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2012年1月

2012年1月31日 (火)

シリア内戦

                      シリアの国旗

 チュニジア、エジプト、リビアと続いてきた「アラブの春」は、中東の独裁国家リビアにも及んでいる。アサド親子による独裁政権が続いてきたが、国民の不満は大きいようだ。首都であり古都ダマスカス周辺でも政府軍と反政府軍の戦闘が続いており、最早内戦状態であると言える。

 もっとも、国民の不満が独裁政権に対して爆発し政府転覆に至ったとしても、更なる混乱に発展し一種の「無政府状態」という最悪の事態に陥る可能性もある。既にイラクでは中央政府の統制が及ばない地域が多々あり、リビアでもカダフィ派の都市が政府の関係者を追い出して自治を宣言した。もともと中東は国家意識よりも部族意識が強いところであるから、中央政府の統制がなくなれば、部族社会が顔を出してくる。仮に中央政府を転覆させたとしても、スムーズな政権移行がなされなければ、混乱は更に拡大することになる。

 反政府勢力が中央政府を転覆させた後に見られる現象としては、旧政府の追放・粛清することだ。恨み重なる上で革命が起きるのだからある意味仕方がないことと言えないこともないが、反政府勢力にテクノクラートが多いことはあまりない。大抵は、素人に近い人々が中央政府の要職に就くことになる。旧政権の人材を生かせないと、大抵は報復の連鎖と混乱が続き、事態を更に悪化させることになるという顛末を辿ることが多い。

 完全な政権崩壊を起こせば、その後の混乱は必至だ。だからこそ、ある程度のところで「妥協」が必要であろう。国際社会も、双方に妥協を促す努力をする必要がある。何もせずに旧政権が崩壊した場合、当事国のみならず周辺諸国に与える混乱は避け難い。

2012年1月29日 (日)

中国共産党の本音

                    Flag of the Chinese Communist Party.svg

 国と国の間には国家利益しかない。

 イデオロギーや政治制度が一緒だから仲間になれるなど空想にすぎないのだ。

 重要なのは、自ら改革し、国を豊かで強くすることだ。

                       周天勇中国共産党中央党校国際戦略研究所副所長

 中国共産党中央党校と言うのは、中国共産党の高級幹部養成機関である。この高級幹部養成機関の要職にある人物の発言だが、党の公式見解ではないにせよ将来の中国共産党を担う高級幹部の思想思考に大きな影響を与える立場の人物の発言と言う点で注目される。

 イデオロギーや友情ではなく利益至上主義というのは、残念ながら国際社会の現実である。したがって、私はこの中国共産党幹部の意見に全く賛成だ。中国と言えば「中日友好万歳!」と「乾杯!」で長らく日本に対しては友情を協調して譲歩を引き出してきたが、本音は別のところにあったことは疑いようがない。もっとも、中国共産党の本音の方が国際社会では常識なのであって、本音薄々感じつつも中国に対してまともな対応が取れなかった日本の歴代政権の方が情けないと言うべきであろう。

 幸いにも中国共産党幹部が「本音」を暴露してくれた。今後、中国とは本音でぶつかる必要がある。しかし、中国を恐れる必要は何もない。イデオロギーや友情と異なって、感情論ではない利益と言うものは現実的な妥協が可能である。同時に、我が国も経済的軍事的社会的に強さを取り戻すことこそ、国際社会で発言力を維持して行くことのできる道であろう。

 18世紀以降、中国は絶え間ない欧米列強と日本の侵略に晒され、塗炭の苦しみを味わってきた。ゆえに、彼らの言い分には悲惨な状況から抜け出してきた重みがあると感じているのは私だけではないのではないだろうか。

2012年1月27日 (金)

ホルムズ海峡危機

                       イランの国旗

 イラン政府はいざとなれば実力でホルムズ海峡を封鎖できると世界中にPRしている。これを受けてアメリカは空母機動部隊を展開させ、緊張が高まっている。日本に輸入される石油の実に8割がホルムズ海峡を経由して運ばれており、該当地域で紛争が勃発すれば日本経済への打撃は必至だ。既に噂が流れているだけで影響は生じつつある。

