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2013年8月18日 - 2013年8月24日

2013年8月23日 (金)

党から出て行ってくれ

 みんなの党の柿沢衆議院議員が離党届を提出した。ツイッターに書き込まれたその理由が凄い。何と、渡辺代表に「党から出て行ってくれ」と言われたから離党するというのである。先の江田幹事長懐妊騒動も含めて、結党以来躍進を続けてきたこの党の体質を疑うべき時期が来ているのではないか。

 「みんなの党」は渡辺代表のオーナー政党のようなところがある。しかし、党の創設に絶大な影響を及ぼしたからといって、党首の自己中心、好き勝手、やりたい放題が許されてよい筈がない。そもそも、「政党」は単なる私的団体ではない。日本国憲法に定める憲政そのものが政党の存在を前提としていることは多くの憲法学者の一致しているところである。当然、それなりに適正な「党内手続き」が存在していなければならない。しかしながら、今回の柿沢議員の離党は正式な「離党勧告」があったわけでもなく、渡辺代表が「出ていけ」と言ったから離党するというものであった。いささか「売り言葉に買い言葉」のようにも見えるが政党と言うのはそんなに簡単に出たり入ったりができてよいものであろうか。、

 この「政党」には「政党助成金」として相応の金額が活動費として支払われている。これは国民の税金だ。政党助成金を受け取っていない政党もあることはあるが、政党に対する個人献金が一般的ではない我が国では党の活動費として政党助成金は重要である。少なくとも国費から活動費を受け取る存在であるならば、相応の説明責任と手続きの整備は求められてしかるべきではないか。都合のいいところで「政党は私的団体で結社の自由がある以上、外からの介入は許さない」という考え方は最早許されない。

 「みんなの党」は政党の内部規律や手続きを法制化すべきだと主張していた。私もこの考え方には賛成である。政党助成金だけでなく選挙制度上も政党がこれだけ公的な存在になってしまっている以上、ブラックボックス化を容認すべきではない。まず、みんなの党がこれを機会に適正手続きを定めて実践されてはいかがであろうか。

2013年8月21日 (水)

禁煙学会の「風立ちぬ」批判は的外れ

 禁煙学会が映画「風立ちぬ」について、喫煙シーンが多すぎるとか、登場人物が喫煙していなくても心情描写ができた筈だという理由をつけて批判の声を挙げている。条約違反まで持ち出してくるのだから凄まじい。しかし、この批判はいささか的外れだ。

 私自身、「風立ちぬ」を最初に観たときから喫煙シーンが多いと感じていた。だが、当時の日本人男性にとって喫煙はごく当たり前の習慣であったし、当時の人間関係を描こうとすれば喫煙シーンが登場するのは不自然でもなんでもない。「風立ちぬ」そのものの感想にも書いたが、あの作品はあの時代を丹念に描いている。海軍の士官一種軍装の袖章が金色になっているのは明らかな間違い(実際には金色にすると金がかかるため紺地に黒の袖章を巻いていた)であったが、当時の階級毎の服装の違いをきちんと再現していた。

 軽井沢のシーンで登場人物たちがドイツ語で歌うシーンがあるが、あれも当時の高等教育を受けた人々は軒並みドイツ語教育を受けていたことが分かっていれば納得できるところだ。今でも旧帝国大学の法学部や医学部では第二外国語としてドイツ語が必修として指定されているところがあるようだが、当時の旧制高等学校の主流は理系でも文系でもドイツ語教育組だった。私自身は大学院では法学専攻でも大学自体は文学部で外国語の履修はかなり自由だったため中国語を選択している。しかし、法学部の学生は自由でもドイツ語を選択している者が多かった記憶がある。あの時代のエリートをよく描いたと言える。

 学生が喫煙するシーンが問題だとか、肺結核で寝ているヒロインの傍で主人公が喫煙するのが問題だとか言われているが、前者は当時の大学生が教室で喫煙するのは他の文献を見ても珍しいことではなかったわけだし、後者についてはヒロインが主人公を思う「心情描写」の点で重要だ。特に後者については煙草の代わりに飴玉が登場していたら、間違いなく雰囲気ぶち壊しとなっただろう。

