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2012年2月26日 - 2012年3月3日

2012年3月 3日 (土)

日本人にとっての「議事録」

 東日本大震災に関連する政府の会議でほとんどまともに議事録が作成されていなかったことが問題となっている。マスコミは政府与党を「記録作成への意識が低い」と叩いているが、彼らとて本当に記録作成への熱意があるか、実のところ怪しいものだ。

 何故「記録」を残すのか。根本的な問題が問われなければならない。一般的には、後から参考にするために記録を残すのである。したがって、議事録は議事進行と論議のプロセスが残るものでなければならない。しかし、こうした議事録を作ると、困る人たちが出てくる。

 何も、会議の内容が機密に値するわけではない。意味不明の発言をする者、論旨が混乱した発言をする者、簡単に言い分を変える者にとっては、会議の発言が発言内容通り「残る」ことは大きな問題なのだ。それでも議事録を作るとなると、そうした出席者の「顔を立てる」かたちで発言内容や論旨の運びの改竄が求められる。実際、私も作成したむ議事録の「改竄」を要求されたことは一度や二度ではない。そのような議事録ばかり残ることになると、これは「記録の正確性」として欠けることになるし、そのような記録が会議のプロセスを残すものではない以上、役に立たないことになるから、議事録を残そうと言う意欲も失われよう。

 政府に限らず、日本の会議の議事録はともすれば「発言者の顔を立て」「円満解決」したようなものに改ざんされていることが多い。そのような体質が根底にある以上、記録を残すと言う意識が低くなるのも当然である。無論、私はそのような体質は後から「振り返る」ことができなくなるから悪しきものであると考えている。

 今回の事件を機に、記録を正確に残すことの重要性が認識されることを祈りたい。

2012年3月 1日 (木)

返済の難しい奨学金

 学生時代の奨学金を返済することができず、独立行政法人日本学生支援機構から返済を求める訴訟を起こされる例が相次いでいる。卒業しても就職先が見つからず、見つかったとしても低賃金、不安定雇用では、なかなか返済できる資力はあるまい。奨学金を返すのが大変だと言う話は私が大学を卒業する十数年程前から聞かれていたが、奨学金返済要求は年々厳しくなっている。

 教育も経済学的に言えば「投資」である。高等教育を受けることで、高い収入と安定した仕事を得られる傾向があるのは日本に限ったことではない。しかし、高等教育への進学者が増えたのに対して、従来高等教育修了者に対して用意されていた椅子はむしろ少なくなる傾向がある。これは不況に原因を求めるだけで説明は十分ではない。財界は90年代初頭に既に正規労働者を削減して非正規雇用に置き換える意向を明確にしており、それは実現された。非正規雇用に置き換えられるのは一般的なワーカーに留まらない。むしろ、専門職についても組織でそれほど日常的に必要とされなければ、非正規で置き換えられる。

 競争試験で選抜される公務員は、地縁血縁を持たない若者にも門戸を開いていた公務員は大幅に削減されてしまい、試験によって就職することは容易なことではない。従前、公務員試験や教員採用試験は年齢が高く民間企業ではなかなか採用されない若者や一度失敗した若者にも試験と言う公平な方法によるチャンスを与えてくれていたものだが、その椅子は年々少なくなっている。

 加えて、官民を問わず高年齢になった労働者の雇用を守ることが求められ、これが結果として若者のチャンスをも奪っている。これでは、高等教育を受けながら職にあぶれる若者が増え、奨学金と言う借金返済の目処が立たなくなるというのも当然であろう。

 奨学金返済に行き詰まる若者は日本だけの話ではない。アメリカでも既に同様の問題が生じている。日本以上の「学歴社会」であるアメリカでは、どのレベルの高等教育を受けたかでその後の人生が決まってしまうが、最近では高等教育を受けた者が増えたこともあって、例えばビジネススクールでもトップ20くらいのところを出ていないと大手企業の経営部門への就職は難しいと言う。いずれにせよ、労働者がなかなか投下した資本を回収できない傾向は同じだ。高校に、大学に進んだ結果、かえってワーキング・プアに転落していく姿は「ワーキング・プア アメリカの下層社会」で詳細に記述されている。

