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2012年4月15日 (日)

タイタニック沈没事故100周年

                   タイタニック号

 豪華客船タイタニック号が処女航海の途中の大西洋上で沈没したのは1912年4月14日夜半である。氷山に衝突したのは14日夜半だが、実際に沈没したのは15日午前2時23分と言われている。丁度、今日で100年だ。

 定員を収容できるボートを積んでいなかったタイタニックの悲劇が「海の安全」基準を引き上げることにつながったことは良く知られているが、定員を収容できるボートを積んでいたとしても安全とは言えない。最近でもヨーロッパで豪華客船が座礁して死者が出る事故が起きているが、船長は早々に非難し、オフィサーは制服を着用して避難誘導しなかったため誰が誰だかわからない事態となった。気を抜けば、重大事故は常に隣合わせだ。この点は、船舶のみならず航空機でも鉄道でも同じである。

 タイタニック号を描いた作品は多いが、最近では1997年に制作された「タイタニック」が3D映画に作り直されて公開されている。この作品は恋愛ストーリー自体は特に珍しい話でく陳腐の一言に尽きるが、セットとCGで再現されたタイタニック号特に沈没シーンは圧巻であった。

 日本がひっくり返ったのは第二次世界大戦における敗戦であるが、ヨーロッパがひっくり返ったのは第一次世界大戦であった。第一次世界大戦を機にヨーロッパは政治的経済的主導権を新興国アメリカに奪われ、多くの王朝が崩壊した。「タイタニック」では、まさに第一次世界大戦直前の、我々が創造するところの「古き良きヨーロッパ」が描き出されている。クールビズ全盛の時代から見ればまことに奇異に感じられるが、あの時代の英国紳士はツイードのジャケットにネクタイを締めてエベレストに挑戦し、アフリカの砂漠でも背広を脱がなかった。したがって、上流階級ともなればなかなか服装にはやかましく、この点は映画でも再現されている。同時に、服装によって「身分」秩序が整然と区分けされていた時代でもあった。   

        ファイル:Titanic-first-class-reception-room.gif

 必然的に、上流階級と下流階級には今とは比較にならないほどの壁が存在した。これが事故ともなると、下層階級は後回しにされることになる。映画でも三等船客が船室に閉じ込められて非難できない状態にされているシーンが再現されているが、生還者の証言などから船員が非難しようとした三等船客を撃ち殺していたかはともかくとして、上流階級・一等船客の非難が優先されたのは確かである。今でこそマルクス主義的な「階級闘争」という考え方は古臭い印象しか持たれないが、あの時代に下層階級として生きていたとしたら、階級闘争的な考え方に親和性を感じるにハードルは高くなかったのではないかと思えてならない。

 

 

            ファイル:GSC4.jpg

 最近の豪華客船は全てクルーズ客船であって、大型豪華客船による定期航路は最早過去のものとなっている。しかし、社会の階層化や格差、それに低下層になるほど苛酷な環境に置かれ、危機となればリスクを負わされる構造が、いつの間にやら「自由競争」や「自己責任」という言葉の元で世界中で復権を果たしつつある今日、映画を観ることで垣間見ることができる20世紀初頭の世界は、実は遠い過去の話ではないのではないかと思えてならない。

 タイタニック沈没の際に最後まで演奏していた楽団は伝説となっているが、彼らの身分はホワイト・スター・ラインの従業員ではなかった。派遣会社から派遣されてきた派遣労働者であった。労働者派遣はかつて盛大に行われていたものが、労働者の保護として20世紀中盤にかけて禁止され、自由競争の理屈の元20世紀後半から徐々に「先祖がえり」している典型的な分野である。

 氷の海に投げ出されるのは、次はあなたかも知れないのだ。

 

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