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2012年1月1日 - 2012年1月7日

2012年1月 7日 (土)

甘く見られている日本年金機構

 国民年金も厚生年金も、保険料納付率は決して高いとは言えない。しかも、国民年金の保険料納付率は免除者も含んだ数字だから、実際に定額保険料を納付している者は絶対的な多数派ではない。厚生年金にしても同じことで、加入しなければならない筈の事業主が加入していないと言う例がまま見受けられる。これでは、真面目に保険料を負担している個人や事業主は市場で不利な戦いをしなければならないのみならず、最終的には支払わなかった者を助けるための負担まで求められることになる。不公平極まりない。

 残念ながら、我が国では社会保険加入が「会社側からの恩典」として捉えられている面が非常に強い。その証拠が労働者募集で良く見られる「社保完備」の四文字だ。社会保険を完備していることは一部の任意適用事業を除けば当然のことであり、わざわざ誇っているように書けるようなことではない。募集要項に「我が社は犯罪を犯しません」「我が社はセクハラを許しません」と大々的に書いたらバカにされるだろうが、社会保険に関してはそれと同レベルの事を「書けて」しまうのである。

 かかる事態を招いたのは国の無策の故であるが、多少は反省したことを示すため、日本年金機構発足と同時に悪質な保険料滞納者については国税庁に委託して強制的な徴収ができることとなった。しかし、この制度が発足して2年、今まで発動されたことが一件もない。年金機構は「国税庁」をちらつかせれば納付に応じているから問題ないと主張しているが、それにしては納付が劇的に改善されたわけではない。

 残念ながら、日本年金機構は甘く見られている。皮肉なことに、社会保険庁から「民営化」されたことにより、余計にその傾向は強くなった。私も経営者から「日本年金機構から厚生年金に入れと言う書類が来たが、これは役所なのか?」と聞かれたことが何度もある。そこで「役所ではない」と言えば、経営者は「役所でないなら無視してもいいな」と言い出す。義務があると説明しても、事実上強制されないことを知っているから、悪質な経営者はかくて義務を堂々と免れることになる。

 この点、強制力を持っている国税庁と税務署に対する彼らの態度は180度異なるもので、税金はきちんと納めている。税理士と一緒に知恵を絞って節税はしていても、脱税しているという話は聞いたことがない(無論、堂々と「脱税しています」と言う者はいないだろうが)。こうなると、年金機構との差は、強制力の有無によるところと考えるほかはない。

 個人法人問わず、保険料を納付しない或いはそもそも制度に加入しないことを正当化する文言としてよく使われるのが「どうせ国が破綻して年金制度も破綻するので、納めても無駄」というものだ。破綻するか否かは見解の相違があるので置いておくとして、それならば国家財政とて同じ事であるから、税に対しても同じ見解で支払いを拒否するかと言えばそうではない。「どうせ国が破綻するから税金なんか納めなくてもいい」とは誰も言わない。年金保険料の方は逃げ向上がまかり通るからで、本音は別のところにある。ちなみに、国家が破綻しても年金の受給権や保険料納付実績が後継政権のもとでもなお有効なものとして認められた例は少ないものではない。

 本来であれば、日本年金機構も自前の調査能力と強制力を持つべきであった筈なのだが、何故かこの点では民営化されても大した進歩は見られていない。国税庁以外にも、厚生労働省の傘下にある労働基準監督署や公共職業安定所と連携すればより把握も進むだろうし、悪質滞納者の摘発もスムーズに行きそうなものだが、縄張り争いもあるのか連携はほとんど行われていないようである。特に厚生年金や健康保険は「労働条件」の一部であるから、未加入未納の場合労働基準を満たさないものとして取り扱う余地は大きいように思われる。

 今の日本年金機構は甘く見られている。この結果、真面目に保険料納付に応じている者が不利益を被りバカを見ることになってしまっている。民営化されたとは言え公的年金を扱う公益的な機関であることに変わりはない以上、社会正義を全うするために努力するのも機構の使命ではないだろうか。 

 

2012年1月 5日 (木)

インドネシア人看護師の就労断念相次ぐ

 2008年に鳴り物入りで導入されたインドネシア人看護師の日本就労について、来日した104人のうちの半数以上が日本での就労を断念していることが明らかになった。3年間の滞在中に日本の看護師試験に合格する必要があったのかだが、日本語の習得が難しかったのもあって第一陣で合格したのは15人。特例措置で在留延長が認められ再度試験に挑戦する者も27人に過ぎない。

 厚生労働省は日本語能力のレベルを下げるという愚挙まで行っているが、これこそ本末転倒である。日本語能力が怪しければ、患者や同僚とのコミュニケーションに難が生じるのみならず、医師の指示を間違えて医療過誤に発展する可能性もある。言葉で妥協するわけにはいかない。確かに専門用語は日本語であっても難解なものが多いが、専門職の職場というのはそのようなものであり、外国人看護師にあわせて言語や言葉のレベルを下げるわけにもいくまい。仮に語学レベルを試験の段階で下げたとしても、医療過誤の発生に怯える医療機関が採用に二の足を踏むのは当然のことであろう。

