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2014年1月

2014年1月31日 (金)

籾井NHK会長発言に思う

 安倍総理肝いりで就任した籾井NHK会長が自身の発言を巡って国会に招致される事態となった。従軍慰安婦に関連した部分については左右双方から支持や批判が出ているが、私はむしろ報道機関を預かる者としての自覚に欠ける部分の方が問題ではないかと考える。

 NHKは国費から支出を受けているとは言っても「国営放送」ではない。報道機関の仕事として権力が隠しているものを国民に知らせるというものもある。報道機関としての本質においては、NHKとそれ以外の報道機関との間で差は無い筈だ。ところが、籾井会長は「政府に逆らうことはできない」という趣旨の発言をしている。これは要するに「政府に都合の悪いことは報道しません」と言っているのと同じことで、報道機関として職務放棄を行うと宣言したに等しい。

 NHKが新華社や朝鮮中央通信のように政府の宣伝機関としての位置づけならば問題はなかったのだろうが、それならば受信料を強制徴収するなどということは許されないことになる。今のような巨大組織を維持する理由もない。

 私自身は従軍慰安婦問題についてはかなりの部分が誇張やねつ造であると疑ってはいるが、最終的には歴史研究の中で議論されていく問題であって、報道機関の長と言えども個人的な意見があればそれを職務上問題がある意見だと批難するのは筋違いであると考える。しかし、その意見を国民に伝えて吟味するのも報道機関の役割である。もし、報道機関が「政府に逆らってはならない存在」となれば、国民は政府の決めたことしか知らされないことになる。ネットが発達しているとはいえ、やはり情報は大幅に制約される。こうした「情報統制国家」を肯定するような思想の方が、はるかに危険であると言える。

2014年1月29日 (水)

派遣労働の拡大を決定

 労働政策審議会では派遣労働を拡大させる方向で法改正を行うべしとの最終報告をまとめた。これを受けて派遣法の改正案が国会に提出されるが、経済界からの後押しと与党の安定多数という状況から見て、多少の手直しはされるかも知れないが成立はほぼ確実であろう。改正の骨子は「全業務で無制限に派遣を認める」というもので、働き手の交代が条件であるにせよ、ほぼ派遣に丸投げして派遣先が自社で人を抱え込まなくとも済むようになる。これにより、ただでも有名無実と言われている「直接雇用の申し込み」は完全に夢となろう。この改正案の内容は、派遣業界の要望をほぼそのまま反映したものであり、派遣関係に詳しい人ならばそう驚くような内容ではない。

 現在の労働市場においては、好むと好まざるとにかかわらず派遣会社の占めるマッチング機関としての役割は無視できない。一方で、未だに「気に食わない」という理由だけで派遣契約を打ち切るなど、派遣労働者の人権や生活を無視した振る舞いが派遣先・派遣元双方に多いのも確かだ。特に「派遣先」にとっては、派遣労働者は「資材」扱いであり、人事労務部門の管轄範囲外にされている例が珍しくない。

 派遣を推進している識者は、実際に派遣労働者として働くか、自分の業務の中核部分を派遣に委ねてみることをお勧めしたい。どんなに恐しい思いをしながら働かなければならないか、身に染みるであろう。

 悪質な派遣会社の排除と言う姿勢が打ち出されているが、労務監査の義務化等の厳格な制度が導入されなければ、結局のところ悪質な派遣会社の方が派遣元にとっては「使いやすい会社」として伸びていくことになる。そもそも、「労働規制の緩和」が既定方針である以上、実際に派遣会社を縛るような制度の導入に政府与党が本腰を入れる筈もない。もともと、現在の政府関係者は「市場の中で淘汰」を信奉している者が多いから、悪質な派遣会社によって被害を受けても「自己責任」と言い出すのがオチになることは目に見えている。

 もともと、派遣労働を含む「間接雇用」では暴力団まがいの「口入屋」が介入し、戦前の日本では大きな問題となっていたことから戦後の労働基準法で禁止された。これをまず派遣と言う制度を認めさせ、二十数年かけて最終的にはほぼ戦前と同様の「無制限」を勝ち取った派遣業界と派遣を使いたい財界の執念深さには驚くほかはない。

