかも知れないが、全般的に増えていると言える。そして、その原因もある程度特定される。すなわち、現場で不具合の原因が発見されたとしても、もはや現場で解決するための方策は提案できなくなっているということだ。

 かつて、日本の自動車工場はQC活動等労働者独自の改善運動が盛んで、アメリカで失敗した「現場労働者の経営参加」が実現されたと大いに諸外国から驚かれていたものである。熟練した現場責任者がおかしいと思えばひもを引いてラインを止める。これは当たり前の事であった。

 しかし、そうした熟練した労働者は今や消えつつある。若者がモノづくりに関心を持たなくなったのではない。日本企業が若者を採らなくなった。製造現場は派遣請負の花盛りで、かつて一緒にラインで汗を流していた現場責任者は「正社員様」という遠い存在になってしまった。

 そもそも、派遣であろうが請負であろうが、発注先や派遣先は「お客様」である。同じ会社の正社員同士なら身分保障もされているし、一方的な首切りや配転など現実問題として難しい。組合とて黙ってはいない。だからこそ、発言権を確保することも発言することもできた。それが製品品質を人的な面で支えてきたのである。

 しかし、発注先や派遣先が請負労働者や派遣労働者を気分のままに切るのは極めて簡単なことだ。いきおい、切られては困る派遣・請負労働者や、派遣会社や請負会社は「正社員」のご機嫌を損ねてはいけないと教育する。当然、派遣元や発注元のやり方が間違っていたとしても、直言するなどとんでもないことだ。欠陥や効率などは大した問題ではない。お客様のやり方を否定した、文句を付けたということが問題になるのである。例え技術や知識があろうとも、正規と非正規、発注元と受託者の壁は絶対に越えられない。残念ながら、多くの経済学者やコンサルタントは、この職場の厳然たる事実に気が付いていないか、或いは無視して議論を展開している。

 そして、派遣会社や請負会社は失敗されると困るから「余計なことはするな」「指示されたこと以外はするな」を徹底する。このあたりは実際に請負労働者として製造現場に潜入して研究された山形大学の戸室先生の著書に詳しいが、こうした現場では現場の問題は「見て見ぬふりをする」ことが重要になる。いきおい、現場レベルの労働者が欠陥に気が付いていたとしても、それが反映される環境ではなくなっているわけだ。そして、近年一気に進められた非正規化と品質の低下は無関係ではない。

 もっとも、トヨタ本体はこの打撃をまたぞろ下請や非正規の待遇切り下げなどで処理できるであろうから、大した痛みとは感じないかもしれない。しかし、「日本製」が戦前は粗悪品の代名詞であったことを考えると、「メイド・イン・ジャパン」もブランド力を維持できるとは到底言えまい。プリウス以外にも、まだまだ隠しているものがあるのではないか。そんな疑いを抱いているのは私だけではないのではないか。

2014年2月15日 (土)

祝・金メダル

 男子フィギュアスケートで羽生選手が今大会初となる金メダルを獲得した。スノーボードとノルディック複合でも若い選手がメダルを獲得しており、競技の枠を超えて「世代交代」を感じざるにはいられなかった。東京オリンピックを控えて日本の体育関係者はメダルをできるだけ多く獲得して弾みをつけたかっただろうから、ともかくも金を獲得できたのは大きかろう。

 それにしても、メダル獲得と言われた選手がメダルなしに終わったり、あまり注目されなかった選手がメダルを獲得したりと、オリンピックはやはり「魔物」が住んでいるという感じがする。実力のある選手であっても、オリンピックという四年に一度のこの時期にピークを迎え、更に幸運に味方されなければメダル獲得は覚束ない。

 メダル獲得も大事だが、それ以上に各選手が人生の集大成として納得のできる活躍をしてくれることを祈りたい。

2014年2月13日 (木)

中台閣僚会談に思う

 台湾の行政院大陸委員会王主任委員が訪中し、南京で中国の張外務次官と協議を行った。台湾要人の訪中は珍しくなく、両岸は民間団体を経由して交流を続けてきた。しかし、台湾で大陸関係を管轄する閣僚が訪中し中国政府の要人と会談するのは言うまでもなく初めての事である。

 協議されたのは相互の代表部設置や留学生の医療問題であったそうだ。台湾の馬総統は早期の政治対話には否定的だが、これが中国政府の求めている「両岸の政治対話」に繋がっていく可能性は高い。今回の会談では張外務次官が「台湾独立に反対する」と発言しているから、台湾が追い込まれたと見る向きは強い。また、台湾独立派を中心に「台湾人を代表していない国民党が勝手に国共合作を進めようとしている」との非難の声も上がっている。

