« 2012年4月8日 - 2012年4月14日 | トップページ | 2012年4月22日 - 2012年4月28日 »

2012年4月15日 - 2012年4月21日

2012年4月21日 (土)

東郷健元雑民党代表の死去に思う

 かつて、数々の選挙に立候補を繰り返していた元雑民党代表の東郷健氏が4月1日に亡くなっていたことが明らかになった。最後まで泡沫候補であり、当選することは一度もなかったのだが、東郷氏の活動が我が国に与えた影響は決して小さなものではない。

 例えば、政見放送において「ちんば、めかんちの切符なんか誰が買うかいな」と発言したくだりがNHKの判断で差別用語としてカットされたことに対して、憲法で禁止されている検閲にあたるのではないかと争った(最高裁判所平成2年4月17日判決)。最高裁はNHKは国営放送ではなく検閲にあたらないという判断を示し、これによって我が国における検閲とは何かと言う定義がされた。そして、結果的にこれ以降は政見放送は例えどのような内容のものであってもカットされないようになった。政見放送における手話通訳、外国で出版されているヌード写真集が日本でわいせつ物にあたるのか、税関検査の合憲性など、憲法学を学ぶ上で東郷氏の関わった事件の判例を外すことはできない。

 この他にも、性的マイノリティーが認知される以前から自身を「おかま」であると公言し、我が国の性的マイノリティーの権利擁護に貢献した点も見逃せない。今でこそ同性愛者であると公言する者は珍しいことではないが、政見放送で同性愛者であることを公言する姿は多くの国民にショックを与えた(「おかま」そのものが同性愛者に対する差別的表現ではないかと言う同性愛者側の指摘もあるが)。

 泡沫候補は今も昔も珍しいものではないが、これほど多くの影響を残した泡沫候補は極めて珍しい存在であったと言えるのではないか。

 妻子に見取られての安らかな最期であったという。御冥福をお祈りしたい。

2012年4月19日 (木)

尖閣買います

                  

 東京都の石原知事が、現在尖閣諸島を所有している民間人から都として尖閣諸島を購入する意向を明らかにした。現在の所有者も前向きな姿勢を示している。

 国は長らく二束三文で「借りて」いたわけだが、所有者が民間人ということは、契約自由の考え方としては中国政府のダミー会社が買う事もできてしまうわけだから、日本の公的機関が買う事は領土の保全のためには意味のあることであろう。

 もっとも、尖閣諸島と東京都との間には何の関係もない。都として何のために買うのかも明確ではない。尖閣諸島を東京都が買ったとしても、あくまでも行政上の区分は沖縄県になるわけで、東京都にはならない。かつては、領土の売買と言うのは割合とよく行われていたことで、有名なところではアラスカがロシアからアメリカに格安で売却された例がある。買った時には「無駄な土地を買った」「ジョンソンの白クマの楽園」などと罵倒されていたが、石油がは発見されるとともにその価値は見直され、やがてアメリカの戦略上も重要な土地となった。

 としても、国家が他国の領土を買うのと、自治体が土地を買うのでは意味が異なる。やはり、こうしたものは国が買い上げることが必要ではないか。

2012年4月17日 (火)

日本が先進国から転落する日

 経団連の研究機関である21世紀政策研究所が、日本は少子高齢化の進行で2030年代以降は先進国から転落しかねないという予測を発表した。効果的な成長戦略を立てなければ日本が先進国から転落する可能性は極めて高いと言うのは、全く同感だ。

 しかしながら、日本をこのような惨状に陥らせた責任の一端は目先の利益に走り、中産階級と若者のチャンスを奪い、むしろ搾取し続ける政策を推進してきた経団連にある。経団連の言うところの「効果的な成長戦略」とは、外国人労働者と移民の受け入れを解禁し、中産下級以下の階層を更に没落させて発展途上国並みの報酬で働く低賃金労働者とし、大企業に富と権力を集中させて日本を離れた多国籍企業化させて国際社会で戦わせ、そのおこぼれで日本を豊かにすると言うものである。言うまでもなく、このモデルの場が日本である必要は全くないし、「おこぼれ」が日本に落ちる保障もない。

 かつて、「メイド・イン・ジャパン」というのは欧米の製品をコピーした粗悪品の代名詞であって、今で言うところの「チャイニーズ・コピー」と同じように見られていたものである。「メイド・イン・ジャパン」が高性能・高品質の製品を指すようになったのは、日本の高度成長期以降の話に過ぎない。このまま行けば、日本は戦前に戻ることになる。

