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2012年4月

2012年4月30日 (月)

アンサンブル・フォレスト第15回定期演奏会

 私の中学校時代の恩師である森先生の主催する「アンサンブル・フォレスト」の定期演奏会が昨日行われた。久しぶりに生演奏を聴くことができたのだが、理屈抜きで音楽と言うものはいいものだ。

 ひとつでもできる楽器があれば、人生の楽しみが増えることだけは間違いない。プロシア王国のフリードリヒ大王は在位中ハプスブルク帝国相手に戦争ばかりしていた印象しかないが、この人物はフルートを生涯の趣味とし、作曲も手がけている。大抵の楽器の場合、ソロと合奏と両方が楽しめるので、一人でもできないことはないのである。さすがに、トライアングルやカスタネットでは難しいが。

 無論、音楽は鑑賞するだけでも立派に人生を通して味わうことのできる楽しみとなる。

 アンサンブル・フォレストはもともと森先生の教え子中心のブラスバンドであったが、最近では社会人も多く加入して幅が広がっている。音楽を楽しむのに年齢や性別、地位や身分は関係ない。音楽を楽しむ人が一人でも増えることを今後も楽しみにしたい。

 私自身は中学時代は吹奏楽部に属していた。ただし、吹奏楽がやりたかったから入ったわけではなく、文化系の部活が美術と吹奏楽しかなかったためである。音楽鑑賞は好きだが、実技は全く駄目。したがって、今に至るまでまともに演奏できた楽器はひとつもなかった。しかし、これが幸いしてかマネージャーにされて、これが現在の人事・労務管理分野に関心を抱く下地となったのだから人生はどうなるか分からない。加えて、演奏が全くできなくても音楽の世界を楽しむことはできるということを自分自身で立証する結果となった。

アンサンブル・フォレストのホームページ

http://www.geocities.jp/u_f1993/index.html

2012年4月29日 (日)

天皇皇后両陛下が葬儀の簡素化を希望

 天皇皇后両陛下が葬儀と陵墓の簡素化を希望された。国民の間では一般的になっている火葬とすることも併せて希望されていると伝えられている。死してもなお国民とともに歩まれたいと言う大御心を示されたものと受け止めたい。

 大抵の場合、君主と言うものは陵墓と葬儀は盛大にやりたがるものだ。秦の始皇帝がいい例だが、巨大な陵墓と盛大な葬儀は君主の地位と権力のバロメーターとなる。死に行く者にとっての虚栄心を満たせると言うだけでなく、継承者にとっても先代君主の葬儀は後継者としてのお披露目の場である。いきおい、権力を示すために盛大にやりたくなるし、墓所もそれなりのものが欲しくなる。秦の始皇帝陵、ピラミッド、ウェストミンスター寺院、メディチ家の君主の礼拝堂など例には事欠かない。世界遺産のかなりの数が、この手のものである。

 しかし、国力が上り調子の大国であればともかく、いや、上り調子であった筈の大国ですら、豪勢な陵墓と盛大な葬儀で逆に国費をつぎ込み過ぎ、君主の葬列が国家そのものの葬送の行列と化してしまったと言う例も多い。典型的なのが秦の始皇帝陵で、世界最大級の陵墓と世代な葬儀を行うため、秦の国力は疲弊し、始皇帝の死後あっさりと滅亡してしまった。だからこそ、始皇帝陵の周辺からは兵馬俑や銅車馬に代表される驚くべき文化財が次々と出土しており、陵墓本体の地下にはとんでもない物が眠っていることはほぼ確実と見られるまでになっている。始皇帝陵を発掘できないのは、地下に何もないと見られているからではなく、とてつもないものが山のように出土することが確実と見られているためで、これを適切に発掘して保存する体制も技術も整っていないためだ。無論、我が国にはこんな真似ごとができるだけの国力はない。

 立憲君主である天皇陛下としては、最早国家と皇室財産に負担をかける盛大な葬儀も巨大な陵墓も不用と考えておられるのだろう。無論、国家元首であり世界で唯一のEmperorである陛下の葬儀は儀礼上国葬となるだろうが、それもできるだけ簡素にということになる。国民とともに歩まれた陛下は、その人生を省みて、最期まで国民とともにありたいということなのではないか。

 かつて、仁徳天皇は国民が疲弊していることを知って租税を減らし宮殿の修復も後回しとした。後醍醐天皇も民が飢えていることを知ると食事を簡素にしたものにして浮いた分を民に分け与えたと言う。父君である昭和天皇も、自身の地位が危うくなってでも国家国民を最後の破滅から救おうと戦争を終結させた。両陛下の意向は、決して天皇制の伝統から逸脱したものではなく、むしろ民草を慈しむ伝統に沿ったものであり、仁政であり名君の言行と言えないだろうか。

 異論も出るだろうが、天皇皇后の埋葬は江戸時代までは圧倒的に火葬が主流であり、火葬土葬を含めても陵墓は質素なものであった。諸外国の君主の墓所が軒並み観光地化されてしまっているのに対して、我が国ではそのようなことはない。あまりにも簡素・質素で、目を引くような大きさも巨大な建物も彫刻もステンドグラスもないのである。歴代天皇は、簡素な墓所で静かに眠っている。

