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2012年2月12日 - 2012年2月18日

2012年2月17日 (金)

天皇陛下を過労死させるな

 癌と戦いながら公務をこなしてこられた天皇陛下が、今度は心臓の手術を受けるため入院されることになった。入院ギリギリまで公務を行い、入院したその日のうちに手術と言うから過密スケジュールである。高齢の陛下を心配している国民は私だけではあるまい。

 日本人は真面目で仕事熱心というのが国際的な評価だが、天皇陛下はまさしく日本人の典型例と言える。憲法上の天皇の職責は国事行為であるが、伝統的な宮中祭祀もあり、行事出席も多い。外国の賓客と接せられる場合、相手国の勉強を徹底的にしてから臨まれると言う。公式な日程以外にも、実質的に仕事をされている時間は極めて長いのではないか。真面目に仕事に取り組まれる姿は国民に共感されるだろうが、年齢を考えれば命を縮めているのではないかと思えてならない。

 陛下も後期高齢者の仲間入りをされ、一般人であれば引退して年金暮らしになる年であるし、社会の第一線に立ち続けている者でも若い頃そのままに仕事を抱え込んでいるわけではない。憲法上、天皇には引退も退位も認められていないが、職務軽減は必要だろう。我が国では伝統的に「共同統治者」という存在はなかったが、摂政は置くことができるわけだから一定の職務分掌は可能であろう。また、行事出席についても皇族数の減少や高齢化に鑑み、削減が検討されてよい。勅使を差し向けることで代理とするという手もあるのではないか。

 無論、真面目な陛下が自ら「休ませて欲しい」と言いだせるわけもない。政府や宮内庁が率先して、軽減を陛下に進言申し上げるべきではないか。陛下は日本国に仕える公僕の筆頭である以上、健康や安全に対する配慮は国の責任であると言える。

 昭和天皇は昭和の時代の国民病であった消化器系の癌で崩御されたが、今上天皇の患っている前立腺癌は生活習慣の変化で日本では最近になってから増えて来た癌である。心臓疾患についても同様で、こちらも脳疾患とともに増え続けて今や国民病だ。「雲の上」に見える皇族方でも、実際のところ病気や葛藤などは一般国民とそうかけ離れているとは思われない。「国民とともに歩む皇室」を作ろうと努力されてこられた陛下が、国民と同じように過労死するようなことになったらどうなるか。我が国は国家元首まで過労死させるとんでもない国だと世界中から非難されることになるだろう。同時に、過労死や過労自殺を放置している行政や企業側の逃げ口上にも使われかねない。

 逆に言えば、陛下が率先して職務の負担を減らすことで、若い皇族方はより高いレベルの仕事を引き受けることになるから次代を担う責任感の涵養と経験につながるだろうし、国民に対してもあるべき高齢者労働の姿を見せることができるのではないか。

 陛下の手術の無事と早期のご回復をお祈りするとともに、政府の決断を求めたい。

2012年2月15日 (水)

公務員削減で何が起こるのか

 今や、国や地方を問わず、「公務員削減」はブームと言ってよい。公務員削減に賛同しない者は人に非ずと言わんばかりで、実際に国民は公務員削減に喝采を送っている。しかし、公務員を削減した場合にどのようなことになるかについて、思いを致している国民はそれほど多くはなさそうである。

 元来、我が国の公務員は人口に比べると少ないものであった。ドイツやフランスは言うに及ばず、自由放任主義的なアメリカよりも少ない。そして、今後も更に減らすとのことだが、一方で公的機関の行わなければならない仕事が減るわけではない。戦前の村役場は職員が10人くらいしかいなかったのだから今の市役所の職員は多すぎると非難する向きもあるが、そもそも戦前の自治体の最重要業務は戸籍事務=徴兵制度の維持と兵員の確保であって、社会福祉も公的扶助も行う必要はなかった。公共工事にしても、地元民を「普請」に動員していた。しかし、今では地元民に「体で払え」というのは無理な話であるし、公務員を削減するから生活保護制度や戸籍事務を廃止すると言うわけにはいかない。

 結局、人件費を減らす一方で従前どおりの仕事をしていくということになると、アルバイトや派遣等の非正規労働者を使い、或いは仕事を民間に委託することになる。それで仕事が「効率的」になるのかというと、実はそうではない。

