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2012年9月

2012年9月29日 (土)

日中国交正常化・日台断交40年の日に思う

 日中国交正常化と日台断交から40年の日を迎えた。中国との関係は国交正常化以降では最悪の状態が続いており、当面はこの状態が続きそうである。

 日中国交正常化交渉では、懸案事項は賠償問題と台湾問題であった。賠償問題については日本側の日華平和条約で清算済という内容にはならなかったものの実質的に放棄が実現し(ただし、後にはそれを盾にして経済援助名目でゆすり取られてはいる)、台湾問題については台湾側が容認の姿勢を示していた「両岸同時承認」はともかくとして、実務的な関係を維持することは問題なく合意されている。この時に尖閣問題も「フリートーク」のようなところで持ち出されはしたらしいが、当時の日中首脳は国交正常化を第一に考えていたこともあって、深く話さないままで「合意」している。

 それからの日中関係は長い間「日中友好乾杯!」と言っていれば済んできた。資金協力や技術協力など、専ら日本の片務的関係であったことは否めない。中国が貧しく遅れた国であったこともある。しかし、時代は変わった。今や中国は押しも押されもせぬ軍事的経済的大国である。先週上海を16年ぶりに訪れたが、都市はすっかり美しく便利になっていた。かつて多かったゴミはほとんど落ちておらず、車道と歩道は区別され、信号に従って歩いていれば何の危険もない。特記すべきは地下鉄網で、これまで訪れた世界のどの都市の地下鉄よりも便利で近代的なものであった。特に私は名古屋の地下鉄に慣れていることもあって、網の目のような地下鉄の乗り換えは苦手であり今でも東京では乗り換えによく迷うのだが、上海の地下鉄は乗り換え表示が工夫されており、その点でも東京に一歩勝るものであった。生活水準等も含めて、少なくとも沿岸部の大都市では先進国レベルの状態には達していると言える。

 一方、日本は明らかな衰退期に入っており、当面この傾向は変わることはないと見てよい。日本の生きる道はこれしかないと喧伝された新自由主義的政策にしても、むしろ日本の衰退を早める結果になってしまっている。衰退期が何百年も続いたローマ帝国やベネチア共和国のようになれるかどうかは、今後の日本の舵取り次第だ。

 いずれにせよ、日中の力関係は変化し、民主化や国土の均衡化はともかくとして、生活水準は近接する傾向にある。反日デモを行っている中国のネット右翼と反中デモを行っている日本のネット右翼は属性だけ見ていれば区別がつかないような状態にある。これは、今までのように一方的な関係だけで良好な関係を維持することができなくなるということである。

 しかし、見方を変えれば、こうした時期を乗り越えなければ善隣関係は望めない。日中国交正常化から四十年、来るべき時が来たということではないか。

 日中国交正常化は、裏返せば日台断交であった。日台関係についても尖閣問題を巡って多少の行き違いはあるが、日中関係ほど悪化はしていない。としても、馬総統は卒業論文が尖閣問題だった人で、台湾の中では尖閣問題に限ってのことにせよ対日強硬派に分類されている(ただし、気を付けなければならないのは最初の総統選前から対日関係を重視し親日ぶりのPRを続けてきた人ではある)。

 日台関係もここ十数年の間に大きく変化している。蒋介石総統以来、台湾の首脳部は基本的に知日派が占めてきた。大陸から逃れてきた国民党政府の中国人であるか、台湾出身で戦後中華民国国籍に切り替えられた者という大きな出自の違いはあったにせよ、台湾が知日派・親日派政権で移行してきたことは疑いようがない。李登輝総統のように二十歳過ぎまで日本人だった首脳すら珍しくなかった。しかし、これらの人々は相次いで第一線を去った。今後は、日本を知らない戦後生まれが台湾政界の主役となる。これらの人々の日本に対する思い入れが蒋介石総統や李登輝総統のようなものと異なることになるのは当然と言えよう。

 台湾が民主化され日本との行き来が日常的になった1980年代生まれ以降が台湾政治の表舞台に登場してくるまではまだかなりの時間がかかる。この世代は日本でも中国でもそうだが、独裁政権の時代は経験していないし、生まれ育った環境や教育水準はそれぞれの階層で近いものになる。この世代が主導権を握るころになれば、相互理解と交流はより進むことになるかと思われるが、まだまだ先の話だ。

2012年9月27日 (木)