 私は両陛下の意向を尊重すべきだと思う。このような君主を持ったことを、私は国民として誇りに思いたい。

2012年4月27日 (金)

小沢一郎被告に無罪判決

 強制起訴された元民主党代表の小沢一郎被告に対して、26日に東京地方裁判所が無罪判決を言い渡した。

 市民感覚から言えば、小沢元代表は「限りなく黒に近い灰色」であり、だからこそ検察が起訴を断念した後も「市民感覚」をモットーとする市民の司法参加制度によって強制起訴に持ち込まれたわけである。しかし、そこは刑事訴訟であり、民事訴訟以上に厳密な手続きと証拠に沿って行われる。刑事訴訟のプロである検察が起訴を断念した事件であるから、弁護士が検察官役をつとめて起訴したとしても、有罪に持ち込むことができるという見方はそもそも多くなかった。

 これを受けて民主党における小沢元代表の復権が本格化しそうで、役職停止処分の解除などが見込まれる。と、してもやはり「市民感覚」から見れば金銭感覚は異常としか言いようがない。政治はイコール法ではない。法の解釈と適用が厳格さを求められるのに対して、良くも悪くも民主主義国の「政治」はイメージやムードが先行しやすい。こうした点で、市民常識と余りにも乖離している小沢元代表の金銭感覚は、無罪判決を得たとは言え胡散臭い目を向けられることを免れないであろう。 

2012年4月25日 (水)

JR西日本福知山線脱線事件から7年

 JR西日本による福知山線脱線事件から7年になる。事故が起きたのは2005年4月25日で、当日の事はよく覚えている。当時私は大阪大学の大学院に入ったばかりであったが、コンピューター室にいる時に同志社大学の同期生から「大変なことになっている」という電話が入った。ニュースを検索すると、とんでもないことになっているのに驚いた。

 事故を起こした列車は同志社大学田辺キャンパスに向かう学生を多く乗せていた。その結果、事故の犠牲になった学生も多かった。私自身は田辺キャンパスにいた頃は自転車通学だったが、事故を起こした路線も私用で何度か利用したことがある。

 あれから7年が過ぎたが、事故原因は今なお究明されたとは言えない。運転手が猛スピードを出していたことは分かっているが、何故そのような心理状態になったのかは未だ明らかにされていない。JR西日本は「日勤教育」と呼ばれる社内指導を行っており、苛酷な労務管理が原因だと言う意見もあるが、一方で「日勤教育」は交通関係会社の多くで行われており、JR西日本特有のものではなく大した心理的負荷・圧迫にはならないという話もある。が、仮に日勤教育が原因であるとすれば、他の交通機関でも同じような事故が起きる危険性があるということを考えざるを得ない。

 世間の耳目は、どちらかと言えば経営陣が安全管理を怠ったという刑事訴訟に向いているが、労務管理がどのように行われていたのか、もっとこの問題について掘り下げる必要があるのではないか。

 犠牲となった方々のご冥福を衷心よりお祈りしたい。

2012年4月23日 (月)

なぜ日本人は「歯並びが悪い」のか

 外国人特に欧米人が日本人を見て思うのは「歯並びが悪い」ということだそうだ。実際、言われてみればその通りである。例えば八重歯は欧米では歯並びの悪さとして忌み嫌われるが、我が国では女性の場合チャームポイントにもなっている。古典的な風刺画でも日本人は出っ歯で表現されることが多かったが、そうした風刺は今なおあながち間違った日本人表現とは言えない。

 欧米人と言えども、日本人を遺伝的に歯並びが悪い人種だと思ってはいないようだ。むしろ、問題は矯正の有無である。何故矯正しないのかという疑問を持たれている。日本でも歯科矯正は珍しいものではなくなってきているが、それでも欧米に比べれば歯科矯正は多くないのではないかと考えられる。

 日本では歯科矯正は専ら見栄えのために行われる。無論、欧米でもそれは同じであるが、欧米では単に見栄えのみを意味するものではない。アメリカの貧困社会についての資料を読むと、歯科治療を受けられずに歯がないままの者はそれだけで就職で大きなハンデとなるという記述が見られる。歯並びや歯の白さについても同様に評価対象となる。日本ではあまり考えられないことだが、歯を見ることで人を観るようになっていると言っても良い。

 そこで考えてみると、歯の矯正と言うものは「疾病」ではない以上、保険治療は行われない。つまり、全額が自腹である。そして、歯の矯正は子供の頃に行う必要がある(大人になってからも出来ないことはないらしいが、顎の骨を削るなどの処置が必要になるらしい)。必然的に、親の経済力の格差が歯に反映されることになる。つまり、歯を見ることで「育ち」がある程度分かる。そして、欧米では育ちが日本以上に学歴・人脈(言いかえればコネ)に直結し、学歴・人脈が仕事に直結する。こうした点で影響力は非常に大きい。

