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2013年1月13日 - 2013年1月19日

2013年1月19日 (土)

鳩山元総理大陸謝罪之旅

 政界引退した鳩山元総理が中国を訪問し、その言動が波紋を広げている。総理在任当時からアメリカでは頭のおかしい人と評されていたが、ますます酷くなるばかりだ。

 尖閣諸島に関しては「領土問題になっている」という中国政府の主張を受け入れろと表明し、南京大虐殺記念館にも事実上の贖罪に訪れた。中国政府も中国メディアも絶賛するのは当たり前だが、これでは中国の「いいなり」でしかない。

 鳩山元総理は相手に寛容になれば自分にも返ってくると思っているのかもしれないが、一般社会はもとより国と国との関係でもそういうことはあり得ない。むしろ、寛容さに付け込まれるのがオチというものである。私は人がいいからか色々と負担を引き受けては損ばかりしていることで周囲に半ば呆れられ半ば馬鹿にされることが多々ある。しかし、損をするのは自分自身であるし、仕方がないと諦めもつく。しかし、鳩山元総理は日本に損をさせ、日本を危険に晒しているのである。明らかに、自分で不利益を甘受するという範囲を超えてしまっており、これはもうどうしようもない。

 先にイラン訪問する際も、当時与党であった民主党内部からも懸念の声があった。今回の中国の旅は更に批判を招きそうだ。こうなってくると、鳩山政権当時の中国べったりの政策も、何かウラがあったのではないかと疑われても仕方がないのではないか。これはもう日本の政治家としては異常だ。

2013年1月17日 (木)

何故労働者は自ら会社を辞めるのか

 雇用状況は二十年余に渡り厳しさを増すばかりだ。解雇規制が緩和されるという話はあちこちでささやかれているし、解雇規制が緩和されずとも短期契約を更新しながら働く非正規労働者を使用者側が切るのは解雇によらずとも契約期間満了後に更新しないという方法で比較的簡単に可能だ。更新を繰り返したことで期間の定めのない労働契約になった云々というのは教室の中でならばともかく、現場でお目にかかることはまずない。

 「切られる」労働者は多いが、一方で自ら辞めていく労働者も少なくない。そして、その中には単に新しい仕事が見つかったとか、仕事が嫌になったというだけでない辞め方をしている労働者も多い。じっくり研究してみると、表面上に数字で表れる賃金等の労働条件以外にも、職場における存在意義や価値というものが相応の重さを占めているように思われる。即ち、多少賃金面で優遇されようが、職場において空気のような存在にされてしまうということは、それだけで自己の存在意義を見失うには十分であって、離職のリスクは確実に高まる。

 「外部労働市場」という言葉とともに、人までも看板方式になってきている今日、非正規労働者はもとより正規労働者であっても数合わせの意味しか持たなくなることは珍しくない。これでは、自己の存在意義を職場で見出すのは容易なことではなくなる。逆に言えば、存在意義を見出させれば、それは定着やモラールの向上につながるということだ。

 しかしながら、これを実務の世界で行うのは簡単ではない。何故なら、経営幹部になればなるほど、個々の労働者との接触は少なくなり、上がって来るのは「数字」だけになる。顔が見えない以上、労働者を「透明な存在」として捉えてしまうのは簡単で、常に自覚しておかないと表面上の数字に一喜一憂することになる。かくして、人を数字扱いする職場が生み出される。

 人は物ではなく労働は商品ではない。人が働くというのは、単に賃金を得るのみならず人生の上で何らかの意義を見出したがるものである。これは甘い考えではない。戦後の日本企業は、職場を労働者の自己実現・存在意義を見出す場の如く提供し、それによって大きな成果を引き出してきたのである。例えばQC等は欧米ではできなかったことだ。しかし、そうした労働者の人間としての尊厳や矜持に目を向けなくなれば、労働者の側も反応してはくれなくなる。

 職場において「透明な存在」となってしまった労働者にとって、離職のハードルは低くなる。経営側としては色々な価値観があるだろうが、有る程度労働者を定着させ資質を引き出し投じた資金以上の勝ちを引き出そうとすれば、使い捨てと言うのは得策ではない。「当たり前」のことから考えていく必要がある。

2013年1月15日 (火)

「レ・ミゼラブル」

                  

 映画「レ・ミゼラブル」を観た。この映画は同名のミュージカルを映画にしたものなのだが、舞台上で再現できないようなシーンも多く盛り込まれており、ミュージカルの世界をも損なわないようにしながら迫力ある作品に仕上げている。

 「レ・ミゼラブル」の舞台は2008年に当時国際戦略研究センターにおられた若林秀樹さんを訪ねてワシントンを訪れた時に野外劇場で一度見ただけだが、原作自体は小学校の頃から読んでいる。ただし、はじめて開いた小学校3年生くらいのときには内容がサッパリ分からず途中で投げ出した。歴史に興味を持ち「レ・ミゼラブル」の世界観を理解できるようになった小学校高学年の頃にじっくり読んで、その内容の奥深さに面白みを感じた記憶がある。

 私は当時から今に至るまでジャベール警部に親しみと言うか親近感を感じてきた。法と職務に忠実であろうとするが、最期には職務と情の狭間で自己の存在意義を失って自殺する姿は作品の中で冷酷な人物として描かれてきただけにむしろ人間臭いところが感じられる。少なくともジャベールのような人材がいなければ法の支配は成り立たない。映画ではラッセル・クロウが演じ、これはもう原作のジャベール警部そのもののイメージ通りだった。

