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2013年10月6日 - 2013年10月12日

2013年10月11日 (金)

日雇い派遣の解禁問題

 「ワーキング・プア」問題の象徴として禁止措置が取られた「日雇い派遣」について、多様な働き方を理由として再度解禁される方向で議論が進み始めた。リスクの少ない景気の調整弁として日雇い派遣を活用したい経済界からの要望が一番の原因であろうが、短期の日雇いで働きたいというニーズも無視できない。日雇い派遣が禁止されても日雇労働そのものが禁止されているわけではないので従来の土木建築の日雇いならばハローワークの入口で集めてライトバンに乗せていくこともできるが、現在の公共職業安定所ではそれ以外のマッチングを行う機能はなく、民間の派遣会社に担わせざるを得ない。公務員削減や官公庁業務の削減が叫ばれている今日、マッチング業務を公共職業安定所が担うのは極めて困難であろうし、民業圧迫と非難されるのがオチであろう。

 仮に日雇い派遣を再び解禁するとなれば、「日雇い」という労使の需要を満たしつつ、とりわけ弱い立場になっている日雇労働者を保護する施策が必要となる。現行法では手数料、中間搾取の開示が求められているが、ビジネスで手の内を晒すことを規定については非常識な規定だと批判も多い。

 全般的な網をかける方法としては、まず最低賃金制度がある。派遣労働、特に日雇い派遣労働は失業というミスマッチのリスクをともすれば労働者側に負わせる制度である。となれば、リスクに見合うだけの賃金が上乗せされてしかるべきだ。即ち、最低賃金を通常の労働者よりも高く設定してはどうか。もちろん、この方式は直接雇用の労働者を派遣の方に転換する「エサ」だと非難される余地はあるのだが、リスクのみを一方的に派遣労働者に押し付けてしまう問題を幾分は是正できるだろう。健康保険については日雇いでも適用する制度があるが、厚生年金と併せて日雇い派遣であったとしても適用対象とする法改正を行う余地はあろう。

 日雇い派遣を受け入れる側についても、日雇い派遣が長らく職場での人権侵害の温床となってきた事実を鑑みれば、労務監査を義務付けるなど監視措置が必要となるのは当然のことである。現在のような問題を起こしている人間がそのまま「苦情処理担当者」でいられるような制度のままでは、何が起きるかは火を見るより明らかなところである。

 「使いやすい労働者」を欲する使用者の考えは理解できなくはない。しかし、それならば使いやすい労働者を使用するに当たり、相応の負担を行うのもまた当然のことである。私は日雇い派遣の実質禁止に問題があるという認識は持っているが、日雇い派遣だけが解禁されてリスクのみを労働者が負わなければならないという法改正だけは避けるべきだ。

 派遣労働の本質的な問題は、まさに派遣労働者が「資材」「物」と同格の扱いを受けることである。派遣元ではそれほどでもないこともあるが、派遣先では人ではなく数字という扱いしか受けないことが普通だ。このような現状のままで経済界の言いなりに「日雇い派遣」を解禁してしまえば、ますます職場で人間の尊厳は失われる。そして、ダンピングによって尊厳の低下はその他の派遣労働者、非正規労働者から正規労働者まで波及していくことは確実である。賃金だけでなく、人としての尊厳をもまた保てるようにすること、その負担は日雇い派遣を使いたい使用者側が負うべきものであることは言うまでもない。

2013年10月 9日 (水)

除染と言うブラックホール

 暴力団幹部が経営する「派遣会社」が除染事業に労働者を派遣して多額の利益を上げていた事実が明らかになった。仮に暴力団幹部が経営していなかったとしても、土木建築現場への労働者派遣は違法であり、この点でも問題がある。

 「除染してふるさとへ帰ろう」というスローガンのもとはじめられた除染事業だが、もともと参入にさしたる技術・技能が求められていなかったこともあって、造園業から便利屋までビッグ・ビジネスとして殺到し、相当悪質な事業者が入り込むであろうことは汚染地域の封鎖ではなく除染が打ち出された時から多くの識者が予測していたことであった。