 欧米人から見れば、

 「金がないわけはない筈なのに、日本人はどうして貧困者と同じような歯のままで放置しておくのか」

 ということらしい。

 恐らく、欧米人と接して行く上で、第一印象として見られる歯については、今後日本でも急速に矯正の必要を「親」が感じることになるのではないか。英語教育にしても、「国際社会で生き抜くため」ということで小さい頃からやらせることがエリート階級では当然のことになっている(ただし、欧米のエリート階級で行われているノブレス・オブリージュや古典を学ばせることはされていないようだが)。この日本人の傾向に鑑みて、そうした宣伝を行っていけば矯正の方にも飛びつくであろうことは想像に難くない。

 これは、同時に我が国でも歯を見れば育ちや受けた教育がある程度分かるようになると言う事である。既に現時点でも、様々な職場を見ていくと、非正規労働者が多い職場ほど全般的に歯並びの悪い者が多いように感じる。格差が、このようんなところにもより顕著に表れていく時代が来ているのではないかと感じられてならない。

 そのうち、我が国でも採用の第一段階で歯を見て決めると言うような時代が来るかもしれない。人は有り余っているわけだから。

2012年4月21日 (土)

東郷健元雑民党代表の死去に思う

 かつて、数々の選挙に立候補を繰り返していた元雑民党代表の東郷健氏が4月1日に亡くなっていたことが明らかになった。最後まで泡沫候補であり、当選することは一度もなかったのだが、東郷氏の活動が我が国に与えた影響は決して小さなものではない。

 例えば、政見放送において「ちんば、めかんちの切符なんか誰が買うかいな」と発言したくだりがNHKの判断で差別用語としてカットされたことに対して、憲法で禁止されている検閲にあたるのではないかと争った(最高裁判所平成2年4月17日判決)。最高裁はNHKは国営放送ではなく検閲にあたらないという判断を示し、これによって我が国における検閲とは何かと言う定義がされた。そして、結果的にこれ以降は政見放送は例えどのような内容のものであってもカットされないようになった。政見放送における手話通訳、外国で出版されているヌード写真集が日本でわいせつ物にあたるのか、税関検査の合憲性など、憲法学を学ぶ上で東郷氏の関わった事件の判例を外すことはできない。

 この他にも、性的マイノリティーが認知される以前から自身を「おかま」であると公言し、我が国の性的マイノリティーの権利擁護に貢献した点も見逃せない。今でこそ同性愛者であると公言する者は珍しいことではないが、政見放送で同性愛者であることを公言する姿は多くの国民にショックを与えた(「おかま」そのものが同性愛者に対する差別的表現ではないかと言う同性愛者側の指摘もあるが)。

 泡沫候補は今も昔も珍しいものではないが、これほど多くの影響を残した泡沫候補は極めて珍しい存在であったと言えるのではないか。

 妻子に見取られての安らかな最期であったという。御冥福をお祈りしたい。

2012年4月19日 (木)

尖閣買います

                  

 東京都の石原知事が、現在尖閣諸島を所有している民間人から都として尖閣諸島を購入する意向を明らかにした。現在の所有者も前向きな姿勢を示している。

 国は長らく二束三文で「借りて」いたわけだが、所有者が民間人ということは、契約自由の考え方としては中国政府のダミー会社が買う事もできてしまうわけだから、日本の公的機関が買う事は領土の保全のためには意味のあることであろう。

 もっとも、尖閣諸島と東京都との間には何の関係もない。都として何のために買うのかも明確ではない。尖閣諸島を東京都が買ったとしても、あくまでも行政上の区分は沖縄県になるわけで、東京都にはならない。かつては、領土の売買と言うのは割合とよく行われていたことで、有名なところではアラスカがロシアからアメリカに格安で売却された例がある。買った時には「無駄な土地を買った」「ジョンソンの白クマの楽園」などと罵倒されていたが、石油がは発見されるとともにその価値は見直され、やがてアメリカの戦略上も重要な土地となった。

 としても、国家が他国の領土を買うのと、自治体が土地を買うのでは意味が異なる。やはり、こうしたものは国が買い上げることが必要ではないか。

2012年4月17日 (火)

日本が先進国から転落する日

 経団連の研究機関である21世紀政策研究所が、日本は少子高齢化の進行で2030年代以降は先進国から転落しかねないという予測を発表した。効果的な成長戦略を立てなければ日本が先進国から転落する可能性は極めて高いと言うのは、全く同感だ。

 しかしながら、日本をこのような惨状に陥らせた責任の一端は目先の利益に走り、中産階級と若者のチャンスを奪い、むしろ搾取し続ける政策を推進してきた経団連にある。経団連の言うところの「効果的な成長戦略」とは、外国人労働者と移民の受け入れを解禁し、中産下級以下の階層を更に没落させて発展途上国並みの報酬で働く低賃金労働者とし、大企業に富と権力を集中させて日本を離れた多国籍企業化させて国際社会で戦わせ、そのおこぼれで日本を豊かにすると言うものである。言うまでもなく、このモデルの場が日本である必要は全くないし、「おこぼれ」が日本に落ちる保障もない。