 「限定正社員」制度の導入は、既に多くの企業で「地域限定正社員」「職種限定正社員」というかたちで実現している。その実は、要するに「非正規労働者並みの時給で働く非正規労働者の統率役」程度のもので、強いて待遇面での違いを指摘すれば「一応は期間の定めがない」「ささやかな賞与が出る」くらいでしかない。

 これからの企業は、幹部以外の所謂「平社員」として従来はひとまとめにされていた労働者もより細分化、階層化が進むことになるであろう。その最下層に来るのが派遣労働者である。この階層社会では、上の者が下の者の雇用継続を含めた大きな生殺与奪権を持つことになるであろう。すなわち、正社員としては末端であっても派遣労働者にとっては神嵜にも等しい存在になれるということだ。

 戦後の我が国では、現場労働者であったとしても上に対して改善も含めて文句を言える職場が長らく続いてきた。これが、現場労働者がラインを止めたり、仕事の進め方を現場で工夫して変えていくことができ、製品品質の向上の原動力となってきた。しかし、上が生殺与奪権を握る組織になれば、助言や提案は「反抗」とみなされ、ただちに労働契約の打ち切りや派遣契約の解除と言うかたちで職そのものを失うことになる。これからは、下層労働者は「言われたことだけやる」「言われていないことはやらない」という姿勢こそ処世術として重要なものになるであろう。日本企業が戦後持ってきた特質は解体されるべきものであるということになる。

 これでどのようにして仕事の質を維持していくのか。かなり難しいが、日本企業が国際的に人を集めて使い潰すことを前提にするにしても、同じ土俵でサムソンなどと戦えるかと言われればやはり難しいのではないか。いずれにせよ、使用者側が労働者側から一方的に収奪するだけの仕組みは、両者にとって長期的には決して良い結果をもたらさないことだけは確かだ。

2014年1月27日 (月)

気球に乗って尖閣侵入事件

 気球に乗って尖閣諸島に侵入しようとした中国人活動家に対して、中国政府が無罪放免を求めていることが明らかになった。日本の裁判所は行政府から完全に独立しており、捜査や起訴を担当する検察当局も行政の一部であるものの他の官庁と異なる強い独立性を持っている。中国政府から求められたところで、政府が介入できる余地は極めて小さい。

 そもそも、このような要求が来ること自体由々しき事態だ。菅内閣の時に尖閣諸島沖で活動家の船と海上保安庁の巡視船が衝突する事件が起きたが、当時の仙石官房長官は船長以下の活動家をさっさと中国に送還してしまった。後から起訴しろと言われてみたところで、犯人が日本の手の届かないところに英雄として凱旋してしまったのだから後の祭りであった。

 このようなことをすればどうなるか。尖閣諸島に侵入したとしても、中国人は罪に問われないということである。少なくとも、中国政府はそのように理解してしまう。いくら首相が靖国神社に参拝しタカ派的言動を繰り返したとしても、こうした問題に一つ一つ取り組まなければ我が国はいつまでも周辺諸国に足蹴にされ小突き回されることになる。

2014年1月25日 (土)

マルハニチロ毒物混入事件

 マルハニチロの子会社が製造した冷凍食品に毒物が混入された事件で、警察は契約社員の男性を被疑者として逮捕した。しかし、本人は「覚えていない」と容疑を否認しており、工場自体もティッシュ一枚外から持ち込むのが難しいとのことで、混入方法を含めて動機まで解明するのは容易なことではあるまい。

 本人は正社員と同様の仕事をしながら契約社員であることに不満を漏らしていたと報道されており、そもそも職場の不満が全体的に多かったとも言われている。これは恐らくは事実だろう。仕事に対してやる気がある者であって、不安定な非正規身分で満足している労働者は、私の知る限り皆無である。秋葉原での無差別殺人事件が派遣法の見直しにつながったように、今回の事件も根は深いのかも知れない。しかしながら、待遇が悪いからと言って犯罪を行うことが許容されることがあってはならない。ここは区別されるべきだ。

 難しいのは、混入事件や情報漏えい事件が多発する傾向にあるが、ともすれば企業側は非人間的な管理規定を作り、一挙手一投足まで労働者を縛ろうとする。特に非正規労働者はもともと信用されていないこともあるため、厳格な監視下に置かれる。しかし、このような待遇を与えることは企業への忠誠心など期待できまい。そうすると、いくら厳格にしたところでリスクは減っていないと考えるしかない。

