« 2013年10月 | トップページ | 2013年12月 »

2013年11月

2013年11月29日 (金)

何のためのカジノか

 自民党が「カジノ設置」法案を了承した。観光目的とは言うものの、要するに賭博開帳の公認である。かつて、賭博開帳で摘発された者が「賭博開帳は個人の自由であり、規制する法令は憲法に違反する」と主張して争ったことがあったが、裁判所は賭博規制の必要性を認めて有罪判決を下したと記憶している。

 観光は有望な産業であるとしても、カジノ設置が本当に観光の活性化につながるのだろうか。カジノを運営する業者はともかく、治安の悪化や審査などで行政側の支出も増えることが予想されるから、プラス面ばかりではない。そもそも、カジノはラスベガスをはじめとして世界の多くの国々に存在している。わざわざ日本に来る観光客は、他国でできるカジノ遊びよりも、日本らしいものを求めて来るのではないか。カジノ設置より、史跡の整備など他にやることがあると考えているのは私だけだろうか。

2013年11月27日 (水)

秘密保護法案通過へ

 衆議院の委員会では秘密法案が通過した。衆参ともに与党が圧倒的多数だから、その気になれば可決できるだろう。しかし、こうした国民の権利を大きく制約したり、直接処罰規定が発動されることは少ないにしてもマスコミの報道や国民の知る権利を「自主規制」する制約を社会に蔓延させかねない法案は、もっと長い時間をかけて議論するべきだった。スパイ防止法案の時代から長らく議論されてきたと言われるかも知れないが、一般国民としてはこの法案は唐突に登場したという印象が拭えない。

 国民が主権者であるとは言っても、その主権の行使には多様な情報に基づく吟味が欠かせない。情報がなくなれば国民は考えたくても考えられなくなる。そうなれば、思考停止状態となり権力者に都合のいい行動を取るようになるのは歴史が教えるところだ。そもそも、あのナチス・ドイツの時代ですら、大多数のドイツ国民は自分たちには自由があると思い込んでいたのである。

 確かに、スパイやそれに近い連中のやりたい放題は容認できないが、誰もが反対できない理由を端緒として徐々に抑圧や自主規制が進む。我が国ではこうした機密保持規定にとどまらず、多くの法律で当初は誰も反対できないような理由で通過させておいて、「小さく生んで大きく育てる」手法は常套手段である。気が付いたら手遅れと言うことになりかねない。

2013年11月25日 (月)

徳洲会事件

 東京都の猪瀬知事が知事選挙の直前に徳洲会から5000万円の資金提供を受けていた事実が発覚した。報道によれば猪瀬知事側が1億円要求したとか、議員会館で金の受け渡しを行ったとか言われているが、真相はこれから捜査機関が解明していくことになるのだろう。

 呆れたのは、5000万円という大金を受け取った場所も猪瀬知事の頭の中では曖昧ならば、位置づけも借入金なのか提供なのか曖昧だということだ。オリンピック招致で4500億円の金をプールしていると豪語していた猪瀬知事だが、その感覚なら5000万円ははした金と言うことか。利息もなく返済も任意の時でいいという「自然債務」という考え方もないわけではないが、これほどのお金を自然債務で貸してくれるような太っ腹の人を見たことがない。

 いずれにせよ「記憶にない」「忘れた」はロッキード事件以来政治家の常套句として使われ、国民の軽蔑の対象ともなってきた。国民の多くは「またか」という感想を抱いていることだろう。

 問題はそれだけではない。徳洲会から金をもらっていたとしても猪瀬知事個人の責任問題に過ぎないが、徳洲会に相応の便宜を図っていたとすれば個人の問題では済まなくなる。徳洲会が離島部をはじめ僻地に病院や診療所を数多く設置してきたことは周知の事実だが、財政難に喘ぐ自治体が自治体病院を設置運営するのが難しい現在、事実上の自治体病院としての位置づけを与えられ、自治体と「特別な関係」にある徳洲会病院も少なくないからである。

中国ジョーク

 日本人に街頭インタビュー。

 「あなたは中国に親しみを抱いていますか?」

 「ええ。あなたが自宅に押し入った強盗に抱くくらいの深い親しみを抱いています」

2013年11月23日 (土)

ケネディ大統領暗殺事件から50年

 ケネディ大統領暗殺事件から50年が過ぎた。ケネディ大統領暗殺事件は陰謀論を含めて多くの人々の好奇の目を今も引き付け続けているが、真相は未だに「非公表」である(将来的には調査委員会の記録は公表される)。

