« 2012年6月24日 - 2012年6月30日 | トップページ | 2012年7月8日 - 2012年7月14日 »

2012年7月1日 - 2012年7月7日

2012年7月 7日 (土)

尖閣諸島国有化宣言

             

 東京都の石原知事が東京都による購入を表明したことにより、尖閣諸島の所有そのものをめぐる議論が湧き上がってきた。従来、日本国政府は尖閣諸島を日本の領土と主張しながらも、その保持に関しては極めて消極的なところがあった。80年代末に始まり90年代に入って激増した中国海軍艦艇による周辺海域の調査をなすがままにさせ、ほとんど何の抗議も行ってこなかったのである。当時の軍事雑誌には中国海軍の動向も掲載されているが、日本が何のアクションも起こさないことは当時から識者の間ではおかしいと言われてきた。

 2000年代になると中国は「生存圏」獲得のために西太平洋にを自国勢力下に置く意思を隠そうとしなくなり、海軍の増強とともにまず東シナ海を「我が海」とするべく行動を開始するようになる。これに伴い、この海域では中国海軍が調査船のみならず艦隊を派遣して示威行動を繰り返すようになった。アメリカが沖縄から撤退できない理由も、この中国の動きとは無縁ではない。

 自民党政権から民主党政権になると、日本の態度は更に曖昧なものになる。もともと「親中派」と見られてきた民主党政権は、「セールスマン」としての資質しかない財界人を中国大使に任命し、与党首脳は北京詣でを繰り返した。政権獲得当時小沢一郎幹事長が大訪中団を率いて北京に渡り、中国共産党首脳に接見される際自身を人民解放軍野戦司令官に例えたことは、民主党政権の見識を象徴している。

 尖閣諸島沖で日本の巡視船が中国漁船に衝突された事件では、映像等の資料を国民に公表せず、被疑者を送り返して日本側が何も問題にしない形にしての幕引きを謀った。これでは、日本の据え膳に中国側が勘違いするのは当たり前だ。

 石原知事の尖閣購入発言に対しても、当初政府与党首脳は態度を曖昧にしており、丹羽大使に至っては「国交40周年にあたり友好を損なう」という中国政府の定型文まがいの発言までする始末。これでは、国民が石原知事の尖閣購入を支持するのももっともな話である。

 ようやく、野田総理が尖閣諸島を購入して国有化したい意向を表明した。これ自体は良い考えだと思うが、いささか遅きに失した感は免れない。政府の人気取りと思われても仕方がない。加えて、石原知事は「地権者は私にしか売りたくないと言っている」と政府のこの動きを馬鹿にしているが、政府が馬鹿にされるのは仕方がないとしても、もともと国による購入を希望していた地権者が何故石原知事にしか売らないと言っているのか理解しかねる(本当にそう言っていればの話しだが)。今や、中国脅威論・尖閣問題そのものが、中国や台湾でのそれと同じく政治的影響力を示すために道具になりつつある。尖閣購入に主導的役割を果たしたことでタカ派の支持が欲しいと言う事が見え見えではないか。親中派も親中派なら、反中派も反中派だ。もっとも、中国でも台湾でも同じことをやってナショナリズムを高め支持者を集める手法が半ば定着しているから、この点あまり周辺諸国に「大差」はない。

 ちなみに、今日は「七夕」であり、中国や台湾では2月14日の西洋的情人節(バレンタインデー)に対する東洋的情人節である。同時に、盧溝橋事件が起きた日であり、日中関係・日台関係(日華関係)ともに縁起の悪い日だ。

2012年7月 5日 (木)

いじめによる自殺と隠蔽

 大津市の中学2年生がいじめを苦に自殺すると言う事件が起きたが、この事件の調査の中で「自殺の練習」をさせられていたというアンケート調査結果があったにもかかわらず、これを公表せず事実上隠蔽していた事実が明らかになった。「またか」という気分にさせられる。

 この事件で遺族は損害賠償を求めて市といじめを行っていた生徒の保護者を相手に訴訟を提起しているが、被告側の答弁は「いじめの認識はなかった」「ふざけていただけ」というもので、いじめによる自殺事件も既に被告の答弁はワンパターン化していると暗澹たる気持ちにさせられる。そんな答弁を出しているのは、それで逃げ切れるという目算あってのことだろう。実際、職場のハラスメントを苦にした自殺も含めて、因果関係を立証して遺族が勝訴するのは至難の業だから、「原告の請求を棄却する」という判決を引き出すための法廷戦術としてはそのようなところに落ち着くのかも知れない。