2014年1月23日 (木)

早生まれは運動で不利

 日本サッカー協会が調べたところ、やはり早生まれは運動面では不利なようだ。サッカーをやっている小中学生では、早生まれの選手は極端に少なくなる傾向にあるという。野球でも同様で、野球選手は専ら4月~7月生まれに集中する傾向があるという。

 無理もない。小中学校あたりでは、まだまだ1歳の違いは大きい。大人になり、専ら頭を使う仕事をしていれば、5歳10歳の差を覆すこともそれほど難しくはないが、体格がモノを言う子供の運動では不利になるのは免れない。加えて、試合も含めて結果を出せなければ選手として注目されないし、そもそも競技に面白さを感じること自体難しいものとなる。

 私自身、小中学校では体育は常に1であり、運動が嫌で嫌で仕方が無かった。小学校では運動の出来不出来は、ほぼそのまま人間関係に直結し、運動のできない私のような者は好個のいじめの対象になる。教師は無責任にも「努力が足りない」「頑張っている奴はいる」と言い放ってほとんど何もしてくれなかった記憶があるが、私の方も嫌なサッカーのために努力したところで平均にもならないであろうことは分かっていたから何もしなかった。その分、読書を好むようになったので今の私があるわけだが、私が子供の頃の愛知県はピークが過ぎたとは言え管理教育の中心地と言われていたところであり、運動を尊ぶ一方で文系の活動は低調であり、放課の時には本を読むことを禁止し外で遊べと指導されていた。

 不利なものにあえて挑戦するのも美学ではあろう。しかし、不利なものを捨てて自分の有利な分野を選択することもまた重要なことだ。子供たちの健全な成長のためには、多くの選択肢を与えることが重要なのではないか。この点、最近の教育改革では何故か体育ばかり優遇される傾向にあるが、これは宜しくない。音楽や美術、更に実技に偏重するのではなく鑑賞や評価というところに目を向けさせると、子供たちにもっと広い選択肢を与えることができる。

 いくら音楽が好きでも、皆が音楽家になるわけではないし、絵が得意なものが画家になれるわけでもない(なってみたところで食えないのは必至である)。しかし、仕事を持ちながら趣味や教養としてこれらを楽しむことができると、人生は実に豊かになる。スポーツにしても同じ事であろう。選手ともなれば結果が全てだが、人生の趣味のひとつとして楽しむのであれば結果よりも楽しんだ過程の方が重要になる。

 

2014年1月21日 (火)

争点がどうもよく分からない東京都知事選挙

 東京都知事選挙が迫っているが、どうも争点がよく分からない。確かに、今まで「単一争点選挙」で地滑り的勝利が続き、ひとつの争点に引き付けられることの危険性は多くの国民が理解しているところである。しかし、今回の都知事選挙では何が争点なのか、主要なものもどうも見えてこない。

 細川元首相は小泉元首相の支援を得て「脱原発」を争点にしたがっている。この二人は、もともと「政治改革」「郵政民営化」の前科前歴があるから、上手く争点を「脱原発」に持ち込んで、反対派を「危険な原発推進派」として糾弾し流れを作りたいところだろう。しかし、宇都宮元日弁連会長も原発反対派だし、単純にいかないところがある。

 舛添元厚生労働大臣は知名度はあり、福祉問題にも詳しいが、東京でそれをどのようにやっていくのか、独自性を出すのは簡単ではない。福祉、特に高齢者福祉は最近の政治家が口を揃えて充実を訴え、福祉施設経営者が相次いで中央・地方政界に進出している。しかし、その実態は低賃金で使い捨てられる福祉労働者の犠牲の上に成り立っているわけで、福祉関係そのものが「ブラック企業」と同視されているという冷徹な現実がある。福祉の充実を訴えたいが、福祉労働者の労働問題は福祉関係業者の「儲け」を直撃しかねない上、代替となる若い労働者が続々と投入される上、日本人で駄目なら移民を入れろと言う理屈の根拠にもなっているので、人的な補充に「困らない」であろう状態が続くであろうことが見込まれており、そこには触れないというが普通になっている。一時はホワイトカラーの残業代をゼロにすることを推進した人でもあり、どうも労働問題には疎いようで、この点はかなり心配だ。