 現在のケネディ駐日大使は故大統領の娘であった。アメリカの駐日大使は駐英大使ほどではないにせよ大物政治家や大統領の側近(金づるを含む)の就任も多いが、ケネディ大使の就任はとりわけ注目を集めた。信任状奉呈式に市民が集まるのも珍しい現象である。それだけ、今でも日本でケネディ大統領の印象が未だに強いということが言えるだろう。

 もっとも、アメリカでは若干状況が異なるようだ。確かに「偉大な大統領」の範囲内にはしばしば含まれているようだが、かつてのような人気は無い。「歴史の人」になって半世紀、様々な生前のスキャンダルも公開の対象となっている。

 マリリン・モンローとの不倫関係は生前も囁かれていたようだが、それ以外にも多くの女性とひそかに情を通じ、ジャクリーン夫人の不在中にホワイトハウスは「不倫の館」と化していたというのだから呆れる。夫人との仲も冷え切っていたそうだが、散々テレビを使って「円満な家庭」のイメージを流して人気を高めていたのだから、これはもう国民を騙していたと言うべきだろう。大統領選挙にしても、マフィアを使って大々的な不正や買収を行っており、僅差で敗れたニクソン候補が訴えようとするのを当時の大統領であるアイゼンハワーが「そんなことを暴露すればアメリカの恥になる」と止めたという話すら残っている。

 それでも、ケネディ大統領が残した遺産は大きい。「公民権法」についてはジョンソン大統領に引き継がれて成立し、黒人をはじめとする有色人種の地位向上に大きな役割を果たした。オバマ大統領の誕生もケネディ大統領がいなければあり得なかっただろう。ケネディ大統領が主導した月探査は宇宙開発におけるソ連に対するアメリカの「勝利」を印象付けるものとなった。キューバ危機への対応では危うく第三次世界大戦が起きるところだったのを回避したことが米ソ両国に残された資料から明らかになっており、その過程は映画「13デイズ」でも描かれている。

2013年11月21日 (木)

年金資金をマネーゲームに使うな

 有識者会議が、現在専ら国債購入などローリスクな分野で運用されている年金資金を不動産投資信託等ハイリスクな分野にも積極的に投資していくべきだという報告書を甘利大臣に提出した。120兆円の年金資金は余りにも魅力的なのだろうが、積極的に投資に回していくというは国民の老後を破綻させることになりかねない。

 そもそも、年金資金はマネーゲームに回すべき筋合いのものではない。運用は安全第一である必要がある。これは公的年金が多くの国民の唯一と言ってもいい老後資金であるという統計結果が出ていることから見ても明らかだ。

 かつて、年金資金をハコモノに投じて経済を拡大させようと、施設を山のように作った過去がある。それで国民生活が豊かになったのか、年金財政は充実したのかと言えば、答えはNOである。年金に群がる人々の懐を潤しただけで、国民の公的年金への不安を高めるというマイナスの効果しかなかった。公的年金に対する信頼の失墜は国民が老後に対する不安から妙な投資話に乗るリスクをも高め、ますます国民を追い込む方向に動いている。

 小泉政権時代に「貯蓄より株」「給料が少なければ配当で生活すればいい」と放言していた自民党議員がいたが、今なお自民党政権の周辺にはマネーゲームで財を成した人々が群がっているところから見て、年金資金もいいカモなのだろう。

そもそも、今回の有識者は老後を預かる厚生労働大臣にではなく経済財政担当大臣に答申を行っている。有識者も年金資金を投資できる金としか見ていないのではないか。ハイリスクな金融商品につぎ込むという発想そのものが、安心第一の年金制度とは相いれないものだ。

2013年11月19日 (火)

三木谷氏が政府の産業競争力会議民間議員を続投

 薬のインターネット販売をめぐり、政府の産業競争力会議民間議員を辞任する意向を表明していた楽天の三木谷会長が、一転して留任する意向を表明した。三木谷氏はインターネット販売の全面自由化を持論としているが、政府はインターネット販売の規制緩和をめぐる審議会を官邸主導で設置することなどで慰留したという。

 こうなると、「利益誘導」という四文字を頭に浮かべるのは私だけではないだろう。三木谷氏はもともとインターネット・ビジネスで財を成した人物で、現在もなお楽天の形式的にも実質的にも最高権力者である。先の辞任劇も自社に対する不利益になることに反発していたと指摘されていたが、これではゴネ得ではないか。そもそも、利害関係を有する者がルール作りに参画していること自体、泥棒と警官を兼ねるようなもので適切とは言えない。