 かつて、「メイド・イン・ジャパン」というのは欧米の製品をコピーした粗悪品の代名詞であって、今で言うところの「チャイニーズ・コピー」と同じように見られていたものである。「メイド・イン・ジャパン」が高性能・高品質の製品を指すようになったのは、日本の高度成長期以降の話に過ぎない。このまま行けば、日本は戦前に戻ることになる。

 既に、その萌芽は日本を代表する大企業で見られる。戦後の「日本型経営」のもとでは、身分の安定した現場の労働者が現場で問題を見つけ、それを改善するために頭を使ったものだ。しかし、今や何処に行っても職場には非正規労働者が溢れており、問題を見つけてたところで改善提案してもポイントにはならず、むしろ余計なことをやったと見なされる。非正規労働者が生き残りたければ、労働の質を高めることなく、ひたすら数字をこなすしかない。これでは、現場レベルで改善提案などできるわけもない。結果的に、欠陥があってもそのまま流れていく。昨今多発する日本製品の相次ぐリコール騒ぎの背景には、労働現場がかつてのような質を保てなくなっていることにある。そして、その劣化原因は、中枢労働者を除く労働者を非正規化することを提唱し実践した経団連にこそある。

 多くの国民もまた目先の「劇場」に惑わされるばかりで、「サーカス」を愉しむばかりだ。それが国民の選択であれば、その責任もまた国民が負う事になる。日本が先進国から転落するのは、現状では不思議でもなんでもない。恐ろしいのは、日本を転落させてきた人々がその路線を更に進めるにもかかわらず「日本を復活させる」と喧伝し、国民がそれに期待してしまう事だ。

2012年4月15日 (日)

タイタニック沈没事故100周年

                   タイタニック号

 豪華客船タイタニック号が処女航海の途中の大西洋上で沈没したのは1912年4月14日夜半である。氷山に衝突したのは14日夜半だが、実際に沈没したのは15日午前2時23分と言われている。丁度、今日で100年だ。

 定員を収容できるボートを積んでいなかったタイタニックの悲劇が「海の安全」基準を引き上げることにつながったことは良く知られているが、定員を収容できるボートを積んでいたとしても安全とは言えない。最近でもヨーロッパで豪華客船が座礁して死者が出る事故が起きているが、船長は早々に非難し、オフィサーは制服を着用して避難誘導しなかったため誰が誰だかわからない事態となった。気を抜けば、重大事故は常に隣合わせだ。この点は、船舶のみならず航空機でも鉄道でも同じである。

 タイタニック号を描いた作品は多いが、最近では1997年に制作された「タイタニック」が3D映画に作り直されて公開されている。この作品は恋愛ストーリー自体は特に珍しい話でく陳腐の一言に尽きるが、セットとCGで再現されたタイタニック号特に沈没シーンは圧巻であった。

 日本がひっくり返ったのは第二次世界大戦における敗戦であるが、ヨーロッパがひっくり返ったのは第一次世界大戦であった。第一次世界大戦を機にヨーロッパは政治的経済的主導権を新興国アメリカに奪われ、多くの王朝が崩壊した。「タイタニック」では、まさに第一次世界大戦直前の、我々が創造するところの「古き良きヨーロッパ」が描き出されている。クールビズ全盛の時代から見ればまことに奇異に感じられるが、あの時代の英国紳士はツイードのジャケットにネクタイを締めてエベレストに挑戦し、アフリカの砂漠でも背広を脱がなかった。したがって、上流階級ともなればなかなか服装にはやかましく、この点は映画でも再現されている。同時に、服装によって「身分」秩序が整然と区分けされていた時代でもあった。   

        ファイル:Titanic-first-class-reception-room.gif

 必然的に、上流階級と下流階級には今とは比較にならないほどの壁が存在した。これが事故ともなると、下層階級は後回しにされることになる。映画でも三等船客が船室に閉じ込められて非難できない状態にされているシーンが再現されているが、生還者の証言などから船員が非難しようとした三等船客を撃ち殺していたかはともかくとして、上流階級・一等船客の非難が優先されたのは確かである。今でこそマルクス主義的な「階級闘争」という考え方は古臭い印象しか持たれないが、あの時代に下層階級として生きていたとしたら、階級闘争的な考え方に親和性を感じるにハードルは高くなかったのではないかと思えてならない。

 

 

            ファイル:GSC4.jpg

 最近の豪華客船は全てクルーズ客船であって、大型豪華客船による定期航路は最早過去のものとなっている。しかし、社会の階層化や格差、それに低下層になるほど苛酷な環境に置かれ、危機となればリスクを負わされる構造が、いつの間にやら「自由競争」や「自己責任」という言葉の元で世界中で復権を果たしつつある今日、映画を観ることで垣間見ることができる20世紀初頭の世界は、実は遠い過去の話ではないのではないかと思えてならない。

 タイタニック沈没の際に最後まで演奏していた楽団は伝説となっているが、彼らの身分はホワイト・スター・ラインの従業員ではなかった。派遣会社から派遣されてきた派遣労働者であった。労働者派遣はかつて盛大に行われていたものが、労働者の保護として20世紀中盤にかけて禁止され、自由競争の理屈の元20世紀後半から徐々に「先祖がえり」している典型的な分野である。