 田母神将軍は安全保障問題では間違いなく専門家だが、都政にどのように経験や知識を活用するのかは疑問符が付く。確かに、東京都は紛争の起こりかねない島嶼も「版図」に含んでいるが、アメリカの州のような国軍とは別の独自の軍隊を持っているわけではないし、安全保障問題に対する都知事の影響力は極めて限定的だ。

 候補者にはそれなりに専門家が揃いながら、どうも活用方法を間違えそうだと思われる情勢にあり、今なお争点がよく分からない。こうなると、有権者はイメージや組織的な投票をせざるを得なくなるが、この点の動きが禍根を残すのは年中行事になってしまっている。東京の「苦難」はオリンピックがあろうとも、まだまだ続きそうだ。

2014年1月19日 (日)

名護市長に稲嶺氏が再選

 普天間移設が大きな争点になった名護市長選挙で、移設反対を訴える現職の稲嶺市長が当選した。これで移設反対派は勢いづくだろうが、これは裏返せば普天間基地も返還されないということを意味する。アメリカとしても危険な普天間基地の使用を継続することは本意ではないが、移設先が決まらなければ使い続けるより他は無い。基地反対派が嫌がるオスプレスも飛び続けることになるだろう。

 普天間問題がこじれたのは、言うまでもなく民主党鳩山政権の見通しの甘さにある。「国外移設、最低でも県外移設」という甘言で沖縄の有権者に訴えたが、国際関係や安全保障を全く考慮しない妄想の延長でしかなかった。鳩山元総理は総理大臣になってから「沖縄の海兵隊が何をしているのか知らなかった」というような発言も繰り返して、アメリカから「要するに頭がおかしい人」と呆れられている。

 民主党政権も最終的には辺野古移設にまとまりかけたものの、沖縄の住民にしてみれば夢を見せられた挙句騙されたということになり、中央政府に対する不信感が高まるのは致し方ないところだった。それを選挙に「活用」するのはそう難しいことではない。

 しかし、再選した稲嶺市長も舵取りは難しいことになるのではないか。移設に協力しなければ国や県が地域振興策を差し止めてしまうのは確実と見られるからだ。何より、普天間が返ってこないという厳然たる事実はどうしようもない。

 中国の対外拡張政策が勢いを増している中で、残念ながら沖縄の基地が果たす役割は従前よりも増しつつあるのが現状だ。太平洋戦争末期まで沖縄にはまともな基地が存在していなかったが、これは日本の防衛線が東は外南洋、西は中国大陸内陸部に食い込んでいたためで、東はともかくとして西はあの頃とは大きく異なる。今回示された住民の民意と、国際関係・安全保障上の問題をどのように妥協させていくのか、これは容易なことではない。

2014年1月17日 (金)

小野田元少尉逝く

 戦後もフィリピンの山中で29年に渡ってゲリラ戦を続いていた小野田元少尉が亡くなった。復員後もブラジルに渡ったり自然塾を開いたりと活躍され、「戦い抜いた」人生であったと言えよう。

 小野田元少尉は戦前の中国勤務の経験もあり、英語も堪能だった。当時の日本人には珍しい「国際的なセンスを持った人物」だったと言える。それが限られた情報を分析して独自に戦いを続ける基礎的な能力となり、これが結果的に29年も戦い続けることになってしまったように思われる。だが、そのセンスは復員後も健在で、ブラジルの農場経営で成功しただけでなく、広く社会活動を行うことにもつながったのだから、小野田元少尉は一貫した人生を歩めたと言えるのではなかろうか。

 戦後の日本に対する問題意識を晩年まで持ち続けておられたが、同時に所謂「右翼」とは一線を画した存在だったような気がする。ご冥福をお祈り申し上げたい。

2014年1月15日 (水)

シャロン元首相の死去に思う

 イスラエルのアリエル・シャロン元首相が死去した。2006年1月以来意識不明の状態であり、8年間の闘病の苦しみは察するに余りある。

 シャロン元首相はイスラエルと言う国家そのものを体現した人物であった。イスラエル建国前にキブツと呼ばれる農業共同体に生まれ育ち、若くして独立革命に身を投じた。ゲリラやテロリストは今やイスラム教徒がイメージされるが、イスラエルが建国された頃は残虐無慈悲なテロリストとはユダヤ人のシオニストのことであった。シャロン元首相もこの闘争の経歴を持っている。