 これでは、若者は学ぶことについて努力をしなくなるであろう。特に、中堅以下の高校になると、教員も進学を勧められなくなるのではないか。同時に、我が国はますます高度な一部の知的階層と、そうでない階層の差を生じさせることになる。知的階層は自らの力で生き抜けるであろうが、そうでない階層が生き残るには「絆」を大切にする必要がある。しかし、これももろ刃の剣だ。中国の「会」や「幇」を見ても分かるが、生存のために団結した結果、かえってタテヨコのしがらみから抜け出せなくなり公平や公正が脇に追いやられるようになる危険性は高い。その中で新たな搾取構造が生まれるのは歴史の教えるところで、貧困層がとめどなく転落して行くレールは既に施設されていると言うしかない。

2012年2月29日 (水)

民主党ジョーク

 民主党は信頼回復のため、まじない師を雇って毎日祈祷をさせることを発表した。

 月給は10万円。フルタイムの割には低賃金であるが、別の理由によって補われている。終身雇用。

2012年2月27日 (月)

ホルムズ海峡封鎖対抗策

 イランがホルムズ海峡を封鎖することも辞さないと言う発言を繰り返している。核問題においてアメリカと妥協点を探ろうとしているように見えないこともないが、オバマ政権は対決姿勢を崩しておらず、情勢は緊迫したままである。

 日本に運ばれる原油の多くがホルムズ海峡を経由している以上、日本としてもイランが海峡を封鎖すれば影響を受けるのは必至で、アメリカを中心とした多国籍軍による対抗策に乗るのは当然と言えよう。「集団的自衛権の行使」にあたるとして慎重な意見が多いことも確かだが、何もしなければ日本は自国の生命線を守る気もないということを世界に知らしめることになる。日本の信頼は一気にガタ落ちだ。

 当面の対応策として、政府はP-3C哨戒機派遣を検討しているようだ。我が国は既にソマリア周辺海域での哨戒行動をした経験があり、現在もジブチに基地を置いて周辺海域の監視を行っている。哨戒機派遣が一番現実的な案と言えよう。護衛艦は北朝鮮・南シナ海に加えてソマリアの海賊対策に出しているから、ローテーションなども考えると新たにホルムズ海峡で警戒任務に従事させるのは厳しかろう。

 ただし、現在のところ哨戒機が対象としているのは海賊である。いくらハイテク化しているとは言え海賊は海賊、正規軍と抗戦すれば鎧袖一触は必至で、だからこそ哨戒機や護衛艦が見えれば逃げていく。海賊の仕事は略奪で稼ぐことであって、護衛艦や航空機を襲って戦果を挙げることではないからである。しかし、今回の対象となるイランにはイラン軍があり、革命防衛隊も含めて「国軍」が相手となる。護衛艦や航空機と言う姿を見せるだけで逃げていく海賊のようにはいくまい。加えて、P-3Cは対潜哨戒機であって対空ミサイルや対空機関砲の攻撃に対しては基本的に無力である。少なくとも、米空母によって制空権が確保されていない空域での哨戒行動は不可能だ。

 この点では、イランが当該海域に機雷をばら撒いた場合の掃海艇派遣にしても同じことで、交戦状態が継続している場合の掃海作業は憲法問題を抜きにしても大変危険である。もし、掃海作業を引き受けることになった場合、掃海艇とともに護衛艦も出す必要が出てくる。中東での掃海作業は湾岸戦争の時に経験済とは言え、沿岸掃海用の小型艇を中東に出すのは本来無茶な話である。私は一度掃海艇に乗ったことがあるが、とにかく小さく、青天白日の日に岸壁に接岸していても揺れていた。港ですら揺れ続けているのだから、波が荒れ狂う外洋に出すと言う事になると、乗組員の労苦は筆舌に尽くし難いものとなることを実感させられたものである。命令すれば部隊は出ていくだろうが、長距離派遣の際の問題は湾岸戦争当時から改善が試みられたとは思われない。

 もともと、自衛隊は海外派遣して活動するような体制を取っておらず、湾岸戦争での掃海作業にしろソマリア沖の海賊退治にしろ、無理に無理を重ね現場(派遣によって割を食う国内部隊も含めて)の隊員に心身ともの労苦を強いることによって成り立ってきた。隊員の忠誠心に甘えているようなやり方では、いずれ破綻が来る。

 私はホルムズ海峡問題に関しては日本も当事国であり(日本のみならず中国、韓国、台湾などの北東アジアの工業国にとっても生命線である)、何もしないでいるわけにはいかないと考えるが、一方で長期間の海外展開に対応した体制を取らなければ、自衛隊は消耗して行くことになるのではないかと考えている。労務管理体制も含めて、抜本的に再検討すべきだ。

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