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2013年12月15日 - 2013年12月21日

2013年12月21日 (土)

「みんなの党」が分裂

 結党以来着実に議席を伸ばし続けて来たみんなの党が渡辺代表と江田前幹事長の路線対立から分裂し、しかも国会会派としてのみんなの党は離党者のうち比例区選出議員の辞職を求めて会派離脱届を提出せず、混乱が続いている。

 一時はみんなの党は「政党法」など政党内に何らかの統制制度を設けることを提案しており、私も公費をつぎ込まれる政党は相応のガバナンス制度を設けるべきだと思っていたので、これには賛成であった。しかし、今回の分裂劇は「みんなの党」というよりは「俺の党」をめぐる対立であり、政策云々とうよりは野党再編をどうするか、その過程で権力を握れるかどうかと言うところが表に出ているように思えてならない。何しろ、みんなの党は昨年の衆院選では維新と票を食い合ったものの、自民党や民主党にはあきたらない新自由主義思想を掲げることで票を伸ばしてきた。野党再編と言っても、民主党の多数を占める労組出身議員にしてみれば、そもそも労働者の権利を本質的には保護しない思想と同居することはできないだろう。

 新しく結成された「結いの党」も、先が見えている状態ではない。もともと「みんなの党」はその名前とは裏腹に渡辺体表の個人的な組織と言う傾向が強く、オーナー企業と同じような問題を抱えている。先に柿沢議員が党を追い出され、江田前幹事長も幹事長職を追われている。このまま党に留まっていても先がないから独立しようというところだろうが、これでは生活の党の小沢代表がかつては大きな権力を持ちながらも反対派と次々に物別れして言った結果ミニ政党の党首でしかなくなったのと同じことになるのではないか。

 確かに思想や政策は重要である。しかし、すべての党所属の議員や党員が思想や政策が完全に一致しているということはあり得ない。逆に言えば、自民党は議員や党員がそもそも幅があったからこそ、党内議論を活発化させて適宜政策を修正することで政権を維持してきている。このやり方は権力維持のために最終的にはまとまっているという感が無いわけではないが、様々な意見を集約してきたことは確かであり、ここにこそ野党は学ぶべきではないか。

2013年12月19日 (木)

猪瀬東京都知事が辞職

 猪瀬東京都知事が辞職した。至上最高の得票で都知事に当選し、オリンピック招致に成功したことが嘘のようなあっけない辞職表明となった。絶頂に達した後は転落しかないが、そのあまりの早かったのにただ驚くばかりである。

 猪瀬知事は「政策に明るくても政治には疎かった」という趣旨の発言をしているが、そもそも5000万円を受け取ってよく覚えていないということ自体が従来の政治家と変わらないことを自覚していなかったのだろうか。

 また都知事選挙が行われる。東京都知事は首都の首長ということもあって、単なる一自治体の長というだけではない広がりを持っているし、影響力は大きい。知事を決めるのは東京都民だが、国民としても無関心ではいられない。

2013年12月17日 (火)

記憶にございません

 東京都の猪瀬知事の借入金問題は、弁明が二転三転し、ますます疑惑を持たれる結果になっている。そもそも、数千万円をロクな借用書もなく返済期限も定めないで貸し借りするなど常軌を逸しており、一般人の感覚からは考えられないことだ。

 政治家の「記憶にございません」「忘れました」は、ロッキード事件以来すっかり定着してしまった感がある。「またか」と思っている国民は多かろう。

 ただ、民主主義にはどうしても金がかかる。政治活動ビラやポスターは決して安くはないし、選挙ともなれば街宣車や選挙事務所など、最低限の活動をするだけでもそこそこの支出は覚悟しなければならない。しかも、その期間は収入の道を絶たれることが多いから、生活費も必要となる。「選挙に金がかかる」と言うとすぐに買収でもしているのではないかと疑われるが、公費助成制度が少なく選挙ボランティアも公務として認められていない我が国では、政治家の負担は想像以上となる。議員になれば歳費は支給されるので額面的には悪くないように見えるが、政治活動の費用を支出しさらに冠婚葬祭等に顔を出さなければ「地元活動に熱心ではない」と言われるから、そうした支出もバカにならない。残念ながら、それが日本の選挙の現実であって、そうしたことに不熱心では落選することになる。