 建国後は軍人の道を歩んだ。イスラエルではアメリカ以上に政治家には軍歴が重視されており、シモン・ペレス大統領が首相・大統領選挙で度々敗れ続けたのも建国直後に29歳の若さで国防省副長官、30歳で国防大臣となりイスラエル軍強化に大きな役割を果たしたとは言っても軍政家であって軍人として活躍した経歴が皆無であったことが指摘されている。ペレス大統領とは逆にシャロン元首相は赫々たる武勲を挙げた英雄であり、この経歴が終生政治家としての求心力の源であったことは確かである。

 一貫してパレスチナに対する強硬姿勢で知られ、パレスチナ人の土地に片っ端からユダヤ人を入植させたり、虐殺事件を起こしたという疑惑もあり、今回のシャロン元首相の死はアラブ諸国では総じて歓迎されているようである(もっとも、既に政界引退して久しく、意識不明になっていたからマスコミなどを通じての求心力も無かったのだが)。

 その恰幅の良さと経歴から強硬派のイメージで語られることが多いが、一方では歴代政権でパレスチナ国家の存在を容認し、ユダヤ人入植地を撤退させたこともある。倒れる直前には右派のリクードを離党して中道政党であるカディマを旗揚げした。カディマという単語はイスラエル国歌の中でも特に印象深い単語として使われており、「前進」を意味する。結党直後に意識不明になってしまったので、シャロン元首相が何をやろうとしていたのか、その意図は永遠に謎のままになってしまった。

 かつてイツハク・ラビン元首相は、シャロン元首相と同じく軍人として参謀総長や国防相をつとめ、パレスチナに対する強硬派として知られていた。しかし、あまりに多くの死者を出してきたことに気が付いて和平を模索するようになり、アラファト議長との歴史的な合意を経てノーベル平和賞を受賞するに至ったことはよく知られている。あくまでも想像だが、シャロン元首相は強硬派であると同時に柔軟性も持っており、パレスチナ政府を認めたのも「落としどころ」を探って和平につなげたいという意図があったのではないか。だからこそ、強硬派の集団であるリクードでは仕事ができないと離党した。首相就任時高齢であったこともあり、自分の在任中に一段落させたいと考えていたように思われてならない。

 イスラエル建国世代の政治家としてはペレス大統領が御年90歳で健在であるが、遠からず現役を退くことになるだろう。イスラエルの大統領は象徴的存在であり実権は首相にある。シャロン元首相は建国世代としては最後の首相になったと言える。

2014年1月13日 (月)

普天間基地の返還を最優先せよ

 普天間基地の辺野古移設がいよいよ本決まりとなったが、沖縄では仲井間知事の不信任の声が高まるなど、批判の声が高まっている。国外の有識者も普天間基地の無条件返還を要求する声明を出すなど、日米両政府は完全に「悪者」扱いだ。

 しかし、残念ながら辺野古移設以外に普天間基地の返還を勝ち取る具体的な手段は何もない。「血を流して奪った土地は返さない」というのが国際社会の常識のようなものであることは残念ながら事実であり、アメリカが血を流して奪った沖縄を「返還」したこと自体が当時としては異例中の異例であった。アメリカが「自国の戦略に支障を来さない範囲での返還」を志向し、日本政府も受け入れざるを得なかったことも、あの状況下では当然であったと言わざるを得ない。もし、あの当時日本政府が基地含めた返還を求めていたら、今なお沖縄はアメリカの統治下にあったことだろう。

 「基地があるから戦争になる」というのは詭弁でしかない。米軍基地が無ければ、沖縄は中国の覇権下にとっくに組み込まれていただろう。台湾が未だに独立を保てているのは、島全体が軍事要塞と言うべき高密度の防衛能力を備えているからに他ならない。普天間返還に関しては、沖縄の防衛・戦略能力を実質的に低下させないという条件がつくのは、当然の事であろう。