 だが、両岸の政治的対話が進むことと統一は別問題なのではないか。台湾は確かに経済的には大陸依存の度を強めている。一方で、総統直接選挙は5回を数え、政権交代も定着した。つまり、台湾の自由と民主は定着しており、台湾住民もこれを変更するようなことは望んでいないということである。国民党が国共合作をやろうとしてみたところで、その実が「中国への統合」「自由と民主主義の否定」であれば民主的プロセスの過程で阻止されてしまうことは確実だ。つまり、台湾独立派の言う「国共合作」は台湾の民主政の中では実行不可能と見た方が良い。台湾の自由と民主主義は薄っぺらいものではない。

 中国政府はあくまでも「独立は認めない」と言い張っているが、これは逆に言えば台湾を「厄介払い」できないということである。中国は台湾を自国の勢力圏に取り込んだと思っているのかもしれないが、現実には台湾の情報が大陸に流れ、中国国民に衝撃を与える結果になっている。先の総統選挙と立法委員選挙は大陸でも注目され、敗北した民進党の蔡英文候補が「敗北宣言」を行うことができたということがとりわけ大陸で衝撃を与えたようだ。大陸では反右派闘争以来「敗れた」政治家は吊し上げか法廷に引き出されるのが常であって、堂々と敗北宣言などする余地はなかったからである。

 このまま台湾との交流が進めば、変わらなければならないのは大陸の方だ。そして、上海や杭州などの住民は残念ながら北京の党中央よりも台湾の方に憧れを抱き、将来は台湾や日本のような社会を望む者も珍しくない。今回の中台閣僚会談は、大陸社会の側も否応なく変わらざるを得ない状態に進む第一歩となる可能性があるのではないか。

2014年2月11日 (火)

建国記念日

 今日は建国記念日である。戦前は「紀元節」と呼ばれたが、戦後「建国記念日」を設けるにあたっても左右の対立があった。今日もなお、「建国記念日を祝う」趣旨の集会と「建国記念日を糾弾する集会」が分かれて開かれている。

 今年の建国記念日として注目すべきは、安倍総理が愛国的なメッセージを発信したことだ。もともと、安倍総理は第一次政権以来復古的な哲学を掲げてきたが、二期目になってそれが加速されている感がある。ナショナリズムを高揚させることで政権の維持を図っているように思われる。都知事選挙で田母神元航空幕僚長が当初泡まつ候補並みの得票に終わると思われていたのが若い世代を中心に62万票を獲得したこともあり、一定程度浸透しているのは確かだろう。

 しかし、大多数の国民は安倍政権の「アベノミクス」に期待を抱いているのだろうが、ナショナリズムについてはあまり興味を抱いていないのではないか。ヒトラーはドイツ民族の優越性を喧伝しユダヤ人を含む諸民族を罵倒することでドイツ国民から支持を得たが、実のところナチス党の得票を見ても「圧倒的多数」どころかドイツ国会で単独過半数を占めることすらできていなかった。ヒトラーが支持されるようになったのは無論政権獲得後の言論統制もあるにせよ、「ヒトラーの奇跡」と呼ばれる経済回復と中間層以下へ積極的な所得の分配・労働福祉の向上を行ったことが大きい。しかし、安倍政権は解雇規制の緩和や労働者派遣の拡大を推進しているものの、労働福祉の向上はもとより労働者に対する積極的な分配についても決して積極的ではない。

 「偉大な祖国」を吹聴されても、その祖国が自分たちを守ってくれないとなれば国民が熱狂するわけもない。このあたりは中国ではもっと顕著で、中国政府と共産党が騒げば騒ぐほど中国国民は覚めている。

2014年2月 9日 (日)

舛添東京都知事

 午後8時の投票締め切りと同時に舛添東京都知事が誕生した。舛添新都知事は厚生労働大臣の経験もあり、この分野に精通している。都民は原発よりも福祉や経済を重視して票を投じたということだろう。ただし投票率は低かった。大雪もあっただろうが、都知事選挙に都民がいささか辟易しているのかも知れない。

 「単一争点選挙」に持ち込もうとした小泉元総理の作戦は失敗したが、擁立した細川元総理もすっかり「文化人」になってしまっており、1990年代の新党ブームの熱狂を覚えている私から見ても「老い」が目立ってしまっていた。今なお私が疑問なのは、そんなに不満なら何故小泉元総理自身が立候補しなかったのかということである。

 舛添知事は兎角女性問題等色々と言われているところがあるが、厚生労働大臣としての手腕は見るべきものがあった。労働関係についてはいささか知識が無いように思われたが、福祉関係については期待できるのではないか。

