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2012年12月9日 - 2012年12月15日

2012年12月15日 (土)

大韓民国大統領選挙

 日本では寒風の中の選挙運動も今日が最終日だ。ネット上で応援は許されていないが、友人たちが最後の最後まで戦い抜いてくれることを祈っている。思えば今年は台湾総統選挙にはじまり、選挙にはじまり選挙に終わった一年となった感がある。そのトリを飾るのが日本の総選挙と韓国の大統領選挙となる。

 今回の韓国大統領選挙では朴候補と安候補が接戦となっているが、今回の選挙で注目すべきは在外韓国人に大統領選挙での投票権が認められたことである。在日韓国人をはじめとする在外韓国人は韓国に居住する韓国人と異なって徴兵の義務も課せられず、この不満もあって長らく投票権が認められてこなかった。加えて、今の韓国からは想像も出来ないが韓国は長らく北朝鮮以下の経済力で世界の極貧国であり、韓国政府は戦後一貫して在外韓国人に「居住国に帰化してその国の国民として生きよ」という方針であった。棄民もいいところだが、これもまた在外韓国人に投票権を認めることに消極的な理由となっていた理由であろう。

 しかし、先に韓国最高裁判所は在外韓国人に投票権を認めないのは違憲であるという判決を下しており、これを受けて選挙法が改正され、在外韓国人にも投票権が認められることになった。今回の選挙では、長らく投票することができなかった在日韓国人にとって、記念すべき初の一票行使の機会となる。

 が、日本で有権者登録したのは約40万人の在日韓国人のうち1割にも満たない4万人以下であるという。彼らが日本で生まれ日本に住み日本語を話し日本の教育を受け、日本に帰化できる権利があるにもかかわらず帰化しないのは、日本人と変わらなくなってもなお祖国に対する愛国心があるからであると思っていたのだが、それではどうして母国の選挙に参加できることになったにもかかわらず参加しないという選択に至ったのだろうか。

2012年12月13日 (木)

北朝鮮がミサイルを発射

 北朝鮮が予告通り、ミサイル発射実験を行った。国際社会の非難の中でなお大量破壊兵器の開発・保有を諦めていないということは以前から言われていたことだが、北朝鮮は言葉だけでなく行動でも示したことになる。

 加えて、日韓で選挙が行われている時期を狙ってミサイル実験を行うことで圧力をかけたい意向であったろうが、これは日韓ともに対北朝鮮強硬派を後押しするだけの効果しかもたらさないだろう。選挙後の日韓新政権がともに北朝鮮に対して従前以上に厳しい姿勢で対峙することは確実で、北朝鮮はまた自分で自分の首を絞めたことになる。

 野田総理は中韓との連携によって北朝鮮に圧力をかけることを主張する演説を行ったが、こうなると重要なのはやはり日米関係だろう。中国は北朝鮮の崩壊を恐れて甘い対応を一貫して続けており、韓国にしても長年の反日教育の成果もあって北朝鮮よりも日本の方が脅威であると考えている者が少なくない。単独で北朝鮮の大量破壊兵器の脅威を無力化できない日本としては、残念ながらアメリカに頼らざるを得ないというのが厳粛な事実である。

 同時に、北朝鮮の立場から見れば今は絶好のチャンスだ。中国は指導部が交代したばかりで体制が固まっておらず、日韓は選挙の真っ最中。そして、日本は尖閣で対中、竹島で対韓、沖縄で対米関係がそれぞれ最悪とも言える状況にある。各国が争っている隙にやって既成事実を作ってしまおうと普通の人なら誰でも考える。

 数日前には北朝鮮が発射実験を取りやめたのではないかという観測も流れたが、実際に発射実験が行われたこと、韓国国防省も事実関係を把握して会見を行うまでに相当な時間を要していることなどを考えると、日韓ともに情報収集に大いに課題が残ったと言える。発射されないだろうと思わせておいて発射できるということほど、ミサイルの効果的な「使い方」はない。日本にとって、北朝鮮の動向はますます警戒を怠ることは許されない。

 こうなった以上、次は核実験が待っているのは間違いないとみてよいのではないか。内向きになって安全保障と外交を軽視することは許されない。

2012年12月11日 (火)