 まず優先すべきは普天間基地の返還だ。普天間基地は住宅地のど真ん中に置かれている。後から住宅地が密集するようにできたとは言え、それをもって基地の騒音や危険性を甘受せよと住民に要求するのは酷である。しかし、アメリカは基地機能そのものを沖縄から撤去するつもりはない。移設とセットになるのは蓋し当然の事であった。その移設合意を日本側が履行しない。これでは「合意は守られるべし」という国際法の大原則から、普天間の返還が遅れていることで日本はアメリカを責めることはできないのである。

 沖縄の基地問題は日本のみならず東アジア全体の安全保障に密接した問題であり、日米間だけで合意すれば済むというものでもない。フィリピンや韓国や台湾など沖縄の米軍基地の必要性を認めている国も少なくない。この状態で、空想的平和主義に基づいて無条件返還を要求するのは自分たちだけでなく隣人の安全も危険に晒す愚かな行為である。また、アメリカとしても普天間の無条件返還など受け入れる気は毛頭ない。

 日本政府はできることからはじめるべきであり、そのための辺野古移設である。普天間基地の除去を最優先に考えれば、この選択は間違っていない。安倍総理の決断を支持したい。

2014年1月11日 (土)

安倍総理の対アフリカ外交に思う

 安倍総理がアフリカ諸国の首脳と精力的な会談を重ねている。専ら、アフリカ諸国としては日本からの経済支援を引き出したいところだろうが、日本がこの地域の国々を味方につけていくことは資源確保の点から重要だ。ただし、それをもって国連安全保障理事会の常任理事国入りの票になるかは限りなく怪しいものがある。

 残念ながら、アフリカで影響力を持っているのは中国だ。冷戦時代に中国は米ソどちらにもつかない第三勢力を自称し、冷戦終結後は日本から経済支援を受けつつアフリカ諸国に経済支援を行い、軍事的結びつきの強化につとめてきた。アメリカが各国の有力者の子弟やエリート予備軍を自国に留学させてきたのと同じく、中国も自国への留学を進めて親中派の培養につとめている。長年の中国の取り組みに比べて、日本は経済支援はやってきたが、それ以上の影響力は低いと言わざるを得ない。

2014年1月 9日 (木)

東京都知事候補

 各党の東京都知事候補選びが混迷を極めている。舛添元厚労相や東国原前宮崎県知事など、色々な名前が出ては消えている。田母神元航空幕僚長は既に立候補を表明しているが、国家安全保障のエキスパートでも都民にどう評価されるかは分からない。明石元国連事務次長が立候補して落選した例もある。

 細川元総理や小泉元総理という名前すら出ているのだから、何が起きるか分からない。「後出しが有利」と言われるだけに、色々な思惑もからんで、ますます「分かり難く」なっていることだけは確かだ。

2014年1月 7日 (火)

賃金サプライズを目指せ

 安倍総理は年頭から「賃上げ」に熱心な発言を続けている。「アベノミクス」で経済は上向いたと自画自賛しているものの、賃金は一貫して下がり続けており、物価上昇と相俟ってアベノミクスの恩恵に与れない中間層以下の国民の不満が鬱積している状態だから、多少の危機意識が出てきたのだろう。

 内需を拡大して消費を増やし、経済を活性化させるには中間層以下の人々への配分が欠かせない。小泉政権以来、長らく我が国の経済政策は「トリクルダウン仮説」を信奉して高所得者層への配分を手厚くすることに傾注してきた。金持ちを更に金持ちにすればお金を使うから下層階級にも波及するという理屈だが、これは今や「トリクルダウン理論」ではなく「トリクルダウン仮説」と呼ばれているくらいで、現実には「あり得ない」と言われている。もらったお金をすべての人がみんな国内で使ってしまうわけではないからだ。中間層以下の人々は配分されたお金を海外投資するよりは、国内で使う可能性が高く、生活を豊かにするためにも使うであろう。海外投資したりため込んでしまう人達よりも、こちらを重視すべきだという指摘は以前からあった。

 としても、やはり企業は賃上げには慎重だ。また、多少の賃上げと引き換えに労働規制の緩和などやれば、やはり労働者は雇用の安定化に恐れおののいて上がった賃金は消費よりも貯蓄に回ってしまう。我が国が「安定した雇用と賃金」を中間層以下の労働者に与えることによって経済を発展させてきた歴史に思いを致せば、何をすべきかは明白だ。先が見えなければ、仕事に対する投資を個々の労働者が行うわけもなく、「外部労働市場」で役立つだろうと資格や技能の取得に走ったとしても大多数の企業側から見ればそんなものに大した意味はない。重要なのは、個々の企業内部で必要とされている技能や知識であり、それはある程度企業内にいてその企業の「土地勘」がなければ、身に着けるどころか何が求められているのかすら労働者は分からない。

