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2012年9月2日 - 2012年9月8日

2012年9月 7日 (金)

タリバンとアメリカが和平交渉

                 アメリカ合衆国の国旗   Flag of Taliban.svg   

 911テロ以来、不倶戴天の敵同士として争い続けてきたタリバンとアメリカが、和平交渉を行っていたと言う事実が明らかになった。タリバンはアメリカをアッラーの名によって粉砕すると言い続け、アメリカはテロリストとは交渉しないと言い続けてきたにもかかわらずである。アメリカは冷戦時代以来突如として敵と結ぶことがあった。例えば、米中和解などは突如としてニクソン大統領が北京を訪問し、敵であった中国と結ぶ一方で台湾を切り捨てた。そうした過去から考えれば、アメリカがタリバンと和平交渉を行う事は驚くに値しない。

 アフガニスタンでの戦争は膠着化・泥沼化し、周辺諸国も巻き込んで死人の山は高くなる一方である。タリバンはアメリカ本土を壊滅させるだけの軍事力は持っていないが、アメリカとしてもタリバンを完全に掃討することはできなかった。911後の対テロ戦争冒頭でタリバンは首都カブールを失って政権の座からは転落したものの、依然として無視できない広さの地域を実効支配している。強大な軍事力を誇るアメリカが10年経っても完全に駆逐できなかったところを見れば、アメリカとしても限界を感じているのだろう。

 アメリカは国益のためには突如として敵国と結ぶことに躊躇を感じなかった国だから最後は国内世論を納得させることはできるだろう。問題はタリバンだ。タリバンは実際にはブッシュ家とコネクションがあり、対テロ戦争前夜には資源ビジネスで決してアメリカの敵ではなかった。話し合いのパイプは残されていると見るべきだし、妥協を望む勢力がいるのも推測できる。だが、アメリカと結んだ場合、エジプトのサダト大統領のようにイスラム世界から裏切り者扱いされることは必至だ。タリバン実効支配地域に住むアフガニスタン国民も、そうなったときにタリバンを支持し続けるかどうかわからない。皮肉だが、アメリカと戦って殉教者、日本風に言えば玉砕(実際にはこの言葉は中国の古典に由来するが)する方が名誉になる。サダト大統領は裏切り者扱いされて暗殺されたが、フセイン大統領は出身地では英雄だ。

 指導部同士であれば、それなりに現実的な視野を持ち、経済面での利害を用いた妥協も可能であろう。しかし、庶民特に貧困層がそうした妥協を受け入れることは簡単ではない。今までの中東和平交渉が相手との対立よりも、むしろ自勢力内の強硬意見によって潰され続けてきたことに思いを致す時、本当に問題なのは敵よりも味方なのではないかと思えてならない。

2012年9月 5日 (水)

イスラム色を強めるエジプトと日本

 長らくスカーフ(正式にはヒジャブという)の着用した女性キャスターを画面に出すことを赦してこなかったエジプトの国営放送で、スカーフ姿のキャスターが登場したという報道があった。従来のムバラク政権は独裁と同時に世俗化の傾向が強い政権であったが、革命後のエジプトではイスラム色が強くなりつつあると言う指摘がされている。スカーフ姿の解禁は、その象徴と見られる。

 スカーフ着用に関しては、イスラム社会の中でも様々な意見があり、世俗主義者であってもスカーフ着用を禁止するようなことはやり過ぎだと言う意見もある。一方で、公共の場でのスカーフ着用を容認してしまうと、他のイスラムの抑圧的な側面が噴出するのではないかという危機感もまた世俗派の間で根強い。無論、欧米諸国を中心に、エジプトがイスラム原理主義国化することで、中東情勢が不安定になるのではないかという危惧はエジプト革命当時からあった。

 もともと、エジプトは古代のクレタやミュケーナイ文明まで遡るまでもなくヨーロッパとの結びつきが強い。船や飛行機であっという間だ。ナセルによるエジプト革命とスエズ運河の国有化宣言、スエズ紛争や中東戦争の際、世界経済が大混乱に陥ったのは知る人も多かろう。ヨーロッパ諸国に近いだけに、欧米諸国としても神経質にならざるを得ない。

