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2012年3月4日 - 2012年3月10日

2012年3月 9日 (金)

競り下げで何が起こるのか

 民主党は行政改革として、「競り下げ」という手法を用いようとしている。これは、入札において最低価格が出た後、再度それより低い価格での入札を求めると言うものだ。これによって、更に入札の価格を下げコスト削減になると主張されている。

 既に、自治体の指定管理者制度では、再落札の際に前回落札よりも低い金額で落札される例が相次いでいる。前回の落札価格がひとつの「基準」となるから、落札を狙う企業は前回落札価格より低い価格で入札するし、継続落札を狙う従前の受託企業もより低い金額を提示せざるを得ない。

 表面上の数字だけ見れば、落札価格が低くなることで支出を減らすことができる。しかしながら、社会にとっていいことばかりなのかというと、実はそうではない。

 落札価格が低くなると言う事は、企業側の利益は確実に減る。しかし、そのような中でも民間企業は営利団体であるから赤字を出すような真似はできない。そこで、真っ先に削られるのが人件費ということになる。或いは、更に下請けに出すことによって自社において労働者を抱え込むことを避け、リスクを回避しようとする。このあたりは、自由放任の経済下では当然の動きと言えよう。

 必然的に、労働者の待遇は切り下げられる。切り下げられても雇用が確保されていればいい方で、あらかじめ労働契約を受託終了までとし、再受託を機に従前の労働者との契約を終了させた上で新たに安く使える労働者を雇い入れているケースも珍しくない。

 つまり、落札が行われるごとに労働者への配分がより低くなるよう動いているわけだが、それでも指定管理者制度では契約年単位で行われていたことであった。しかし、「競り下げ」が行われると、これが一気に行われることになる。

 本来ならば、仕事を発注する役所側は受託企業において労働条件が確保されていることを最低限の入札条件とすべきであるが、そのようなことをすれば受託企業側の「うまみ」は減る。官公署の仕事は「誰でも」受託できるわけではない。ゆえに、役所と受託企業側の間に何があるかは、時代劇でも見ていれば簡単に想像できる。何の制約もなければ、役所側が受託企業の労働条件に目をつぶるようになるのは推して知るべしであろう。

 官公署の契約は、単なる債権債務契約ではない。経済活性化のための方策と言う面もある。その面を軽視することは、間違いなく労働者にまわる金を減らす方向に動くことになる。結果は、役所が生み出す貧困、ワーキングプアだ。皮肉なことだが、自治体からの受託企業で働く労働者がその賃金だけでは最低限の生活すらままならず、発注元の自治体に生活保護を申請したところ認められたと言う笑えない話もある。

 入札価格を下げると言うのは行政改革の大義名分であるが、それによって新たに支出が必要となることを民主党の担当者は理解しているのか。価格を下げよう下げようとすれば、企業としても生き残りのためにますます悪事に手を染めねばならなくなる。労働条件悪化のみならず、安全や衛生の保全も怪しいものだ。受託を希望する企業に対して労働条件や安全確保を義務付けるだけでなく、中立の第三者による労務監査を義務化することにより実効性を確保する措置が必要であろう。

2012年3月 7日 (水)

プーチン首相が大統領に返り咲き

                        

 ロシア大統領選挙は下馬評通り、第一回投票で前大統領であるウラジーミル・プーチン首相が過半数の得票を獲得して順当に当選した。今回からロシア大統領の任期は従前の4年から6年に延長され、大統領はますます「ツァーリ」に近いものになりつつある。

 モスクワなど大都市部では知識人を中心にプーチン首相に対する批判の声も強く、得票も伸び悩んだ。しかし、ロシアの多数はナショナリズムも相俟って「強いロシア」を望んでいる。何しろ、あのスターリン時代すら「懐かしい」と思う者が多いのだ。プーチン首相が大統領に復帰して強権的な政治を推し進めたとしても、ロシア国民の大多数は「頼もしいリーダーシップ」と好意的に取るであろう。それで自由を奪われたとしても、大阪府民や名古屋市民のように歓声を挙げて喜ぶに違いない。