 としても、やはり「レ・ミゼラブル」で重要なのはミリエル司教だろう。19年を牢獄で過ごし、「人を信じる」「人から信じられる」という感情を喪っていたジャン・バルジャンの罪を「赦す」ことで実のなる種をジャン・バルジャンの中に撒いた人物である。司教の慈悲の心がなければ、ジャン・バルジャンはあの後も犯罪を繰り返すだけの男のままであったろう。映画のラストシーンでミリエル司教が登場するシーンは感動的である。ジャン・バルジャンの「お迎え」にはフアンテイーヌも登場するのだが、迎えに来るのはミリエル司教だけにしておいたほうがジャン・バルジャンが必死に司教の慈悲と神の正義を実践しようとした生き方に対する解釈としては適切ではなかったかと思う。

 それにしても、改めてこうして観てみると「レ・ミゼラブル」の世界は決して現代社会と隔絶した時代の話ではない。作品の時代はナポレオンが敗れ去ってフランスに王政が復活した頃で、立憲君主制の元で従来の支配階級であった貴族に代わって経済力をつけた市民階級が台頭した時代であった。としても、これは今でいう「中産階級」とイコールではない。都市のブルジョワジーだから「資本家」と言うべきで、中の下の人々は革命の後も「レ・ミゼラブル」であった。革命で掲げられた「自由」にしても強者のやりたい放題を容認する自由でしかなかったのがこの時代である。マリウスらが「革命」をやろうとしていたのも、このあたりに原因がある。

 ただし、19世紀のあの時代は君主や国家権力からの「自由」を得るだけでも大きな犠牲が必要であった。それ以上の社会権や生存権は20世紀にならなければ多くの先進国ですら実現できなかったし、発展途上国では19世紀並みの自由権すら確保できでいない国も珍しくない。

2013年1月13日 (日)

蒋経国総統死去から25年

                 

 民主化の過程で混乱はつきものだ。 

                                      蒋経国(中華民国総統)

                                      (1910年4月27日~1988年1月13日)

 今日は台湾の蒋経国総統が死去してから25年にあたる。同時に、李登輝副総統が憲法の規定に従い国家元首の地位を引き継ぎ台湾生まれとして初の中華民国総統となった。

 日本では蒋経国総統の知名度は極めて低い。私にとってはトルコのムスタファ・ケマル大統領と並んで尊敬する政治家なのだが、台湾・中国に詳しい人以外で蒋経国総統の名前だけでも知っている人にはほとんど会ったことがない。蒋介石総統と李登輝総統はともに日本留学組で日本との関わりが深かったから日本でも知名度は高いが、蒋経国総統は数回訪日しただけで日本との接点はこれといったものはなかった。総統在任期間がちょうど日本との国交も断絶して日本自体が大陸に向いていた時期でもあった。こうしたことも、日本で極端に知名度の低い原因だろう。

 蒋経国総統の経歴自体、非常に複雑で矛盾しているように見える。蒋介石の長男として生まれるが、父親の反共政策に反発してソ連に留学し、共産党にまで入党している。帰国後は一応父親と和解して父の権力を支え後継者となるが、最終的にはそうした世襲・権威主義体制を自らの手で終わらせた。

 蒋経国総統の事績は台湾の歴史の上では大変重要なものである。「台湾を強国にした男」と言っても過言ではない。蒋介石総統の長男として生まれ、若き日には父親に反発してソ連に留学して共産党員となり、帰国後は父親と和解して父の権力を支え、後継者となった後は権威主義体制と権力の世襲を自らの手で終わらせて民主化への道筋を付けた。台湾の高度成長進める政策を推進したことで、台湾は実質的には先進国となった。最近は中国の経済に押されて斜陽気味ではあるものの、台湾経済は決して弱くない。

 台湾の経済発展は蒋経国総統の時代と重なるが、民主化については段階的な選挙の実施や戒厳令解除を行ったものの、一方で美麗島事件や中壢事件等の弾圧事件も依然として起こしている。美麗島事件では軍事裁判をメディアで公開して容疑者たちの政治主張が大々的に台湾中に伝えられるなど、今から考えるとどうも本気で弾圧したかったのか疑わしいようにも思えるのだが、いずれにせよ全面的な「民主化」までには至らなかった。国会の全面改選や憲法改正による総統の直接選挙などは李登輝総統の時代に成し遂げられたが、蒋経国時代に民主化へのレールが引かれていなければ李登輝総統とてあそこまでの成果を出すことは難しかったに違いない。

 李登輝総統が蒋経国が行政院長に就任した際に無任所大臣にあたる農業問題担当の政務委員に抜擢されたことが政界入りの契機となったのは有名な話しだが、現在の馬英九総統は蒋経国の英文秘書出身であり、呉敦義副総統も書いた論文が蒋経国の目に留まり「一緒にやろう」ともちかけられたことが政界入りの動機となっている。國民黨と対抗してきた民進党では、陳水扁前総統や蘇貞昌党主席、謝長廷2008年総統候補は美麗島事件の弁護士出身、呂秀蓮前副総統は美麗島事件の被告であった。今の台湾政界の大物で色々な意味で蒋経国とかかわりを持たなかった人物はいないといってもよい。

 対中関係も含めて、台湾政治からまだまだ目が離せないが、経済発展と民主化、そして台湾の実情が大陸に伝えられるにつれて大陸の社会もまた変わりつつある。昨年の総統選挙では敗北した民進党の蔡英文主席の敗北宣言が大陸に伝えられ、大陸住民に「自由選挙」と「敗者の堂々たる敗北宣言」ができることについて衝撃を与えた。中台関係では中国の経済的軍事的攻勢に台湾が飲み込まれつつあるように言われることも多いが、現実はそう単純ではない。複雑で矛盾しているように見えるのが中台関係と言える。

 

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