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2013年5月5日 - 2013年5月11日

2013年5月11日 (土)

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い?

 安倍総理夫人が韓国のミュージカルを鑑賞したことをフェイスブックに書いたところ、首相夫人としてあるまじき振る舞い云々という非難の書き込みが殺到したことが話題となっている。昭恵夫人の「韓国好き」は今に始まったことではないが、それを非難するのはいささか筋違いというものではないか。

 確かに、韓国政府の対日政策は従来から一貫して程度の差はあれ「反日」であったし、韓国で日本に親しむということは政治家としては死を意味する。そうした韓国の態度を見ていれば、日本側も同じように「反韓」になって何が悪いという考えに達するのは心情的には理解できなくはない。

 しかし、韓国で「日本文化」を悪しきものと捉えてヒステリックに排斥を叫ぶようなことと同じことを日本が「韓流」に対してやるのは、結局のところ非難している相手と同じ「非難に値する行為」を行うことになる。私は韓国のヒステリックな反日は韓国の品位を貶めていると考えるが、日本でヒステリックな「反韓」を行うことは日本の品位を貶めることになる。逆に日本の「反韓」がだけが正義であちらの反日が悪だと言い切ることも出来まい。愛国心は「狂暴な美徳」と言われることもあるが、狂暴な愛国心は最早愛国心ではなく、単に祖国の名誉と品位を貶めているだけになると言わざるを得ない。愛国心に基づくことなら何をやっていもいいということになれば、これまた中国の「愛国無罪」と変わらない理屈になってしまう。

 かつて、反仏政策を取っていたドイツのビスマルク首相は、ドイツ・ワインではなくフランス製のシャンペンを愛飲していた。このことをドイツ皇帝に指摘されたとき「舌と愛国心は別物でございます」と言い返している。本当の愛国者ならば、そのくらいの度量や余裕があってしかるべきだ。

 昭恵夫人の韓流鑑賞を非難する意見は、結局のところ「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という安直な考えであって、このような態度が「愛国的」となるならば、極めて残念なことである。

2013年5月 9日 (木)

沖縄も中国領?

 中国共産党の機関紙「人民日報」が沖縄を「帰属が未確定」として中国に領有権があると示唆する記事を掲載したことが日中間で問題になっている。ただし、長年の尖閣諸島に対する日本政府の態度から鑑みれば、尖閣に対する一定の影響力を確保できたら次に沖縄が来るのは当然のことであり、「来るべきものが来た」と見る方が妥当だろう。

 そもそも、中国の「拡張政策」には明確な目的がある。実質的には中華帝国の復活だ。現在の中国政府がかつての中華帝国の継承者であって、冊封体制下にあった属国も含めてかつての中華帝国の版図を引き継ぐ権利があるという理屈に基づくものである。

 無論、リアリストの中国人・中国政府が単なる歴史上のセンチメンタリズムに基づいてその版図を再服しようとしているわけではない。努力して取ってみたところで何にもならない不毛の地だったり、貧困層の群れを自国内に抱え込むようなことになるのなら、中国政府とて取ろうとは思うまい。現実には中央アジアは資源の宝庫だし、ベトナム以南はシーレーン確保の上で中国にとっても重要だ。尖閣も含む沖縄地方は太平洋への出口であり資源も眠っている。

 中国の考え方が理解できないわけではない。19世紀から20世紀にかけて列強諸国に食い物にされ、属国であった朝鮮半島やベトナムは帝国の版図から実質的に離れていった。今なお広大な領土を持つ中国だが、最盛期の中華帝国に比べれば版図は縮小している。弱肉強食適者生存を根拠に列強に奪われた版図を、強者になった今こそ奪い返して何が悪いのか。少なくとも19世紀から20世紀初頭にかけての「理屈」としては間違いにはならない。あの時代は国家は戦争をする自由があったし、他国の領土を征服しても許されていた。日本が朝鮮半島を併合した時には、欧米諸国は「朝鮮は遅れた弱い国だか日本に征服されて当然」「遅れた朝鮮のためには日本に支配させた方がいい」という論調であって、「弱い国が不利益を被るのは当然」とされていた。これらの基準から言えば、中国は沖縄を征服する権利も正当性もあるということになる。