 小中学校時代にいじめを受けた経験があるが、教師に申し出れば「自分で解決する意思が足りない」「そんな姿勢だからいじめられる」と言われ、同級生からは「チクった」と言われ、結局のところ救済先がないことに日々絶望していた記憶がある。私が死なずに済んだのは、放送委員会の委員や吹奏楽部でマネージャーをしており、別のところに居場所があったことが大きい。今から考えると、これは企業における過労自殺などを防止する施策としても理のあることであって、ハラスメントのある職場以外の「居場所」を持てるか否かが追い詰められないで済むポイントであるように思われる。そうした視野や視点を持つことができ、それが今の仕事につながっているわけだから、小中学校での経験は私の人生にとって役立っていると言えるが、同時に生き永らえた者としては、特に企業組織に対する働きかけを通じて、ハラスメントの防止と被害者救済を行わねばならないと考えている。本当は経験者として公共政策である小中学校でのいじめ防止にも取り組みたかったのだが、公的なポストにない私には土台政策的な影響力はないから、自分の手の届く範囲内即ち企業組織相手のことをでやっていくしかない。

 いずれにせよ、組織が存在する以上どうしても人間関係の摩擦は起きるものだ。それは、往々にしていじめに発展する。それをいかに防止するか、被害者を救済するか、そうした姿勢を組織運営に携わる者が持てるかどうかが、自殺と言う最悪の事態を防止する鍵ではないかと考える。

 ただ、今回の訴訟でも管理していた自治体や学校は隠蔽と言われても仕方がない振る舞いをしており、まだまだ道のりは長いと感じている。これは法と正義によりなされねばならない。学校に地域社会を関わらせるべきだと言う動きがあちこちであるが、私はこれに懐疑的である。地域社会が救済機能を果たせるかと言うと、そもそも法と正義より義理人情という思考で動いている地域社会そのものが排他性や強権的姿勢をもってハラスメントの元凶になってしまっている例がまま見受けられるからいささか難しいかむしろ状況を悪化させかねない。その証拠として、地方都市や田舎から若年層が脱出する傾向にあるのは単に仕事がないと言うだけではあるまい。絆と言うのは、時としていじめるがわの紐帯となるものである。実例として、名張毒葡萄酒事件を見るがよい。

 学校と言う場所は、日本のムラ社会によく似ている。明確な手続きがなく、合理性を吟味された規則はなく、就業規則作成時に労働者の過半数代表者に認められている意見を付すことすらできない。そこでの評価が人生を左右する。そして、その世界以外に引き出しを持つことが難しい。それでも、大人は逃げることができる。子供とは比較にならない資力があるし、能力があれば外の世界でより高いレベルの人生を送ることも可能だ。しかし、所詮庇護される存在に過ぎない子供にとっては、自らの意思で閉塞した世界を脱出するのは困難である。大人の脱出は経済的にも社会的にもより高いレベルの仕事を得られるチャンスがあるが、子供にとって学校からの脱出はその後の人生を棒に振るに等しい事になりかねない(実際、その後引きこもりの状態になってしまう者も珍しくない)。

 我々大人、特に組織運営に何らかの形で携わる者は、こうした事件を他人事のように思ってはならない。大人社会のより強烈な「移し鏡」であると言えるからだ。

2012年7月 3日 (火)

民主党分裂

 税と社会保障の一体改革をめぐり対立の続いていた民主党がついに分裂した。今までも五月雨式の離党はあったが、ここまで大きく割れたのは例がない。「壊し屋」と呼ばれた小沢元代表の面目躍如と言ったところか。

 ただし、今回の民主党の内紛と分裂劇に、国民の大半は極めて冷たい視線を向けているように感じる。二十年前の自民党分裂と新生党結成の時には新しい時代が来るとマスコミも好意的に見ており、あの頃の報道は中学生だったので記憶しているが、それに比べれば冷め切っていると言ってよい。

