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2013年9月1日 - 2013年9月7日

2013年9月 7日 (土)

宮崎駿監督が引退

 ジブリの宮崎駿監督が公開中の「風立ちぬ」をもって引退することを表明した。70代に入っているとはいえ、「風立ちぬ」の評価も高く、まだまだ長編を作り続けると思っていた人が多かっただけに、引退表明に驚いた人は多かったのではないか。

 「風の谷のナウシカ」以来、ほぼ30年に渡って日本のアニメーションはもとより映画を牽引してきた役割は大きい。アニメ作品は映画テレビを問わず多数が毎年公開されているが、国民一般にこれほど親しまれる作品を作り続けた監督は他にいない(宣伝が功を奏したという点は否定できないにせよ)。もともと児童文学に親しんできた、すなわち宮崎監督がアニメーションや漫画に拘らない広い教養や趣味を持っていたことが大きいのではないかと思われるが、必然的にそうした人材は一般社会でもかなり限られている。なかなか後継者となる人材が育たなかったのは、やはり宮崎監督が色々な意味で「偉大過ぎた」ところが大きかったのではないかと考えられる。

 思えば、手塚治虫も「漫画の神様」と言われつつも漫画だけに生きた人ではなかった。戦争中の「理転」の側面があったにせよ、大阪帝国大学医学専門部を卒業した外科医であり、音楽や映画などの造形も深かった。宮崎は手塚の「神格化」を否定していたそうだが、この二人は漫画・アニメとは別の玄人並みの(手塚の場合はBJと違って本物の医者でもある)「引き出し」を大量に持っていた。このことが、二人の作品に深みを与えていることは否定できない。

 ジブリは今後もジブリブランドで映画を作り続けるだろうが、「ゲド戦記」で内外から酷評されたようにジブリというブランドだけでは早晩立ち行かなくなることは確実であろう。ジブリがどのような才能を発掘し活躍の場を与えるか、そして引退した宮崎監督が引退後どのような活動をしていくか、宮崎監督「復帰」の可能性も含めて、生み出される「作品」に期待したい。

2013年9月 5日 (木)

婚外子相続差別に違憲判決

 最高裁判所は民法の婚外子相続差別既定に対して違憲判決を下した。もともと憲法学の世界では違憲説が通説的な立場であり、最高裁判所が保守的であるとしても違憲判決が出るのは時間の問題であるという見方が支配的であった。

 今回の違憲判決では15名の裁判官が全員違憲判決に賛成したという。このような場合、判事の中でも特に保守的な官僚出身の判事が反対意見を書きそうなものだ。婚姻障害のある事実婚の妻に遺族厚生年金の受給を認めた最高裁判決でも保守的な家族観を持つ判事が反対意見を書いている。しかし、今回は反対意見もなかったようだ。全面的に最高裁が考えを改めたということになる。

 これで政府与党は民法の改正に着手することになりそうだが、婚外子に嫡出子と同等の権利を認めれば伝統的な家族関係が破壊されるという危惧から反対意見も根強い。実際、今回の被告(嫡出子)側は介護などで面倒を見続けて来たにもかかわらず、何もしなかった非嫡出子に同じ権利を認められるのは納得できないというコメントを出している。こうした点からも、平等にすることに違和感がないと言うのはいささか嘘になる。非嫡出子の存在を早い段階で嫡出子側が認識していれば問題も少なくなるだろうが、こういうドラマは昼ドラ宜しく死んだ後に「突然現れる」ということが多いようだから、そうなるともう泥沼である。安定性ということから、法改正ではある程度申し出る範囲や期間などを限定した方が良いのではないかとも思えてくる。

 伝統的な家族関係が変わりつつあるというのは確かだ。例えば、現在は恋愛結婚が一般的であり、紹介や婚活であったとしても結婚の前には「恋愛」というプロセスがほぼ確実に挿入されることになっており、恋愛ができない人は結婚できないというのは常識である。しかし、「風立ちぬ」で描かれた昭和初期には恋愛というものはふしだらな男女がするものとされており、決して褒められる行動ではなかった。核家族化など、家族関係が大きく変容してきていることは否定できない。