 本来、政府の審議会などに民間人が参画しているのは、民間で得た知識や経験を「公益」に生かすためであって、出身母体に利益誘導することが目的ではない筈だ。としても、最近では中立性や公平性が必要な部門で露骨な利益誘導が目立つ。キャノンの御手洗氏が経団連会長の時、キャノンで偽装請負が指摘されると逆に識者を巻き込んで「偽装請負の合法化」に動いて世間の非難を浴びたのは記憶に新しい。これは極端な例であろうが、こんなことが続けば国民は審議会や会議を懐疑的に見るようになるのではないか。

2013年11月17日 (日)

秘密保護法案の可決を急ぐな

 安倍総理がNSC構想とともに強力に推し進めている秘密保護法だが、国会審議の過程で後世の検証すらままならない内容である法案の危険性が表沙汰になりつつある。このような国民の権利を制約し、時の権力者によって都合のいい運用をされかねない法律は時間をかけて慎重に内容を吟味していくべきだが、政府与党は強行突破する意向であると言う。こうなると、単に「国家の安全のために機密を守る制度を作る」以外の意図があるのではないかと疑いたくなってくる。

 私自身は国家機密の保全のために一定の法律はあってしかるべきだと思っているが、国民やジャーナリズムが何の検証も出来ず、権力者の不正を調べようとすることも犯罪になるという内容のものでは、国民の国家に対する忠誠心を引き下げるのみならず、国家に対する不信感すら醸造しかねないものだから反対せざるを得ない。

 思えば、「治安維持法」も本来は普通選挙法制定に伴って生ずる無用の騒乱や、内乱や暴力革命を目論む左翼勢力を封じ込めるための法律であったが、いつの間にか政府の認める考え以外の学問や言論を弾圧する道具になってしまった歴史があるではないか。秘密保護法を制定するならば、このような歴史を踏まえて内容を吟味するべきだ。

2013年11月15日 (金)

天皇皇后両陛下の「終活」

 天皇皇后両陛下が葬儀は簡素に行い火葬とすること、陵墓はひとつにして規模を縮小することを要望され、この方針で行われることになった。天皇陛下も間もなく80歳になられ、普通の人でも死を考え始める年代である。癌や心臓疾患と闘いながら公務を続けておられるが、元気なうちにできることはしておこうということであろう。

 今上陛下の姿勢は一貫して「国民とともにある」存在であろうとつとめられてきたことである。昭和天皇の記憶は私自身おぼろげだが、絶対君主でなくなった後も君主の「威」は残っていたような気がする。今上陛下からは権威主義的な雰囲気は皆無で、「威」よりも「情」が前面に出ている気がする。

 かつては「天皇の死」は口にすることすら憚られる「タブー」であった。昭和天皇が崩御された25年前には、誰もがその予感をしていながら、表だって語ることはなかった。昭和天皇は癌の告知を受けないまま崩御されたが、今上陛下はがん告知を受け入れた上で治療内容を選択しているなど、「病」や「死」に対する国民の認識も変化してきており、両陛下が率先して自分たちの最期を自分たちで決定されたのは興味深いところだ。国民の変化を両陛下が代表されている、体現されていると言えるのである。

 かつて、仁徳天皇は家々から炊事の煙が登らないことに驚き、日々の食事に事欠く国民の生活を思って宮殿の造営を止めたというが、この逸話は「伝説」の域を出ないものであった。しかし、今上陛下の国民とともに歩むという姿勢に基づく「終活」は伝説ではなく、今まさに国民の目の前で行われているのである。両陛下のこの姿勢そのものが多くの国民に共感を与えるとともに、近い将来皇位を継承されることになる皇太子殿下に「国民の象徴とはいかにあるべきか」を示した歴史的な意義は大きい。

 歴代天皇は正統とされる者だけで125代である。今上陛下は象徴天皇として民主主義的憲法の上で即位したはじめての天皇であり、「象徴天皇制度を定着させる」という歴史的な役割があったと言えるのではないか。そして、昭和天皇に引き続いて模索してきた「絶対君主」でもなく「お飾りの君主」でもない「象徴天皇」というもののの在り方のひとつの完成形を作り上げたと言えはしないだろうか。

 両陛下のご長寿をお祈り申し上げるのは当然だが、何より生命体としての寿命よりも両陛下が生き甲斐と自分らしさを保ってそこそこの健康で活躍される時間の長いことを特にお祈りしたい。

2013年11月13日 (水)