 かつて、イラン・イラク戦争によって世界中でオイル・ショックが起きた時、日本経済も大きな打撃を受けた。あれから三十年が過ぎているのに、日本の中東石油への依存の体質は全く変わっていない。シーレーンを守らなければならないと言う国民的合意は形成されつつあるが、かといって艦隊を派遣して実力でというのも実際には難しい。

 アメリカはイランとの戦端を開くことで「戦争景気」を起こしたいと言われている。確かに、かねてよりアメリカの最大の景気刺激策は戦争であった。戦争によって金が回るようになり、戦争と言う公共事業が失業者を吸収した。第二次世界大戦の勃発で軍需工場に職を得た黒人労働者が「神よ、ヒトラーに感謝します」と祈ったと言う話もある。しかし、911事件以降のテロとの戦いを進めて来たアメリカだが、経済格差と貧困は深刻になるばかりだ。戦争をはじめても、残念ながら金は富裕層に回るだけで中産階級以下には回らなくなった。この傾向は必ずしも戦争景気だけではないのだが、アメリカ経済の構造的な問題と言える。

 アメリカに戦争景気への期待が全くないと言えば嘘になるだろうし、二十世紀の大きな戦争に参加することで経済と民主主義の発展を期してきた民主党政権が過去の成功体験をもとに「奥の手」として考えている可能性は十分にある。しかし、イランと開戦してもイランの軍事力ではアメリカがイラン軍を壊滅させるのにそれほど時間はかからないだろう。無論、イランの国土を占領するのはゲリラ戦もあって難しいだろうが、最新兵器をつぎ込むと言う戦争にならない以上、残念ながら金は回らない。戦争になろうがなるまいが、戦争が激化しようが、実のところアメリカにとってイランとの開戦は経済起爆剤にならない可能性が高いように思われる。それでもなお、過去の成功体験と言うのは恐ろしいもので、なかなか抜け出せない。

 日本としては、アメリカに協力せざるを得ない立場ではあるが、日本にとって何が重要かを第一に考えて行動する必要がある。大切なのはシーレーンの確保であり、それをイランが脅かすならば実力での排除も致し方ない。しかし、アメリカに加担してイランを石器時代に戻すというような行為には加担すべきでない。残念ながら、今の日本の指導者では、シーレーンを守れない一方で石器時代に戻すことに加担してしまう可能性がありそうである。

2012年1月25日 (水)

9月入学制度の是非について

 東京大学が現在の4月入学を欧米諸国にあわせて9月入学にするべきだという報告をまとめた。おおむね旧帝大系の国立大学はこの動きを歓迎しており、古川国家戦略担当相もこれにあわせて国家公務員の採用を9月にしてはどうかという発言をしている。今後、この動きが強まる可能性は高い。

 ただし、9月入学にしたとしても、ただちにそれで留学生が増え或いは日本人学生の留学が増えるとは思われない。既に十数年前に欧米に併せてセメスター制と呼ばれる前期後期の二分割に学期を分けることが定着し、これによって9月からの後期にあわせて留学が増えると見込まれたが、実際には留学生も増えず留学も増えなかった。我が国への留学が敬遠される背景としては研究室が理系を中心に概してギルド的な体質を持ち学位取得も難しいこと(教室の主任教授が学位を持っていないこともまま見受けられる)、日本人留学生が少ない理由は就職に際して留学経験が大した評価を受けないことにある。つまり、将来につながるメリットがないのだ。

 大学入学までの半年間ボランティア活動をしろと言われているが、そもそもそのような義務として設けられたボランティアにどのような意味があるのか。国家公務員や司法試験を目指す者は入試終了後ただちに目的に向かって勉強をはじめたいだろうし(多数の者は、そうやっても受からないのだ)、勉強したいと大学に入ろうとした者が半年間も入学させてもらえないというのではただでも少ないやる気も削がれよう。親の世代の資力が落ちている現在、半年間社会に出ることが遅れると言うのはそれだけでも負担になるし、ボランティアをするくらいならアルバイトを選ぶ者の方が多いのではないか。

 私は9月入学制度はそれはそれであってよいと思う。しかし、9月に統一する必要まではないのではないか。制度移行に際して見込まれる混乱に比して、メリットはそれほど多くない。4月入学を基本としながら、定員の2~3割程度を9月入学に割り振り、9月の2回入学として多様な学生確保を目指してはどうかと考える。

2012年1月23日 (月)

新年快楽!

