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2012年11月

2012年11月29日 (木)

沖縄近海に中国艦艇

 日本政府の尖閣諸島国有化宣言以降尖閣諸島沖に中国の巡視船が交代で出続けていることは周知の事実だが、今度は中国海軍の艦艇も頻繁に出現するようになった。日本が政治的混乱を続けている中で、有利な立ち位置を占めたい中国側の思惑が伺える。

 日本では海上保安庁の巡視船と海上自衛隊の護衛艦では攻撃・防御力に天と地ほどの差があるが、差異は表面上のそれだけではない。巡視船はあくまでも国内的な役割にとどまるものだが、海軍の艦艇は実質的に「領土の延長」であり、艦艇を押し出してくるということはまさに実効支配を狙う断固たる態度を示すことである。それだけに、中国海軍の動向を無視するわけにはいかない。

 中国の狙いは尖閣諸島をめぐる「国際紛争」を日本側に認知させ、国際的にも紛争状態にあることを認めさせることにある。その上で、「過去の反省」と「経済」とをもって日本側から引き出すという戦略を取るものと思われる。いきなり尖閣諸島の実効支配ができなくとも、それをダシに日本からさまざまなものを引き出せれば中国の勝ちと言うことだ。そのためにも、国際的に尖閣諸島で日中が「紛争状態」にあることを世界に印象付けたいわけで、艦艇を繰り出しているのはそのための手段と見るのが妥当だろう。

 日本としても、海上自衛隊の艦艇を張り付けて中国海軍の動向を警戒せざるを得ないが、同時にそれだけで安心しているわけにはいかない。中国がかつて日本をはじめとする列強にされたのと同じように、政治的混乱と弱体化の隙を突いて外交的攻勢をかけてくる可能性は高い。日本としては、今まで以上に国際的な発信力が求められることになる。

 これら中国の攻勢に関して自衛隊の武器使用を緩和すべきだという意見がある。それはそれとして大いに検討されなければならないが、武器使用基準の緩和だけで解決するものではないことは確かで、粘り強い対応が求められることになるのではないか。ワンフレーズはやはりここでも危険だということだ。

2012年11月27日 (火)

じゃんけん選抜

 日本維新の会とみんなの党の候補者調整をめぐり、橋下市長は「じゃんけんで決めればいい」という発言をしたが、これは余りにも候補者をないがしろにした発言だ。維新の会の実質的な指導者である橋下市長に忠誠を誓っている維新の候補者はともかく、みんなの党の候補者はたまるまい。

 立候補を決めるというのは重大事だ。候補者にとっても人生の重大事だが、家族や友人を含む周辺の人々に対しても大きな影響を与えるもので、それは往々にして忍従を強いられることを意味する。橋下市長ははじめて臨んだ大阪府知事選でギリギリになって出馬表明し、知名度と自民党の組織によって地滑り的に大勝利を収めたがこれは選挙としては例外中の例外だ。大抵は立候補を決めてから政治活動をはじめ、選挙まで「たどり着く」のである。

 日本の選挙制度も選挙に関する慣習も、候補者にとっては過酷である。ドイツと異なり公務員はおろか会社員の身分を兼帯したまま選挙に臨むことは基本的にできない(組合専従者の立候補など全く例外がないわけではない)。アメリカのように選挙に落ちたからただちに次のポストへ切り替えができるほど世間も寛容ではない。

 確かに、最近の選挙では比例区でたなぼた式にバッジを得られるケースが散見され、左程重大な決意なしに政治家になる者がいないわけではないが、マスコミに注目されるだけで候補者全体から見れば例外中の例外だ。残念ながら、政策と政治に対する「志」だけでは選挙には出られない。あらゆるリスクを背負って候補者は戦いを挑むことを決意する。その決意はじゃんけんで翻意できるほど軽いものではない。

 アメリカのような「スポイルズ・システム」の国であれば、候補者を一本化する代わりに政府や党の役職を割り振ることもできるだろうが、日本では議員であることが大前提の制度になっている以上、候補者を降りればその段階で政策決定に参加する機会も失うことになる。じゃんけんで「降りる」ことになれば、本当に何も残らない。戯れで立候補しようとしたような人を別にして、一般的な候補者を馬鹿にする話で、飲めるわけもない。橋下市長の認識は余りにも軽すぎる。

