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2012年9月23日 - 2012年9月29日

2012年9月29日 (土)

日中国交正常化・日台断交40年の日に思う

 日中国交正常化と日台断交から40年の日を迎えた。中国との関係は国交正常化以降では最悪の状態が続いており、当面はこの状態が続きそうである。

 日中国交正常化交渉では、懸案事項は賠償問題と台湾問題であった。賠償問題については日本側の日華平和条約で清算済という内容にはならなかったものの実質的に放棄が実現し(ただし、後にはそれを盾にして経済援助名目でゆすり取られてはいる)、台湾問題については台湾側が容認の姿勢を示していた「両岸同時承認」はともかくとして、実務的な関係を維持することは問題なく合意されている。この時に尖閣問題も「フリートーク」のようなところで持ち出されはしたらしいが、当時の日中首脳は国交正常化を第一に考えていたこともあって、深く話さないままで「合意」している。

 それからの日中関係は長い間「日中友好乾杯!」と言っていれば済んできた。資金協力や技術協力など、専ら日本の片務的関係であったことは否めない。中国が貧しく遅れた国であったこともある。しかし、時代は変わった。今や中国は押しも押されもせぬ軍事的経済的大国である。先週上海を16年ぶりに訪れたが、都市はすっかり美しく便利になっていた。かつて多かったゴミはほとんど落ちておらず、車道と歩道は区別され、信号に従って歩いていれば何の危険もない。特記すべきは地下鉄網で、これまで訪れた世界のどの都市の地下鉄よりも便利で近代的なものであった。特に私は名古屋の地下鉄に慣れていることもあって、網の目のような地下鉄の乗り換えは苦手であり今でも東京では乗り換えによく迷うのだが、上海の地下鉄は乗り換え表示が工夫されており、その点でも東京に一歩勝るものであった。生活水準等も含めて、少なくとも沿岸部の大都市では先進国レベルの状態には達していると言える。

 一方、日本は明らかな衰退期に入っており、当面この傾向は変わることはないと見てよい。日本の生きる道はこれしかないと喧伝された新自由主義的政策にしても、むしろ日本の衰退を早める結果になってしまっている。衰退期が何百年も続いたローマ帝国やベネチア共和国のようになれるかどうかは、今後の日本の舵取り次第だ。

 いずれにせよ、日中の力関係は変化し、民主化や国土の均衡化はともかくとして、生活水準は近接する傾向にある。反日デモを行っている中国のネット右翼と反中デモを行っている日本のネット右翼は属性だけ見ていれば区別がつかないような状態にある。これは、今までのように一方的な関係だけで良好な関係を維持することができなくなるということである。

 しかし、見方を変えれば、こうした時期を乗り越えなければ善隣関係は望めない。日中国交正常化から四十年、来るべき時が来たということではないか。

 日中国交正常化は、裏返せば日台断交であった。日台関係についても尖閣問題を巡って多少の行き違いはあるが、日中関係ほど悪化はしていない。としても、馬総統は卒業論文が尖閣問題だった人で、台湾の中では尖閣問題に限ってのことにせよ対日強硬派に分類されている(ただし、気を付けなければならないのは最初の総統選前から対日関係を重視し親日ぶりのPRを続けてきた人ではある)。

 日台関係もここ十数年の間に大きく変化している。蒋介石総統以来、台湾の首脳部は基本的に知日派が占めてきた。大陸から逃れてきた国民党政府の中国人であるか、台湾出身で戦後中華民国国籍に切り替えられた者という大きな出自の違いはあったにせよ、台湾が知日派・親日派政権で移行してきたことは疑いようがない。李登輝総統のように二十歳過ぎまで日本人だった首脳すら珍しくなかった。しかし、これらの人々は相次いで第一線を去った。今後は、日本を知らない戦後生まれが台湾政界の主役となる。これらの人々の日本に対する思い入れが蒋介石総統や李登輝総統のようなものと異なることになるのは当然と言えよう。

