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2012年6月10日 - 2012年6月16日

2012年6月15日 (金)

子供からの脳死移植

 日本初となる、6歳未満の脳死の子供からの臓器移植が決まった。臓器移植法は当初要件が厳しく移植はなかなか進まなかったが、改正後は臓器移植も活発になっている。脳死と脳死からの臓器移植に関しては賛否両論あるところだが、多くの命が救われることは文字通り救いではあると言える。

 我が国では遺体に対する執着が元来強かったこともあり(ただし、これを仏教思想に求めるのは妥当ではないように思われる。もともとの仏教思想では遺体に執着することを戒めている)、どうしても肉親の遺体にメスを入れることに対して抵抗感が強かった。死後の移植であっても、なかなか進まなかった。まして、「生きている」とも取れる脳死者からの移植について、法制定の議論の中で既に反対論が根強かったのは確かである。

 我が国では臓器移植が事実上不可能であったため、多くの希望者は望みを海外での移植に繋いだ。アングラな臓器売買は別にしても、相応に費用のかかることであったし、ドナーが見つかるまで長い待機を余儀なくされた。加えて、現地にも移植を待つ患者は多く、現地国民の側として不公平感も強かった。これらを受けて、国際的に臓器移植は自国内で行うべきだと言う取り決めがなされたことにより、将来的に海外での移植の道は閉ざされることになる。

 成人に比べて意思能力の乏しい子供からの移植は、本人の提供意思の確認等特に議論の多い課題であった。この案件に関しては、法科大学院等で入学試験の小論文として出題されたり、ディベートの好個の素材にもなった。何故ならば、どちらに立ったとしても完全に万人を納得させられるだけの論旨は立てられないし、批判を逃れることはできないからである。最後には、何処に重きを置くかというところで善悪・賛否を判断せざるを得ない。法や医療の問題であるが、最終的には人間とは何か、人間に何処まで許されるのかという生命倫理の問題に行き着く。大学院時代に大阪大学の瀬戸山先生の担当されていた「生命倫理と法」ではこうした分野の問題を取り上げて議論を行ったものだが、理屈だけでは説明できないものがあるものだ。

 我々に必要なのは、常に考え、悩み続けることなのではなかろうか。脳死と脳死による臓器移植の賛否ともに共通しているのは、人間に対する尊厳である。幼い命を喪いドナーとなった子供の冥福を祈らずにはいられない。

2012年6月13日 (水)

生レバーの提供禁止は本当に妥当か

 厚生労働省が生レバーの提供を来月から禁止することを表明した。食中毒を完全に排除できないことが理由となっている。

 私は生肉が好きではないので、生レバーも食べたことがある記憶すら曖昧だが、生肉を好む者もまた多い。確かに、危険を排除はできない。しかし、食中毒事件を起こした企業は悪質なコストカットを行っており、しかも体力的に劣る子供や老人に提供したことが被害拡大につながった。適正に管理し提供してきた事業主まで同列に扱うのは、妥当ではないのではないか。リスクを説明して消費者が受け入れるならば、提供を禁止するのは妥当ではないと言わざるを得ない。

 危険なものなら、タバコは危険である。酒も同じだ。この二つの嗜好品では体を壊す者が多いだけでなく、子供が食べたり飲んだりして死ぬ事件も絶えないではないか。何故、厚生労働省は生レバーだけを標的にするのか、理解に苦しむ。

2012年6月11日 (月)

明治学院大学が法科大学院から撤退

 先に大宮法科大学院大学が撤退し、教員と学生は桐蔭横浜大学法科大学院に引き継がせることがニュースとなった。そして、今度は明治学院大学が法科大学院から撤退することを表明した。

 大宮法科大学院大学はあくまで法科大学院を設置するために作られた学校であり、設置母体も含めて伝統はそれほど長くなく、特に法学教育の伝統は皆無であった。しかし、明治学院大学は違う。明治以来長い歴史と伝統を持ち、研究者や法曹も少なからず輩出してきた大学である。確かに法科大学院に関しては合格者数も合格率も低迷していたが、これは別段明治学院だけの話ではなかったから、名門大学が撤退にまで追い込まれるとは考えていなかった。

 もともと、法科大学院は同志社と立命館の合同で1つというくらいのものが当初は想定されていたが、文部科学省が広く設置を認めたことで猫も杓子も設置する有様となり、結果として法科大学院の学生数も激増した。当たり前だが、法科大学院を設置するとなれば相応の教員を揃えなければならないし、その教員を食わせるためには学費を納めてくれる学生は必要だった。この結果、本来ならば大学教員として不適格と思われるような者までが教員になると言う学生にとっては悲劇としか言いようがない事態まで起こしている。

 一方で、結果的に新司法試験の合格者数は抑制されることになったため、法科大学院は設置数年目には失速状態となった。これを受けて、各法科大学院はカリキュラムを変更して卒業要件を厳しくし、かなりの中退者も出ている。法曹になれた者すら大変なのに、中退した者はもう落後者以外の何物でもない。修了できても新司法試験に合格できずアルバイトで食いつないでいる者が多いが、彼らの多くともいつの間にか音信不通になってしまったから、中退者はどうなったのかもう分からない。

 法科大学院のみならず一般の大学院にしても情事は同じことで、博士号を取っても就職先がないものだから、博士号を出すことを抑制しはじめた。教職大学院や会計大学院などの専門職大学院を俯瞰しても、その場限りの辻褄合わせがまかり通っている。大学院教育を受けるにあたり私は当初の目的であった法律知識を政治家として政策立案に活かすことはできなかったものの、少なくとも労務・社会保障関係とその周辺の問題に関しては大学院で学んだ知識と経験をそれなりに活用できる役職を得ているから、その点では大学院での失敗者の中では相応に恵まれている部類かも知れない(もちろん、大学同期で新卒でそこそこの企業に入って順調にキャリアを重ねている連中と比較すれば安定性も将来性も収入も全く比較にならせないが)。

 名門大学の撤退を受けて、法科大学院の統廃合が本格的にはじまるのではないかと思われる。結局のところ、新司法試験といえども「点数」が全てであり、社会経験も広い視野も何の加点要素にもならない。名門大学のいい点は歴史と伝統があり、裾野も広く、母校という事も手伝って幅広い経験と学識を持つ学生を集めやすいというところにある。しかし、そうした連中を集めてみたところで新司法試験を目指す層としては法学部から新卒で法科大学院に進んでくる連中よりも試験対策では圧倒的に不利なのだ。

 最早、法科大学院教育の「理念」や「目的」は消え去ったとしか言いようがない。そして、この歪になりつつある制度の元で生み出される法曹たちが何をなすのか、不安を感じているのは私だけではあるまい。

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