2014年2月 7日 (金)

ソチオリンピック

 間もなく、ソチオリンピックが開会する。混迷の90年代の後、プーチン政権の元「強いロシア」復活に向けて歩んできたロシアにとって、これほど誇りになるイベントはあるまい。

 北京オリンピック程ではないが、今回のソチオリンピックでも人権問題は騒がれた。分離独立を求めるイスラム教徒の弾圧は中国と同じだが、特徴的なのは同性愛者を弾圧していることである。少年のシャツをまくっていかかわらしい行為をしたプーチン大統領が言えた義理ではないように思うのだが、ともかくも欧米諸国が同性愛者の権利擁護に動いているのとは対照的な国策に、先進諸国からの非難が集まるのも無理からぬところだ。

 現在のロシアは、名目上は民主主義国だが、実質的には独りのツァーリによって支配されている国と言わざるを得ない。ヒトラーがベルリンオリンピックの成功を利用して権力強化を行ったように、今回のソチオリンピックも強権支配の強化に繋がるのではないかとの懸念は拭えない。

2014年2月 5日 (水)

「365日24時間死ぬまで働け」は撤回ですか?

 居酒屋チェーン「ワタミ」の創業者である渡邉参議院議員が、従業員の過労死認定について「一生の悔い」などと発言していたことが明らかになったが、案の定世間は本心からの発言ではないと見ている。当たり前だろう。遺族とはまともに話し合いをせず、「金が欲しいのか」などと発言したという噂もある。何より、「365日24時間死ぬまで働け」を撤回したという話は聞かない。

 恐らく、渡邉議員のこの発言は来るべき「ブラック企業」狩りに際し、自社だけがブラック企業として叩かれないための布石だろう。実際「ブラック企業だと叩くのではなく、変えることが必要」という発言もしている。この点については私も同感だ。ブラック企業を叩くだけでは問題は解決しない。ブラック企業が有利になってしまう現在の市場競争の仕組みそのものを改革する必要がある。労働者の生活や健康を十分に保全した状態ではじめて企業は競争のスタートラインに立つ資格を持つ仕組みを導入すべきだ。

 もっとも、労働市場改革ではブラック企業が手を染めてきた違法行為を合法化するという話もあるから、渡邉議員もいつ元に戻るか分かったものではない。渡邉議員が政治家として信用されたければ、行動することが重要であろう。今回の発言が、単に「個別企業に責任は無い」という方向に向けるためのものであったとすれば、更なる批判の声が上がるのは必至ではないか。

2014年2月 3日 (月)

恵方巻き

 節分には、すっかり恵方巻きが定着した。かつては専ら豆だったが、最近では恵方巻きの方が手に入れやすい。商魂逞しい人々の意志の勝利である。

 私が大阪大学に入った2005年頃には大阪では個人商店や一部のコンビニで売っていたものだが、まだ定着した行事とは言えない状態だったから「なんだこれは」と思った記憶がある。その後の全国的な展開は一気呵成と言うべきで、コンビニで恵方巻きを置いていないところを見かけなかった。

 商業主義が音頭を取ったのはバレンタインデーにおけるチョコレートと同じだが、チョコレートの方は「友チョコ」とか「義理チョコ」とかなんやかんや言っても男女関係云々という話になるのに対し、恵方巻きにはそうしたリスクもない。自分の食べる巻きずしを自分で買っても何の問題もないし、人の目を気にする必要もない。このあたりは、チョコよりもハードルは低かったのではないか。

2014年2月 1日 (土)

意味不明な大阪市長再選挙

 大阪市の橋下市長が自らの進める大阪都構想が上手く進まないことに立腹し、またしても議会や他党を「悪者」に位置づけるべく奇策に打って出た。橋下市長は大阪市長を辞職し、再選挙に出馬するという。

 橋下市長のやり方は、要するに自らが多数票をもって市長に再選されることで議会や他党に圧力をかけ、都構想を進めたいというものであることは明白だが、二元代表制ということもあるから、このような手法の正統性には疑問を抱かざるを得ない。議員や他党に対する「説明」「説得」が欠けているのではないか。

 没落気味であるとは言え、橋下市長の知名度と人気はまだまだ圧倒的だ。恐らく、誰が立候補しても破るのは難しいのではないか。しかし、それで都構想が進むとは思われないし、そもそも都構想には多くの問題がある。橋下市長の人気だけで問題が解決するわけではない。大阪市民は、そのことも含めて選択する必要が出てくるのではないか。今までのように「オモロてナンボ」では同じ失敗の繰り返しである。

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