 今日は農暦の春節であり、かつて日本では「旧正月」と呼ばれていた日である。明治時代に太陽暦を導入して以降、日本では暦上の1月1日を新年として祝うようになったが、台湾や中国では太陽暦導入後の現在も旧暦の1月1日を春節として祝う。

 大陸で「民族移動」と称されるほど大規模な帰省ラッシュが起こるのもこの時期だが、日本留学中の留学生たちにとっては大抵大学の試験時期と重なるから、正月らしくない正月となることが多いようだ。

 台湾の「お年玉」は赤い袋に入れて配られる。90年代の台湾では「500円以下の現金授受は買収にあたらない」ということで、政治家が有権者にお年玉をばら撒いていた。日本では清貧と見られている李登輝総統や金がないと言われていた陳水扁総統も、郷里で数千万円を配っていたと言う話がある。ただ、それも過去のことであり、選挙は買収も供応も減って、候補者同士が政策を戦わせる場に変化しつつあるとの事。ある意味では、格段の進歩であると言える。ただし、「赤い袋」という言葉はは「賄賂」「買収」などの隠語として残ってはいるそうだ。

 

 今年も良い年になることを祈る。

 謝謝大家!

          水野 勝康 拝

地方自治体への権限移譲は本当にいいことだらけか

 「もともと日本は地方に権力があったにもかかわらず、明治維新で中央集権の官僚国家を作った。官僚主導の国から脱却するために、これからは地方に権力を移さなければならない」

 こうした掛け声は1990年代半ばからあったが、地方自治体の長が実際に大幅な権力移譲を求めて実力行使に出るようになったのは2000年代も半ばを過ぎてからの事である。しかし、こうした動きを簡単に「善」」とし、中央集権と官僚を「悪」であると断じるのは早計だ。

 まず、分権国家は国際社会での発言権が間違いなく低下する。国として統一した方向性を示すことが難しくなるし、ロスも増えるからだ。実は、アメリカも各州がかなり自立していた時代には国としてまとまった手をなかなか打つことができず、国際社会での発言権は極めて低かった。それでも建国間もないアメリカと言う国が生き延びることができたのは、当時の欧州列強諸国から離れたアメリカ大陸に建国されたからである。抗争の中心地から遠かったことが利点となった。

 ドイツもウェストファリア条約以降は300余の諸侯国の連合状態が長く続いた。この結果、ドイツの統一はプロイセン王国が強力になってきた19世紀に入ってからとなった。ドイツが産業革命に対応できず、同時代のイギリスやフランスと比べて弱い国力しか持ち得なかった背景には、統一の遅れと中央集権体制=効率の良い意思決定システムの構築ができなかったことがある。この点は、フランク帝国の崩壊以降小国に分裂して近代に至るまで統一されることがなかったイタリアも同じだ。

 強力な権限を持つ自治体と貧弱な中央政府と言う組み合わせが実現した場合、地方が独自色を発揮して発展できると喧伝されているが、そのようなバラ色の未来は期待できないのではないか。むしろ、日本と言う国の解体につながる公算が大であるように思われる。小国の連合体のようになれば、それこそ対外的な発言力は低下する。実際、第二次世界大戦後のモゲンソー・プランでは、ドイツの国力を低下させるために300の小国の寄り合い所帯に戻そうと言う提案がされていたほどである。モーゲンソー・プランが通らなかったのは、ドイツをそのような状態にすればヨーロッパの貧困地帯となり、戦争防止以前の問題として西側東側ともに「お荷物を抱え込む」ことを恐れたからにほかならない。

 既に戦国時代においても、大名の中には外国勢力と結びつき、領土などを「寄進」することによって武器兵力の提供を受けると言うことをしていた者が少なくなかったのだ。有名な長崎も、「教会領」としてローマ・カトリックに寄進されていた過去がある。強力な権力を持った地方自治体が自治体の利益のため他の自治体の不利益や国益など知ったことではないと外国勢力と結びついて、外患誘致のような過激な行動に出るかは別として、好き勝手な行動に走る危険性は非常に大きいのではないか。