 台湾が民主化され日本との行き来が日常的になった1980年代生まれ以降が台湾政治の表舞台に登場してくるまではまだかなりの時間がかかる。この世代は日本でも中国でもそうだが、独裁政権の時代は経験していないし、生まれ育った環境や教育水準はそれぞれの階層で近いものになる。この世代が主導権を握るころになれば、相互理解と交流はより進むことになるかと思われるが、まだまだ先の話だ。

2012年9月27日 (木)

安倍自民党新総裁

 自民党総裁選挙で、安部元首相が新総裁に選出された。自民党の長い歴史の中で、元総裁の再登板は何度か話があったものの、実現したのははじめてのことである。

 安倍元首相は長年拉致問題に取り組み、官房副長官時代には拉致被害者の一部を帰国させるという成果を上げている。安倍新総裁が官房副長官に就任したばかりのころ、直接質問する機会があったので「長期的に政治家として何をやりたいのか」と問うたところ「日本の誇りを取り戻したい」と述べていたのが印象的であった。この思いについては、安倍氏は一貫していると評価することができると思う。

 ただし、安倍氏の経済政策となると極めて懐疑的な見方をせざるを得ない。官房長官時代から「経済がわかっていないのではないか」と疑われていたものだが、首相に就任するとそれは現実のものとなった。

 安倍氏は首相時代に経済政策は小泉構造改革路線を引き継ごうとしたが、小泉劇場政治の夢から覚めかかった国民の怨嗟の的となった。「負け組」を「待ち組」と言い換えようとしたり、財界の言うがままに「ホワイトカラーエグゼンプション」という労働時間規制を撤廃する政策を「子育て支援」と言い張って推進するなど、無知蒙昧ぶりが政権の寿命を縮めることになっている。政権末期には政策転換の動きも見られたのだが、これが構造改革推進派には変節に映ったのみならず、その後の不況や雇用情勢の悪化が「構造改革が足りなかった」と言われる原因となった。言うなれば、安倍氏の経済政策の失敗と転換の時期を誤ったことにより、新自由主義派にしぶとく生き残る道を作ってしまったと言える。

 安倍氏は規制緩和・競争激化、TPPを推進する大阪維新の会と親しい関係にあり、総裁選挙の演説でも国際競争力の強化や規制緩和を訴えていた。橋下市長は選挙での提携は否定しているものの、選挙後については含みを持たせている。こうした点から、政権を握れば小泉構造改革の悪夢が再来することになりかねない。

 安倍氏は信念のある政治家だと思うが、「日本の誇り」を取り戻したければ、国を売るような勢力とは組むべきではない。自由競争や規制緩和が残したのは、結局は日本国の衰退であり社会の溶解であった。公務員削減と民間委託は国民対する行政サービスを低下させるのみならず、官公庁職員は受託企業にとって「職員様」となり、むしろ小役人を増長させる結果となっている。民間委託では短期契約の非正規労働者が次々と使い捨てにされており、国家が非正規雇用を増やしワーキング・プアを率先して生み出しているというまことに皮肉な現象すら生んでいる。こうした問題に対して、過去の失政の反省はしていないようだから、これでは心配だ。

 国民を守ろうともしない国に対して「国の誇り」を抱くのは無理な話だが、それは外患に対するものだけではない。

2012年9月25日 (火)

竹島「日韓共同管理」論の問題

 大阪市の橋下市長が「竹島を日韓で共同管理することに持ち込むべき」という持論を述べたことが、日韓両国で波紋を広げている。韓国では日本が竹島の領有権を含むいかなる権利を主張することも「過去の反省が足りない証拠」とされており、共同管理であろうが何であろうが韓国を激高させる結果しか生まないことは誰の目にも明らかなところである。

 一方、日本側にとっても話はそう簡単ではない。確かに、韓国が「譲歩」してくれれば、ほとんど権利を行使できない竹島に「共同管理」として日本に権利を行使できる余地が生まれてくる。しかし、このようなことになればその先には恐ろしいことが待ち受けているのを橋下市長は想像もしていないようだ。

