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2012年11月18日 - 2012年11月24日

2012年11月23日 (金)

クリスマス市

 フランシスコ・ザビエルが日本で本格的な布教を最初に行った地である山口市が、「日本におけるクリスマス発祥の地」として、12月限定で「クリスマス市」を名乗るという。市長が議会答弁にサンタクロースの扮装で登場することも計画しているそうだ。

 確かに、我が国ではクリスマスはキリスト教由来の行事であるにせよ、世俗化していることは間違いない。としても、やはりキリスト教色は色濃く残っているし、同様に世俗化していると言われる神道由来の地鎮祭や戦没者慰霊祭がキリスト教団体から「政教分離」で訴えられたこともある。自治体としては、いささかリスクのあるやり方ではないか。非キリスト教教徒から「政教分離原則違反だ」と責任を問われる恐れはある。

 また、クリスマスに対して宗教問題を別にして必ずしも国民が歓迎しているわけではない。毎度毎度繰り返される「恋人と過ごしましょう」「家族と過ごしましょう」という宣伝に辟易しているのは私だけではあるまい。自治体ぐるみで「クリスマス市」を名乗るのは、いささかやり過ぎではないか。

2012年11月21日 (水)

国会議員と自治体の長の兼職の是非について

 大阪市長を兼務する日本維新の会の橋下代表代行が、大阪市長との兼務が認められるのであれば来年の参議院議員選挙に立候補したいという意向が伝えられた。いささか突拍子もないような話のように思われるが、この話は結構前からあったようで、名古屋市の河村市長も同様に国会議員と市長との兼職を求めていた。

 衆議院議員と参議院議員に関して憲法が規定しているのは同時に両院の議員たることを禁止しているだけなので、国会議員と地方議員・首長の兼任を許すか否かは政策的判断に委ねられているものと考えられる。そこで、参議院を衆議院と差別化する意味において、地方政治家と兼職できる制度は一考に値する。

 フランスでは地方議員や首長と国会議員は兼任可能であり、実は戦前の日本もフランスを範としていたため兼任可能な制度になっていた。例えば、鳩山一郎元首相は衆議院議員と東京市会議員を兼務していた時期がある。

 ドイツの場合、連邦参議院は各州の代表者で構成されているので、こちらも一種兼職可能と見ることができないわけではない。ただし、ドイツの連邦参議院では例えば環境政策が審議される場合には州の環境大臣が審議に参加するというように、審議内容によって州の代表者を交代させるため、一種の「充て職」と見ることもでき、このためもあって「任期」という概念はない。

 台湾では中央直轄市である台北市長や高雄市長は閣僚級の扱いを受け、閣議である行政院会議に出席できる。これは議会経由ではなく行政府の一員として地方政治家が中央政府の運営に携わる制度と言え、李登輝総統以来の総統は全員が台北市長の経験者である。

 兼職制度の問題点としては、国会議員や首長それぞれが激務である中で兼職を認めれば職務が疎かになってしまう可能性が高いこと、権力の集中が地方の独裁者を生んでしまうリスクを孕んでいることであろう。また、首長が国会議員になることで、国政の場で我田引水のような政策を推し進めるようになることは容易に考えられる。現実問題として、二つの選挙と政治活動を行うコスト・負担も見逃せない。そうすると、橋下市長のような「タレント市長」でもない限り、兼職は事実上不可能になってしまう。

 しかし、それでもなお兼職制度は魅力的だ。地方政治家にとって有力者であったとしても中央官庁には頭が上がらないことが多いが、国会は中央官庁を監視する立場にあるわけだから中央官庁を今度は逆に指揮できることにもなる。「痴呆とのパイプ役」を兼職首長が引き受けることで、相対的に衆議院を地方の呪縛から解き放つことのできる可能性も見逃せない。

 私はドイツ式を参考にして、都道府県・政令指定都市の長と議長に在任中は参議院で発言できる身分を与えてはどうかと考える。憲法改正ができれば、ドイツのように知事就任即参議院議員にもできるが、現行の憲法では直接選挙を規定している以上不可能であるが、かといって二重に選挙経るのでは弊害が大きくなり実質的に兼職制度を利用するのが不可能になる。付与するのを「発言できる身分」だけに限定すれば、直接選挙で選出される参議院議員との権限の差ができるので直接選挙を軽視することにはならない。

 「発言できる身分」に過ぎず参議院議員でなければ、憲法で規定されている「少なくない歳費」を出す必要もなくなるので、兼職している首長との差額を支給するか、実費支給にとどめても問題にはなるまい。

 「最終的な採決の権利はないが、議場で中央政府に文句をつける権利はある」というのが、一番良いのではないか。そして、その権利は二重の選挙を戦える特殊な首長に限定するのではなく、ある程度広い範囲の地方政治家に認める制度が望ましいものと考えられる。その方が、参議院の差別化にも資するのではないだろうか。

