« 在トルコ米国大使館爆弾テロ事件 | トップページ | 中国艦艇射撃レーダー照射事件 »

2013年2月 5日 (火)

体育に体罰はつきものなのか?

 大阪で体罰を原因として自殺者を出した高校は普通科ではなく体育科であった。そして、オリンピック女子柔道の監督が選手に体罰を加えていたことが集団告発によって発覚し、辞任に追い込まれている。体罰関係の告発で目に付くのは、明らかに運動部を含む体育会系の組織で体罰が長年黙認されてきたこと、及び体罰によって成長したと主張する者が多いことだ。

 もし「競争心」を「体罰」によって植えつけることができる、或いは「体罰」が「懲戒」であるならば、当然ながら文科系の部活でも大々的に行われたことが糾弾されてもいい筈だ。確かに、体罰として告発されるのは体育会系ばかりではないし部活関係だけでもないのだが、それにしても明らかに体育会系の比重が重いことは明らかに異常である。

 我が国では体育会系を尊重する気風が強く、体罰と言う名の暴力が問題視されない温床となってきたことは否定し難い。また、こうした気風は就職活動で「優遇」される体育会系とともに企業社会にも持ち込まれ、過労死や過労自殺の苗床ともなってきた。実際、過労死や過労自殺が争われた事件の事実関係を読むと、過労自殺のリーディングケースとなった電通事件など体育会系的な気質の組織が問題を起こす傾向が顕著に見られる。

 体育会系の組織や指導者の精神構造に重大な欠陥があるのではないかと考えているのは私だけではないのではないか。これを苦い教訓として、一過性の事件に終わらせるのではなく、こうした問題を長年黙認或いは放置してきた我が国の社会構造そのものについても見直す必要がある。加害者を処罰したり損害賠償請求だけで済ませるような程度の問題ではない。

« 在トルコ米国大使館爆弾テロ事件 | トップページ | 中国艦艇射撃レーダー照射事件 »