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2012年12月30日 - 2013年1月5日

2013年1月 5日 (土)

靖国神社放火事件被疑者引渡し拒否事件

 日本国内で靖国神社に放火した後韓国に出国し、ソウルの日本大使館に火炎瓶を投げ付けて服役していた中国人の男に対し、日本政府が日韓の犯罪人引渡条約に基づいて引渡しを求めていたところ、韓国政府はこの中国人が「政治犯」にあたるとして日本への引渡しを拒否し、中国に身柄を移すことを決定した。

 これでは、テロリストであっても政治犯との認定を受ける道が開けることになり、日本人に危害を加えても「過去の日本の犯罪に対する怒りからやった」と言えばそれでいいということにもなりかねない。

 安倍総理が対韓融和の姿勢を示したところまことに「分かり易い」反応が返ってきたと言える。竹島の日を政府主催の式典とせず、靖国神社にも参拝せず、尖閣への公務員駐在も見送るなど、選挙中の公約をことごとく反故にしてもなお中韓との融和を模索する姿勢を示した。しかし、過去にも述べたとおり当初からこうした姿勢では、中韓ともより日本に譲歩を迫り、より有利な立ち位置を獲得するよう動くことは確実であり、今回の犯罪人としての引渡し拒否もまたその流れの中にあると言えよう。

 それでもなお日本政府は「遺憾の意」こそ示したが、それ以上の行動に出る気配はない。朴新大統領の就任に合わせて融和の姿勢を打ち出し韓国にも姿勢の転換を求める方針だった日本政府としては、新政権発足後ただちに緊張状態になるのは避けたいという意図があるのだろう。中国との間でも、新指導部発足に合わせて関係改善を望んでいる。こうした日本政府の「足元」を見て中韓ともに今回は連係プレーを見せた。中韓ともに過去のことて大騒ぎすることで日本から譲歩を引き出したいという利害が一致していることは間違いない。

 発足間もない安倍政権が安易なシグナルを送った故に今回の事件を招いたと考えるのが妥当ではないか。中韓ともに、安倍政権は少なくとも参院選までは大胆な行動はできないと考えて、より有利な状況を作り出そうと懸命だ。それが分かっていながら今回の事態を招いたことについて、日本政府は余りにも情けない。

2013年1月 3日 (木)

正月番組に思う

 大晦日から三箇日の間は、NHKも民放も「正月番組」の編成を組む。しかし、どうもこの「正月番組」は総じてあまり内容のあるものではないと感じることが多い。ともすれば芸人を沢山出し、画面の中だけで楽しんでいる印象が強い。テレビの不振で製作費が削られているから仕方がないという話はよく聞くが、これでは見る気も失せるのではないか。

 新聞にしても決してレベルの高い記事は書いていない。某新聞の元旦の社説など論旨も支離滅裂な上に国際情勢をまともに理解していないままで希望的観測を書いたに過ぎないような内容で、このレベルの文章が「元旦の社説」となっていることに暗澹たる気分を抱かされた。

 テレビも新聞も依然として影響力の強いメディアではあるものの、事案を深く掘り下げることもなく、覗き見に近いスクープ合戦と記者発表されたことを報じているだけではインターネット媒体に敗れ去るのは必至というものではないか。

 この正月、久しぶりにあくせくせずにじっくりと文章を読んだりして過ごしているが、そのせいかマスメディアの動きが稚拙に見えならない。

2013年1月 1日 (火)

平成25年の元旦

 平成25年が明けた。日本にとっては昨年以上に難しい年になりそうだ。

 年末に安倍内閣が発足したが、対中対韓関係についてはどうもはっきりしない。国民の間に議論のある「原発増設」をいち早く打ち出した点も疑問だ。国民の間でも「何が正しいか」考えることができないまま、政権だけが自勢力の都合のいいことを優先させて走り出した感がある。

 経済的に厳しいことは言うまでもない。が、安倍政権の打ち出した経済対策は第一に公共事業となった。90年代後半から公共事業を大々的にやってきたが、それでも雇用情勢は悪化し続けた。まさか、「小泉内閣発足で公共事業を貫徹しなかったから不況になった」とは言わないだろうが、同じことになりはしないかと心配だ。かつて、公共事業はゼネコンから下請に広く富を流したものだが、90年代半ば以降は下請は原価割れのような状態でも受けざるを得ず、最後には社長が首を吊って清算することも珍しい事件ではなかった。公共事業の「トリクルダウン」にはあまり期待できないのではないか。

 無論、この姿勢は「構造改革」を推進するグループから非難を受けることは確実で、反動から小泉内閣の頃よりも更に過激な「改革」に舵が切られる可能性もある。

 ただ、見方を変えればこれが「先進国」なのかも知れない。日本には既に「追うべき国」はないからだ。フランスやドイツやイタリアなどは日本よりもはるかに長い「閉塞の期間」を生きている。閉塞感のある状態を異常事態だと思わず、常態と思うようにするのも生きるコツなのかもしれない。

2012年12月31日 (月)

大晦日

 平成24年も間もなく終わりだ。昨年に引き続き日本は迷走を続け、出口の見えないままの年末になったことは共通しているように思う。

 今年は日本国内外ともに新政権の顔が決まった年であった。年明けに台湾総統選挙が行われ、現職で國民黨の馬総統が再選された。馬総統と民進党の蔡主席の一騎打ちであったが、今回の総統選挙を目にした大陸住民も多く、ネット等も介して「自由選挙」というものが事実上大陸に伝えられ、色々な意味で衝撃を与えることになった。落選した蔡主席が「敗北宣言」を行う様子は、敗者は粛清され消えていくしかない大陸では驚きをもって迎えられたようだ。

 蒋経国政権末期以降両岸の交流は着々と進み、馬総統になってからは自由防衛協定を結ぶまでに進展した結果、経済的に台湾は大陸に飲み込まれつある。としても、政治的には依然として台湾は独立し続けているし、それどころか六十年の「台湾経験」が逆に大陸社会を揺るがしつつある。中国国内での反日デモが実質的に反政府デモであることが垣間見れる例も多く、中国社会も習指導部への交代だけではない新たな段階に入ったと言えるかもしれない。

 間もなく平成25年だが、新しい年になったからと言って何もかも変わることはあり得ないし、内外ともに情勢は日本にとってむしろ更に悪化する兆候すらある。更に厳しい一年になるのではないか。

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