安倍自民党新総裁

 自民党総裁選挙で、安部元首相が新総裁に選出された。自民党の長い歴史の中で、元総裁の再登板は何度か話があったものの、実現したのははじめてのことである。

 安倍元首相は長年拉致問題に取り組み、官房副長官時代には拉致被害者の一部を帰国させるという成果を上げている。安倍新総裁が官房副長官に就任したばかりのころ、直接質問する機会があったので「長期的に政治家として何をやりたいのか」と問うたところ「日本の誇りを取り戻したい」と述べていたのが印象的であった。この思いについては、安倍氏は一貫していると評価することができると思う。

 ただし、安倍氏の経済政策となると極めて懐疑的な見方をせざるを得ない。官房長官時代から「経済がわかっていないのではないか」と疑われていたものだが、首相に就任するとそれは現実のものとなった。

 安倍氏は首相時代に経済政策は小泉構造改革路線を引き継ごうとしたが、小泉劇場政治の夢から覚めかかった国民の怨嗟の的となった。「負け組」を「待ち組」と言い換えようとしたり、財界の言うがままに「ホワイトカラーエグゼンプション」という労働時間規制を撤廃する政策を「子育て支援」と言い張って推進するなど、無知蒙昧ぶりが政権の寿命を縮めることになっている。政権末期には政策転換の動きも見られたのだが、これが構造改革推進派には変節に映ったのみならず、その後の不況や雇用情勢の悪化が「構造改革が足りなかった」と言われる原因となった。言うなれば、安倍氏の経済政策の失敗と転換の時期を誤ったことにより、新自由主義派にしぶとく生き残る道を作ってしまったと言える。

 安倍氏は規制緩和・競争激化、TPPを推進する大阪維新の会と親しい関係にあり、総裁選挙の演説でも国際競争力の強化や規制緩和を訴えていた。橋下市長は選挙での提携は否定しているものの、選挙後については含みを持たせている。こうした点から、政権を握れば小泉構造改革の悪夢が再来することになりかねない。

 安倍氏は信念のある政治家だと思うが、「日本の誇り」を取り戻したければ、国を売るような勢力とは組むべきではない。自由競争や規制緩和が残したのは、結局は日本国の衰退であり社会の溶解であった。公務員削減と民間委託は国民対する行政サービスを低下させるのみならず、官公庁職員は受託企業にとって「職員様」となり、むしろ小役人を増長させる結果となっている。民間委託では短期契約の非正規労働者が次々と使い捨てにされており、国家が非正規雇用を増やしワーキング・プアを率先して生み出しているというまことに皮肉な現象すら生んでいる。こうした問題に対して、過去の失政の反省はしていないようだから、これでは心配だ。

 国民を守ろうともしない国に対して「国の誇り」を抱くのは無理な話だが、それは外患に対するものだけではない。

2012年9月25日 (火)

竹島「日韓共同管理」論の問題

 大阪市の橋下市長が「竹島を日韓で共同管理することに持ち込むべき」という持論を述べたことが、日韓両国で波紋を広げている。韓国では日本が竹島の領有権を含むいかなる権利を主張することも「過去の反省が足りない証拠」とされており、共同管理であろうが何であろうが韓国を激高させる結果しか生まないことは誰の目にも明らかなところである。

 一方、日本側にとっても話はそう簡単ではない。確かに、韓国が「譲歩」してくれれば、ほとんど権利を行使できない竹島に「共同管理」として日本に権利を行使できる余地が生まれてくる。しかし、このようなことになればその先には恐ろしいことが待ち受けているのを橋下市長は想像もしていないようだ。

 まず、韓国が最近では対馬に対する領有権を主張し始めていることである。十数年前には韓国の日本海を「東海」と呼称する意見とともに「珍説」扱いされてきたのだが、今や国際的に日本海に対して「東海」を併記するような事態が発生しつつあり、笑い事ではなくなりつつある。十数年前には「独島はわが領土」の替え歌「対馬はわが領土」という冗談レベルであったのだが、今や韓国の地方議会では対馬の領有権を主張する決議が出たり、「自国領の対馬にムクゲ(韓国の国花)を植えに行こう」というキャンペーンが行われたりしている。もし、竹島を「共同管理」に持ち込んだとすれば、韓国側が対馬の共同管理を要求してくる可能性は高い。そうなれば、日本は竹島と比べて重要性では比較にならないほどの対馬を「喪失」することになるのは避けられない。日本本土に比べて韓国との結びつきが強くなりつつあり自衛隊基地の周辺まで韓国資本が抑え、加えて人口も五万人程度だから乗っ取るのはそれほど難しい話ではない。

 中国にしても橋下市長のこの思想は大歓迎の筈である。尖閣諸島に関して日本政府は長らく「領土紛争そのものが存在しない」という態度を取っており、中国の目的はまず尖閣について「紛争状態にある」ことを日本政府に認めさせることになっている。その上で国際社会に日本の蛮行を喧伝し、在留外資を人質に日本に譲歩を求めるという流れだが、もし竹島の「共同管理」ということになれば、今度は尖閣についても共同管理に持ち込もうとされるのは必至だ。