 私自身は嫌煙家である。私が大学を卒業して就職した頃は大手企業で職場の分煙が進められはじめた時期であり、私の職場は分煙など全くされておらず、周囲が無遠慮に吐き出す煙に頭痛と吐き気を催しながら仕事をせざるを得なかったことは嫌な思い出以外の何物でもない。煙草の臭いそのものが嫌いなので、今は飲み会に出たら服はクリーニングに出している。しかし、アニメの中で時代描写や時代に即した心情描写の道具として使われている煙草までも否定するのはやり過ぎであると考える。「禁煙ファシズム」と言われても仕方がないところだ(もともと禁煙運動時代ファシズムであるナチス・ドイツ発祥であるが)。

 もし、「風立ちぬ」の喫煙シーンが「喫煙を促進・宣伝するもの」であり条約違反だと言うのであれば、「紅の豚」などは「海賊航空機を宣伝」していることになり、「千と千尋の神隠し」は「児童労働の容認」となり、「借りぐらしのアリエッティ」は窃盗、「コクリコ坂から」は虚偽の戸籍届出を容認した作品と言うことになってしまう。そんなバカな話はない。

2013年8月19日 (月)

尖閣の次は沖縄

 中国共産党の機関紙「人民日報」が、8月15日に「尖閣はおろか、沖縄も日本の領土ではない」という論説記事を掲載した。従来から、中国共産党は沖縄を狙っているのではないかと言われてきたが、こうなると日本は尖閣のみならず沖縄を守ることも現実問題として考えなければならなくなってきた。

 確かに、明治政府が成立して琉球処分が行われるまで、沖縄は日本と清国の双方に朝貢するなど、曖昧な位置づけだったことは確かだ。しかし、清国の一部であった沖縄を日本が武力で奪取したという歴史的事実はない。朝鮮半島や台湾は中国との戦争によって獲得又は支配権を得た地域だが、沖縄はそれとは全く異なる経緯で日本領土になっている。

 だが、尖閣諸島について言えば、中国は国際社会に声高に叫び続けるのみならず、1980年代から継続的に調査船を投入して「紛争化」を謀ってきた。これと同じことを沖縄に対して行えば、数年後には「沖縄を紛争地として認めなければ日中首脳会談は行わない」という文句が出てくることになるのは必至だ。

 加えて、沖縄の対中央政府及び対米感情は依然として最悪のままである。沖縄の世論に「日本もアメリカも琉球人を殺した。だから中国に」という動きを作ることは、それこそ中国共産党の得意とするところであろう。

 現実問題として、沖縄県民が日本を離脱して中国支配をただちに受け入れるとは思われない。しかし、沖縄県民の基地批判などは、中国にとって十分に使える材料である。百年前ならば「日本とアメリカの圧政に苦しむ同胞である琉球人民を救う」という名目で出兵できただろうが、少なくとも米軍基地が置かれ続けている限り中国としては簡単に手が出せない。とりあえず中国共産党としては、紛争地として国際的に認めさせることで日本を外交交渉で委縮させ、経済面等で譲歩を引き出せれば良いと考えているのではないか。

 いずれにせよ、ここ十年ばかりの間に日中関係は緊迫の度を増している。しかも、福田政権や鳩山政権を挙げるまでもなく日本が中国に対して場当たり的な譲歩や友好の姿勢を見せれば見せるほど、日本そのものが追い詰められている感すらある。インドだベトナムだと言ってみたところで、果たしてどれだけの提携ができるものか。加えて経済界は中国で幅広いビジネスを展開していることもあって、総じて中国共産党に対しては刺激することを避けるよう日本政府に求め続けてきた。日本が中国のペースにずるずると引き込まれている根本的な原因はここにある。もっとも、経済界を主導する大企業は「国際化」「多国籍企業」という言葉をかざして国外脱出を進めているから、日本としては保護する必要も次第に失せていくのではないかと思われるが、当面の影響力は絶大だ。

 これからの十年は、日本にとって更に厳しい時代になるのではないか。

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