2012年11月25日 (日)

弾道ミサイル発射準備

 北朝鮮が弾道ミサイル実験のため、発射の準備を整えたという報道がされている。北朝鮮は過去に何度も弾道ミサイル実験や核実験を繰り返し、日韓はもとよりアメリカにも一泡吹かる体制作りにまい進している。そう簡単にこれらの大量破壊兵器開発を放棄するわけもない。ここ数年は各国とも北朝鮮に対してかなり厳しい姿勢で対峙してきたが、「世襲王朝」に対しては致命的な効果を与えるまでには時間が足りなかったようだ。

 北朝鮮では昨年一足早く金正日が死亡し後継に金正恩が収まった。正恩将軍にとって幸運だったのは、日本の政界は混乱状態にあり、アメリカ、中国、韓国は2012年に選挙乃至最高指導部の交代が予定されていて、少なからず対峙する相手に混乱が生じることを期待することができたことである。そして、実際にも韓国では大統領選挙の恒例行事である「反日PR」の過程で与党候補を有利にしたい李大統領がそれまでの対日融和策をかなぐり捨てるかたちで竹島を訪問するなどしたため、日米韓で少なからぬ足並みの乱れが起きている。

 これに加えて日米間は沖縄の基地問題やTPP問題を抱えており、アメリカ政府の日増しに強まる対中外交重視姿勢と相俟って先が見通せないばかりか双方の不信を招きつつある。北朝鮮にとっては、まことにありがたい状態が生まれたわけだ。

 このように周辺諸国や大国が動きが取れない状態にある中で、北朝鮮が大量破壊兵器の開発と保有を「既成事実」とするための手段としてミサイル実験や核実験を行うことは十分に考えられることである。そして、今のところ周辺諸国にしても日米或いは米韓にしても、同盟関係を強化して北朝鮮を封じ込めるには各国の体制が不安定だ。北朝鮮にとっては、大変有利な状況が生まれてしまったと言えるし、その状況を活用することについて、正恩将軍は父親から才覚は引き継いでいるようだ。日本は「選挙」も「幹部交代」もない、血筋によって権力基盤が根拠づけられるこうした世襲君主と対峙していかなければならないのである。融和策に走ることだけは間違いなく避けたい。

2012年11月23日 (金)

クリスマス市

 フランシスコ・ザビエルが日本で本格的な布教を最初に行った地である山口市が、「日本におけるクリスマス発祥の地」として、12月限定で「クリスマス市」を名乗るという。市長が議会答弁にサンタクロースの扮装で登場することも計画しているそうだ。

 確かに、我が国ではクリスマスはキリスト教由来の行事であるにせよ、世俗化していることは間違いない。としても、やはりキリスト教色は色濃く残っているし、同様に世俗化していると言われる神道由来の地鎮祭や戦没者慰霊祭がキリスト教団体から「政教分離」で訴えられたこともある。自治体としては、いささかリスクのあるやり方ではないか。非キリスト教教徒から「政教分離原則違反だ」と責任を問われる恐れはある。

 また、クリスマスに対して宗教問題を別にして必ずしも国民が歓迎しているわけではない。毎度毎度繰り返される「恋人と過ごしましょう」「家族と過ごしましょう」という宣伝に辟易しているのは私だけではあるまい。自治体ぐるみで「クリスマス市」を名乗るのは、いささかやり過ぎではないか。

2012年11月21日 (水)

国会議員と自治体の長の兼職の是非について

 大阪市長を兼務する日本維新の会の橋下代表代行が、大阪市長との兼務が認められるのであれば来年の参議院議員選挙に立候補したいという意向が伝えられた。いささか突拍子もないような話のように思われるが、この話は結構前からあったようで、名古屋市の河村市長も同様に国会議員と市長との兼職を求めていた。

 衆議院議員と参議院議員に関して憲法が規定しているのは同時に両院の議員たることを禁止しているだけなので、国会議員と地方議員・首長の兼任を許すか否かは政策的判断に委ねられているものと考えられる。そこで、参議院を衆議院と差別化する意味において、地方政治家と兼職できる制度は一考に値する。

 フランスでは地方議員や首長と国会議員は兼任可能であり、実は戦前の日本もフランスを範としていたため兼任可能な制度になっていた。例えば、鳩山一郎元首相は衆議院議員と東京市会議員を兼務していた時期がある。