 そして、対馬と同様の問題が琉球列島についても生じる。中国の言い分では「尖閣は中国を日本が侵略していた時に併合したから併合は無効」ということだが、その理屈を使えば沖縄も同じことが言えるからだ。既に人民解放軍内部ではかねてより沖縄の併合、少なくとも沖縄周辺を自国の勢力下に置くことで西太平洋を抑えたいという考えがあることは2000年代初頭から言われていたことだ。中国に「沖縄の共同管理」の大義名分を与えなかねない。

 もともと民主党政権は「日本の主権をアジア諸国に譲渡し共有する」という主権国家からの脱却を掲げていた時期があり、沖縄についても中国との「一国二制度」を模索していたことはそれなりに知られている。そして、沖縄は基地問題についての民主党の失政によって日米両政府に対して不満が続出する事態となっている。こうした分裂状態にあるところにシンパを育て、自国勢力下に引き込むのは中国の歴代王朝が得意としてきたところであって、現在の共産党王朝とて例外ではない。沖縄が「喜んで祖国に回帰する」というようなことにもなりかねない。

 橋下市長の言い分は、極めて杜撰なものであるが、これでは外交や安全保障に対する見識不足と批判されても仕方がない。橋下市長が受けていた当時の司法試験には国際法の科目はなく、現在も人気のない選択科目に過ぎないのだから、学ぶ機会がなかったと言われればそれまでだが、それで国政を握られては大変困ることになる。

2012年9月23日 (日)

「日本維新の会」の党内手続きの問題

 「日本維新の会」が作成した党内規約に、党の意思決定には「代表を含む過半数」という一文が盛り込まれることが明らかになった。この規定の趣旨は明らかだ。議決権を有する者の過半数が賛成したとしても、橋下代表が賛成しなければ意思決定はできないということである。これは、事実上代表に拒否権を付与したものと言える。

 確かに、議論百出して「決められない政治」が続き、それに対する人々の不満を養分として維新の会が勢力を拡張してきた経緯を考えれば、代表に独裁的とも言える権利を与えること自体は「民意に適っている」と言えないこともない。しかし、これでは「日本維新の会」は名実ともに橋下代表の「私党」になってしまう。勝手に集まって政論を戦わせているだけならともかく、政治的権力を握り法律上の政党として政党助成金を含む数々の特権を付与されることが確実なのだから、政党の内部手続きについてどんな内容でも認められてしまうというのは制度上の問題であろう。この点、先にみんなの党が政党の内部規律を法律に明文化しようとしたことは評価に値する。

 従来も橋下市長が中心となって引っ張ってきた政党であるし、橋下市長なくして存立しえない党であるから、党運営そのものは実質的に従前とそれほど違いは生じないと考えられるが、こうした規定を置くことは公党としての党内手続き上は問題であろう。

2012年9月21日 (金)

中国の対抗措置

 尖閣諸島をめぐる日中間の対立は長引く様相を呈し始めた。中国では日本企業に対する税務調査が入り、通関時の検査も厳しくされている。中国政府の意図は明らかだ。一種の「合法闘争」を行うことで日本企業に圧力をかけ、財界経由で日本政府を黙らせようということである。この手は、今まで実に効果的であった。グローバル企業を志向し国家意識が低くなればなるほど、日本は創業の地程度の重さしか持たなくなるから、そこが不利益を受けようと企業側としては左程痛みは感じずに済む。日本発祥の大企業が次々と外国人幹部や外国人従業員の大量採用に踏み切っている現状を見ていると、ますます財界側としては日本国そのものに執着する必要は乏しくなる。

 野田総理が再選されたが、野田総理の推進するTPPにしても財界のご機嫌取りのための政策と言うしかない。一部の輸出系大企業を除く国民の生命・財産を危険に晒すことになる恐れが濃厚であるからだ。個人献金という伝統がほとんどなく、政治献金を企業団体献金に実質的には頼らざるを得ないのだから、「乳をくれる者が母親」という心境になるのも理解できなくはない。しかしながら、それで政治家になるとは情けない。

 発足時は「親中反米」と批判された民主党政権にしては、野田政権の尖閣や竹島に対する態度は一定程度政策が転換されたと見ることもできるが、何分自民党政権ですら屈し続けてきた「伝統」があるのだから、どこまで闘争の意志を継続できるのかについては未知数と言うしかない。しかし、ここで屈すれば更に国益を損なう結果になることだけは確かである。