 いずれにせよ、今まで国がまとめて行ってきたことができなくなるということは、実はデメリットも大きい。ミスマッチも増えるだろう。また、中央官僚が特権階級化したという非難があてはまるならば、権力を移譲された地方で同じようなことが起こる可能性は否定できない。国会議員に比べて首長・地方議員が広い視野と知識を有していると断じることはとてもできないし、役人に頼らなければならない構図に変化が生じるとは思えないからだ。「地方の時代」を選ぶのは国民の自由意思に委ねられているが、従前の閉塞感が劇的に解消されるわけではないし、負担や自由の制約が増える可能性もあるということを知悉する必要はあるのではないか。いずれにせよ、騙されたと分かった時にはもう遅い。

2012年1月22日 (日)

吉田市長に対する長久手市公開レクチャー

 長久手市の吉田一平市長に対して市の職員がレクチャーを行い、これを一般市民に公開すると言う試みがなされた。これは吉田市長の町長選挙における公約であり、公約が実現したことになる。事実上の政策立案者である職員側の情報公開や政策の立案プロセスを公開すると言う試みは大いに評価されてよい。

 今後は、これを更に発展させていく必要がある。今回のレクチャーは町長就任から四箇月も過ぎて行われている。レクチャーの資料作りに時間もかかるだろうし、土曜日に職員に出勤を命じることになるのだから不払い残業させるわけにもいかないので、そうした調整に時間がかかったであろうことは容易に想像できる。もちろん、非公開で説明を受けてきてはいると思われるので実務上問題はないだろうが、市民への政策立案プロセスの公開を意図しているのであれば、より早い段階で行えるようにすること、またレクチャーも就任時のみではなく定期的に行う事も検討されてよい。

 アメリカでは、選挙前に候補者が求めればレクチャーが行われる。反対党の候補者や新人であっても差別はないことになっている。共和党政権の閣僚が民主党の大統領候補に対してレクチャーを行うことすら珍しくない。アメリカでは当選してから就任までに大抵は数箇月間あるが、この間は大統領当選にんであれば現職大統領と同等のレクチャーを受けることになっている。

 今回のレクチャーの試みは、あくまでもユニークな発想と強烈な個性を持つ吉田市長ゆえに行う事ができたと言える。今後は、一過性のものとならないよう、市政のプロセスの中に組み込んでいけるかが重要となるのではないか。

 

2012年1月21日 (土)

尾張名古屋共和国

                 名古屋市旗   愛知県旗

 名古屋市の河村市長が「名古屋市の周辺地域を併合し『尾張名古屋共和国』として独立」と言えば、愛知県の大村知事も「愛知県を独立させよう」などと言い出した。どちらが国家元首になるつもりなのかは知らないが、国際法上は「尾張名古屋共和国」の建国については何の問題もない。大阪の橋下市長も「大阪の独立」と言っているが、これも可能である。

 近代的な主権国家の要素は「統治機構(政府)・一定の領土・国民」である。イスラエル建国の場合には政府を一から作り、領土と国民を定義づけなければならなかったが、自治体が新国家として独立する場合、国家の要素は既にもっていることが一般的である。名古屋市役所が尾張名古屋共和国政府となり、名古屋市域が尾張名古屋共和国の領土となり、名古屋市民が尾張名古屋国民になるだけのことだ。なお、モンテビテオ条約ではこれに加えて国家としての外交当事者能力を要求しているか、一応の渉外業務ができている現状に鑑みれば、満たすのは難しくはなかろう。

 独立に際しては、別段国民投票や議会の議決を必要とするわけではない。手続き上は、河村市長が日本からの独立と建国を宣言すれば足りる。かつては放送局を占拠して短波放送で全世界に向けて宣言したものだが、今やインターネットという便利なものがあるから、世界への発信は非常に楽になったと言える。

 尾張名古屋共和国として独立した場合、日本国政府と別段の定めがなければ、現在の名古屋市とその周辺自治体の住民は日本国籍を喪失し、尾張名古屋共和国国籍となる。国際法上の原則として、住民は土地に従属して国籍が移動することになるためで、日本国が二重国籍を認めていない以上、私も含めて日本国籍を自動的に喪失するものと考えるしかない。もちろん、今まで使ってきたパスポートは使えなくなる。