 ドイツの場合、連邦参議院は各州の代表者で構成されているので、こちらも一種兼職可能と見ることができないわけではない。ただし、ドイツの連邦参議院では例えば環境政策が審議される場合には州の環境大臣が審議に参加するというように、審議内容によって州の代表者を交代させるため、一種の「充て職」と見ることもでき、このためもあって「任期」という概念はない。

 台湾では中央直轄市である台北市長や高雄市長は閣僚級の扱いを受け、閣議である行政院会議に出席できる。これは議会経由ではなく行政府の一員として地方政治家が中央政府の運営に携わる制度と言え、李登輝総統以来の総統は全員が台北市長の経験者である。

 兼職制度の問題点としては、国会議員や首長それぞれが激務である中で兼職を認めれば職務が疎かになってしまう可能性が高いこと、権力の集中が地方の独裁者を生んでしまうリスクを孕んでいることであろう。また、首長が国会議員になることで、国政の場で我田引水のような政策を推し進めるようになることは容易に考えられる。現実問題として、二つの選挙と政治活動を行うコスト・負担も見逃せない。そうすると、橋下市長のような「タレント市長」でもない限り、兼職は事実上不可能になってしまう。

 しかし、それでもなお兼職制度は魅力的だ。地方政治家にとって有力者であったとしても中央官庁には頭が上がらないことが多いが、国会は中央官庁を監視する立場にあるわけだから中央官庁を今度は逆に指揮できることにもなる。「痴呆とのパイプ役」を兼職首長が引き受けることで、相対的に衆議院を地方の呪縛から解き放つことのできる可能性も見逃せない。

 私はドイツ式を参考にして、都道府県・政令指定都市の長と議長に在任中は参議院で発言できる身分を与えてはどうかと考える。憲法改正ができれば、ドイツのように知事就任即参議院議員にもできるが、現行の憲法では直接選挙を規定している以上不可能であるが、かといって二重に選挙経るのでは弊害が大きくなり実質的に兼職制度を利用するのが不可能になる。付与するのを「発言できる身分」だけに限定すれば、直接選挙で選出される参議院議員との権限の差ができるので直接選挙を軽視することにはならない。

 「発言できる身分」に過ぎず参議院議員でなければ、憲法で規定されている「少なくない歳費」を出す必要もなくなるので、兼職している首長との差額を支給するか、実費支給にとどめても問題にはなるまい。

 「最終的な採決の権利はないが、議場で中央政府に文句をつける権利はある」というのが、一番良いのではないか。そして、その権利は二重の選挙を戦える特殊な首長に限定するのではなく、ある程度広い範囲の地方政治家に認める制度が望ましいものと考えられる。その方が、参議院の差別化にも資するのではないだろうか。

2012年11月19日 (月)

パレスチナ紛争

 イスラエルとパレスチナの争いが止まらない。ガザ地区ではイスラエル空軍は軍事施設のみならず、テレビ局などにも攻撃を加えている。テロ組織として非難されるするハマスが潜伏している施設を空爆しているとイスラエル政府は主張しているが、そもそもテロリストやゲリラは民間人に紛れていることが普通だから、必然的に民間人が巻き込まれるのは避けられず、民間人の死傷も拡大している。更なる紛争悪化に備え、イスラエルでは予備役の招集も進められるそうだから、これはイスラエル政府として不退転の決意だろう。

 だが、ハマスを単にテロリストとして見るのは性急である。確かにテロによってイスラエルと対決しているのは事実だが、イスラエルによって土地を追われ避難的でまともな仕事もなく食うこともままならない人々にとって対抗手段はそう多くない。加えて、パレスチナ自治政府は汚職も横行し、民生支援は十分でない。テロリストが拡大再生産されてしまうのは不思議でもなんでもないと言わざるを得ない。

 もっとも、イスラエルとの和平で成立したパレスチナ自治政府の基礎となっているファタファはかつてアラファト議長に率いられて各地でテロを繰り広げ、イスラエルやアメリカからは悪魔の如く忌み嫌われた歴史を持っている。さらに、パレスチナ・ゲリラやテロリストと戦いを続けているイスラエルについても事情は同じで、かつてはイルグン等のテロ集団が存在し、委任統治をしていたイギリスに対して容赦ないテロ攻撃を行って、最終的にイギリスをパレスチナから追い出した。追い出した後に建国されたのがイスラエルで、テロリストの中には後にイスラエルの首相になった者すらいる。

