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2013年3月 1日 (金)

ローマ教皇ベネデイクトゥス16世退位・使徒座空位に

                     

 ローマ教皇ベネデイクトゥス16世が退位し、バチカンはトップを欠いた「使徒座空位」の状態に入った。従前、使徒座空位の間にはバチカンに世界中からカトリック信者が詰めかけて前教皇の葬儀が行われ、同時に弔問外交の舞台ともなってきたが、今回は自発的退位ということもあって静かな印象を受ける。もっとも、一般的に予告して死ぬ教皇はいないから教皇逝去は大事なのだが、自発的退位があらかじめ報じられていたから使徒座空位となるショックは小さいのかも知れない。

 かつては何年間も次期教皇が決まらないという「大空位時代」もあったが、現代ではおおむね一箇月以内にコンクラーベで新しい教皇が選出されている。ヨハネ・パウロ2世以来教義的には保守的な教皇が続いてきたが、次期教皇が避妊や人工妊娠中絶や聖職者の妻帯、ラテン語典礼などにどのような意向を示すのか興味深い。特に、今やカトリックの最大勢力となっている南米では「貧乏人の子だくさん」を地で行く状態になっている。カトリック信者の多いアフリカも同様だ。南米出身の教皇が生まれるとなれば、この問題に対して従来のように一方的に「許されない」というだけで信者の理解を得ていくのは難しいのではないか。

 なお、前教皇ベネディクトゥス16世は「名誉教皇」として「聖下」の称号を引き続き用いられる。体力的に教皇を続けられないとの自発的な退位であるから今回は「院政」は無さそうだが、進歩派が新教皇に選ばれた場合、前教皇の存在自体が教会改革の歯止めにもなりかねない。実質的に初の「存命の前教皇」がどのような役割を果たしていくのか、或いは日本当に何もしないのか。退位後の動向にも注目したい。

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