 既に、その萌芽は日本を代表する大企業で見られる。戦後の「日本型経営」のもとでは、身分の安定した現場の労働者が現場で問題を見つけ、それを改善するために頭を使ったものだ。しかし、今や何処に行っても職場には非正規労働者が溢れており、問題を見つけてたところで改善提案してもポイントにはならず、むしろ余計なことをやったと見なされる。非正規労働者が生き残りたければ、労働の質を高めることなく、ひたすら数字をこなすしかない。これでは、現場レベルで改善提案などできるわけもない。結果的に、欠陥があってもそのまま流れていく。昨今多発する日本製品の相次ぐリコール騒ぎの背景には、労働現場がかつてのような質を保てなくなっていることにある。そして、その劣化原因は、中枢労働者を除く労働者を非正規化することを提唱し実践した経団連にこそある。

 多くの国民もまた目先の「劇場」に惑わされるばかりで、「サーカス」を愉しむばかりだ。それが国民の選択であれば、その責任もまた国民が負う事になる。日本が先進国から転落するのは、現状では不思議でもなんでもない。恐ろしいのは、日本を転落させてきた人々がその路線を更に進めるにもかかわらず「日本を復活させる」と喧伝し、国民がそれに期待してしまう事だ。

2012年4月15日 (日)

タイタニック沈没事故100周年

                   タイタニック号

 豪華客船タイタニック号が処女航海の途中の大西洋上で沈没したのは1912年4月14日夜半である。氷山に衝突したのは14日夜半だが、実際に沈没したのは15日午前2時23分と言われている。丁度、今日で100年だ。

 定員を収容できるボートを積んでいなかったタイタニックの悲劇が「海の安全」基準を引き上げることにつながったことは良く知られているが、定員を収容できるボートを積んでいたとしても安全とは言えない。最近でもヨーロッパで豪華客船が座礁して死者が出る事故が起きているが、船長は早々に非難し、オフィサーは制服を着用して避難誘導しなかったため誰が誰だかわからない事態となった。気を抜けば、重大事故は常に隣合わせだ。この点は、船舶のみならず航空機でも鉄道でも同じである。

 タイタニック号を描いた作品は多いが、最近では1997年に制作された「タイタニック」が3D映画に作り直されて公開されている。この作品は恋愛ストーリー自体は特に珍しい話でく陳腐の一言に尽きるが、セットとCGで再現されたタイタニック号特に沈没シーンは圧巻であった。

 日本がひっくり返ったのは第二次世界大戦における敗戦であるが、ヨーロッパがひっくり返ったのは第一次世界大戦であった。第一次世界大戦を機にヨーロッパは政治的経済的主導権を新興国アメリカに奪われ、多くの王朝が崩壊した。「タイタニック」では、まさに第一次世界大戦直前の、我々が創造するところの「古き良きヨーロッパ」が描き出されている。クールビズ全盛の時代から見ればまことに奇異に感じられるが、あの時代の英国紳士はツイードのジャケットにネクタイを締めてエベレストに挑戦し、アフリカの砂漠でも背広を脱がなかった。したがって、上流階級ともなればなかなか服装にはやかましく、この点は映画でも再現されている。同時に、服装によって「身分」秩序が整然と区分けされていた時代でもあった。   

        ファイル:Titanic-first-class-reception-room.gif

 必然的に、上流階級と下流階級には今とは比較にならないほどの壁が存在した。これが事故ともなると、下層階級は後回しにされることになる。映画でも三等船客が船室に閉じ込められて非難できない状態にされているシーンが再現されているが、生還者の証言などから船員が非難しようとした三等船客を撃ち殺していたかはともかくとして、上流階級・一等船客の非難が優先されたのは確かである。今でこそマルクス主義的な「階級闘争」という考え方は古臭い印象しか持たれないが、あの時代に下層階級として生きていたとしたら、階級闘争的な考え方に親和性を感じるにハードルは高くなかったのではないかと思えてならない。

 

 

            ファイル:GSC4.jpg

 最近の豪華客船は全てクルーズ客船であって、大型豪華客船による定期航路は最早過去のものとなっている。しかし、社会の階層化や格差、それに低下層になるほど苛酷な環境に置かれ、危機となればリスクを負わされる構造が、いつの間にやら「自由競争」や「自己責任」という言葉の元で世界中で復権を果たしつつある今日、映画を観ることで垣間見ることができる20世紀初頭の世界は、実は遠い過去の話ではないのではないかと思えてならない。

 タイタニック沈没の際に最後まで演奏していた楽団は伝説となっているが、彼らの身分はホワイト・スター・ラインの従業員ではなかった。派遣会社から派遣されてきた派遣労働者であった。労働者派遣はかつて盛大に行われていたものが、労働者の保護として20世紀中盤にかけて禁止され、自由競争の理屈の元20世紀後半から徐々に「先祖がえり」している典型的な分野である。

 氷の海に投げ出されるのは、次はあなたかも知れないのだ。

 

« 2012年4月8日 - 2012年4月14日 | トップページ | 2012年4月22日 - 2012年4月28日 »