 歴史を顧みると、イスラエル政府もパレスチナ政府もテロリストも、すべてが鏡のようだ。イスラエルに加担するアメリカについてもイギリスからの独立戦争では当時としては卑劣な手段であったゲリラ戦を展開している。残虐無慈悲なテロリストをテロリストとして非難するのは簡単だが、裁く者の手も汚れているのではないか。

2012年11月18日 (日)

松尾和弥さんの決断に敬意を表す

 大阪大学大学院時代の同学である松尾和弥さんが愛知10区(一宮市、岩倉市、江南市、大口町、扶桑町)に民主党から立候補することが決まった。彼の決断に敬意を表したい。

 松尾さんと私が大阪大学で学んでいた頃は、ちょうど自民党政権末期と民主党政権成立の時期にあたる。日本がこれでいいのかについて、食堂でしばしば議論した記憶がある。一方で、ともに大阪大学では法律を学ぶ立場であったのだが、法律の話をしたという記憶はほとんどない。

 松尾さんは法律だけでなく経済、経営など専門知識は実に幅広い。政策秘書資格を取得したのは大学院在学中かその前であったと記憶しているが、これも長年の秘書経験や博士号取得というルートではなく、国家一種と同程度の難易度と言われる政策秘書試験を受けて合格されている。彼の思想はどちらかと言えば規制緩和や市場重視の立場で、私とは考え方が違うところも結構あると言えばあるのだが、私自身も教えられることが多かった。政策について色々な話をできたのは私にとって大学院時代の楽しい思い出である。

 松尾さんは大阪大学の大学院を修了すると京都大学の大学院に進んで公共政策を学び、修了後は政策秘書となられたが、議員に対して政策的なアドバスをする立場ではなく、自分の手で政策を進めたいという考えに行き付く時間はかからなかったのだろう。

 いきなりの出馬表明で私も驚いた。ついでに言えば、松尾さんは政策や政策をすすめるための専門知識や基礎的な教養については確固たるものを持った人物なのでこの点については全く心配はいらないのだが、それで決まらないのが日本の選挙である。特に地方都市や郡部といった田舎になると、彼の「持ち味」は場合によってはマイナス要素になりかねない。私が味わったのと同じ屈辱、すなわち理屈っぽいだの三十代になるまで遊んでいただの、お祭り・消防団をやっていないだの、いい年をして独身だのと言うような本来問われるべき政策立案・遂行能力とは関係のないことで悪口を浴びせられ馬鹿にされる可能性は高いのではないか。加えて、彼は事実上の落下傘候補となること、先に秘書をつとめていた前職議員と同じ選挙区で戦うことになるという問題も抱えている。

 しかし、それでも彼は立候補の決断をした。国の将来を憂い、あらゆる罵詈雑言を浴びせられることを覚悟して起った。政治家に利益配分を要求し拒絶されて批判するのは簡単だ。一方で、自ら立ち上がり有権者に持論を伝え審判を受けるという覚悟のある者は少ない。彼の決断に敬意を表するとともに、元気に最後まで戦い抜いてくれることを祈りたい。

2012年11月17日 (土)

ドラえもんと原子力

 「ドラえもん」と言えば日本のみならず世界各国で親しまれている人気キャラクターであるが、この度その設定に変更が加えられたことが報じられた。それによれば、従来は「原子炉」を搭載して動力源としていたものが、この設定が削除されたという。理由としては、東日本大震災後の原子力災害に配慮したものとのことだ。

 確かに、これだけ原子力が忌み嫌われ危険視されている時代に、子供の親しむキャラクターの設定としてはいささか難があることは否めない。原子炉を搭載したロボットなどがそこらを歩いていたら、それを危険視する者はいたとしても夢のロボットと思う者は最早誰もいないだろう。としても、やはり物語の世界観は損なわれるわけで、本当にこうした世相に配慮した設定変更をすべきなのかどうかは議論のあるところであると思われる。何しろ、原作者はもうこの世にいない。