 既にロシア政府は日本政府に対して北方領土への墓参を認めないと通知してきている。ロシア領であることを強固なものにしたいという意図が見え見えだ。日本政治が混乱している今、周辺諸国としては自国の立場をより強化しておきたいところだろう。これら周辺諸国の動きを見ていると、まるで19世紀にタイムスリップしたようだ。さすがにあの時代のようにただちに戦争に訴える自由はないが、弱肉強食そのものである。日本はいいカモにされていると言える。

 

2012年9月19日 (水)

弱者に冷酷な共和党

 共和党のロムニー大統領候補が「オバマの支持者は政府に依存する人たちだから、彼らの暮らしを気にかけることはしない」と発言した。元来、共和党は小さな政府を志向してきた人たちだから当然とも言えるが、この発言が支持者を集めた資金集めの場でされたことで、公の演説でやるにはいささか極論ではある。さすがに隠さなければならないという知恵は働いたものらしい。ただ、これが共和党市場主義派の「本音」ではあろう。

 アメリカは建国以来「小さな政府」を志向してきたが、それはもともと反英闘争の経緯から自由であることが第一とされ政府の介入は自由を束縛するものとして警戒されていたためである。これはヨーロッパ諸国にはあまり見られないアメリカの特徴と言ってよい。

 問題は、そうした「自由」であることが、いつの間にか「落とす自由」となり、自由な競争をしていたという建前のもとで弱者に対して冷酷になっているところにある。一連の小泉改革の結果を見てもわかるが、失敗した人が努力していなかったわけではない。また、努力してみたところで報われると言えないのが世の中というものである。それを自己責任の名の下で切り捨てることは、少なくとも「落とされる自由」しかない市民階級にとっては死活問題となる。

 共和党は社会保険制度や労働制度を破壊し、大企業と富裕層への富の集中を進めてきた。その結果、アメリカではまともな医療を受けられず、「代替医療」と称するまじないの類やサプリメントに頼る人々が生まれている。

 アメリカ大統領を選ぶのはアメリカ国民であるから、その結果はアメリカ国民に帰結する。外国人が口出しする話ではないし、それでアメリカ国民が苦しむことになっても自業自得に過ぎない。しかし、アメリカ政治の流れは日本政治と無縁ではない。過去から現在に至るまで、「改革派」を自称し反対派を「守旧派」扱いする勢力は、何とかの一つ覚えのように「アメリカでは」と言い続けてきた。小泉改革にしても、「アメリカでは」という言葉が使われ、あたかもアメリカで行われていることを移植すれば何とかなるという幻想が植えつけられた。アメリカ大統領選挙の結果によっては、こうした共和党の弱者に冷酷な姿勢が「アメリカでは」という枕詞の元で日本に移植されてしまう可能性がある。勝ち組にとっては、何処の国であろうと「うまい話」ではないか。

 いくらなんでも言い過ぎだとアメリカ国内でも批判の声が挙がってはいるらしいが、同時にこうした意見を支持する層も根強くある。これでもロムニー候補は共和党内では「穏健派」だそうだから、「強硬派」は更に恐ろしい思想を持っているということになる。日本国民としても他人事と考えるわけにはいかない。

 

2012年9月17日 (月)

西宮大使が死去

 丹羽大使の後任として中国大使に任命されていた西宮大使が出発を控えて倒れ、亡くなった。日中関係が緊迫しているこの重大事だから、後任を一刻も早く選任する必要がある。丹羽大使は既にレームダック状態であり、実質的な外交使節団長空席が続くことは由々しき事態だ。

 外務省内の序列等も含めていろいろな話があり、現役外務官僚ではなくOB起用という話もあるらしい。問題は、丹羽大使が外交官としての経験皆無である一方で中国ビジネスを手掛けてきた人だったこともあって、外交音痴をさらけ出す一方で中国の評判はそう悪くなかった(当たり前だが)。一方で、チャイナ・スクール出身者を任命するということになると、これまた阿南元大使のように問題を起こす可能性が否定できない。

 対中外交は誰がやっても難しいところだが、少なくとも日本の立場を代表して中国側に物が言える人でなければダメだ。

2012年9月15日 (土)

尖閣をめぐり日中関係悪化

 日本政府の尖閣国有化宣言を引き金に、日中関係が悪化している。中国の大都市では週末に大規模なデモが各地で予定されており、上海では日本人であるという理由だけで暴行されるという事件まで発生した。

 言うまでもなく、国と国との関係とは言っても個人を暴行することは許されない。尖閣諸島国有化宣言に対して文句があるのなら日本政府相手に意見を述べるべきだ。これは日本人の側も同様で、中国政府が横暴だとしても文句は中国政府と中国共産党にいうべきであり、個人の中国人を蔑視したり、ましてや不利益や暴行を加えるようなことがあってはならない。