 既に、反プーチンデモを行った者が大量に逮捕されている。ロシアの歴史で「粛清」は伝統行事だが、これから本格的に反対派の粛清に乗り出して行くに違いない。

 プーチン首相と言えば柔道家としても有名である。しかし、彼が日本発祥のスポーツの愛好家であるからと言って、好意的な対日政策など期待しない方が賢明と言うものだ。国内の不満を逸らすには外に敵を作るのは常道だし、日本はいい「金づる」である。柔道着姿を披露することでそれを糊塗できるのなら安いものであろう。

 橋下市長や河村市長を礼賛する日本人は、最早ロシア人を笑ってもいられない。これからロシアで起きることは、我々の現状を映し出す鏡となるのではないか。

2012年3月 5日 (月)

祖父江中学校バレンタイン事件

 愛知県稲沢市の市立祖父江中学校において、生徒が学校内にバレンタインチョコを持ち込んだことを理由として、一部の部活動を一週間ほど停止されていたということが明らかになった。「勉強に不用な物は持ち込まない」という校則が理由なのだそうだが、時代錯誤も甚だしい。

 社会性を身に付けていくためには、学生時代のイベントは必要だ。学校も含めて、組織と言うものは公的な繋がりだけで成り立っているわけではない。実際、社会に出て組織の中で意見を通したり問題を解決したりできるかどうかは、公的なルートより私的なルートを活用できるかで決まることが多い。ここでの「土地勘」を身に付けることができずに社会に出ると言う事は、ペーパードライバーが大阪市内を走るより危ないことになる。愛知県はかつて管理教育のメッカと言われ、日本国内でもとりわけ従順な人間を作ることに血道を挙げていた土地柄であるが、そうした人間が今や社会に出て一番馬鹿を見ている。

 バレンタインデーにおける菓子の授受も、人間関係を円滑にする一種のツールであって、そうしたものまで「勉強に関係がないもの」として否定することはいささか短絡的であろう。

 部活内で交換していたところから考えると、異性への告白を伴う「本命チョコ」はほとんどなかったのではないかと思われるが、それでも全くなかったわけでもなかろう。思春期において異性との交際方法を段階的に身に付けていくことは重要だ。恋愛結婚中心となった我が国においては恋愛がなければ結婚は原則的に成立しない。思春期にそのような機会を得なかった者が、私も含めて未婚男性として世に溢れ、結果として少子化を加速させている。西欧某国のように学校側が率先して恋愛の機会を作れとは言わないし、中学生が学校内でひそかに情を通じるようなことになっては困るが、恋愛の端緒となる機会を潰すような真似はしないほうが宜しかろう。

 また、「校則」があるとしても、一度決めたら金科玉条の如く守るべきものではない。確かに、学校も組織である以上、職場における就業規則のように一定の決まりは必要だ。しかし、チョコレートを持ち込んだところで何か問題が起きるわけでもない。覚せい剤や大麻を持ち込んだようなケースとは根本的に異なる。解釈も問題であり、今回の場合は、「不必要に対象を拡大した不合理な解釈」が行われたと言える。

 懲戒という名目であろうがなかろうが、部活を停止するという処罰をする以上は当然事前に明示された根拠があって、不服申し立て等も含めた適正な手続きで行われている必要があるが、その点も怪しいものだ。何しろ、懲戒を受けるべき筋合いのない学生まで部活そのものが停止になったため部活ができなかった。実質的には連帯責任を取らされたわけである。

 日本人の「法感情」「法意識」という問題について、考えさせられる事件ではあった。

 菓子類の持ち込みが禁止されていたとしても、バレンタインデーやホワイトデーは大抵の場合「違法性阻却事由」とても言うべき状態にして黙認されていることが一般的であるように感じる。大抵の場合担任教員や部活の顧問も受け取ったりお返しをしたりしているから、生徒を処罰し始めたら教員も懲戒処分を行わなければならなくなってしまう。それでは日教組でなくてもユニオンに駆け込む者が続出することになるであろう。

 もし、祖父江中学校でチョコレートを受け取っていた教職員がいたとしたら、当局はいかなる処罰をするのであろうか。

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