 そもそも、ドラえもんは原子炉を搭載したその存在だけでなく、ひみつ道具にも危険なものが多々あった。物語には「ポータブル国会」や「地球破壊爆弾」などが登場するが、こんな道具が普通に市販されているとしたら22世紀の日本と言うのは大変物騒な社会になっいるに違いない。藤子不二雄によってドラえもんが生み出された頃、日本は科学技術の進歩による生活の向上を大いに味わっていた時代であったが、同時に環境汚染や公害等が社会問題になり、科学技術進歩の負の面が認識され出した時代でもあった。私はドラえもん作品を通じて、藤子不二雄は科学技術の負の面についても子供たちに考えさせたかったのではないかと思えてならない。そう考えれば、「行き過ぎた技術進歩」の上に立った危険な「ひみつ道具」が登場していることも得心がいく。とすれば、「危険」なドラえもんから「危険」を取り去ることが子供たちのためになるとは思われない。

 ただちに原子力を全廃はできない。少なくとも、福島の廃炉にしても何十年もかかることになる。原子力事故による被災地域の復興は、更に時間がかかることが見込まれる。我々は少なくともそれまでの間、原子力と否応なく「共存」していかなければならない。あの原子力事故の解決は、今の子供たちの子供たちの時代にでもならなければ無理だろう。そう考えると、覆い隠してそれで済む問題ではないのではないか。

 ちなみに、「鉄腕アトム」も原子炉を搭載しており、有名な「ジェットの限り」の歌も加味すると、これは非常に危険な代物となる。確かに原子炉を動力源とするジェットエンジンというものは開発はされたことがあるのだが、乗員は鉛に覆われたシールドの中で機体を操作しなければならず、放射能汚染された水蒸気をまき散らしながら飛行するというとんでもないものであった。原子力が「夢のエネルギー」だった時代の名残だが、こうした設定を片っ端から消してしまったら、作品の生まれた時代背景を考えることはできなくなる。

 子供たちに夢を与えようと作品を生み出し続けた手塚治虫と藤子不二雄はあの世で苦笑しているかもしれない。

2012年11月15日 (木)

衆議院解散へ

 野田総理が16日に衆議院を解散することが確実な情勢となった。12月4日告示16日投票で決まりだという。野田総理が固執した定数削減をあと1日でできるとは思われないが、重要なのは一票の格差をそのままにして総選挙に突入するということで、これは違憲であることがわかっていながら選挙を行うという司法の判断を全く無視したとんでもない状態だ。

 民主党政権にはこの3年余で多くの国民が失望しただろうが、対する二大政党たる自民党も民主党の失政に対して有用な対案を出して政策をリードしたとは到底言えず、ただ批判だけしていたことについては野党時代の民主党の姿勢と大差ないものであった。ねじれ国会で混迷を極める中、「指導者理論」のように強力なリーダーシップで自治体や国家改造を行おうとするグループがあらわれたが、その勢力とて少なくとも現段階では国民の圧倒的支持を得られているとは言えないし、政府を構成するだけの人的資源を有しているとは言い難い。

 しかしながら、これらはすべて国民の実情を映し出した鏡ではないか。民主制の下では、国民とかい離した指導者は政治家として選出されない。国民が選ぶ以上、政治家のレベルは国民のレベルである。

2012年11月13日 (火)

大麻解禁

                       

 アメリカ大統領選挙と同時に行われた住民投票で、コロラド州とワシントン州で嗜好品として大麻解禁が賛成多数で可決されてしまった。連邦政府が大麻を禁止薬物としているため実際に解禁できるかは不透明だが、何しろアメリカと言う国は州の力が強いから、この先どうなるかわからない。かつて日本では覚せい剤取締法違反で逮捕された者が幸福追求権に基づいて覚せい剤をやる自由があると主張した事件があったが、無論こんな理屈を裁判所が聞き入れるわけもなく有罪となった。しかし、今回の大麻解禁に関しては連邦最高裁に持ち込まれ真剣に審議される可能性は大いにありそうである。日本では考えられないことだが、アメリカでは大麻解禁は同性婚解禁と並んで長らく選挙の争点になってきた。今回住民投票で可決した二州で嗜好品としての大麻の使用が認められるようになる場合、更にほかの州にも波及していく可能性がある。なお、医療用大麻に関しては既に17州で認められている。

 大麻解禁派の言い分として多いのが大麻は煙草よりも害がないということで、日本の警察当局も含む規制派の言い分としては大麻を解禁すれば更に強力な麻薬に進む入口になってしまうという言い分である。踏み石理論と言われているが、これについては欧米の政府機関から異論も出ている。