 国交正常化40周年を迎えたが、あの頃には想像も出来なかったほど世界情勢も変化し、日本と中国の関係も変わっている。客観的に見て、現在の日中関係は国交正常化後最悪と言ってよい。百年前だったら戦争に訴えることもできたし、中国の農村部などでは情報が限定的であるということもあって最早対日開戦しかないなどという物騒な話もあるらしいが、現実問題としてそれは不可能だ。口先では勇ましいことをいくらでも言えるが、武力侵攻などすればやった側が非難されるのは必至である。

 隣国である以上、不満があるのが当たり前である。この40年余、どちらかと言えば日本は中国に遠慮し続けていたところがあった。それが今回のような事態を招いてしまっていると言える。中国古典に「宋襄の仁」という話があるが、日本の従来の対中政策も「宋襄の仁」ではなかったか。

 中国では「喧嘩をしてこそはじめて仲良くなれる」という諺もある。戦争までする必要はないが、今回の「喧嘩」は日本にとっても対中関係を見直す良い機会だ。そして、日中関係の将来につながるものとなることを祈りたい。

2012年9月13日 (木)

日本維新の会

 大阪市の橋下市長をトップとする「大阪維新の会」が発展し「日本維新の会」が発足した。言うまでもなく、近く行われる総選挙において台風の目となるものと思われる。各党とも、この「維新勢力」と「近い関係」にあることを強調するのに懸命だ。民主党は地域主権で近いといい、自民党は保守思想で近いといい、みんなの党は新自由主義的政策で近いという。カメレオンを連想させるが、いずれなせよフリーハンドは橋下市長の手にあると言ってよい。

 問題は、彼らの言う「道州制」や「民営化」が本当に日本にとって有益なものであるかということだ。例えば、特定の都市に特権を与えることは、他の自治体を相対的に不利に扱うことになる。大阪でやりたい放題ができないことについてもそれなりの理由があったわけで、特定の都市のやりたい放題を容認するようになれば日本という国そのものが一体性を失うことになるであろう。政治的権力があれば特別扱いしてもらえるというのはよく聞く話ではあるが、公然と行われればこれはもうモラル・ハザードだ。

 「維新八策」が極論であることは橋下市長のブレーンすら認めていることだが、極論を突き付け二者択一を迫り、反対勢力をまとめて政治的に葬る手法は小泉総理の「抵抗勢力」や「郵政民営化」を連想させる。そして、それらはあまり物事を深く考えなければ、極めて心地よく聞こえるのだ。何より、極論だから分かりやすい。この分かりやすさは選挙で大きな武器となる。

 権力闘争の上では極論も宜しかろうが、実際に国家のトップに立った時にそれを貫くことは、毛沢東やポル・ポトを見るまでもなく国家の悲劇となる。妥協することは権力を失うことだからだ。いきおい、闘争は激烈なものとならざるを得ない。勝者総取りになる一方で、敗者は徹底的に殲滅される。もともと、橋下市長はこの考え方の持ち主だから、敗者に加担した者も含めて大きな不利益を負わされることは免れまい。彼の言い分では反対するのも自己責任だから報いを受けてしかるべきなのである。橋下市長は大阪の名門高校から早稲田大学、司法試験合格、弁護士開業、タレント活動、府知事、市長と猛スピードで進んできた人であり、その能力と手腕にはいささか自負もあろう。こうした場合、敗者に対しては苛烈になりやすい。自分が努力してきたという自負心は、庶民層に特に強いものだ。台湾の陳水扁前総統とよく似ている。

 総選挙になるのは少なくとも民主党代表選と自民党総裁選挙が終わってからになるだろう。それまでに、この新興勢力の思想をじっくりと吟味する必要がありそうである。

2012年9月12日 (水)

新司法試験合格発表

 11日に新司法試験の合格発表が行われた。法科大学院設置初期に入学した人にとっては「5年以内に3回」という受験制限を使い切る時期でもあり、今回が最後と挑戦した人も多かった。実際、受験者数は三振法務博士の増加や受け控えによって減少に転じている。

 鳴り物入りで発足した新司法試験と法科大学院だが、今年の合格者は2102人と新司法試験では過去最高の人数となったが、目標としていた3000人には遠く及ばなかった。それでも、弁護士の就職難が問題となるに及んで合格者数の絞り込みが日弁連を中心に提唱されている。今後、法曹への道はますます厳しいものとなるだろう。

