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2012年2月5日 - 2012年2月11日

2012年2月11日 (土)

祝・建国記念の日

                日本の旗

 今日は建国記念日である。戦前は「紀元節」と呼ばれ、紀元前660年に神武天皇が即した日とされてきた。神話や伝説の範囲内のことだから、これを 根拠に建国記念日に反対する意見も根強い。

 比較的最近に独立した国であれば建国記念日を特定するのは簡単だ。例えばアメリカは独立宣言に署名した7月4日だし、中国は毛沢東主席が天安門上で建国宣言をした10月1日である。しかし、日本のように別段独立宣言名など行わずに神話時代から続いているような国では、実際の建国日を特定するのは非常に困難であり、神話や伝説上の日をそのまま建国記念日にせざるを得ないのである。

 実際の建国日がいつかはっきり分からないと言うのもまた、ある意味では歴史の長い国の特権とも言えるのではないか。そうした点も含めて、この国の新たな誕生日を祝いたい。

2012年2月 9日 (木)

正規労働者への転換時の諸問題

 非正規労働者という存在は減るどころか増える一方である。自民党政権下で大量の非正規雇用が生み出され、非正規雇用における低待遇と将来不安が2009年総選挙における民主党勝利の原動力となったが、民主党政権下でも大した改善は見られていないと言うのが実情である。そして、民主党政権が迷走を繰り返す中で、みんなの党や大阪維新の会、減税日本などが勢力を伸ばしつつある。これらの党の経済政策思想は新自由主義であり、その支持層が非正規雇用・貧困層であるにもかかわらず、これらの人々を救済するどころかむしろ突き放すであろうことは確実であろうから、救われるのは針の穴を通るより難しいことになりそうである。

 一応、非正規労働者を正規労働者に転換する規定を持っている事業所は少なくないものの、そうした規定が適用された例はそれほど多く聞かない。数百人の非正規労働者がいる中で、数年に1名ということも珍しい話ではない。非正規労働者を正規労働者に転換するメリットを使用者側がほとんど感じていないということもあるだろう。むしろ、規定を理由として「正社員の道がある」という淡い期待を非正規労働者に抱かせ、不利益を甘受させ逆らわせず忠誠心を発露させる、すなわち動機づけの道具としての側面の方が強いのではないかと思われる。その点では、数年に1名でも転換しておけば「実効性がある規定」と使用者側は誇れるし、労働者側も期待を抱く。規定を作って全く転換させないより、1名でも転換させておいた方が、組織運営上はメリットが大きいのではないか。

 もっとも、こうした場合に非正規労働者から転換する労働者がハッピーかと言うと、どうもそうではないようだ。余程突出した実力の持ち主であるような場合はともかく、正規労働者に「昇格」したものと非正規労働者に「据え置かれている」者の境界線は大抵の場合曖昧である。こうした場合、非正規労働者の不満は自分達に待遇を与えない使用者側に対してよりも、正規雇用に転換した労働者に向きやすい。顔の見えない使用者よりは顔の見える労働者に対しての方が不満を向けやすいし、場合によっては足を引っ張ることも可能だ。嫉妬と言うものは恐ろしい。

 そして、非正規労働者を転換させるような職場の場合、正規労働者となった後に指揮命令下に置くことになるのは非正規労働者たちである。当然、非正規労働者の協力がなければ正規労働者は「成果」を出せないが、面白くない非正規労働者側の協力を得るのは容易なことではない。実際に幸運にも正規雇用に転換できたと思ったものの、使用者側と非正規労働者側の板挟みとなって精神を病む者もまた珍しいものではない。

 使用者側としても、正規労働者に転換した者を守ろうと言う意識は低いようだ。守らなければならない存在と言う意識すら希薄である。使用者側としては正規労働者は「体制側」という意識があるのではないか。

 いずれにせよ、正規労働者に身分が転換できたてとしても、職場での居心地がよくなったという話は驚くほど聞かないし、むしろ悪くなって針の筵の上だと言う声の方が多いように感じる。加えて、最近では非正規労働者も目標管理制度に組み込まれることが珍しくないが、正規雇用ともなるとこれが更に苛酷なものになる。使用者側の中には正規雇用は「要するに定額制」と思い込んでいる者も多いから、時給ベースで見るとむしろ非正規雇用の時よりも収入が下がったと言うケースも珍しくない。

 「努力して正社員になれ」という声は大きい。そして、正社員になれない者は努力が足りないから切り捨てられても自己責任だと言う主張も根強いものがある。しかし、最近の若年層の労働実態を仔細に観察していくと、非正規労働者から正規労働者への転換そのものがそもそも例外的なルートであって可能性が極めて低い上、正規労働者に転換した後の待遇は決していいとはいえない。こうなると、はじめから正規雇用への転換を希望しないか、その希望を持たなくなることもあながち不自然な話ではない。