 そして、残念ながらその危惧は現実のものとなった。除染事業者ではピンハネが横行し、労働局や労働基準監督署も多少の調査はやっているものの、労働者が多重構造の中で搾取されていることを阻止できないでいる。そして、暴力団が暗躍している。除染事業に投じられた多額の税金が何処に消えたのか、想像するだけで恐ろしい。

 除染事業はもはやブラックホールではないか。効果もはっきりしているとは言い難い上、リスクを完全に除去するには至っていない。しかし、「地域」という大義名分がある以上、最早やめることはできないだろう。田舎の社会や中小企業はそこにあるからこそ存続できるし生きていけるのである。他の地域に移されたり分散させられたりしてしまえば、「顔」で成り立っている地域社会は存続できない。他地域に移ることが容易なサラリーマンや若者と異なり、地域社会を支えている中高齢者や中小企業経営者が除染に拘るのは彼らにとって死活問題だからである。それは理解できる。それならば、要となる除染について、受託業者に相応の規制をかけるべきではないのか。

 今のままでは、除染という大義名分のもと、国民の資産を暴力団に献上していると非難されても仕方がないのではないか。発注者である国や自治体が不適切な事業者と人々を積極的に排除する注意義務を果たしてきたとは到底思われない。

2013年10月 7日 (月)

「決められない政治」で大混乱

 アメリカ議会で上院下院の対立が続き、予算案が成立せず連邦政府の機関が閉鎖に追い込まれる事態が発生している。日本で衆参の議決が異なる場合、予算であれば衆議院の議決が国会の議決となるし、その他についても衆議院が三分の二で可決すれば参議院の意見を無視することができる。ところが、アメリカにはそのような制度はない。結果、与野党がねじれている上院と下院で意見が異なる場合、一方が押し切ることはできないことになっている。

 つまり、時間をかけて妥協点を見いだせと言うことだが、妥協というものはすぐに見出せるものではない。となると、このような事態も起きてしまうわけだ。今回の対立の原因は、オバマ大統領が進める健康保険制度に対して野党の共和党が反対しているためである。二大政党制では「自党の得点は相手の失点、相手の失点は自党の得点」になる。まして、健康保険制度は共和党保守派に言わせれば「政府の介入を排除するアメリカ建国の精神に反する」そうだから、簡単に妥協するわけもない。一方、与党民主党としては健康保険制度の整備はクリントン政権時代から二十年来の課題である。貧富の格差の激しいアメリカでは日本のような公的医療保険制度が存在せず、5000万人が取りこぼされている。そこで発達したのがサプリメントやホメオパシーというまじないまがいの「代替医療」だ。日本ではアメリカは「手本」とされており、議員定数や地方議会制度などではすぐに「アメリカでは」と口火が切られるが、ヨーロッパも含めて先進国という観点で見た場合、アメリカはかなり異様な国である。

 日本であれば、すぐに「強力な政府」を求めるところだ。橋下市長が勢力を一時的にしろ広げたのも、現在の安倍政権が高い支持率を維持できているのも、小泉政権があれだけ続いたのも、日本人が議論よりも「決めること」を求めてきた結果であると言える。小選挙区制も含めて政治制度そのものを「合議」以前に多数派を形成しやすくする制度に転換を進めてきたところから見て、アメリカが「決められない制度」を変えないことを疑問視する声は当然出てこよう。

 しかし、アメリカはこのようなことがあっても、伝統的に合議を重んじてきた国である。もともと建国の際に共和制ローマを手本としてきたこともあって、「独裁的な手法」は建国以来毛嫌いされてきた。アメリカ合衆国大統領は絶大な権力を持っているように見えるが、合衆国議会もまた絶大な権力を持っている。この点は、議会は行政府の添え物という意識が強い日本とは根本的に異なる。

 そして、独裁者を本質的に毛嫌いする限り、アメリカは合議制度を変えることはないのではないか。例え「決められない政治」による混乱が起きたとしても、それによって独裁に道を開くよりは合議を重んじる制度を存置した方がマシであることは言うまでもない。

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