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2012年7月15日 - 2012年7月21日

2012年7月21日 (土)

東電下請け会社被曝隠し事件

 福島第一原発で東電の下請けとして事故処理作業を行っていた建設会社ビルドアップが、作業員の携帯する放射線測定装置に鉛のカバーをかけ、労働安全衛生法規則で上限の定められている被曝量を少なく見せかけていたことが明らかになった。

 原発労働者を集めるのは難しいことになっている。普通の原発でも危険性が指摘されているところ、福島第一原発とその周辺は汚染されており、多少賃金がはずまれたところで体に何が起きるか分からないのでだから、募集してもなかなか人は集まるまい。そこで、今使っている労働者をできるだけ長期間原発で働かせようと考えたのであろう。

 原発関係では中間搾取等違法行為の蔓延が囁かれてきたところだ。ただ、多くが噂の域を出ないものであったが、このように当局の手により摘発されるに至る例は珍しい。いずれにせよ、発注元の東電としても下請け孫請けの多層構造を作ったと言う事は、そこに東電本体のメリットがあると考える必要があり、その中で放射線により生ずる労働者の健康障害を東電が抱え込まなくても良いという点はあるのではないか。

2012年7月20日 (金)

シリア内戦

                      Bashar al-Assad (cropped).jpg

 内戦状態になっているシリアだが、アサド大統領側近の軍首脳が反政府勢力によって殺害される一方、シリア軍が一般市民に対して無差別虐殺を行っていると言う情報も入ってきた。欧米諸国はアサド政権を批判し退陣を求めているが、中東における拠点を失いたくないロシアはアサド政権への制裁に反対している。国内でチベットやウイグル問題を抱えている中国も脛に傷ある身だから、アサド政権への制裁は慎重にならざるを得まい。

 アサド政権が民間人虐殺にサリンやマスタード・ガス等の化学兵器を用いていると言う情報もあるが、事実だとすればアサド政権もいよいよ切羽詰まってきたということだろう。もし、アサド政権崩壊と言う事になれば、ミロシェビッチ大統領のようにアサド大統領は国際法廷に引っ張り出されることになるだろう。運が悪ければ、イラクのフセイン大統領のように絞首台に登ることにすらなりかねない。政権崩壊を食い止めるためなら、国民の命など惜しくも何ともないということか。シリアの国内情勢と先進諸国の思惑もあって、シリア情勢は泥沼化の様相を呈してきた。

 恐ろしいのは、アサド政権が崩壊しても新たな政権が樹立されることなく、イスラム原理主義組織や部族が軍閥化して国内に割拠し、戦国時代のような収拾のつかない状況になってしまう事だ。「地方分権」とか「地域主権」が実現されるわけだが、それぞれの組織や部族が自らの正義を掲げ利益を守るために果てしない戦いを続けることになりかねない。実際にソマリアは内戦によって中央政府が崩壊し、各地で部族のポスが独自の勢力を築いて内戦を続け、地域ボスの腐敗ぶりに嫌気がさした民衆の支持を得たのがイスラム原理主義組織で、地域ボスに絞られてきた国民は、今度はイスラムの名による圧政下に置かれることになってしまった。アフガニスタンやパキスタンも、中央政府の混乱によって地域を牛耳る部族が台頭しており、既に中央政府の統治の及ばない地域が相当生じている。アフガニスタンとパキスタンの国境沿いの「トライバル・エリア」が好例で、中央政府の実効支配が及ばないこの地域にアルカイダやタリバンが潜伏し、ビン・ラデインが長らく捕捉されなかったのもこの地域に身を潜めていたからであると言われている。テロリストの保護のみならず、国法よりも地域慣習や部族慣習が優先される結果、所謂「名誉の殺人」等も公然と行われている。アサド政権後のシリアも、かかる惨状になりかねない。

 アサド政権崩壊は間近と思うが、その後の国際社会がどのような支援をしていくのか。シリアが新たな国として生まれ変わるか、或いは戦国乱世に陥るかの分かれ目になると思われる。

2012年7月19日 (木)

平成24年警固祭

 今年の10月には二年ぶりに長湫地区で警固祭が行われる。私は残念ながら仕事の関係で、今回は参加することができない。まことに残念極まりない。

 この警固祭は「オマント」(馬の塔)と呼ばれ、本来は馬を神社に奉納することがメインであるが、鉄砲隊や棒の手の披露など見所は多い。特に勇壮なのが鉄砲隊による発砲で、鉄砲隊の人数は往時とは比較にならない程の規模に減ったとは言え平素簡単に見られるものではないだけに貴重である。

 ただし、この祭礼の規模は年を追うごとに縮小傾向にある。参加できる男子のほとんどが農民や地元で働いていた時代はともかく、現在では仕事の都合で参加出来ない者が増えた。これは地方の祭礼に共通して言えることだろうが、他の地域で全く知られていないと、他地域に在勤在住している者が故郷の祭礼に参加するのに職場の理解を得るのは難しい。京都の祇園祭や岸和田のだんじりのようなネームバリューのあるものならば別であろうが。火縄銃を担いで慣れない草鞋で練り歩くのも、野良仕事をしていた時代の人々ならばともかく、現代のオフィスワーカーになれば大変な肉体的負担となる。衣装から装備一式揃えるのもかなりの負担だし、仮に先祖代々の物が使えても(私は幸い父祖と大きな体格差がないため衣装をほぼ流用できた)、着るのも保管するのも一苦労だ。かつての祭礼は農村の日常生活の延長線上にあったが、今や日常生活とは隔絶した存在になっており、長湫が農村であった時代をタイムカプセルのように保存していると言える。