 このような国籍の変化は、恐らくは近代国際法が生まれたヨーロッパにおいて、国の領域が封建諸侯の婚姻や相続によって変遷を繰り返したためであると考えられる。ヨーロッパでは支配階層である封建諸侯を含む貴族階級は国境を跨いで婚姻することが一般的であり、移動することが一般的であったのに対して、被支配階層である住民は基本的に農民であり土地に付着して移動しないものであって、土地と一緒に渡すしかなかったのであろう。無論、難民は生まれている。そして、独立や領土の割譲において、別段の定めがなされることは珍しくない。日本が朝鮮半島を併合した時には原則に従って大韓帝国国民は自動的に日本国民となったが、台湾を併合した時には台湾住民は清王朝との国籍の選択が認められた。よって、尾張名古屋共和国と日本国との間で、話し合いがまとまれば、国籍選択の機会を与えることは可能である。

 名古屋市議会では「日本国の法律の未整備」云々が議論になったようだが、まことに勉強不足な話だ。独立に際して元の国の国内法がどうなっていようが、独立国の側としては知ったことではない。国家は領土の喪失を嫌うから、領土の分離規定などそもそも存在していないことが普通であり、むしろ独立を絶対に許さない規定を置いているところの方が多い。台湾は今でもアフガニスタンやモンゴルの一部まで含めた大陸を含めてむ領土と言う事になっているし、中国は「反国家分裂法」によって「神聖な領土」は絶対に分かつことがないと定めている。

 独立と言うと、大抵は「独立戦争」とセットになっている。元の国は一般的に領土の喪失を嫌うし、独立に反対する勢力が大抵存在しているからだ。イギリスからアメリカでも独立戦争を戦い抜き、更に国内の王党派を追い出して最終的に独立を勝ち取った。つまり、独立を妨げる勢力を実力で排除することが必要になると言う事で、この点名古屋市は軍隊を保有しているわけでもないから、日本政府が独立を認めず実力で独立を潰そうとした場合、実力で独立を勝ち取ることは容易なことではないだろう。

 元の国が独立を認める場合、独立戦争で負けたからだとは限らない。平穏に独立が果たされた場合も珍しくない。例えば、チェコとスロバキアの分離は「円満な離婚」に例えられ、両国の緊密な関係は続いているばかりでなく、ひとつの国であったときにもチェコ人とスロバキア人の関係は良好になっているとさえ言われている(欧州統合によってそもそも国境や国籍の持つ意味が低下してきたこともあるのだろうが)。

 「厄介払いができた」と喜んで独立を承認する場合もある。例えば、イスラム教徒が多数を占めるマラヤ連邦(マレーシア)から華人が多数を占めるシンガポールは追放同然に独立を余儀なくされた。中央から見て河村市長や橋下市長は危険視されているから、案外喜んで独立が承認されるかも知れない。

 国家が独立する場合に難しいのは、元の国に独立を認めさせることと、もうひとつは独立した主権国家として他国の承認を受ける事である。確かに、「政府・領土・国民」の要件を満たしただけで国家として成立すると言う意見もある。これは宣言的効果説と呼ばれ、ヨーロッパの国際法では伝統的には通説とされている。これに対して、他国の承認を受ける必要があると言う意見もあり、これは創造的効果説と呼ばれている。ただし、何か国の承認を受けたら独立国だと言う要件がないため、何処で自称国家から主権国家になるのかは曖昧なままである。ただ、現実問題として何処の国からも承認されず、国交もないと言う事になると、独立国と言い張るのはかなり難しい。創造的効果説ならそもそも主権国家ではないということになるし、宣言的効果説に立ったとしても、承認されていない国からは独立国として扱いを受けられない。実質的に「国家」扱いはされないということになる。

 なお、国家承認と似たような考え方として政府承認というものがあるが、これは先行する国家を崩壊させるなどして新国家を成立させた場合になされるものである。

 しかし、めでたく独立を果たせたとしても、独立国としてやっていくことは容易なことではない。特に、尾張名古屋共和国の場合、その後の国家運営は極めて難しいものになるのではないかと思われる。