 しかし、現代は19世紀のそれとは違った正義や国際秩序が成り立っている。19世紀ならば正義でありむしろ人道的とさえされたことが、現代では非道な侵略行為となる。この国際秩序は二度にわたる世界大戦と冷戦と言う犠牲の上にようやく生み出されたものだ。それを簡単に捨て去れるわけはない。

 最近になってからようやく日本政府は尖閣諸島について言うべきことは言うようになってきた。しかし、長年に渡り沖縄周辺での中国の活動を「黙認」し続けてきたのは事実であり、財界を中心に中国の言い分を受け入れることこそが正しいと信じている人々もいる。これでは中国が自国の尖閣・沖縄支配を日本は最終的に受け入れざるを得ないと考えてしまったとしても不思議はない。

 中国政府に対する非難はされてしかるべきだが、我々日本の側に問題がなかったわけではない。むしろ、今の中国の攻勢を招いているのは歴代日本政府与党の失態ではないか。

2013年5月 7日 (火)

拡大するシリア内戦

 泥沼の様相を呈しているシリア内戦だが、今度はイスラエル軍が越境してシリアを空爆するに至った。シリア政府とイスラエル国内の反政府組織ヒズボラとの関係が問題だそうで、イスラエル政府は国内の反政府勢力に武器が渡るのを阻止する為の空爆であると主張している。

 シリアの北部では越境してトルコ国内に戦火が及んだため、先にトルコ軍がシリアを越境攻撃する事件を起こしており、シリア内戦は周辺諸国を巻き込んでますます混沌とした状態になってきている。

 難しいのは、戦争や紛争が泥沼化していくと、首脳同士で妥協を見出そうとしても支持者がそれを許さなくなる。反対勢力にとっては権力者を「弱腰」と攻撃するチャンスにもなる。いずれの国家・勢力とも、最早引くに引けない。

 大国の動きは冷静だ。アメリカにせよ中国にせよ、内戦が自国有利になるように動いている。だから、アメリカやヨーロッパは人道主義や民主主義を主張してシリアの反政府勢力に援助をするし、ロシアや中国はもともと縁の深かったシリアの独裁政権が倒れることは中東に対する影響力低下につながるから政府側を支援している。

 このままでは、シリア国民の意向を離れてますます泥沼化が進むのではないか。いずれにせよ、生み出される憎しみの連鎖を断つのは簡単ではない。イスラームは寛容な精神を説いているが、寛容な精神を説かねばならぬということは、即ち人はなかなか寛容になることができないからである。

2013年5月 5日 (日)

八重たん

                    

 「八重の桜」前半の舞台となっている会津に行ってみた。あまり長時間は滞在できなかったので鶴ヶ城と大河ドラマ館くらいしか見ることができなかったが、「八重の桜」の話題もあって観光客が押し寄せていた。

 鶴ヶ城の天守閣は戊辰戦争で半壊状態となりその後取り壊されてしまったため、現在の名古屋城と同じく実質的には「ビル」で内部は博物館になっている。内部の展示のほとんどは一般的な内容のものであったが、興味深かったのは会津の陶器である「本郷焼」は瀬戸から職人を招いてはじめられたものだそうで、こちらの「陶祖」は水野源左衛門になっている。この窯を継いだのが水野瀬戸右衛門なる人物だそうで、郷里の瀬戸にちなんだ名前を名乗っていたのには驚いた。なお、瀬戸市には「水野」という地名もあり、愛知に多い水野氏の名字のルーツのひとつと言われている。

 最近は日本全国でゆるキャラ、萌えキャラブームでいささか食傷気味だが、会津にも「八重たん」というキャラクターが作られ、袴姿も凛々しい(?)着ぐるみが歩いていた。同志社が先に「八重さん」というキャラクターを作ったがこちらは明治の洋装で、「八重さん」と被らずかつ会津らしくということになると「八重たん」になってしまうのだろう。会津では銃を取って新政府軍と戦い、京都では「悪妻」「烈婦」「鵺」と言われた女性だけに、「ゆるキャラ」「萌えキャラ」とはあまりにも新島八重のイメージとかけ離れていたたけに笑ってしまった。それでも、多くのグッズが売れているから「町おこし」には好個のキャラだったかも知れない(一応、会津は直江兼続なども縁の人物ではあるのだが)。

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