 国内経済を足腰の強いものにしたければ、財界側と対立しても大胆な賃金サプライズを行うべきだ。中間層以下への配分は必ずや内需の拡大につながり、国内企業の成長のチャンスにもなる。総理は今なお雇傭の規制緩和を念仏のように唱えているが、「規制緩和」と言い続けてきたこの二十余年の失敗を繰り返してはならない。

2014年1月 5日 (日)

最早学者も信用ならぬ?

 日本学術会議と言えば「学者の国会」と言われ、名だたる学者の集まりである。かつては会員は選挙で選ばれ、その過程は「白い巨塔」でも描かれている。その日本学術会議の大西会長が、英文の紹介ページに「論文1000本」と書き、「そんな数は発表していないのではないか」という匿名の指摘で取り消すという事件が起きた。

 最近は、学者も「結果」を出すことが求められ、論文の本数や査読付きかどうかが「研究業績」として重要視されるようになっている。が、数字だけに拘るのならどこぞのブラック企業と見ている範囲が変わらんと言うことになってしまう。

 今までは「学者」は公正中立な存在と世間では見られてきた。実際には随分と考え方に差はあって、例えば現行の派遣法ひとつでも「派遣法の規制は厳しすぎるから緩和すべき」という意見もあれば「派遣法の規制は緩すぎるから規制強化すべき」と正反対の主張がされている。それでも、世間は政治家や役人よりは学者は「公正」だと思っている。

 しかし、日本を代表する学者の集団ですらこんなことが起きるのであれば、最早学者も信用ならぬと言われても仕方がない。

2014年1月 3日 (金)

東海道新幹線が立ち往生

 東海道新幹線の東京-品川間で線路脇の建物から火災が発生し、新幹線が運転を見合わせている。朝の段階ではそのような報道だったが、別段新幹線の施設そのもので火災が発生したというわけではないようだったし、そう急いでもいなかったのだが、名古屋から東京までの移動は大変な労力を伴うものになってしまった。

 2時過ぎには新幹線は動いてはいたが、名古屋駅の新幹線改札口は人で溢れていた。何とか自動改札機を通り、ホームまで上がったのだが、そこも人で一杯。私が良く使う改札口は西側のものだが、そこからホームに上がると5号車のあたりに出てくる。自由席に乗る場合、「のぞみ」では1号車から3号車だし、「ひかり」に乗るにしても大抵は先頭車両の方が座り易い。そこでいつものように先頭車両に移動しようとしたのだが、これまたホームが人で一杯のため、少しずつ動くしかなかった。

 ホームにはひっきりなしに列車が入ってきていたが、通路とホームが人で一杯のため名古屋で降りる乗客が車両の外に出るまでが一苦労。次いで名古屋からの乗客が乗り込むのだが、こちらも満員電車並みに体を入れる人が続出していた。

 私は幸い、名古屋始発の「ごたま」があったので、何とか座ることができたのだが、その「こだま」は三河安城や豊橋で人が乗り込み、ついに自由席の通路まで一杯になり、確か静岡あたりでは「車両に乗り込むことすらできない」状態になっていた。空気を輸送していることが珍しくない「こだま」にここまで人が乗っているのははじめて見た。

 各駅停車ではあったが、ともかくも座れたので良かったが、東京に着いたときはどっと疲れが出たものである。東京と品川の間で運転を見合わせたのだから、品川で折り返せばよさそうなものだが、品川駅はホームが4面しかなく、交代の運転手や車掌の手配もあって難しかったようだ。

 今回の事件では、新幹線の軌道や車両がしっかりしていても、沿線の商業施設等が火災を起こすと大変なことになるということである。鉄道の安全は、鉄道会社のものだけを見ているだけでは不十分と言うことであろう。

2014年1月 1日 (水)

2014年

 明けましておめでとうございます。

 本年も、ささやかながら更新を続けて参りますので、宜しくお願い申し上げます。

   平成26年 元旦

             水野 勝康 拝

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