 弁護士の数ばかりが取り上げられることが多いが、実は裁判官や検察官は法曹人口が急増したここ10年余りの間でもそれほど増えてはいない。どちらも国家公務員ということで定員があるためだが、弁護士が2万余人に対して裁判官の総数は3000人、検察官もほぼ同数である。言うまでもなく、これでは裁判や刑事手続きがボトルネック化するのは避けられないわけで、司法制度改革が行われたにもかかわらず裁判がさして迅速化していない原因のひとつとなっている。無責任な悪人がやりたい放題やって起訴すらされないのも、検察が手不足の状態にあるからだ(無論『優秀』な検察官の皆様は手不足などとは認めないだろうが)。

 阪大以来の友人である某君も最後の挑戦で合格された。苦節十数年を経ての合格、本当におめでとうと言いたい(これを書いている段階では電話が繋がらない。恐らく祝杯を挙げているのだろう)。

2012年9月11日 (火)

911テロから11年

                   

 911同時多発テロから11年が過ぎようとしている。テロとの戦いは今も続いているが、強大な軍事力を有するアメリカも手を焼き続ける完全な泥沼と化しており終わりは見えていない。最近になってアメリカとタリバンが和平交渉のために水面下で接触していることが明らかとなったが、タリバンとて簡単にアメリカと妥協するわけもない。仮に妥協が成立しても、妥協の「おこぼれ」を受けられない人々を中心として争いは続くだろう。宗教的な「信念」というものも見過ごせない。タリバンがテロ組織でなくなっても友党のアルカイダまですんなりアメリカと妥協するわけもないし、妥協すれば新たなタリバンやアルカイダが生まれてくるだろう。

 アメリカとしても、今までイスラム原理主義組織を攻撃し続けてきた手前簡単には妥協できない。アメリカは依然としてキリスト教保守的価値観の支配する国であり、都市部はともかくとして農村部に行けば生活においてキリスト教の占める重みは日本における仏教の比ではない。また、戦争によって「利益」を挙げている人々がおり、これらが簡単に金のなる木を手放すとも考え難い。

 憎しみの連鎖を断ち切るのは簡単ではない。イエスは寛容を説き、ムハンマドもまた寛容を説いた筈だった。しかし、そうした過去は忘れ去られているようだ。残念である。

 

2012年9月 9日 (日)

山口福祉文化大学事件

 山口福祉文化大学が東京のサテライト・キャンパスに中国人を中心とする600名の留学生を通わせていることが判明した。不法就労の受け皿になっているのではないかとの疑念が持たれている。この大学の「本校」に通っているのが171名というのだから、サテライト・キャンパスの方がメインであり疑われても仕方がなかろう。

 日本の大学が中国人の不法就労の隠れ蓑に使われているというのはかねてより指摘がされてきたところである。政府や自治体の留学生増員策もあって、経営難に苦しむ大学側も留学生を積極的に受け入れてきた。しかし、言うまでもなく留学生のすべてが真面目に勉強するつもりで日本に来るとは限らない。日本の学位は欧米での学位に比べると低く扱われている上、そもそも日本の大学では学位が取り難い。

 私自身が接してきた中国人留学生は皆優秀であり、日本人学生以上に勉学には熱心だった。ただ、これは私が大阪大学や同志社大学という昔から外国人留学生を受け入れそれなりに研究者を輩出してきた大学にいたからであって、研究者養成の伝統もなく就職等に対する実績もないような大学の場合、そもそも留学してくるメリットは乏しい。そうなると、優秀な留学生を集めるのも難しく、その分質の低い留学生が入り込む余地が大きくなる。

 政府は留学生受け入れを強力に推進してきたし、これからもその気である。しかし、留学生の質にはかなりのばらつきがあり、まともに中国で学んだこともなく日本語の能力も皆無という者が相当来ていることは教員側からも指摘されてきた。同志社時代にお世話になった中国語の于耀明先生はご自身も西安出身の中国人留学生であったが、その先生ですら1998年当時の留学生の質の低下を嘆いておられたくらいである。

 于先生の意見は、一番良いのは中国の大学で既に学位を取得した者に留学を限定すること。それが無理ならば、せめて大学を卒業するか、最低でも教養課程を終えていることが望ましい。日本で一から大学に入りたい者は、中国でも十分に日本語を学ぶチャンスはあるのだから、留学前にまず日本語能力試験を課して一定水準以外の者の留学は認めないようにすべきだというもので、これは私も全く同感である。

 留学生は単に日本に来て学問を学ぶだけの存在ではない。日本人学生とも交わって、双方が人間的学問的に視野を広げる機会にならなくては困る。真面目に学んでいる留学生たちも、これでは肩身が狭かろう。大学が不法就労の温床になるような現行制度は、早急に是正されることが望ましい。