 実際のところ、数年前に大学生が大麻を栽培してこれに親しみ相次いで逮捕されるという事件が起きたが、この際に大麻に手を出すきっかけとなったのは喫煙であり、大麻を勧められても非喫煙者は手を出さなかったという話もある。こうなると、大麻よりも危険な薬物が煙草ではないかとすら思えてくる。それはともかく、より強力な刺激や快楽を求めるのが人間であるから、本当に二州の住民が「アルコール・煙草・大麻」で我慢できるのか注目しなければならないところだ。

 少なくとも、アルコールや煙草にも害がある。大麻を嗜好品として許容できるか否かはともかくとして、広く薬物の引き起こす害についての防止策は怠るべきではなかろう。

2012年11月11日 (日)

今度は朝鮮学校無償化ですか?

 新設大学認可問題で突如として認可しない方針を示した後にまたいきなり撤回し、その際に「いい宣伝になった」という暴言を吐いた田中文科相だが、報道によれば今度は朝鮮学校への支援に意欲を示しているという。やはり、優先順位を間違えているとしか言いようがない。

 もろちん、在日の朝鮮人と言えども当然ながら教育を受ける権利は保障されている。ただし、北朝鮮当局の実質的な指導下にある朝鮮学校の無償化には批判も多かった。鳩山時代に朝鮮学校の無償化も打ち出されたが、反対も多く結論は出ず、そうこうしているうちに北朝鮮は韓国領を砲撃するなどの暴挙に出て、そのまま今に至っている。そもそも、無償化と言うことは日本の金で反日教育を行うわけだから、日本国民の理解を得るのは土台難しいものであると言える。

 朝鮮学校無償化と言っても、今までの言動から見て田中大臣は深く考えずに進める可能性が濃厚と思われるが、これでまた北朝鮮当局にまで余計な期待を抱かせ、撤回すれば日本は嘘つきだと非難するきっかけを与えることになる。

2012年11月 9日 (金)

オバマ大統領再選

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 米国時間で6日夜に開票が行われたアメリカ大統領選挙で、現職のオバマ大統領が再選を果たした。一般投票では接戦であったようだが、ともかくも今後4年間のアメリカの舵取りが引き続き託されることになる。

 としても、アメリカ議会下院は引き続き共和党多数だから、日本と同じ「ねじれ国会」は続くわけで、オバマ大統領の目指す中間層に優しい政策の推進は難しいことになりそうだ。政府に議会が事実上従属している日本と異なり、アメリカの議会は完全に行政府から独立しているのみならず、法案作成や予算作成の権限も持っており、独自色は強力である。同じ党の大統領に反抗することも珍しくないのだから、野党多数の議会ともなれば、その対応は政府にとって容易ではない。

 共和党政権になった場合アメリカの価値観を日本に押し付けてくることが予想されたが、民主党政権にしてもアメリカ国内の雇用を増やし中間層に分配するために、日本に対して厳しい態度を取ることが予想される。アメリカと言う国の独善性は、共和党も民主党も所詮程度の差でしかない。日本政府が明確な方向性を示せなければ、「食い物」にされることを免れないだろう。

2012年11月 7日 (水)

アメリカ大統領選挙投票始まる

 アメリカ大統領選挙の投票がはじまった。アメリカは国土が広いために東部から投票が始まり、西部でまだ投票が続いている中で開票が始まる。日本時間で今日の午後には、新しい大統領が決まると見られている。

 今のところ現職のオバマ大統領が若干優勢と見られているが、選挙は蓋を開けてみなければわからないのはアメリカも同じだ。ただ、アメリカは前述のように国土が広いため、東部で開票が進んでいる一方西部では投票が続いているということもある。かつて、現職のカーター大統領が東部の開票状況を見てレーガン候補に大差をつけられていたことからこれはとても駄目だと敗北宣言したところ、ハワイやアラスカなど西部では投票が続いていたため顰蹙を買ったことがある。

 ただ、どちらが勝ってもアメリカの前途は多難と言えそうだ。オバマ大統領には四年前の熱気は最早ない。議会で民主党が多数を失ってしまったため、格差是正や国民皆保険制度の導入はほとんど進んでおらず、四年前にオバマ大統領を支持した中間所得者層の期待を裏切る結果となっている。そして、当面情勢が劇的に変わる見込みはないので、オバマ大統領が政策のリーダーシップを取ることは容易ではない。