徳洲会事件

 大手医療法人の徳洲会が、徳田前理事長の子息である衆議院議員の選挙を組織ぐるみで行い、その過程で運動員を実質的に買収していた容疑で捜査を受けている。

 一般企業と異なり、医療法人や学校法人や宗教法人は特権的な地位を与えられている。しかし、それは特定の政治勢力や利益団体の利益のためではなく、社会的に有益な活動を行うためのものである。特に徳洲会は地域医療の中核を何う重要な医療機関として、自治体と連携していたところも多い。

 実質的に前理事長一族の私用目的に法人が使われていたということになると、そもそもそのような法人と公的機関が連携すること自体が問題ではないかということになるのではないか。徳田前理事長は中選挙区時代に例外的に小選挙区だった奄美群島区で保岡元法務大臣と「保徳戦争」と呼ばれる激烈な選挙戦を行っていたことで知られ、当時選挙違反を捜査した警察が両陣営の余りの大々的な買収に呆れていたとか、両陣営とも三十億四十億をつぎ込んで「これでは自民党総裁選挙よりも金がかかっていて、総理大臣の値段に近い」と言われていたという話がある。しかし、そうした手法は最早許されない。

 確かに、徳田前理事長は苦学して大阪大学医学部を卒業し、医局講座制に反発して「生命だけは平等」という理念のもと一代で徳洲会を築き上げた。私自身徳田前理事長の著作を読んだこともあるし、反骨精神には共鳴したところがある。それだけに、徳洲会と徳田前理事長一族が一体となって違法行為に手を染めていたとすれば残念でならない。

2013年11月11日 (月)

独身の日

 今日は中国では「独身の日」とされている。日本でも独身者が激増しているが中国も同じことで、特に男女比が極端に男性に偏っているため、結婚は容易ではない。いきおい、男性には財力が求められるわけで、「持家と車」は最低条件であると言われている。

 日本でも、若い男性を取り巻く状況は厳しさを増している。もともとアベノミクスで景気回復が喧伝されていたところで、多くの若者には無縁の話であった。ところが、安倍政権は明確に「女性優遇」を打ち出した。男性であるが故に誰もが社会的地位と金銭に恵まれているわけではない。にもかかわらず、いわば「男性であることの連帯責任」を取らされることになる。しわ寄せはいつも弱い立場のところに行くのは同じことだ。

 非正規労働者や、名目的に正規労働者であっても使い捨てという位置づけしかされていない労働者にとって、将来は暗いものしか描けない。これでは恋愛や結婚に踏み出すことは無理だ。この点、女性の場合は職業や収入以外の要素で「恋愛・結婚市場」で勝負することも出来ようが、男性にとって職業や収入で先が見えないということは、女性から実質的に相手にされないことを意味する。この現実は日本でも中国でも本質的に差はなく、単に中国の方が直截に表現されているに過ぎない。

2013年11月 9日 (土)

独身女性の34%が専業主婦願望

 安倍内閣は「女性の活用」に躍起になっている。今日も東京オリンピック開催に備えて、警視庁の警察官の1割を女性にするという方針が打ち出された。単に性別だけで割り当てをやると、それこそ男性にとってはチャンスが失われることになり、特に「女性や外国人の優先的な採用」を要求されている大学教員となると、中年に差し掛かった男性の非常勤講師が若い女性の准教授を羨ましい目で見ている風景が学会では珍しくない。

 一方で、独身女性の34パーセントが専業主婦になりたいと答えている。子供の傍にいてやりたいという気持ちもあるだろうが、男性と同様に働くことを要求された女性労働者がその過重な労働に価値を見いだせないでいるという面もあるのではないか。

2013年11月 7日 (木)

三木谷氏が政府会議議員辞任

 薬のネット販売を巡り、規制緩和を要求する楽天の三木谷社長が抗議して政府会議の議員を辞任すると表明した。楽天は言うまでもなくネットの企業であり、薬のネット販売はビジネスチャンスである。一方で、薬というものに危険でないものはない。野放しに販売されればどのようなことが起きるかは想像に難くない。アメリカの新自由主義経済学者の中には麻薬をやることさえも自己責任として規制されるべきではないと主張している者もいるが、こうした規制緩和は極端としても、安全性の点から一定の規制がされるのは当然であろう。

 今回の事件で重要なのは、三木谷氏が「自分の利益にならないから辞任する」と見られることだ。政府の会議の議員になったということは、公益活動を行うということである。余りにも無責任ではないか。これでは、政府の会議に参加している財界人は、私利私欲のために政府を動かすことを目的として活動していると色眼鏡で見られることになりかねない。

2013年11月 5日 (火)