2012年11月19日 (月)

パレスチナ紛争

 イスラエルとパレスチナの争いが止まらない。ガザ地区ではイスラエル空軍は軍事施設のみならず、テレビ局などにも攻撃を加えている。テロ組織として非難されるするハマスが潜伏している施設を空爆しているとイスラエル政府は主張しているが、そもそもテロリストやゲリラは民間人に紛れていることが普通だから、必然的に民間人が巻き込まれるのは避けられず、民間人の死傷も拡大している。更なる紛争悪化に備え、イスラエルでは予備役の招集も進められるそうだから、これはイスラエル政府として不退転の決意だろう。

 だが、ハマスを単にテロリストとして見るのは性急である。確かにテロによってイスラエルと対決しているのは事実だが、イスラエルによって土地を追われ避難的でまともな仕事もなく食うこともままならない人々にとって対抗手段はそう多くない。加えて、パレスチナ自治政府は汚職も横行し、民生支援は十分でない。テロリストが拡大再生産されてしまうのは不思議でもなんでもないと言わざるを得ない。

 もっとも、イスラエルとの和平で成立したパレスチナ自治政府の基礎となっているファタファはかつてアラファト議長に率いられて各地でテロを繰り広げ、イスラエルやアメリカからは悪魔の如く忌み嫌われた歴史を持っている。さらに、パレスチナ・ゲリラやテロリストと戦いを続けているイスラエルについても事情は同じで、かつてはイルグン等のテロ集団が存在し、委任統治をしていたイギリスに対して容赦ないテロ攻撃を行って、最終的にイギリスをパレスチナから追い出した。追い出した後に建国されたのがイスラエルで、テロリストの中には後にイスラエルの首相になった者すらいる。

 歴史を顧みると、イスラエル政府もパレスチナ政府もテロリストも、すべてが鏡のようだ。イスラエルに加担するアメリカについてもイギリスからの独立戦争では当時としては卑劣な手段であったゲリラ戦を展開している。残虐無慈悲なテロリストをテロリストとして非難するのは簡単だが、裁く者の手も汚れているのではないか。

2012年11月18日 (日)

松尾和弥さんの決断に敬意を表す

 大阪大学大学院時代の同学である松尾和弥さんが愛知10区(一宮市、岩倉市、江南市、大口町、扶桑町)に民主党から立候補することが決まった。彼の決断に敬意を表したい。

 松尾さんと私が大阪大学で学んでいた頃は、ちょうど自民党政権末期と民主党政権成立の時期にあたる。日本がこれでいいのかについて、食堂でしばしば議論した記憶がある。一方で、ともに大阪大学では法律を学ぶ立場であったのだが、法律の話をしたという記憶はほとんどない。

 松尾さんは法律だけでなく経済、経営など専門知識は実に幅広い。政策秘書資格を取得したのは大学院在学中かその前であったと記憶しているが、これも長年の秘書経験や博士号取得というルートではなく、国家一種と同程度の難易度と言われる政策秘書試験を受けて合格されている。彼の思想はどちらかと言えば規制緩和や市場重視の立場で、私とは考え方が違うところも結構あると言えばあるのだが、私自身も教えられることが多かった。政策について色々な話をできたのは私にとって大学院時代の楽しい思い出である。

 松尾さんは大阪大学の大学院を修了すると京都大学の大学院に進んで公共政策を学び、修了後は政策秘書となられたが、議員に対して政策的なアドバスをする立場ではなく、自分の手で政策を進めたいという考えに行き付く時間はかからなかったのだろう。

 いきなりの出馬表明で私も驚いた。ついでに言えば、松尾さんは政策や政策をすすめるための専門知識や基礎的な教養については確固たるものを持った人物なのでこの点については全く心配はいらないのだが、それで決まらないのが日本の選挙である。特に地方都市や郡部といった田舎になると、彼の「持ち味」は場合によってはマイナス要素になりかねない。私が味わったのと同じ屈辱、すなわち理屈っぽいだの三十代になるまで遊んでいただの、お祭り・消防団をやっていないだの、いい年をして独身だのと言うような本来問われるべき政策立案・遂行能力とは関係のないことで悪口を浴びせられ馬鹿にされる可能性は高いのではないか。加えて、彼は事実上の落下傘候補となること、先に秘書をつとめていた前職議員と同じ選挙区で戦うことになるという問題も抱えている。

 しかし、それでも彼は立候補の決断をした。国の将来を憂い、あらゆる罵詈雑言を浴びせられることを覚悟して起った。政治家に利益配分を要求し拒絶されて批判するのは簡単だ。一方で、自ら立ち上がり有権者に持論を伝え審判を受けるという覚悟のある者は少ない。彼の決断に敬意を表するとともに、元気に最後まで戦い抜いてくれることを祈りたい。

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