 一方のロムニー候補が当選した場合、議会では共和党が多数であることもあるから、オバマ大統領よりはリーダーシップを取って政策を進めることができるだろう。としても、最近の共和党の流れそのままに、基本的には富裕層を優遇する政策を取ることは確実と見られている。競争ルール上は合法となっているから仕方がないとしても、中間所得者層以下の不満はますます鬱積することになる。これらの不満を解消するために、かつては戦争と言う便利な方法があった。国内の不満をごまかすだけでなく、軍需産業への投資から雇用や賃金も増えた。しかし、今ではとてもそのような手は使えない。そうなると、大企業や富裕層が利益を得られれば、「おこぼれ」を中低所得者層も受けられるという理屈をもって、他国の市場に進出して奪い取るしかない。日本はいい標的となろう。TPPなど、カモネギといったところだ。

 日本の保守派の中には親中派の多い民主党政権を嫌い、共和党政権になれば対日重視の政策が進められるのではないかと期待する向きがないわけではないが、現実には両党ともに中国との関係はより重視するだろうが、日本への待遇が劇的に改善する見込みは薄い。日本を優遇したところでアメリカにとって利益にならなければ、アメリカとしては優遇する動機などないからだ。共和党政権とて、中国に進出しているアメリカ企業を「人質」に取られていること、アメリカ国内の中国系移民の発言が無視できないことから、領土問題や歴史問題で日本に肩入れするのは考え難い。

 どちらが勝っても、日本としては米中と言う大国の狭間で苦難の道を歩むしかない。

2012年11月 5日 (月)

大学設置不認可事件

 田中真紀子文部科学大臣が、大学の増設による質の低下を理由として、来春設置予定であった大学に対して設置不認可とすることを表明した。あまりにもお粗末な対応に、はっきり言って呆れている。

 確かに、大学や大学生の質の低下は論を待たない。どうやって大学を出たのだろうと思われるような、まともな文章すら書けない者が珍しくない。大学に行くメリットも低下している。大学を出たところで正規労働に就くのは難しく、非正規労働の現場では大学で学ぶ知識や思考力などまず必要とされない。これでは、少子化などなかったとしても大学の経営は立ち行かなくなっていたのではないかと思われてならない。

 しかしながら、そうした理由があるにせよ、文部科学省と審議会の指導を受けながら設置向けて動いていた大学の新設を認めないというのはあまりにも稚拙すぎる手法ではないか。大学側や受験を考えていた学生に対しては、だまし討ちに近い。また、これでは新規参入のみが単に大学が多いという理由で制約を受けることになり、質の悪い大学の体質改善や、統廃合には何ら道を開いていない。田中大臣も早稲田大学を出ている筈だが、随分短絡的だ。そうすると、大学が大量に新設される前の名門大学の卒業生と言えども、頭の中身はそう期待できないということになる。ならば、新設校だけ排除する合理的な理由は見いだせない。

 今回の決定は、独断と人気取りと実績作りという感が否めない。大学乱立の問題は別に考える余地は大いにあるが、突如としてルールを変えてしまうようなやり方はほめられたものではない。

 田中大臣は辛辣な発言でかつては大いに国民から喝采を浴びた人であるが、長年国会議員の地位にあり三度も閣僚を務めたにしては、考えがあまりにも浅すぎる。あまりにもバカバカしいので単独で取り上げなかったが、京都大学の山中教授がノーベル賞を受賞した時に閣僚から金を集めて洗濯機を贈ろうと言い出したのもこの人だ。こんなことは文部科学大臣のやるべきことではない。重要なのは、先端技術への人的物的配分や、教育・研究・臨床体制の構築である筈だった。

 閣僚がこの程度のことしか言えないのかと思うと、情けない限りだ。

2012年11月 3日 (土)

野田総理の健康状態

 野田総理が国会で何度か呂律の回らない答弁を行ったことがニュースになっている。疲労だと言われているが、これはいささか危険な兆候ではないと思われてならない。

 このニュースを聞いて多くの人の脳裏に浮かんだのは12年前の小渕恵三総理の姿ではないか。倒れる前日に当時の自由党の連立離脱を食い止めようと小沢党首と会談したものの決裂し、その時のインタビューでは記者の言うことがよくわからないなど明らかに変だった。