 加えて、最近流行りの派遣労働者の場合にはステップがもう一つある。世間では 「3年務めれば正社員になれる」と思い込んでいる者が多いが、直接雇用イコール正社員ではない。派遣労働者を受け入れている職場そのものが「元請正規労働者→元請非正規労働者→下請正規労働者→下請非正規労働者→派遣労働者(一応派遣労働者にも正規労働者と言う概念は成り立つが、一般的にはそう存在していない)」という多層構造化していることが一般的だから、派遣労働者がステップアップできる先は正規労働者ではなく派遣元の非正規労働者となることが普通である。つまり、努力して得られるのは所詮は非正規と言うカテゴリーの中の職でしかない。勿論、派遣労働者から直接雇用になったところで、先に述べた派遣労働者の身分に留まる者との間で同様の問題は発生する。 加えて、直接雇用に転換した際に派遣労働者時代の労働条件と同等又は上の労働条件でなければならないという規定はないから、賃金その他が引き下げられると言う事も考えられる。

 正規労働者への転換に関しては、法的な条件を突破できたとしても、それだけでハッピーエンドになるわけではない。非正規労働者にとって越えなければならないハードルは非常に多い。

2012年2月 7日 (火)

谷口尾張旭市長が死去

 2月4日に体調不良のため辞職届を提出されていた谷口尾張旭市長が6日に死去された。何度がお目にかかったことがあるが、温厚な方であった。心からお悔やみ申し上げる。

 死因は膵臓癌。自覚症状が乏しく早期発見が難しい上に、早期発見できても予後が非常に難しい癌である。歯科医師から市長になられ、とりわけ健康問題に識見のある方であったが、市長の激務の中では早期発見そのものが非常に困難であったことは想像に難くない。

 我が国の死因の上位を占めるのが癌だが、自殺対策よりは力が入れられているものの、先進諸国に比べて決して一般的に見て癌対策が進んでいるとは言えない。貴重な人材を喪わないためにも、力を入れるべき課題であろう。

GKB47

 政府与党は自殺対策の標語がとして「あなたもGKB47宣言!」なることについて、同じ民主党の議員が国会で不適切ではないかと指摘したのに対して、担当閣僚の岡田副総理が見直しを拒否する場面があった。このようなふざけたキャッチコピーでは、本気で自殺対策をやろうとしているようには思われない。

 そもそも、自殺対策は貧困や希望なき社会・国家との戦いである必要があり、軽い気持ちで取り組んで成果の出るものではなかろう。十年以上も年間自殺者が三万人を上回っているにもかかわらず、あまりにも危機感がなさすぎる。まことに、我が国の自殺対策のお粗末ぶりを象徴する一幕であると言える。

 このような有様では、自殺対策という名目で広告代理店に金が流れ、自殺対策を行うと言う団体に官僚が天下り・・・という利権構造のみが生まれることになるのではないか。

2012年2月 5日 (日)

合理性のない武道必修化

 武道必修化を目前に控え、突然全国的に不安の声が上がっている。もともと事故が多いことに加えて指導者不足と指導者の能力不足が懸念され、これでは子供が危険に晒されるの手ではないかと危惧するのは無理からぬところだ。むしろ、このような声が今まで表に出てこなかったことのほうが不思議である。

 根本的な問題として、義務教育で武道なかんずく柔道を強要する合理的理由は全くない。もともと武道の必修化は懐古主義的な安倍政権下において、伝統尊重と言う大義名分から導入されたものである。武道を選択肢のひとつとするならばともかく、武道のみ特権的な地位と待遇を与えていることは問題があると言わざるをえない。

 そもそも、伝統を学ぶに武道でなければならない必要はない。源氏物語や古事記や万葉集など、我が国には誇るべき古典が沢山ある。何故、古典では駄目だったのか理由は明らかにされていない。中国の学生は論語や史記を学び、ヨーロッパの学生がカエサルやキケロを読んでいるにもかかわらずである。

 美術でも音楽でもよかった筈だ。「道」と名の付くものであれば、茶道や華道もある。我が国の伝統は武道だけではない。むしろ、柔道などは明治時代になってから確立されており、歴史の長さを見れば茶道の方が完成された時期ははるかに古い。他の伝統文化を一切排除して武道だけを伝統であるとして学ばせる根拠は一体何なのか。

 はじめから、「武道」「柔道」の必修化だけが目的だったのではないか。歴史や伝統に触れさせると言うのは「後付け」の理屈だったのではないか。政権交代しても、政府や教育関係者から出される根拠や理由づけは非常に希薄である。

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