 もっとも、民主主義や自由を謳い上げている欧米諸国だが、欧米外資と結託したエジプト大資本による富の偏在と貧困層の搾取に対して何も言わなかったのも欧米諸国である。イスラエルが二千数百年のディアスポラから苦難の果てに建国を達成したことは尊敬と同情に値するが、ある種無批判にイスラエルの肩を持ち続けてきた欧米諸国に対してイスラム側の不信感は大きい。この点、ダブル・スタンダードだと非難されても仕方がないところではある。

 今回のスカーフ問題は、当面ヒステリックに騒ぐような話ではないにしろ、イスラム色が強まっていることを連想させ、それが反欧米や宗教少数派に対する圧迫を連想させてしまうだけに、これからもエジプト新政権に対して注目して行く必要があることは間違いない。

 中東諸国はおおむね日本に対して好意的であったが、日本としては富の偏在の是正と識字率すらが国民の半数に満たないという悲惨な状況を改善する手助けこそが重要だ。中産階級が育ってこれば、トルコのようにイスラムの伝統を堅持しつつ、欧米諸国と同じような自由な社会を実現することも夢ではない。そのためには、トルコ共和国ムスタファ・ケマル・アタチュルク大統領の手法に学び、国民の教化と中産階級の育成こそが重要だ。そして、それは突き詰めれば日本の明治維新の手法からケマルが学びとったものである。決して、日本と無縁な話ではない。あとは、日本のやる気次第である。同時に、日本の明治維新の手法が活かされると言う事になれば、それは我が国の国際的な名誉と評価にもつながるであろう。それは、日本の先人たちにとっても、現代に「生きる」ということである。

 日本は明治維新で近代化を推し進め、法も生活様式もほとんど欧米に併せたが、一方で日本人はやはり伝統を残している。つまり、伝統と近代は十分に共生可能なのであり、その融合によって新たな飛躍すら期待できるのである。この日本の成功体験(無論、その後はその過信によって破綻を招いたわけだが)は、近代文化の受容によりイスラムの伝統がことごとく破壊されると危機感を持つムスリムにとっても、近代化を進めたい世俗派にとっても、相応に魅力のあるものではなかろうか。

 押し付けることはできない。何を選ぶかはエジプト国民の選択次第である。しかし、どちらかに偏らない国の生き方が考えられないわけではない。

2012年9月 3日 (月)

ドラえもん生誕百年前

                

 今日はドラえもんにとって「生誕百年前」なのだそうだ。今の40代以下の世代にとって、ドラえもんは一度は親しんだことのあるキャラクターであろう。海外でも人気は高い。

 ドラえもんは2112年9月3日に「トーキョーマツシバロボット工場」で生産されると言う事になっている。ネタ元になった企業の名前が何となく連想できるが、そのうちの片方は創業者の苗字を冠した社名を変更してしまった。社名はともかくとして、22世紀の未来に日本が産業立国として生き残っているのかどうか、怪しく感じるところがある。

 何より、「ドラえもん」は開発技術があったとしても、もう日本で生産することなどできそうもない。何故なら、このロボットは原子炉を積んでいるからである。福島原発事故の惨禍は、もともとあった日本人の原子力アレルギーを決定的にしてしまったからだ。

 思えば、「鉄腕アトム」も原子炉を積んでいた。ドラえもんが登場するくらいまでは、原子力は夢のエネルギーだった。しかし、広島長崎の原爆と「同根」であること、米ソで大事故が起きたのに加え、原子力業界の隠蔽体質とぬるま湯構造は早くから指摘されており、その結果として子子孫孫まで禍根を残すような大事故を引き起こしたのは周知の事実である。

 ドラえもんが生み出されたのは1969年で、まだまだ日本が夢に沸いていた、沸くことができた時代でもあった。誕生まで百年を切った日に日本の来し方行く末を考えてみると、そう楽観的ではない。

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