 財界などは、この制度を突破口にして逐次外国人労働者を受け入れ、将来的に移民労働者解禁に繋げたい意向であったようだが、早くも出鼻をくじかれたと言える。同時に、外国人労働者受け入れをする場合の問題が早くも浮き彫りになってしまった。

 確かに看護師は人手不足と言われて久しいが、一方で看護師の資格を有しながら看護師として稼働していない者が実に四割、准看護師に至っては六割を占めている。この原因としては、昇給昇格の制度が整っていないことや、結婚出産の後に職場復帰するための制度や再教育制度が十分に整備されていないことが挙げられる。国内の人材を活用せず、低コストを見込んで外国人労働者の受け入れを行う事は、人材の使い捨てを加速させる結果に終わるだけではないか。今回来日しているインドネシア人看護師も祖国に戻れば立派な看護師であり、インドネシアが国費を投じて育てた人材なのだ。

 TPPが妥結して実行に移されれば、言語理解の不足によって資格を付与しないこと自体が障壁とされてしまう可能性はある。しかし、低コスト化ツケは結局のところ医療過誤や就職難や低賃金と言うかたちで国民が支払う事になる。今回のインドネシア人看護師の問題は、決して小さな問題ではない。

2012年1月 4日 (水)

長久手市発足

               長久手町役場

 本日は、長久手市発足の日です。

 新しく生まれた市の前途が幸あるものになるよう祈りたいと思います。

2012年1月 3日 (火)

さようなら長久手町、さようなら愛知郡

 市制施行に伴い、間もなく長久手町はその歴史に幕を閉じる。同時に、愛知郡からも離脱することになり、これによって愛知県の名称ともなった愛知郡は東郷町のみで存続することとなる。

 もともと「市」部と「郡」部は都市部と農村部と言う区分けがなされていた。この思想は地方自治法のみならず戦前の町村制はもとより、ヨーロッパの都市と農村の区分けにまで遡ることができる。農業国であった戦前は市部よりも郡部の方が圧倒的に広く、郡部に属す町村の数も市に比べて圧倒的に多かった。近年では市と町村の明確な区分けと言うものはほとんどなくなり、もっぱら人口によって区分けさている様相を呈している。しかし、かつての長久手は極貧とは言わないまでも決して豊かではない農村であり(無論、岩作などは亜炭採掘で栄えた時代もあったわけだが)、戦後になると住民は食えない農業から次々と離れ、名古屋市のベッドタウンとして都市化が進んだ。こうした歴史の流れから見れば、農村部の区分けから都市部の区分けに移ることは住民構造の変化に照らせば必然と言えるのではないか。

 もっとも、都市化したとは言ってもそれは「平均的」なレベルで見た場合であることに留意する必要がある。平均と言うのは非常に危険なもので、平均値を見ているだけでは本質を掴むことはできない。長久手そのものを見ても、平均だけ見れば若い街であり、インテリ層・高学歴者が多く賃金収入も多い。しかしながら、それらは専ら転入者によって動いた数値であり、長久手の実質的な指階層と言うべき旧住民を見ていると土地から上がる収入は相応のものがあるようだが、それ以外の要素は新住民と大きくかけ離れているように感じる。もっとも、こうした旧住民は新たな血として補充され拡大されていくことは基本的にないわけだから、現在でも人口の上では少数派であり、今後は圧倒的少数派として先細っていくことにはなろう。しかし、現に人口に比して主導権を握っていることはまぎれもない事実であり、当面も相応の影響力を相対的にせよ維持し続けることになると見込まれる以上、旧住民の非都市的価値観は無視できない。

 農村的な景観や観光資源としての農業はともかくとして、それ以外の部分においては今後一層の「都市化」が進むことになるであろうが、そうした場合に旧住民は「こんな筈ではなかった」と思うかも知れない。しかし、発展と言う道を選択し、都市化=発展という思想において開発を進めて来た以上、最終的に自らが立脚してきた基盤を解体・消滅させることになることは、歴史の必然ではなかろうか。

 先祖代々長久手に住んで来た住民の末裔として、農村部としての長久手が消滅する瞬間に立ち会う事は、幾ばくかの感慨はある。しかし、歴史を後戻りさせることは難しい(古代ローマ帝国の没落等、近代文明の栄えた都市部を田舎にしてしまったことは全く例がないとは言わないが)。我々は先に進むしかないのではなかろうか。

 長久手町の最後にあたり、長久手市の母体となった長久手町に改めて「ありがとう、さようなら」と申し上げたい。

2012年1月 1日 (日)

謹賀新年

                Hippocampus abdominalis (white).jpg

 明けましておめでとうございます。本年も、宜しくお願い致します。

 2012年は台湾総統選挙にはじまり、ロシア大統領選挙、アメリカ大統領選挙など、国際情勢を大きく変化させる可能性のある選挙が行われます。また、選挙がない国でも指導者の世代交代の可能性があり、エジプトやリビアでは新政府が発足する可能性もあります。どのような方向に動くのかは分かりませんが、「変動の年」となることは間違いないでしょう。

 この動きを、しっかり見守っていきたいと思います。

      平成24年 元旦

              水野 勝康 拝

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