 河村市長は商売によって繁栄させたいという意向を示しているが、残念ながら名古屋は日本国内においては主要都市の地位を占めているが、国際的に見ればそれほど重要な都市と言うわけではない。商売で反映する国や都市は、貿易の中継点であるか、或いは窓口になっていることが必要だ。イスタンブールや開封やベネチアやマッカは前者の例であり、杭州や敦煌は後者の例だ。東アジアの国際貿易港である香港、神戸、横浜などは鎖国状態の国への窓口として例外的に解放された港湾を起源としており、言わばもともとある種の先発の独占企業であった。ブランドもあるし、信用もある。翻って、名古屋にはこのような蓄積は全くない。わざわざ、名古屋を経由しなくても日本との交易は可能である。こうなると、商業の拠点とするのは非常に難しいということになる。日本と言う国家の庇護とブランド力を失って、名古屋ブランドで世界と勝負するのはかなり難しいのではないか。

 独立国となれば、必然的に外交も独力で行う必要がある。無論、協定で他国に委託することもできるが、そうなれば委託先の国の意向を無視することは難しくなる(外交当事者能力を要求する立場からは、そもそも独立国ではないと判断される場合すらある)。中央への反骨から独立する以上、尾張名古屋共和国にとって外交や防衛を他国に委託するということになると、独立の大義を失うということになりかねない。しかし、外交を行う専門家はもともと日本には数が少ないから、外務省から引き抜くのは難しそうだ。尾張名古屋共和国出身者の中には郷土愛から郷里に戻って祖国の外交官になろうという人も出てくるかも知れないが、それだけで必要な人員を確保することは到底無理だろう。一般市民で国際法の素養を持っている者自体が非常に少ないから、新たに登用しても使い物になるかどうかわからない。、何しろ、「商売」で食っていくことを目指し、更に「税金を安くする」ことを至上命題とする以上、有利な立場を獲得するためにも各国との交渉は必要だから大使か公使を常駐させねばならないし、自国民・企業を保護するためには領事も常駐させる必要がある。そうしたことができなければ、尾張名古屋共和国国民と企業が外国で「まともな扱い」を受けるのは期待できないと言う事になる。国の衰退につながることだけは違う余地がない。

 また、河村市長は市長に権力を集中する一方、議会は少数のボランティア議員で十分だと主張している。現状でも行政府の暴走を止めるには議会側はあまりにも無力だ。それでも日本国内の自治体である現在は国の法律と中央政府と言う歯止めがあるが、独立してしまえばそうした歯止めは一切ないということになる。むしろ、そうした歯止めに不満があるからこそ、独立と言う言葉が出て来たのだろう。しかし、行政府なかんずく最高指導者の権力と権威だけが突出し、バランスを取る機関が有名無実ということになると、これは現在の北朝鮮の行政府と立法府の関係に近い。権力分立というシステムを持たなければ、いくら減税路線を歩もうが民主主義国にはならない。河村市長の「減税こそが民主主義の根本原則」という理屈が正しいのであれば、税金のないサウジアラビア王国などは「理想の民主主義国家」だということになるが、権力は国王に集中しており、かの国を民主主義国に分類する者は誰もいない。尾張名古屋共和国の国民が独裁者を許容しているとしても、国際社会から見ればそれは民主主義国ではないということになる。

 「お山の大将」を志向して独立を言い出したのだとすれば、余りにも幼稚なことだ。そもそも、国家存立の根本的な意義を理解しているのか疑わしい。近代立憲主義から言えば、国家は国民の人権を保障するための機関であり装置である。国家のために国家があるわけではないし、まして権力者の野望を満足させるために存在するのではない。独立云々という言葉を冗談でも口にするのなら、相応の「国家観」を示してもらいたいものだ。

2012年1月19日 (木)

議員定数削減と人材育成

 税と社会保障の一体改革で国民の理解を得るためとして、国会議員の定数削減議論が大詰めを迎えている。民主党も自民党も「大枠」としては議員定数の削減に合意しており、あとは各論である。俗な言い方をすれば、両党ともに自らが主導権を握って議員定数を削減したと言う「実績」を作りあげ、相手側を「守旧派」「改革に反対した」と位置づけることで、自らの権力拡大・選挙での優位を確保しようとしているように思われてならない。