2012年9月 7日 (金)

タリバンとアメリカが和平交渉

                 アメリカ合衆国の国旗   Flag of Taliban.svg   

 911テロ以来、不倶戴天の敵同士として争い続けてきたタリバンとアメリカが、和平交渉を行っていたと言う事実が明らかになった。タリバンはアメリカをアッラーの名によって粉砕すると言い続け、アメリカはテロリストとは交渉しないと言い続けてきたにもかかわらずである。アメリカは冷戦時代以来突如として敵と結ぶことがあった。例えば、米中和解などは突如としてニクソン大統領が北京を訪問し、敵であった中国と結ぶ一方で台湾を切り捨てた。そうした過去から考えれば、アメリカがタリバンと和平交渉を行う事は驚くに値しない。

 アフガニスタンでの戦争は膠着化・泥沼化し、周辺諸国も巻き込んで死人の山は高くなる一方である。タリバンはアメリカ本土を壊滅させるだけの軍事力は持っていないが、アメリカとしてもタリバンを完全に掃討することはできなかった。911後の対テロ戦争冒頭でタリバンは首都カブールを失って政権の座からは転落したものの、依然として無視できない広さの地域を実効支配している。強大な軍事力を誇るアメリカが10年経っても完全に駆逐できなかったところを見れば、アメリカとしても限界を感じているのだろう。

 アメリカは国益のためには突如として敵国と結ぶことに躊躇を感じなかった国だから最後は国内世論を納得させることはできるだろう。問題はタリバンだ。タリバンは実際にはブッシュ家とコネクションがあり、対テロ戦争前夜には資源ビジネスで決してアメリカの敵ではなかった。話し合いのパイプは残されていると見るべきだし、妥協を望む勢力がいるのも推測できる。だが、アメリカと結んだ場合、エジプトのサダト大統領のようにイスラム世界から裏切り者扱いされることは必至だ。タリバン実効支配地域に住むアフガニスタン国民も、そうなったときにタリバンを支持し続けるかどうかわからない。皮肉だが、アメリカと戦って殉教者、日本風に言えば玉砕(実際にはこの言葉は中国の古典に由来するが)する方が名誉になる。サダト大統領は裏切り者扱いされて暗殺されたが、フセイン大統領は出身地では英雄だ。

 指導部同士であれば、それなりに現実的な視野を持ち、経済面での利害を用いた妥協も可能であろう。しかし、庶民特に貧困層がそうした妥協を受け入れることは簡単ではない。今までの中東和平交渉が相手との対立よりも、むしろ自勢力内の強硬意見によって潰され続けてきたことに思いを致す時、本当に問題なのは敵よりも味方なのではないかと思えてならない。

2012年9月 5日 (水)

イスラム色を強めるエジプトと日本

 長らくスカーフ(正式にはヒジャブという)の着用した女性キャスターを画面に出すことを赦してこなかったエジプトの国営放送で、スカーフ姿のキャスターが登場したという報道があった。従来のムバラク政権は独裁と同時に世俗化の傾向が強い政権であったが、革命後のエジプトではイスラム色が強くなりつつあると言う指摘がされている。スカーフ姿の解禁は、その象徴と見られる。

 スカーフ着用に関しては、イスラム社会の中でも様々な意見があり、世俗主義者であってもスカーフ着用を禁止するようなことはやり過ぎだと言う意見もある。一方で、公共の場でのスカーフ着用を容認してしまうと、他のイスラムの抑圧的な側面が噴出するのではないかという危機感もまた世俗派の間で根強い。無論、欧米諸国を中心に、エジプトがイスラム原理主義国化することで、中東情勢が不安定になるのではないかという危惧はエジプト革命当時からあった。

 もともと、エジプトは古代のクレタやミュケーナイ文明まで遡るまでもなくヨーロッパとの結びつきが強い。船や飛行機であっという間だ。ナセルによるエジプト革命とスエズ運河の国有化宣言、スエズ紛争や中東戦争の際、世界経済が大混乱に陥ったのは知る人も多かろう。ヨーロッパ諸国に近いだけに、欧米諸国としても神経質にならざるを得ない。

 もっとも、民主主義や自由を謳い上げている欧米諸国だが、欧米外資と結託したエジプト大資本による富の偏在と貧困層の搾取に対して何も言わなかったのも欧米諸国である。イスラエルが二千数百年のディアスポラから苦難の果てに建国を達成したことは尊敬と同情に値するが、ある種無批判にイスラエルの肩を持ち続けてきた欧米諸国に対してイスラム側の不信感は大きい。この点、ダブル・スタンダードだと非難されても仕方がないところではある。