ワシントン州で大麻解禁

 かねて大統領選挙と同じ日程で住民投票が行われ嗜好用大麻の解禁が決まったアメリカのワシントン州で、12月6日に大麻が解禁された。21歳以上に大麻の使用が認められるという。

 思えば、かつてアメリカのいくつかの州では同性愛が禁止されており、人工妊娠中絶や進化論教育も禁止されていたことがあった。今は逆にキリスト教保守派を中心に同性愛者の弾劾や純潔教育に代表される人工妊娠中絶の規制、インテリジエント・デザインという進化論に対抗する説を学校教育で教えることが要求されるなど、「禁止事項」は刻々と変わっている。大麻もそうした道を歩むのだろうか。

 注目すべきは、こうした解禁や規制の動きが専ら住民運動というかたちではじまったことで、今回の大麻解禁も住民投票で決せられた。20世紀初頭の所謂「猿裁判」もそうだったが、アメリカでは住民からの意思表示は極めて重いし、それが政策として具体化されるルートは日本よりも多いように思われる。もっとも、これはアメリカが英米法の国であって大陸法系の日本とはそもそも法体系が異なっているということもあるだろう。

 一方で、カトリック国のアイルランドでは相変わらず人工妊娠中絶はご法度であり、先般にも母体が危険な状態にあるにもかかわらず中絶手術を行うことができず母子ともに命を失うという事件が起きだ。同性愛に関しても、サウジアラビアやイランでは重罪とされ、特にイランでは公開処刑で首に縄をかけてクレーンで釣り上げるという残虐な方法で執行が行われている。飲酒はイスラム国では一般的に規制されているが、我が国は酒を嗜む者にとっては天国。日本ではクリスマスに一緒に過ごす異性がいないと憐みの目で見られるが、これまたサウジアラビアではクリスマスを祝う者に対し死刑をもって臨むことが表明されていたりする。こうなると、「国柄」「民族性」「宗教的倫理」等が複雑に絡むから、何が正しいと言い切るのは簡単ではない。

2012年12月 9日 (日)

市長は「冷血漢」?

 京都府城陽市の橋本市長が市議会で野村市議から「冷血漢」「血も涙もない」と形容されたことに対して、名誉を傷つけられたと謝罪広告を求める訴訟を提起したところ、京都地裁は橋本市長の言い分を認めて謝罪広告を掲載することを命じる判決を言い渡した。

 これはいささか裁判所として踏み込み過ぎた判決であるように思われる。議会での発言の是非に関しては本質的に司法審査には馴染まない。国会議員の場合は国会でした羽津んについて国会外で責任を問われないことが憲法上認められている。地方議会の場合は国会ほどの自律性は認められていないものの、議会である以上は国会に準ずる扱いがされるのが当然だ。となれば、発言に問題があるのであれば議会内で対処すべきではなかったか。

 また、議会での発言なのだから、市長の側も議会の場で反論する機会が十分にあった筈である。首長は議員の質問に対しては答弁することができるからだ。議会質問は学会の自由論題とは訳が異なる。こうした関係では武器は基本的に平等であって、新聞や週刊誌があることないこと書き立てた場合とは本質的に異なるものだ。市長もいささか政治家として情けない。自身の言論を武器として戦うべきではなかったか。

 政治の場ではいささか大げさな言葉で形容することは日常的なことである。有権者は決してインテリばかりではない。逆に、裁判官の使うような言葉で説いてみたところで誰も聞く者はいまい。無論、根拠もなしに罵倒するのは問題外だが、ある程度合理的な説明のできるものについては許容されてしかるべきであろう。

 かつて、長久手町の加藤梅雄前町長は町長時代、正木町議(現市議)から温泉施設の経営を巡り「辞めなさい。加藤梅雄君」「頭の中はカラッポ」というタイトルをつけた広報紙で非難されたことがあったが、それで法的措置に出ることはなかった。政治家であれば言論と行動で示せばいいことだから、加藤前町長の対応は至極全うであったと言えよう。

 今回の判決はあくまで地裁による第一審判決で、野村市議は控訴も検討していると報じられている。こうした場合、単に議会内のやり取りだけでなく、根深い対立があるのではないかと拝察されるから、恐らく両者とも最高裁まで争うことになるのではないかと思われる。裁判所が最終的にどのような判断を示すのか注目されるが、裁判所の中しか知らないような頭で書いた判決だけは勘弁願いたい。

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