 国民も議員は特権階級だと言う意識が強いため、総じて削減に賛成している。議員定数削減は今や国民の多数意見となっている。そこで、この多数意見に対して疑問を呈してみたい。

 我が国は憲法上議院内閣制を採用している。議院内閣制においては、政府は国会の多数派をもって組織され、立法府と行政府は主要部分においてかなりの部分が重複する。実際、過去も現在も閣僚の大半は多数党の議員が占めるのが普通であり、副大臣や政務官も同様だ。

 2009年に発足した民主党政権では「政治主導」が強調されたが、その結果として3年余に及ぶ政治と行政の混乱を招いている。しかし、万年野党が与党になった場合に経験不足で混乱を招くのは別段日本だけの話ではない。台湾でも民進党が政権を握った時には政治は大混乱したし、韓国でも長年左翼勢力であった金大中大統領と盧武鉉大統領の時代は大いに迷走した。長年野にあった政治家たち、特に台湾も韓国も大統領制であるから尚更だが、行政と政治を運営する経験不足を露呈したのである。

 「勉強して政治家になれ」と口で言うのは実に簡単だ。しかし、どんな世界でも経験は少なからず必要であり、土地勘を身に付けなければ役立つことはできない。つまり、「即戦力」というのは一般的な職業の世界と同様に、政治や行政においても幻想でしかない。このことは、歴史が証明している。

 議院内閣制国家において、議会は単なる立法府ではない。行政府に人材を供給する場である。つまり、人材を育てる場でもある。議員定数を削減すると言う事は、このプールされる人材が与野党ともに減少することを意味する。特に小選挙区制の比重が高まると、議会の多数派は選挙によって大きく入れ替わることになる。2005年総選挙と2009年総選挙で大量に新人が当選して議員が大きく入れ替わったことを思い返してみればよい。つまり、今日の少数野党は明日の巨大与党として政権運営しなければならない可能性があると言う事である。議院内閣制では行政府にも人材を割かなければならない以上(むしろ、行政府の方に比重を持たせることが一般的である)、議会運営は素人同然の未経験者があたることになる。これでは混乱するのは当たり前だ。議院内閣制国家であるイギリスにしろドイツにしろ、議員定数は人口に比して日本以上に多い。この効果として、人材を養成し議会にプールしておいて行政府に供出する仕組みが出来上がっている。

 一方、大統領制国家の場合はどうか。オバマ大統領は上院議員出身であり、歴代大統領にも議員歴を持つ者は珍しくないが、最近では州知事としてひとつの組織のトップとしての経験を持つ者が選ばれる傾向が強い。クリントン大統領にしろブッシュ大統領にしろ、ともに下院議員選挙には挑戦したものの落選しており、議員経験を持たないまま州知事から大統領になっている。議員経験を経て閣僚になる者もいるが、議員と閣僚を兼務できないこともあって、立法府と行政府は完全に分離しているし、立法府としては行政府に人材を供給する機関と言う色彩は極めて薄い。

 ただし、アメリカの人材移動は極めて活発である。地方政界と中央政界の間だけでなく、財界や学界、更に法曹三者との人材移動もある。議員にならなくても「政治家」として政治に参加できるし、落選したり下野しても食うところを探すのは比較的にしても容易だ。アメリカではエリート層の就く職業そのものが人材供給源になっている。アメリカは徹底した学歴社会であり、「学歴がある=他の分野でも使える」と考えられている。実際には素人を登用して手痛い目にも度々遭っているのだが、それでもこの慣行は建国以来あまり変わっていない。失敗から学ぶ能力もあるだろうということを含めて制度が維持されていると考えるしかないが、実際に失敗を生かす方法は総じて見事である。翻って、我が国では同じ失敗は幾度となく繰り返される。

 また、確かにアメリカの議員数は日本より少ないが、アメリカは選挙によって選出される公職が中央地方を問わず非常に多い。一般的に知られているのは教育委員の公選だが、裁判官や検察官も選挙で選ばれる地域も多く、中には公開処刑の延長として死刑執行の立会人を選挙で選んでいる地域すらある。