 猪瀬知事を選んだのは都民である。このような人物を選んだ責任は有権者にあり、本当に政治とは何か、改めて考えてみる必要があるのではないか。猪瀬知事を悪者にして、それで済むという話ではない。

2013年12月15日 (日)

張成沢前国防委員会副委員長を粛清

 金正恩第一書記が、叔父で北朝鮮ナンバーツーの地位にあった張成沢国防副委員長を粛清したことが明らかになった。即決裁判で死刑判決を出し、ただちに公開処刑するといういかにも独裁国家らしいやり方で、北朝鮮が金正恩体制になってむしろ独裁化の傾向に拍車をかけているとさえ思えてくる。

 金正恩第一書記はまだ若く、実務経験は皆無に等しい。デノミや三年前のヨンビョン島砲撃事件に関与したと言われているが、いずれも失敗しており実績にはなっていない。北朝鮮国民の不満も鬱積していると言われており、権力の強化に必死になるあまり、自分の地位を脅かしそうな張成沢を粛清したと見られている。ただし、そうだとすればまことに「浅はか」であったと言うしかない。

 実務経験のないトップにとって、補佐してくれる部下は絶対に欠かせない。張成沢氏は長年金正日総書記の補佐役をつとめ、金王朝の一員でもあった。確かに若いころから遊び好きなところがあり、岳父の金日成によって地方に左遷されたりしているが、金王朝のロイヤルファミリーの中では多くの実務経験を持ち信頼できる人物だった筈である。父親の金正日も張成沢という人物を見極めた上で息子の「後見人」に就けた筈だ。

 確かに、ナンバーツーはトップにとって場合によってはライバルになる。しかし、北朝鮮では既に三代にわたり世襲が行われており、前任者からすんなり権力を継承できるのは実質的には血縁者をおいて他にはないという状態になっている。仮に張成沢が金正恩を葬り去ることができたとしても、権力まで継承するのは難しい。年齢的に見ても、蓄財はともかくとして金正恩を葬ろうという意図はなかったのではないか。

 北朝鮮だけでなく韓国もそうなのだが、朝鮮半島では「身内」しか信用しない傾向がある。だからこそ、韓国では血縁者による「財閥」が経済を支配しているわけだが、これは北朝鮮も同じようなものだ。すなわち、金正日は最も信頼できる「身内」として張成沢を息子の補佐につけたのだろう。同時に、張成沢以外の人物として後見人になれる身内は「いなかった」とも言える。金正日の叔父である金英柱はソ連留学の経験もあり(実は日本軍の通訳として活動していた過去もある)一時は金日成の後継者候補でもあったが、金正日が後継者に決まった後は表舞台にはほとんど出ていない。金正日の兄弟にしても、ほとんどが「お飾り」であるばかりでなく、去勢された上で大使として事実上の海外放逐されている者までいる。

 結果として、金正恩は一番信頼でき実務を任せられる身内を葬ってしまったと言えないだろうか。金正恩は最高指導者となってから粛清を大々的に行っていると伝えられており、公開処刑も機関銃や迫撃砲で行うなど残虐ぶりを極めている。若くして最高指導者となり、相当に疑心暗鬼になっているものと思われる。このような「絶対君主」には大抵おべんちゃらを使う佞臣がついており、実力者の悪口を吹き込んで粛清にもっていくものである。

 金王朝は、まさに「王朝末期」の状態と同じであると言えよう。朝鮮半島では日本と同じくかつては「中国古典」の素養が必須だった筈だが、どうやら三代将軍は読んでいないようだ。

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