 アルバイトや派遣はどこまで行っても非正規労働者である。民間の職場ですら、正規労働者に転換するのは極めて稀なことだ。まして、公務員の世界は公務員試験と言う競争試験での登用が前提であって、試験に合格できない者が正規の公務員に転換することはあり得ない。つまり、公務員の世界における派遣やアルバイトと言った非正規労働者のキャリア形成の先に、正規公務員に転換すると言う道はあり得ないのである(無論、働きながら別途公務員試験を受けると言う者はいるだろうが)。非正規労働者は努力をしたとしても、身分が転換するわけではない。これでモラールを向上させたりモチベーションを維持したりするのは極めて難しい。

 加えて、大抵の場合市民と直接接して怒りをぶつけられ、嫌味を言われ、それに文句を言わずに頭を下げ続けなければならない仕事、言うなれば「嫌な仕事」が非正規労働者に与えられる。国民からの怒りの弾丸に対して彼らを弾よけに使っていると皮肉を言えないこともない。そして、正規の公務員は彼らを監督するのが仕事である。公務員はもともと減点評価だから、非正規労働者からの提案に基づく業務の改善などとんでもない話だ。そもそも、「監督」しているだけだから、実体験があるわけではなく改善の必要すら感じないのではないか。そして、非正規労働者にとって公務員は「仕事仲間」ではなく「お客様」であるから、切り捨てられるのを恐れれば強く言うわけもないし、そもそもそんな提案をする義務もないわけだから、進言などする気もなくなろう。

 民間委託される施設等も同様である。受託業者にしてみれば役所は「お客様」であり、市役所の職員は「職員様」であるから、こちらも改善を強く進言するわけもない。かえって、「決められたことをやっていない」と難癖でもつけられれば、次の入札で困ったことになる。言うまでもなく、民間委託は入札であるから、継続的に仕事を受託できる見込みはない。かくして、民間委託された施設で働くのは非正規労働者ということになる。

 こうした職場では、大抵の場合外観や言動から正規労働者と非正規労働者を区別するのは難しい。非正規労働者に応接させていることを住民が知れば、場合によっては「俺たちを軽く見ているのか」とトラブルになりかねないこともあり、非正規労働者や委託業者であることを積極的に公言してはならないとなっている場合もある。もっとも、厳重に秘匿されているわけでもなく、官庁や自治体の公開されている資料を調べれば大抵は分かる。

 公務員人件費削減で確かに公務員の人件費は減るかも知れないが、一方で大量の非正規労働者が生み出される。そして、公務員は非正規労働者を監督する立場になるから、現場での業務改善など考えなくてもよくなる。結果的に、非正規労働者も「役所仕事」をせざるを得ない。これで肥え太るのは、役所から委託を受けて下請けに回している業者や、派遣労働者を送り込んでいる派遣会社だけなのではないか。そして、「正規労働」というパイが減ることで非正規労働者として働くことを余儀なくされるのもまた市民である。

 既に、市営地下鉄が業務を民間業者に委託し、その民間業者が更に下請けに出し、その下請けが派遣やアルバイトなどの非正規労働者を集めて仕事をしていたが、その労働者の賃金レベルが非常に低いもので、生きていくために生活保護を申請せざる得なかったという笑えない話も現実に起きている。こうなると、自治体の支出はかえって増えることになろう。

 私が特に危機感を持っているのは自衛隊の基地等の警備で、訪れる際によく見ていると検問には制服を着た自衛官もいるにはいるが、実際に応対しているのは単なる警備員だったりする。自衛官の武器使用すら原則的には禁止されているが、警備員となると武器に触ることすら許されない。これで、テロリストやゲリラに対応できるのだろうかと心配になる。確かに、軍事部門での民間委託はアメリカをはじめとして珍しい話ではないが、アメリカでは民間警備員であっても銃器その他を携帯でき、場合によっては現役軍人の官給品よりも新型でレベルの高い銃器を携帯している場合もある。一方、我が国にはそもそも銃を携帯する文化はない。人件費を減らそうとアメリカの真似をしていると、後でとんでもないことになるかも知れない。

 公務員削減や民間委託が、本当に国家や自治体や市民のためになっているか、じっくり考え直してみる必要があるのではないか。

2012年2月13日 (月)

バレンタインデーを祝ったら死刑

               صورة معبرة عن الموضوع سطام بن عبد العزيز آل سعود

 バレンタインデーを祝ったら死刑。

                  サッターム・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール=サウード

                  (サウジアラビア王子・勧善懲悪委員会委員・リヤド副知事)