 氷の海に投げ出されるのは、次はあなたかも知れないのだ。

 

2012年4月14日 (土)

北朝鮮の弾道ミサイル実験失敗

 4月13日午前中に北朝鮮から発射された「飛翔体」は分裂し燃え尽きた。北朝鮮にとっては、国際社会の反発を受けつつ強行したにもかかわらず失敗してしまったのだから、金正恩政権にとっては最悪の結果になったと言える。「脅しの道具」は手に入らなかった一方で、国際社会のアドバイスを無視したことで反発は高まった。

 日本としても、理想的な結末に終わったと言えるだろう。イージス艦によるスタンダード対空ミサイルによる迎撃やPAC3による迎撃は技術的に万全とは言えないし、一発あたりの金額も普通の武器に比べて桁違いに高い。日本にとっては警報体制を見直し、展開訓練を行う機会にもなった。北朝鮮による恫喝は、結果的に日本を利することになった。脅すつもりだったのに、皮肉としか言いようがない。

 もっとも、北朝鮮がこの程度のことで大人しくなるとは思われない。国際社会を恫喝して援助を引き出すというビジネスなしで北朝鮮と言う国は存続できないからだ。早くも、次は核実験だと言う噂もある。ミサイル実験が一度失敗しただけで、北朝鮮が方向転換するなどとは思わない方がいい。

 今回のミサイル実験の失敗は、朝鮮労働党第一書記・国防委員会第一委員長就任に水を差す結果となった。これでは、関係者は忠誠心が足りなかったと収容所に送られるのではないだろうか。他国の話しながら、一抹の同情を禁じ得ない。

2012年4月13日 (金)

総書記も永久欠番

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 「それでは、皇帝が月の数を越えた時にはどうするのか?」

 カエサルが7月、アウグストゥスが8月の名になっているので、11月をティベリウスにしようと提案した元老院議員に対して。

                               ティベリウス・ユリウス・カエサル

                               (BC42年11月16日~37年3月16日)

 「飛翔体」発射が目前に迫っている北朝鮮だが、最高指導者の金正恩大将が朝鮮労働党の大会で「第一書記」に推戴された。朝鮮労働党のトップの呼称は長い間「総書記」であったが、このポストはどうやら金正日総書記を記念して「永久欠番」扱いになるらしい。つまり、今後は第一書記が朝鮮労働党のトップと言う事になる。

 もともと、「書記」は「秘書」同様に英語の「secretary」を訳したもので、共産圏では党の書記局や書記処の役職者を示すものに過ぎなかった。中国共産党では書記局のトップである総書記とは別に党主席を置いていた時代がある。しかし、民主集中制のもとで党の日常業務を統括する書記局の影響力は強いものとなるのは必至で、ソ連初期から権力は書記局に集まり、書記局のトップが権力も握ることになる。悪名高いスターリンがソ連の最高権力者でいられたのもソ連共産党の書記長であったことが最大の要因である。総書記がいなくなっても第一書記がトップに座るのだから、朝鮮労働党の権力機構に影響はないと見て良いのではないか。ちなみに、「第一書記」「書記長」「総書記」は時によってそれぞれ名前が変わることがあり、大抵同じ呼称で役職が併存していることはない。スターリンは書記長だったが、後を継いだフルシチョフは第一書記だった。

 北朝鮮と言えば、金日成主席を記念して「国家主席」を永久空位にしたことで北朝鮮の外交使節団が持参する信任状が「死人」の名義で作成され、外交儀礼にやかましいヨーロッパ諸国を中心に失笑を買ったことは記憶に新しい。今度は総書記を永久空位にすることになったが、これでは代を重ねるごとにポストがわけのわからないものになっていきそうだ。

2012年4月11日 (水)

北朝鮮の自称「人工衛星」発射秒読み?

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 北朝鮮当局は自称「人工衛星」の組み立てを終わり、打ち上げると称している人工衛星の実物公開まで行った。・・・が、何とも奇怪な話。

 日本を含む先進諸国では精密機器の塊である人工衛星は厳重に管理された清浄な室内で保管・組み立てられ、防塵には大きな注意が払われている。ところが、北朝鮮の「人工衛星」は外国の報道陣が別段防塵措置もなく近づけ、しかも触ることができたと言う。偽物であるならば理解できる話だが、本当に打ちあげようとしているとしてもそれはそれで怖い話だ。一番大切な人工衛星の部分についてまともな管理がされていないわけだから、ロケット本体もどうなっている分からない。打ちあげて故障したくらいならばいいが、暴走の上に変な所に落ちてくるかもしれない。北朝鮮当局は衛星に自爆装置を搭載していると表明しているが、自爆装置も本当に作動するのかこれまた怪しいものだ。先進諸国のロケット開発でも失敗の連続であったことは良く知られている。かかる北朝鮮が本当にモノになる人工衛星を打ち上げることができたら、それこそ「テドンガンの奇跡」とでも呼ばれるだろう。