 今回のスカーフ問題は、当面ヒステリックに騒ぐような話ではないにしろ、イスラム色が強まっていることを連想させ、それが反欧米や宗教少数派に対する圧迫を連想させてしまうだけに、これからもエジプト新政権に対して注目して行く必要があることは間違いない。

 中東諸国はおおむね日本に対して好意的であったが、日本としては富の偏在の是正と識字率すらが国民の半数に満たないという悲惨な状況を改善する手助けこそが重要だ。中産階級が育ってこれば、トルコのようにイスラムの伝統を堅持しつつ、欧米諸国と同じような自由な社会を実現することも夢ではない。そのためには、トルコ共和国ムスタファ・ケマル・アタチュルク大統領の手法に学び、国民の教化と中産階級の育成こそが重要だ。そして、それは突き詰めれば日本の明治維新の手法からケマルが学びとったものである。決して、日本と無縁な話ではない。あとは、日本のやる気次第である。同時に、日本の明治維新の手法が活かされると言う事になれば、それは我が国の国際的な名誉と評価にもつながるであろう。それは、日本の先人たちにとっても、現代に「生きる」ということである。

 日本は明治維新で近代化を推し進め、法も生活様式もほとんど欧米に併せたが、一方で日本人はやはり伝統を残している。つまり、伝統と近代は十分に共生可能なのであり、その融合によって新たな飛躍すら期待できるのである。この日本の成功体験(無論、その後はその過信によって破綻を招いたわけだが)は、近代文化の受容によりイスラムの伝統がことごとく破壊されると危機感を持つムスリムにとっても、近代化を進めたい世俗派にとっても、相応に魅力のあるものではなかろうか。

 押し付けることはできない。何を選ぶかはエジプト国民の選択次第である。しかし、どちらかに偏らない国の生き方が考えられないわけではない。

2012年9月 3日 (月)

ドラえもん生誕百年前

                

 今日はドラえもんにとって「生誕百年前」なのだそうだ。今の40代以下の世代にとって、ドラえもんは一度は親しんだことのあるキャラクターであろう。海外でも人気は高い。

 ドラえもんは2112年9月3日に「トーキョーマツシバロボット工場」で生産されると言う事になっている。ネタ元になった企業の名前が何となく連想できるが、そのうちの片方は創業者の苗字を冠した社名を変更してしまった。社名はともかくとして、22世紀の未来に日本が産業立国として生き残っているのかどうか、怪しく感じるところがある。

 何より、「ドラえもん」は開発技術があったとしても、もう日本で生産することなどできそうもない。何故なら、このロボットは原子炉を積んでいるからである。福島原発事故の惨禍は、もともとあった日本人の原子力アレルギーを決定的にしてしまったからだ。

 思えば、「鉄腕アトム」も原子炉を積んでいた。ドラえもんが登場するくらいまでは、原子力は夢のエネルギーだった。しかし、広島長崎の原爆と「同根」であること、米ソで大事故が起きたのに加え、原子力業界の隠蔽体質とぬるま湯構造は早くから指摘されており、その結果として子子孫孫まで禍根を残すような大事故を引き起こしたのは周知の事実である。

 ドラえもんが生み出されたのは1969年で、まだまだ日本が夢に沸いていた、沸くことができた時代でもあった。誕生まで百年を切った日に日本の来し方行く末を考えてみると、そう楽観的ではない。

2012年9月 1日 (土)

防災の日

 今日は防災の日だが、言うまでもなく1923年に関東大震災の起きた日である。この関東大震災については、一部の学者が予測していたものの、起きる可能性があるとしても対処方法がなかったことなどからいたずらに庶民の不安を煽るとして、学会の「権威」が政府の意を受けて押さえこんでしまっていたという話が残っている。

 どの時代にも権力に媚び諂う者や良心よりも権力の手先となる道を選ぶ者がいるものだ。結果的に関東大震災は十万人以上の死者を出すという日本史上稀に見る大惨事となった。だが、我々は本当にその反省をしているのだろうか。

 確かに、「防災の日」となり防災訓練などが盛んにおこなわれるようになった。しかし、原子力村の問題を見ても分かる通り、日本人のメンタリティに起因する構造的な問題が改善されているとは言い難い。見落とされがちだが、被害を拡大させる要因をむ放置する方向に仕向ける為政者と学者についても、検証されねばならないのではないか。

 中国の諺に苛酷な政治は虎よりも怖いと言うものがある。天災も怖いが、天災を人災にしてしまう政策はもっと恐ろしいものだ。その前では、庶民の自己防衛も蟷螂の斧となる。

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