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2012年8月31日 (金)

ロンドン・パラリンピック開会

               ファイル:Paralympic flag.png

 閉幕したロンドン・オリンピックに引き続いてロンドン・パラリンピックが開会した。障害を持つ選手たちの活躍に期待したい。

 1994年に愛知県で国体が開かれた時、同時にパラリンピック相当の競技会も行われ、盲人野球は愛知青少年公園が競技場として使われた。その際に入退場演奏を行う吹奏楽部の部員として参加したことがある。愛知万博会場を経て現在はモリコロパークとなり当時の面影はほとんどないが、私にとっては懐かしい場所だ。

 吹奏楽部の担当は選手の入退場と表彰式の演奏だった上、私はマネージャーだったから裏方仕事の必要な開会の前と閉会のあとは忙しかったがそれ以外は暇であったため、競技をじっくり見物することができた。

 見えていない筈の選手が正確にボールを投げ、打ち、走るのである。盲人野球とは言っても必ずしも全盲の選手ばかりではなかったのだが、それでも音と感覚を頼りにゲームを進めていく姿は驚きであった。挨拶に立った盲人団体の代表が「車の運転と飛行機の操縦以外はできる」とジョークを飛ばしたのも納得できる活躍だった。

 音が頼り故、応援と言っても大声を挙げることも拍手することも許されない。観客は静粛にすることを求められるが、それでもなお白熱した競技が行われていた。私にとって、障害者の可能性を見せられたはじめての機会であったと言えるかもしれない。

 公的年金制度に障害年金の制度が置かれていることでもわかるが、障害と言うものは誰がいつなるのかわからないものだ。そして、障害となる因子は多くの人々が持っている。それだけに、障害者の問題は他人事ではなく自分自身の問題なのだ。

 パラリンピックは障害者が世界の大舞台で活躍できる機会であり、障害者の持つ可能性を知らしめる場である。一般的な健常者の競技とは違う難しさがある。例えば盲人野球などは視覚を失って聴覚が研ぎ澄まされたものであるからこそできる競技であり、健常者には逆に難しいものも多々ある。オリンピックは「体育」の延長として文部科学省管轄であるに対して、パラリンピックは「福祉」「障害」問題の延長として厚生労働省管轄である。としても、オリンピックとは「ルール」が多少異なるだけで、本質的に競技に挑むアスリートに違いはない。

 参加者特に日本選手団の活躍を期待したい。

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