 しかしながら、伝統的な家族観は消えていないし一般市民の間では全面的に否定はされていないこともまた認識する必要がある。特に進歩派の学者の中には伝統的な家族関係は「粉砕」されるべきものだと言わんばかりに「相続制度の否定」や「養子制度の廃止」を主張している者もいるが、一般国民はまだまだ伝統的な家族制度を否定していないことを認識しておくべきだ。例えば、婚前交渉が一般化した今日においても、交際中に子供ができた場合に婚外子にするというのはまだまだ少数派だ。多くが「できちゃった結婚」を選んでいるのは、家族関係が変容しつつも婚姻関係にある男女間で子供が育てられるべきと言う伝統的な価値観が根強く支持されていることを意味している。

 伝統的な家族関係が破壊されることを警戒する立場に立つのであれば、例えば婚外子の生まれる要因である婚外恋愛を刑事罰をもって制限するなど他に方法を取る必要があるのではないか。また、伝統的な家族関係を吹聴している人たちが、一方では若者世代を追い詰めて伝統的な家族を持つことすら不可能な経済状態に追い込んでいる。私は仮に今回の違憲判決がなかったとしても、現在の家族政策・経済政策では早晩我が国の伝統的な家族観は維持できなくなるのではないかと考えている。

 家族観は「何が正しい」ということを言い切ることのできない難しいものだ。何が正しい間違っていると憲法の答案を書くことはできても、納得するのは容易なことではない。

2013年9月 3日 (火)

シリアへの軍事介入

 シリア政府が反政府勢力に対してサリンと考えられる化学兵器を使用して大量殺戮を行ったことに対して、アメリカが軍事加入の方向で動き始めた。シリアと縁浅からぬフランスも軍事介入には積極的なようだが、イギリスはキャメロン首相が軍事介入の意向であったものの下院の投票では保守党議員の造反もあって軍事介入は否決されてしまった。

 意外なことだが、イスラム教徒の中には欧米の介入を歓迎する声も少なくない。かねてより欧米はアサド政権を批判はしてもシリア市民を助けるための介入には全く消極的で、結局彼らの言う「人権」は口先ばかりだと非難されてきた。

 もっとも、軍事介入後の見通しは不透明だ。シリア政府を打倒してみたところで、反政府勢力も一枚岩ではないし、中にはイスラム過激派も含まれている。シリア政府を転覆させたらかわってアルカイダの影響下にある新政府が誕生したのでは、シリアの自由は実現されないばかりか泥沼化は確実だ。アメリカは日本での「成功体験」からイラクでも同じことをやろうとして失敗したが、そもそも第二次大戦後の日本は憲法こそ「八月革命説」が通説であるものの、中央政府は存続しており無政府状態にはなっていない。シリアではアサド政権を倒せば無政府状態になりかねないし、イラクでもフセイン政権を倒したら一時は無政府状態になってしまった。

 19世紀ならば武力で強奪した領土に軍隊と植民を送り込むことができたが、今やそれも不可能だ。そうなると、軍事介入の方法によっては実質的に混乱に拍車をかけることになりかねない。これからしばらく、各国の動きに目が離せない。もっとも、日本としては現実的にはアメリカのやり方を支持するくらいしか選択肢はないだろう。それが幸か不幸か軍事力を持たない国の現実である。

2013年9月 1日 (日)

汚染水の方が重要ではないのか

 福島第一原子力発電所の汚染水問題について、国会は閉会中審査を行わないという。その理由が「東京オリンピック招致に不利にならないようにするため」というもので、これを与野党が合意したというのだから呆れるほかない。オリンピックよりも汚染水対策の方が重要ではないのか。

 福島の原発事故は世界各国から注目されている。汚染水の問題に「蓋をしている」事の方が、むしろオリンピック招致にとってマイナスの影響をもたらすのではないか。北京オリンピックの際、中国政府は国内の様々な問題に蓋をしてオリンピックと言う国際的なイベントの成功に国の威信をかけ、世界中からの批判に晒された。このままでは、仮に招致に成功したとしても我が国が同じように見られることになるのではないか。

 日本人は伝統的に議論を嫌う傾向にある。議論を「文句」と混同し、議論の内容よりも口に出したことで「顔を潰した潰さない」の話になってしまう。しかし、汚染水対策の国会審議をしなかったからといって、汚染水が安全であるという論拠にはならないし、そのような説得をしたところで信じる国は無かろう。

 国会は議論を行い、その過程で安全と認められれば問題は無いし、汚染水が重大な問題であるとしてもその対処を的確に行うことで国際的な信用に繋げていけば長期的には我が国の利益になるのではないか。オリンピック招致のために汚染水について国会審議をしないという話は、腑に落ちない。

 

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