 ミサイル技術とロケット技術は一卵性双生児のような存在であり、平和利用と喧伝されたとしても安心できるものではない。仮に北朝鮮の人工衛星とロケットが誰しも認めるような民生目的のものであったと確認できるものであったと仮定しても不安は残る。ところが、北朝鮮は模型まがいのものを出してきたのだから、これではかえって「人工衛星打ち上げに偽装した弾道ミサイル実験」という疑惑を深める結果になったと言える。

2012年4月 9日 (月)

鳩山元総理のイラン訪問

 政府与党内に多くの止める声があったにもかかわらず、鳩山元総理はイランに向かい、アハマデイネジャド大統領と会談した。

 鳩山元総理は既に一議員であり、政府の特使として派遣されたわけでもない。しかし、「元総理」であり、政治的影響力があることを考えると、イラン側に無用な誤解を与えかねないところだ。

 もっとも、イラン側が鳩山元総理の過去の言動を知っていれば過剰な期待は抱かないだろうが・・・

2012年4月 7日 (土)

「男たちの大和」

                  

 4月7日は、1945年に沖縄特攻作戦で戦艦大和が沈没した日である。戦艦大和を取りあげた作品は多いが、中でも秀逸なのが逸見じゅんの「男たちの大和」である。数年前には松山ケンイチ主演で映画化されたので、ご覧になった方も多いだろう。

 私は中学1年か2年の頃に原作を読んでいる。当時からこの作品には、他の作品と違ったものを感じていたのだが、当時の私にはそれは分からなかった。それが分かるようになったのは、二十歳を過ぎた頃である。

 「男たちの大和」は下士官兵に焦点を当てた作品なのだ。戦後、士官・士官相当官経験者はフイクション・ノンフイクション問わず多くの作品を残しているが、下士官・兵経験者は士官に比べて圧倒的に多数派であったにもかかわらず、ほとんど書き残していない。これは、士官がインテリであったのに対して、下士官兵はおおむね農家の次男以下の人々で、高等教育を受けていなかったためであろう。「書き遺すこと」という行為自体、思いつかなかったのかもしれない。また、職務自体が組織全体を見渡せると言う性質のものでもなく、断片的な経験ではその人物がその艦艇の中でどんな位置付けの仕事をしていたのか、それすら分からないことになる。しかし、彼らが何も考えていなかったわけではないし、何も後世に伝えたいと思うものがなかったわけではなかった。作者は、「大和」と関わった多くの元下士官兵にインタビューを行い、作品をまとめ上げている。

 映画版は原作のエピソードをカットしたり短縮したりして「寄せ集めた」感が強いが、映画の時間の中に納めるには仕方がなかっただろう。まして、原作の「男たちの大和」には特定の主人公が設定されているわけではない。一応、機銃員であった内田貢という下士官出身者の周辺の記述は多いが、これは内田元兵曹が生還者であり多くのエピソードを口述できたためだろう。

 当時の中産階級以下の階級で軍隊や戦争はどのような位置付けであったのか、当時の中産階級以下の層であった下士官兵のエピソードを読み込むことで、その一端がおぼろげながら分かってくる。どうしても私が感じてしまうのは、貧困国の悲しさだ。徴兵された人々はもとより、志願した人々のエピソードにも「家が小作農で食っていく道がなかった」「子だくさんで家に居場所がなかった」「金がなくて高等教育を受けられなかった」というようなものばかりだ。「憂国の情」だとか「軍人の勇ましさに対する憧れ」などはほとんどないと言ってもいい。はやり、軍隊といえども経済社会を構成する一つの機関であり、その経済社会の状態と無縁ではいられないのだろう。

 大和を中心とする第二艦隊特攻作戦については当時から現在に至るまで多くの批判と謎が残されているが、私が疑問に感じているのが戦死者の特進の問題である。

 特攻作戦の戦死者は原則的に二階級特進であり、下士官・兵については三階級特進や四階級特進と言う規定もあった。これは単に戦死者の名誉のためだけでなく、遺族にとっても重大問題だった。何故ならば、戦死者に対する恩給は階級によって決められるからである。これは、職位が低くとも平均標準報酬額が高ければ遺族年金も高くなると言う現在の遺族厚生年金のシステムとは全く異なるものだ。

 四階級特進であれば、仮に実戦部隊の最下級である二等水兵でも二等兵曹に昇進できる。当時の官公庁の身分制度は現在のキャリアに当たる高等官とノン・キャリアにあたる判任官があり、士官は高等官、下士官は判任官であった。ここまでが「官吏」というカテゴリーに入る。一方で、兵は官吏には含まれなかった。兵の位置付けを軍以外の官公庁に当てはめると「雇員」や「雇人」という身分に相当し、これは「臨時雇い」に近い性質のものである。「兵は一千五厘のはがきで引っ張れる」という話があったくらいだから、当時の当事者の認識もまさに「臨時雇い」であったわけだ(実際には召集令状がはがきで送付されることはなかったのだが)。四階級特進制度によって、最末端の兵でも官吏たる下士官に昇進できるようにしたわけである。戦死者に対する遺族恩給について、通常の戦死と特攻による戦死で区分けして、特攻死を優遇する制度で、どうせ死ぬなら自発的に特攻に行かせようと言う制度設計の恐ろしい意図が読み取れる。