 まず、韓国が最近では対馬に対する領有権を主張し始めていることである。十数年前には韓国の日本海を「東海」と呼称する意見とともに「珍説」扱いされてきたのだが、今や国際的に日本海に対して「東海」を併記するような事態が発生しつつあり、笑い事ではなくなりつつある。十数年前には「独島はわが領土」の替え歌「対馬はわが領土」という冗談レベルであったのだが、今や韓国の地方議会では対馬の領有権を主張する決議が出たり、「自国領の対馬にムクゲ(韓国の国花)を植えに行こう」というキャンペーンが行われたりしている。もし、竹島を「共同管理」に持ち込んだとすれば、韓国側が対馬の共同管理を要求してくる可能性は高い。そうなれば、日本は竹島と比べて重要性では比較にならないほどの対馬を「喪失」することになるのは避けられない。日本本土に比べて韓国との結びつきが強くなりつつあり自衛隊基地の周辺まで韓国資本が抑え、加えて人口も五万人程度だから乗っ取るのはそれほど難しい話ではない。

 中国にしても橋下市長のこの思想は大歓迎の筈である。尖閣諸島に関して日本政府は長らく「領土紛争そのものが存在しない」という態度を取っており、中国の目的はまず尖閣について「紛争状態にある」ことを日本政府に認めさせることになっている。その上で国際社会に日本の蛮行を喧伝し、在留外資を人質に日本に譲歩を求めるという流れだが、もし竹島の「共同管理」ということになれば、今度は尖閣についても共同管理に持ち込もうとされるのは必至だ。

 そして、対馬と同様の問題が琉球列島についても生じる。中国の言い分では「尖閣は中国を日本が侵略していた時に併合したから併合は無効」ということだが、その理屈を使えば沖縄も同じことが言えるからだ。既に人民解放軍内部ではかねてより沖縄の併合、少なくとも沖縄周辺を自国の勢力下に置くことで西太平洋を抑えたいという考えがあることは2000年代初頭から言われていたことだ。中国に「沖縄の共同管理」の大義名分を与えなかねない。

 もともと民主党政権は「日本の主権をアジア諸国に譲渡し共有する」という主権国家からの脱却を掲げていた時期があり、沖縄についても中国との「一国二制度」を模索していたことはそれなりに知られている。そして、沖縄は基地問題についての民主党の失政によって日米両政府に対して不満が続出する事態となっている。こうした分裂状態にあるところにシンパを育て、自国勢力下に引き込むのは中国の歴代王朝が得意としてきたところであって、現在の共産党王朝とて例外ではない。沖縄が「喜んで祖国に回帰する」というようなことにもなりかねない。

 橋下市長の言い分は、極めて杜撰なものであるが、これでは外交や安全保障に対する見識不足と批判されても仕方がない。橋下市長が受けていた当時の司法試験には国際法の科目はなく、現在も人気のない選択科目に過ぎないのだから、学ぶ機会がなかったと言われればそれまでだが、それで国政を握られては大変困ることになる。

2012年9月23日 (日)

「日本維新の会」の党内手続きの問題

 「日本維新の会」が作成した党内規約に、党の意思決定には「代表を含む過半数」という一文が盛り込まれることが明らかになった。この規定の趣旨は明らかだ。議決権を有する者の過半数が賛成したとしても、橋下代表が賛成しなければ意思決定はできないということである。これは、事実上代表に拒否権を付与したものと言える。

 確かに、議論百出して「決められない政治」が続き、それに対する人々の不満を養分として維新の会が勢力を拡張してきた経緯を考えれば、代表に独裁的とも言える権利を与えること自体は「民意に適っている」と言えないこともない。しかし、これでは「日本維新の会」は名実ともに橋下代表の「私党」になってしまう。勝手に集まって政論を戦わせているだけならともかく、政治的権力を握り法律上の政党として政党助成金を含む数々の特権を付与されることが確実なのだから、政党の内部手続きについてどんな内容でも認められてしまうというのは制度上の問題であろう。この点、先にみんなの党が政党の内部規律を法律に明文化しようとしたことは評価に値する。

 従来も橋下市長が中心となって引っ張ってきた政党であるし、橋下市長なくして存立しえない党であるから、党運営そのものは実質的に従前とそれほど違いは生じないと考えられるが、こうした規定を置くことは公党としての党内手続き上は問題であろう。

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