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2013年11月10日 - 2013年11月16日

2013年11月15日 (金)

天皇皇后両陛下の「終活」

 天皇皇后両陛下が葬儀は簡素に行い火葬とすること、陵墓はひとつにして規模を縮小することを要望され、この方針で行われることになった。天皇陛下も間もなく80歳になられ、普通の人でも死を考え始める年代である。癌や心臓疾患と闘いながら公務を続けておられるが、元気なうちにできることはしておこうということであろう。

 今上陛下の姿勢は一貫して「国民とともにある」存在であろうとつとめられてきたことである。昭和天皇の記憶は私自身おぼろげだが、絶対君主でなくなった後も君主の「威」は残っていたような気がする。今上陛下からは権威主義的な雰囲気は皆無で、「威」よりも「情」が前面に出ている気がする。

 かつては「天皇の死」は口にすることすら憚られる「タブー」であった。昭和天皇が崩御された25年前には、誰もがその予感をしていながら、表だって語ることはなかった。昭和天皇は癌の告知を受けないまま崩御されたが、今上陛下はがん告知を受け入れた上で治療内容を選択しているなど、「病」や「死」に対する国民の認識も変化してきており、両陛下が率先して自分たちの最期を自分たちで決定されたのは興味深いところだ。国民の変化を両陛下が代表されている、体現されていると言えるのである。

 かつて、仁徳天皇は家々から炊事の煙が登らないことに驚き、日々の食事に事欠く国民の生活を思って宮殿の造営を止めたというが、この逸話は「伝説」の域を出ないものであった。しかし、今上陛下の国民とともに歩むという姿勢に基づく「終活」は伝説ではなく、今まさに国民の目の前で行われているのである。両陛下のこの姿勢そのものが多くの国民に共感を与えるとともに、近い将来皇位を継承されることになる皇太子殿下に「国民の象徴とはいかにあるべきか」を示した歴史的な意義は大きい。

 歴代天皇は正統とされる者だけで125代である。今上陛下は象徴天皇として民主主義的憲法の上で即位したはじめての天皇であり、「象徴天皇制度を定着させる」という歴史的な役割があったと言えるのではないか。そして、昭和天皇に引き続いて模索してきた「絶対君主」でもなく「お飾りの君主」でもない「象徴天皇」というもののの在り方のひとつの完成形を作り上げたと言えはしないだろうか。

 両陛下のご長寿をお祈り申し上げるのは当然だが、何より生命体としての寿命よりも両陛下が生き甲斐と自分らしさを保ってそこそこの健康で活躍される時間の長いことを特にお祈りしたい。

2013年11月13日 (水)

徳洲会事件

 大手医療法人の徳洲会が、徳田前理事長の子息である衆議院議員の選挙を組織ぐるみで行い、その過程で運動員を実質的に買収していた容疑で捜査を受けている。

 一般企業と異なり、医療法人や学校法人や宗教法人は特権的な地位を与えられている。しかし、それは特定の政治勢力や利益団体の利益のためではなく、社会的に有益な活動を行うためのものである。特に徳洲会は地域医療の中核を何う重要な医療機関として、自治体と連携していたところも多い。

 実質的に前理事長一族の私用目的に法人が使われていたということになると、そもそもそのような法人と公的機関が連携すること自体が問題ではないかということになるのではないか。徳田前理事長は中選挙区時代に例外的に小選挙区だった奄美群島区で保岡元法務大臣と「保徳戦争」と呼ばれる激烈な選挙戦を行っていたことで知られ、当時選挙違反を捜査した警察が両陣営の余りの大々的な買収に呆れていたとか、両陣営とも三十億四十億をつぎ込んで「これでは自民党総裁選挙よりも金がかかっていて、総理大臣の値段に近い」と言われていたという話がある。しかし、そうした手法は最早許されない。

 確かに、徳田前理事長は苦学して大阪大学医学部を卒業し、医局講座制に反発して「生命だけは平等」という理念のもと一代で徳洲会を築き上げた。私自身徳田前理事長の著作を読んだこともあるし、反骨精神には共鳴したところがある。それだけに、徳洲会と徳田前理事長一族が一体となって違法行為に手を染めていたとすれば残念でならない。

2013年11月11日 (月)

独身の日

 今日は中国では「独身の日」とされている。日本でも独身者が激増しているが中国も同じことで、特に男女比が極端に男性に偏っているため、結婚は容易ではない。いきおい、男性には財力が求められるわけで、「持家と車」は最低条件であると言われている。

 日本でも、若い男性を取り巻く状況は厳しさを増している。もともとアベノミクスで景気回復が喧伝されていたところで、多くの若者には無縁の話であった。ところが、安倍政権は明確に「女性優遇」を打ち出した。男性であるが故に誰もが社会的地位と金銭に恵まれているわけではない。にもかかわらず、いわば「男性であることの連帯責任」を取らされることになる。しわ寄せはいつも弱い立場のところに行くのは同じことだ。

 非正規労働者や、名目的に正規労働者であっても使い捨てという位置づけしかされていない労働者にとって、将来は暗いものしか描けない。これでは恋愛や結婚に踏み出すことは無理だ。この点、女性の場合は職業や収入以外の要素で「恋愛・結婚市場」で勝負することも出来ようが、男性にとって職業や収入で先が見えないということは、女性から実質的に相手にされないことを意味する。この現実は日本でも中国でも本質的に差はなく、単に中国の方が直截に表現されているに過ぎない。

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