 一般的にどこの国でも政治家は激務だが、一国の総理大臣ともなれば猶更だ。国のために命がけで取り組むのは当然だが、心身の不調のままで職務に就いているというのは使命感はともかくとして、間違った判断にもつながりかねない。日本では健康状態に関して総理を辞めさせたり一時的な職務停止にする制度はないから、本人が大丈夫だと言い張る限りやらせるしかない。

 いずれにせよ、野田総理の健康状態は心身ともに悪化していると考えるのが妥当ではないか。ある程度職務を副総理に委ねるなどして、健康を取り戻することを優先させるべきだ。それができないならば、辞めた方が国と本人のためである。

2012年11月 1日 (木)

アメリカ大統領選挙終盤

 間もなく投票を迎えるアメリカ大統領選挙だが、民主党のオバマ大統領と共和党のロムニー候補が接戦となっている。両陣営ともに地盤となっている州はほぼ固め終わり、あとは中間的なところをどれだけ取れるかで決まる。日本人が憧れてやまないアメリカとイギリスの「二大政党制」だが、実のところほとんどの選挙区は二大政党どちらかの指定席となっている実質的な「無風区」であり、中間的なところを取れるかどうかが勝敗を分けている。したがって、意外にも投票率は低い。同時に、無風区では党の公認候補になれば当選したも同然だから、アメリカでは党内予備選にも力が入る。イギリスでは政党が候補者をストックしておいて落下傘で立てることが多いので、いかに有利な区に降りることができるかで議席を得られるかが決まる仕組みになっている。

 当初は現職のオバマ大統領が優勢と思われていたが、テレビ討論でロムニー健闘し、選挙情勢はどちらが勝つかわからない状態になりつつある。これを受けて、選挙後の法廷闘争のために両候補とも弁護士の確保をはじめたという報道もある。頻繁に起こるわけではないが、選挙結果をめぐる争いは19世紀からあって、選挙結果が覆ったこともある。票が開いても選挙は続いていることもあるわけで、共和党のブッシュ候補が勝利した2000年の大統領選挙では確定までに一箇月を要している。

 宗教問題や人工妊娠中絶、レイプ、薬物、銃規制など、日本ではまず話題にならない話が大きな争点になるのもアメリカ大統領選挙の特徴だ。キリスト教保守派が推すロムニー候補は同性愛に厳しい見解を示しており、高校時代には同性愛者を襲撃したこともあることが暴露されている。一方でオバマ大統領は先の選挙以来同性愛者には寛容だが、これはキリスト教保守派を敵に回すことになる。

 おおむね、日本の保守派は共和党に親近感を抱いているようだが、アメリカの「保守」と日本の「保守」の中身はかなり異なる。共通点は「大企業重視」と「反中」くらいだろうか。思想的バックボーンはもう完全に別物と言ってもよい。また、民主党共和党と言っても、実際には選挙互助会程度の意味しかないので、政策や思想は候補者や議員によってもかなり異なる。先の大統領選挙で共和党の候補者であったマケイン上院議員は共和党の中ではかなりリベラルな人物だが、ゆえに「一匹狼」であった。

 日本の保守層は中国に対峙する共和党政権の誕生を望んでいるように見える。これは、民主党のオバマ大統領が不十分にせよ社会保障を重視するという政策を打ち出したこともあって、日本に対して波及することを恐れている面は確実にある。だが、はっきりしているのはどちらが勝っても、アメリカの政界は「自国の国益」のために行動するということだ。つまり、日本は自己主張しなければ容赦なく食い物にされる。アメリカの雇用を守ろうと日本にTPPへの参加を呼び掛けているのが民主党政権下のアメリカ政府だが、アメリカで雇用を生むために日本の雇用はどうなろうが知ったことではない。共和党政権が誕生したとしても、日本に対して負担を求める姿勢に何らの変化も生じないだろう(実際、日本でアメリカの要求に応じた構造改革が加速したのは共和党政権時代だが、外圧そのものはその前の民主党政権時代から続けられている)。

 自己主張できない日本は、同盟国からも見捨てられることになる。どちらが勝ったとしても、それだけははっきりしていると言える。

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