 新生党結党の時には規制緩和を主張し「新自由主義」を掲げた小沢元代表だが、その後の流転の中で「国民の生活が第一」と言うようになった。増税に関しても細川内閣の頃には「国民福祉税」の名の元税率7パーセントを深夜に打ち出したこともある。元来、「消費税増税論者」だった筈なのだが、どこで宗旨替えしたのだろうか。思えば、1996年の総選挙の時に突如「消費税を据え置く」「行政改革で増税分のねん出は可能」と言いだしたが、あの頃からか。いずれにせよ、増税に反対するものの代替となる財源に関しては曖昧な点が多い。

 国民の側もかつては甘い言葉に飛びついていたし、それは今も変わらない面がある。「大阪維新の会」にせよ「減税日本」にせよ、国民に負担増を求めなくても「特権階級」である公務員を叩けば財政再建はできるという幻想を国民に抱かせ、それはある程度成功した。しかし、その後の展望が開けているとは言い難い。票を集めるための「ビジネスモデル」としてはともかく、政策的には破綻していると言えよう。

 かつてはインパクトがあった小沢元代表の手法も、よりラディカルな橋下大阪市長や河村名古屋市長の前にはいささか霞んで見えなくもない。より過激なショーが開演している以上、かつては一定の固定客を集めることができた「小沢劇場」としてはかなりの客を持っていかれていると考えなければならない。小沢新党の展望は、かつての新生党結党の頃は言うに及ばず、自由党結党の頃よりも更に不透明と言うしかない。

 何より国民が小沢元代表に疑いの目を向けるようになったのは、2009年の政権交代後の民主党幹事長としての強権的な態度であったのではないか。幹事長室に権力を一元化し、暴走する鳩山総理の軌道修正をするどころか、民主党としてやっと掴んだ「権力」の配分を露骨に行った。詳細の分析は政治学者の手に委ねねばならないだろうが、それは民主党が批判してきた自民党政権下の権力構造そのものではなかったか。それまでは金銭的な疑惑が常につきまとったにせよ、剛腕として評価されてきた小沢元代表の評価が決定的に落ちたのはこの頃ではなかったと思う。

 私自身はデフレ状態の現時点で消費税増税を行うのは疑問を感じるが、さりとて「無駄を省けば何とかなる」という理屈はそれ以上に通用しないと考えている。小沢派の離党劇は、過去に国民に吹き込んだ理屈の再演以外の何物でもない。合従連衡と政争を見れば見るほど、国民は民主主義に幻滅して行くのではないか。

2012年7月 1日 (日)

オスプレイ配備に怒る沖縄

               大西洋で「バターン」から発艦した海兵隊所属のMV-22

 アメリカ海兵隊が垂直離着陸輸送機オスプレイを沖縄に配備することを計画しているのに対して、沖縄県では同機が試験飛行中に事故を多発させたことを理由として配備に反対している。実際のところ安全性が確認されている機体であったとしても、基地の機能強化・維持につながるものは何でも反対したに違いない。

 ただし、沖縄の反応がヒステリックとは言い切れない。何しろ、このオスプレイという機体はヘリコプターのように垂直離着陸を行い、飛行中は普通の飛行機のように飛行できる画期的な機体であるが、1989年に初飛行したもののその後は事故が多発し、実戦配備できたのは2005年のことだった。また、あまりにも事故が多かったため、本来ならば海兵隊が担当する「大統領専用ヘリ」マリーン・ワンの候補から早々に外される始末。しかも、オスプレイの配備先は住宅地のど真ん中に基地があると言う普天間である。これだけ悪条件が揃っているのだから、沖縄県民が不安になるのはもっともだ。

 オスプレイの機体自体は改修を繰り返して安全性を高めている。航空機にとって、開発中の事故を乗り越えて安全なものになったと言う例は多いので、初期段階での事故をもって永遠に危険だと言い切るのは拙速である。最大の問題は、やはり普天間基地の立地であり、これはもう何を配備しようが危険であることに変わりはない。

 本来なら、すみやかに辺野古に移転すべきだったものを県外国外をふりかざして沖縄県民に期待を持たせ、基地移設をぶっ壊したのは民主党政権であった。今回の事態も、結局のところ民主党政権が招来したと言えまいか。鳩山元総理は総理就任時に安全保証対する無知無能ぶりをさらけ出したが、これでも首相になれるのだから日本は異常な国だったと言えよう。

« 2012年6月24日 - 2012年6月30日 | トップページ | 2012年7月8日 - 2012年7月14日 »