 第二艦隊の沖縄突入作戦は、作戦立案時から水上部隊による特攻作戦であることは認識されていた。第二艦隊の伊藤司令長官以下兵の末端に至るまで、特攻作戦であるという認識を抱いて出撃して行った。ということは、戦死者は最低でも二階級特進の栄典が与えられ、遺族には特進後の等級に基づく遺族給付がなされてしかるべきところである。ところが、そうはならなかった。

 「男たちの大和」の単行本の末尾には、大和乗組員と第二艦隊司令部職員等として大和に乗り組んでいた戦死者の膨大な名簿が収録されている。これを見るだけも大和での犠牲者数の多さを実感させられる。一人ひとりの名前を目で追う度に、一人ひとりの人生があったことを思い起こさない者はいないであろう。

 大和乗り組みの筆頭には艦長として戦死した有賀幸作大佐の名が記されている。有賀館長は二階級特進して海軍中将となっている。一方、その他の戦死者は一階級特進に留められている。下級士官から下士官兵は基本的に特進の措置は取られているが、全て一階級特進である。

 何故、「特攻作戦」にもかかわらずこのような差異が取られたのだろうか。作戦が失敗したからか。大和沈没の直前に伊藤司令長官は作戦中止を命じたという説があるが、そのためなのか。伊藤司令長官の戦死後に先任指揮官として指揮権を引き継いだ古村第二水雷戦隊司令官が撤退を命じたからか。納得できる答えには未だ辿り付けていない。

                戦艦大和

2012年4月 5日 (木)

アメリカ大統領選挙で候補者出揃う

 11月に行われるアメリカ大統領選挙に向けて、共和党の候補者としてロムニー元マサチューセッツ州知事が指名を獲得することが確実な情勢となった。アメリカの大統領選挙は二大政党の対決であり、第三党の候補者が当選したケースは過去に一回しかなく、近年は選挙人の獲得すらほとんどない。よって、共和党のロムニー候補と現職のオバマ大統領の事実上の一騎打ちとなる。

 オバマ大統領は初の黒人大統領として、2008年の大統領選挙で当選した時は歴史的な出来事であると言われたものだ。日本でも大統領就任式がテレビ中継され、深夜にもかかわらず多くの日本国民が新たな時代に興奮した。

 しかし、オバマ政権はメイン政策であった公的健康保険制度の創設が共和党多数の議会と保険会社のロビー活動によって骨抜きにされ、大統領選挙でオバマを支持していた中間層以下の層からは失望の声が上がっている。

 一方で、先の中間選挙から力を持ってきているのがティーパーティーと呼ばれる草の根の保守派だ。日本でも片山さつき参議院議員などネオ・リベラリズム勢力が「日本版ティーパーティー」などと自称していたことがあったが、アメリカのティーパーティーはキリスト教的保守主義的な価値観に政府の介入を伝統的に懐疑的に見る考え方が組み合わさったもので、必ずしも日本で言うところの保守とイコールではない。特にキリスト教保守派の中には「神の国」が実現されるためには前提条件として「ハルマゲドン」が必要であり、早くハルマゲドンを起こしてくれるよう政府や議会に要望する活動まで行われている。彼らの言う「神の国」が実現される日には、神道勢力に近い日本の保守派などは「異教徒」「偶像崇拝者」として地獄の火の中に投げ込まれることになるだろう。日本的な発想でアメリカで保守派が復権してきていると考えるのは明らかに間違いだ。

 そして、共和党には比較的リベラルな立場の者から、異教徒との戦いを辞さないような過激な勢力まで含まれており、この点でひとくちに共和党支持者・党員と言っても、特定の候補者が共和党支持層をまとめ上げるのは容易なことではない。加えて、ロムニー候補自身が伝統的なアメリカのキリスト教保守派から見れば異端異教とされるモルモン教の信者である。その拒否反応はカトリックであったことで反発を受けたケネディー大統領の比ではない。加えて、人工中絶や避妊、婚前交渉などの賛否をめぐる根深い対立もある。日本人はアメリカ人は性に寛容だと思いがちだが、実はそうではない。

 利益対立であれば妥協点を見出す余地もあるだろうが、宗教的信条の差異を背後にしている共和党の党内対立の解消は容易なことではない。こうした点も考慮すると、目立った得点があるわけではないが、大統領選挙は現職のオバマ大統領に有利と言えるのではなかろうか。

2012年4月 3日 (火)

自民党の生活保護削減案

 自民党が生活保護を10パーセント削減することを次期総選挙の公約に盛り込む意向であることが明らかになった。民主党政権がばら撒きをしたことが生活保護激増の原因であるとして、「自助」を促すことを大義名分としている。

