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2012年8月 9日 (木)

いじめっ子をぶちのめせ?

 奔放な言動をもって鳴る橋下大阪市長が、いじめ対策について「いじめっ子をぶちのめせ」と提案している。無論、腐っても法律家のはしくれではある以上、子分の区長のように「殺害」までは容認していないようで、あくまでも厳罰を持って臨むということらしい。確かに自殺者まで出ている以上、いじめを行った側を厳罰に処するのは正義に叶っているように見えるだろう。しかし、これは実は稚拙な手段である。

 まず、「いじめ」はどのような組織でも起こり得るものだし、人間関係上完全に零にするのは難しい。つまり、露見した場合はいじめた側にとって運が悪かったと言う事になるが、「厳罰」が待っているとなれば、むしろ組織は全力で隠蔽することになるだろう。これは、一連のいじめ騒動で学校や教育委員会や自治体が取ってきた態度を見ていれば明らかだ。

 次に、いじめる側の陰湿なやり方に思いを致す時、彼らがむざむざ厳罰になるような真似をするとは思われない。例えば、いじめられる側をじめているように「見せかけ」ておいて、上からの「厳罰」によって傷め付けるという手を使う可能性は十分にある。私自身の経験で言えば、小中学校でいじめを行っていた首謀者はどちらかと言えば成績優秀者であり、クラスの多数をまとめ上げ、いじめられる側を「悪者」に仕立てていたものであった。つまり、厳罰化はその事実認定や手続きによって、十分に攻守が逆転してしまい、本来ならば救済されるべき側が悪者として傷め付けられることになる危険性を孕んでいるものと言える。

 また、「恨みの連鎖」は一方当事者を「ぶちのめす」だけで断ち切れるものでもない。そもそも、市長がそんな品格に欠ける言動をすることも好ましくない。ご再考をお勧めしたい。

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