祝日本一!東北楽天ゴールデンイーグルス

 球団創設9年目にしてパ・リーグ優勝を果たした東北楽天ゴールデンイーグルスが、日本シリーズでセ・リーグ優勝を果たした巨人を下し、全国優勝を果たした。東北初の球団と言うことで応援してきた東北の人々にとっても、喜びはひとしおだろう。

 指揮を執った星野監督は、愛知県の人間である私としては今でも「中日」というイメージが強いが、実際には中日でもその後指揮を執った阪神でも全国優勝を成し遂げることはできなかった。星野監督が日本一を達成したということでも意義深い。

 楽天はオリックスに吸収されて消滅した近鉄バファローズの選手と球団職員の一部を引き継いでいる。言い方は悪いが、「残り物」でスタートした球団であることは否めなかった。それが、一級品ばかりを揃える資金力がある巨人を下して日本一になった。被災者だけでなく、多くの挫折した人々に対しても勇気を与えたのではないか。

2013年11月 3日 (日)

寝台特急「あけぼの」廃止

 津軽海峡冬景色でも歌われる「上野発の夜行列車」として最後まで生き残っていた寝台特急「あけぼの」が利用者の減少と車両の老朽化により廃止されることが確実になったとの報道があった。これで東京と東北を結ぶ寝台特急は全廃されねこととなり、ブルートレインとしても残るのは「北斗星」のみとなる。

 実際には秋田県や山形県では新幹線の恩恵を受けない地域を中心に「あけぼの」の乗車率はそう悪くはなかったそうで、一時は車両の新造計画もあることはあったらしい。しかし、夜行列車を走らせるためには乗務員のみならず駅などにも人員を配置しなければならないから、車両の寿命が尽きるのを待って全廃という方針を固めたものと思われる。

 豪華列車のイメージが強い「北斗星」に比べて「あけぼの」は東北地域の数少ない移動手段として根強い需要があったから、先に廃止されるのは「北斗星」ではないかと考えていた。「北斗星」の場合は臨時列車とは言え同じ上野から札幌の間で「カシオペア」も運行しているし、北海道新幹線開通後の青函トンネルを抜けるという問題もある。「北斗星」を廃止して車両を「あけぼの」の運用に回し寿命延長を図るものと思っていた。

 夜行バスに追われて衰退したイメージがある寝台列車だが、夜行バスと寝台列車では居住性がまるで異なる。私は両方乗ったことがあるが、夜行バスでは大阪から東京に移動しただけで睡眠不足のためその日一日は使い物にならなかった。寝台列車の場合は浴衣に着替えて足を延ばして眠れるから、居住性の差は歴然としている。実際のところは旧国鉄の労使関係やバス会社の劣悪な労働条件など、背後関係は単純ではない。

2013年11月 1日 (金)

山本太郎参議院議員直訴事件

 天皇陛下に対して民の窮状を訴えるために直訴状を提出する、明治時代には足尾銅山鉱毒事件等での田中正造衆議院議員の例があるものの、平成の時代に本当にこんなことをする人が出てくるとは驚いた。山本太郎参議院議員が園遊会において天皇陛下に直接手紙を手渡すという事件を起こした。原発労働者等の問題を陛下に知っていただきたいと山本議員は主張している。

 残念ながら、「直訴」は時代錯誤だ。そもそも、天皇は君主であるとしても憲法上政治的な決定権はもとより、発議する権利すら持っていない。明治時代には名目上であったとしても「統治権の総攬者」であったが、今やその名目すら持たないのである。しかも、国民と国家の統合のための象徴である以上、特定の勢力に肩入れすることもできない。無論、陛下として人間であるから想いはあるだろう。しかし、それを表沙汰にすることは許されないし、それができないことをよく自覚されているのは言うまでもなく陛下ご自身であろう。

 今回の山本議員の事件は、憲法上の天皇の地位と職責を誤解した上、天皇陛下を政治的に利用しようとした行動と取られても仕方がない。余りにも軽率であったと言える。

 そもそも、天皇陛下は山本議員から直訴を受けなくとも問題の多くは既にご存じであろう。天皇は直接政治的なメッセージを発することはできないが、「おことば」の中ににじみ出てくるものがある。「おことば」の中に、しばしば弱者に対する気遣いや思いやりを感じることができる。最近では非正規労働者など経済的弱者に対して配慮するお言葉があったが、非正規労働者に関する問題を陛下が「理解」されていなければ配慮するような発言など出てくるわけがないからである。

« 2013年10月 | トップページ | 2013年12月 »