 バレンタインデーはキリスト教文化に由来する行事だが、我が国では単なる「女性から男性への告白の日」となってしまっている。モテない男性から見れば忌み嫌うべき行事であり、この日になると憂鬱になると言う若者も少なくない。もっとも、我が国は2月14日の1日だけ耐えればいいが、台湾では2月14日が「西洋的情人節」(西洋の恋人の日)であるのに対して7月7日の七夕は「東洋的情人節」となっており、簡単に言えばバレンタインデーが年2回ある。韓国では毎月何か恋人の日がある。そういうわけで、日本に生まれた方が台湾や韓国に生まれるよりマシだと言えないこともない。

 バレンタインデーが単なる「恋人の日」になってしまったことで、キリスト教文化圏以外の国でも行事のある日になってしまったのは、まさしく我が国の製菓業界の商魂逞しきゆえである。私がトルコを訪れたのは2月14日の直後であったが、まだバレンタインデーの飾り付け等が残されていた。最近ではイスラムの国でもバレンタインデーがイベントの日になっており、トルコ国家が世俗国家であるということを差し引いても、キリスト教由来の行事が定着していることに対して大いに驚いたものだ。

 ただし、こうした風潮を望まない勢力も当然ながら存在する。特に、イスラーム勢力の盟主を自認するサウジアラビアでは、西洋文化排撃の動きと相俟って、クリスマス禁止のファトワー(イスラム法学者による法解釈)やミッキーマウスに対する死刑宣告のファトワーが出されていたところ、ついに近年は「バレンタインデー禁止」のファトワーが大ムフティーのアブドルアジズ・アール=アッシャイフ(サウジアラビア王国最高法官、最高ウラマー会議議長、ファトワー局長官)によって出されるに至り、西欧諸国から失笑を買ったのは記憶に新しい。

 法解釈が出ているだけならば「モテない男のひがみ」と同程度のものと笑っていればよかった。ファトワーはあくまでもイスラム法学者の法解釈であって日本で言うところの「学説」に過ぎず、それだけでただちにイスラム世界で普遍的に法的拘束力を持つわけではない。実際、「『トムとジェリー』で尊ぶべきネコが馬鹿にされ、汚らわしいネズミの方が頭がいい事になっているのはけしからん。発禁にすべきだ」というファトワーが出た事があるが(イスラム世界では猫はムハンマドが好んだ動物として尊重されるのに対して、ネズミは汚れた動物とされている)、誰もまともに相手にしなかった。バレンタインデー禁止のファトワーが出た後も、サウジアラビア国民はあまりまともに取らなかったふしがあり、禁止された筈なのにクリスマスもバレンタインデーも祝われていた。そこで、サウジアラビア当局としては本気でバレンタインデー撃滅に動く必要が出て来たようで、宗教警察と言うべき勧善懲悪委員会の委員のサッターム・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール=サウード王子が、「バレンタインを祝ったら死刑」と言い出す。これによって、バレンタインを祝う事が違法行為であることは国民に認知されはじめているようだ。ただし、蔭ではこっそりプレゼントが授受されていると言う話もある。

 サウジアラビアは人口当たりの死刑執行が最も多い死刑大国である。死刑になるのは殺人にとどまらず、不倫や過失致死でも死刑が適用されており、公開処刑のTV中継が恒例行事となっている。としても、今のところバレンタインデーを祝ったことにより死刑になった例はないようだ。ただ、当局が圧力を強める中で、今後は死刑執行或いは鞭打ちなどの肉刑の執行があるかも知れない。

 日本を含めて欧米文化を受容している国々とは石油によって密接な関係を持っているサウジアラビアだが、必ずしも文化的精神的に西欧と近いとは言えない。むしろ、西洋文化(或いはワッハーブ派イスラム教以外の文化)の流入を頑なに拒否してすらいる。今後は、イスラム原理主義勢力を中心に、こうした動きに同調する国や勢力が増えていく可能性はある。

 実際、オランダやドイツなど移民を受け入れた国では、国内で「文明の衝突」が発生している。イスラームだけでなく、ヒンドゥーにおいても自由恋愛は原則的にご法度であって当然死に値することになっている。移民二世三世の娘がボーイフレンドと情を通じたことに激昂した家族が、「一族の恥」を抹殺するために「名誉の殺人」を行うことも珍しくはない。我が国においては移民が少ないこともあってこうした惨事は幸いにも報告されていないが、今後も無縁であると言い切ることはできない。たかがバレンタインデーと雖も、「宗教対立」「文明の衝突」とは無縁であると考えるべきではない。

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