 まことに、自民党は過去の反省が全くないようだ。そもそも、生活保護受給者が激増したのは民主党政権になってからではなく、自民党政権の黄金時代であった小泉時代である。加えて、非正規労働者を増やし、中小企業への配分を減らし、中間層以下から吸い上げる政策を実施したのもワーキング・プアと呼ばれる下層階級を増やしたのもまさしく自民党であった。黄金時代の自民党は「新自由主義」を掲げ「自己責任」を喧伝し、「努力不足」の名の元に弱者を切り捨てていた。その前歴を全く反省していないようだ。悪い冗談にしか聞こえない。

 雇用状況・労働条件の改善を行わなければ、技術習得などさせたところで何の役に立つのか。過去も現在も、生活保護受給者に職業訓練は行われているが、ミスマッチも相俟って改善の役にはほとんど立っていない。失業者全般の教育訓練も似たような状況で閑古鳥が鳴いている。

 「働ける世代」だからと言っても、ミスマッチはいかんともし難い。原発で人員不足だからと言って、未経験者を強制的に割り当てて働かせるような社会主義国のような真似ができるわけもない。少なくとも、現状の生活保護以下のレベルにしかならない最低賃金制度は改められるべきだ。飢え死にしないレベルであれば足ると言う発想は、人たるに値する生活を保障すべきとした最低賃金制度の理念とは明らかに乖離している。

 かつて、ワーキングプアが問題になった時、政権与党の椅子にあった自民党は「飢え死にせず生きていられるだけまし」「発展途上国に比べれば豊かな生活」だと言い放っていた。最後の砦である生活保護制度を機能不全に陥らせれば、貧困層は犯罪に手を染めて生きるような道を選択する者が増えるであろうし、国に対する信頼は更に失墜する。生活保護費を減らしたところで、新自由主義と言う過去の自民党の政策の延長では改善は絶望的だ。それを自覚していない自民党首脳にも、最早呆れるほかない。

 無論、不正受給は厳格に取り締まられるべきだが、生活保護受給者を締め上げるだけでは解決策になるまい。過ちは、繰り返される。

2012年4月 1日 (日)

フォークランド紛争から30年

              イギリスの国旗     アルゼンチンの国旗 

 1982年4月1日の夜にアルゼンチン軍が英領フォークランド諸島(アルゼンチンはマルビナス諸島と主張)に侵攻し(サウス・ジョージア島には1982年3月19日侵攻)、フォークランド紛争は本格的な武力衝突となった。フォークランド紛争直前のイギリスは不況続きで軍の縮小が行われ、フォークランド諸島の主権をアルゼンチンに譲渡することが検討されるなど、かなり「弱腰」な姿勢を示していた。それをアルゼンチンに「付け込まれた」というのが紛争の端緒である。

 アルゼンチンが武力紛争と言う思い切った手段に出たのは、人口も少なく、交通の要衝でもなく、当時としては目立った資源もなく、本国からも地球を半周しなければならないほど隔絶した島をイギリスが武力で取り戻すメリットは何もないから、まさか反撃してはこないだろうと考えていたためだった。もし、フォークランド=マルビナス諸島を実効支配しているのが日本だったらアルゼンチンの思い通りになっただろうが、当時のイギリス首相は「鉄の女」の異名を持つマーガレット・サッチャーであった。反撃に尻込みする閣僚たちに向かって「この内閣には男は一人もいないのですか!」と言い放ったエピソードはよく知られている。

 サッチャー首相が一転して強硬な態度に出たのは、香港やジブラルタルなど同様の問題を抱えており、フォークランド諸島でのアルゼンチンのやり方を容認すれば同じ事が波及するという危機感を抱いたためで、ついでに言えばイギリス人は伝統的に戦争とサッカーには熱心である。

 かくして、イギリス艦隊は地球を半周してフォークランド諸島に到着してアルゼンチン軍を撃破して主権を奪回した。縮小されたとは言ってもイギリス軍は近代的な兵器や情報システムを持っていたのに対して、徴兵主体のアルゼンチン軍は装備も旧式で士気も低く、こうしたところが勝敗の分かれ目になったと言われる。もっとも、補給能力の低いアルゼンチンが本土からかなり離れたフォークランド諸島で戦ったことがアルゼンチンに不利に働いた感はあり、もしよりアルゼンチン本土に近いところで戦いが行われていたらどうなったか分からない。

 フォークランド紛争後、イギリスはフォークランド諸島に防空部隊と艦艇を定期的に派遣して防備を行う事になった。ある意味では、サッチャー政権初期にアルゼンチンに主権を譲渡するような態度を示してしまったことが、戦争とその後の継続的な部隊派遣というツケになってしまったと言える。何より、赤字を理由にしてイギリス軍の大幅縮小・外洋遠征能力の削減を行ったことが、アルゼンチンに付け入る隙を与えたわけで、同じような理由で国の機能を削っている日本の行く末が思いやられる。

 ちなみに、紛争後にこの海域からは海底資源が発見され、島の重要度は高まっている。一方で、喉元過ぎれば何とやらはイギリスも同じのようで、イギリスは航空母艦を事実上全廃、揚陸艦も早期退役させて海外売却と、フォークランド紛争前の軍備削減と同じようなことをしている。紛争から三十年を経て、再び該当地域で緊張が高まっていると言うのは、歴史は繰り返すと言うべきか。

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