 また、警察による規制が年々厳しいものになっている。 この規制は主に経路に関するものと鉄砲にかんするものがある。

 行列が歩ける道路は、かつては市内の主要道路を使えたものが、今はほとんど使う事が出来ない。交通の問題はあるにせよ、京都の祇園祭などで市内の大通りを何日も使えるのとは雲泥の差だ。公道はパブリック・スペースである筈なのだが、この取り扱いの違いを見ていると、いささか警察に裁量を与え過ぎの感がある。

 鉄砲はもともと兵器であり、我が国では銃砲刀剣類所持等取締法によって世界でも稀に見る厳しい銃規制を敷いて銃器による犯罪を抑止している国である。その点では警察が鉄砲の取り扱いに神経質になる理由は十分にある。しかし、祭礼では鉄砲に対する規制が年々厳しくなり、発砲場所の制限はもとより、試射は前日に一発だけとなり、かつては恒例であった自宅を出る際に庭先で発砲することもできなくなった。見通しのきく主要道路で二列に鉄砲隊が並び、後列から順に発砲して行くと連続して響き渡る空砲が実に見事であったが、今やほとんどの発砲場所で鉄砲隊はスペースの関係で一列になる。見通しが利かないことも相俟って、不発があると間延びしてサマにならない。そして、私の知る限り警察側は鉄砲は危険だと言うだけで、規制を強化する合理的な説明まではしていないようだ。結局のところ、これもまた警察の「裁量次第」ということになる。

 我が故郷の警固祭だけではない。上げ馬神事が動物虐待に問われ、岩手の蘇民祭は公然わいせつ罪にあたるとして警察による規制が年々厳しくなっている。これらを一般的な違法行為と同視するが如き規制をおこなうことはいかがなものであろうか。不可解なのはこうした規制に対して司法の場で公然と異議申し立てをした記録が見られないことだ。例えば、公道におけるデモとその規制に関しては戦後多くの判例が積み重ねられている。それだけ規制される側の異議申し立てがあったということだ。明らかに過度で合理性に乏しい規制、それも法で明示されているならばともかく行政の裁量で行われているものに関しては、見直していく必要があるのではないか。

2012年7月17日 (火)

原発意見聴取会

 名古屋で行われた原発意見聴取会に電力会社や原子力産業の関係者が発言者として出席し意見を述べている。関係者も国民には違いないが、あたかも数年前に問題になった「やらせタウンミーティング」のようで、どうも釈然としない。ともかくも、原発が必要であると言う意見があるとしても、そうした意見を原発推進と密接に結びついている人の口から語られれば、中立性を疑われるから信用はされまい。

 過去にも原子力問題をめぐる住民説明会などに電力会社側が人員を送り込んでいたことくらいは可愛い方で、政府の審議会など原子力を規制する側にも人を送り込んでいた。これでは、そもそも中立性が保てると考える方が間違いと言う事になる。

 「行政が一方的に決めるのではなく、市民との対話が大切」という声は十数年前からよく聞かれるようになったが、対話に出てくる「市民」が何者なのか、じっくり考えてみる必要がありそうだ。少なくとも、その市民との対話だけで、全体の意見構造を把握できたと思い込んでしまうのは早計であることだけは間違いない。

2012年7月15日 (日)

ソユーズ打ち上げ成功

 日本の星出飛行士が乗ったソユーズの打ち上げは成功した。スペース・シャトルの引退した今となっては、日本人宇宙飛行士が宇宙に飛び立つためにはソユーズを利用しなければならない。

 1980年代の宇宙飛行について書かれた子供向けの本では、アポロやソユーズ等の旧来型の宇宙船に対して、新たに登場したスペース・シャトルの優位性が強調されていたのが印象に残っている。しかし、それから30年近くが過ぎた時、スペース・シャトルは退役し、「時代遅れ」になった筈のソユーズは生き永らえて、今も宇宙に人と物を送り続けている。ソユーズが開発された時代には「敵国」そのものであったアメリカも、スペース・シャトルの失敗と後継機開発の遅れにより、今やソユーズを利用しなければ宇宙開発が成り立たない。

 今となってはソユーズの技術は「旧ソ連の枯れた技術」であるが、その分コストは安く済むし、打ち上げの蓄積もある。その中には発射前にシャトルバスの車輪に尿をかけるという儀式のようなものもあるようだが、低コストで確実に打ち上げができることほど、現代の宇宙開発において頼られる要素はないのではないか。何しろ、金に糸目をつけなくても問題視されない中国と異なり、アメリカもロシアも今となっては潤沢な予算をつぎ込める状態にはない。

 アメリカが常に新技術に挑戦し続けているのは、まさにアメリカらしいと言えるのだが、一方で枯れた技術を使い続けていくロシアの姿勢は、かつての共産圏を走っていたトラバントを彷彿とさせる。

 日本でも内閣に宇宙開発担当相が置かれ、火星探査だとか色々な話が浮かんでは消えているが、日本の宇宙開発は派手さはなかったものの民生分野で着実に国民に役立つサービスを提供し続けており、一方で探査も学術に重点を置いたものとなっている。この点では、アメリカや旧ソ連のように「探検」が第一ではなかった。そう考えると、低予算で小型の探査機に何でもかんでも詰め込み、故障を続発させながらも帰還に成功したはやぶさ」プロジェクトは、ある意味日本らしい(良くも悪くも)宇宙開発の姿であったと言えるのではないか。

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