 一方の日本では人材移動は簡単ではないし、経営者にしろ学者にしろ、一度辞めて政治の世界に挑戦した後元の職に戻ることは容易なことではない。判事や検事も含めて職業公務員出身者の場合、まず不可能だ。これでは、新規参入は制約されざるを得なくなる。学者から文部大臣となり、参議院議員を経て最高裁判所長官になった田中耕太郎判事は例外中の例外である。日本の最高裁判所の歴史は半世紀以上にのぼるが、田中長官を除いて国会議員・地方議員経験者が最高裁判事になったケースは皆無であり(下級裁判所の裁判官もないのではないかと思われる)、最高裁判事経験者が政治家になったケースもまた皆無だ。

 一方で、職業公務員には政治家と言うリスクを冒さなくても高度な政策立案などに携わるチャンスが大きくなるから、優秀な人材が集まる。我が国の政治家が低レベルな義理人情の切った張ったをやっていても行政運営ができたのは官僚機構によるところが大きい。

 最近は「官僚不信」によって「政治主導」が叫ばれることが多くなった。私も、硬直化した官僚機構よりも民意の洗礼を受ける政治家が主導権を持つことに賛成であるが、与野党ともにどのようにして政治主導を担う人材を養成するのかというビジョンは持っていないのではないか。選挙に当選するためにどぶ板を命令することが「人材育成」とは到底思われない。圧力団体や地域ボスとの縁を結び彼らの意見を行政に伝えることはできようが、広い視野や思考力を磨く機会を得ているかと言うと疑問である。それでも陣笠議員野党議員として議会での経験を通して勉強して行く余地は残されているが、議員数の削減を行えばそれも難しくなる。

 人材はただちに登用して役に立つケースの方が例外であり、しかも適所があるからといって使える適材が常にいるとは限らない。また、適材がいても適所が塞がっていれば活用することはできない。使われない適材が流出することは、間違いなく組織の衰退につながる。人材を育てプールしておくシステムを持つことは一見すると無駄飯を食わせているように思われるが、人材育成と活用という視点で見ればむしろ合理的なシステムであると言える。

 古代に遡れば、春秋戦国時代の諸侯は食客という人材をプールしておく機関を持っていた。始皇帝の中国統一を支えた宰相として名高い李斯も当初は秦の相国であった呂不韋の食客であり、そこから抜擢されて活躍した。ちなみに、李斯は秦の出身ではなく秦のライバル国であった楚の出身だが、門閥政治のまかり通る楚では倉庫番という下級役人にとどまり、秦に流れて能力を発揮した。適所がなければ人材は簡単に失われるし、それによって取り返しのつかない事態を招く好例であろう。

 適材適所という考え方は、実は地縁血縁がまかり通る世界の住人ほど理解するのが難しいものである。何故ならば、能力はその能力を発揮するようなポストを与えなければ発揮されないし、従前能力を発揮するようなポストに恵まれなかった者の能力を計るのは簡単ではない。限られた情報で判断してポストを与えるのは非常に難しいし登用する側にとっても勇気が必要である。ただし、ミスマッチは非常に多いから、掘り出し物は意外に多い。ルネサンス期のイタリアにしろ、春秋戦国時代の中国にしろ、この手の掘り出し物として出て来た人材を活用できたか否かによって優劣がついている。一方、地縁血縁による登用となると属性は一言で分かるから、難しいことを考えなくとも安心することができる。この安心の味を一度覚えてしまうと、そこから脱却するのは容易なことではない。

 もし、議員を削減し議会を「人材をプールする場ではない」と位置づけるとすれば、何処で人材を育てていくつもりなのか。議員数の多寡だけでなく、行政府に対する人材供給の観点からも議論が必要ではないかと思われる。

2012年1月17日 (火)

蔡英文主席の敗北宣言

                蔡英文

 今回の台湾総統選挙は中国大陸でも注目を集めた。中国政府は「親中派の馬総統が再選されたので、台湾は中国に飲み込まれるのを歓迎している」と言いたいようだが、そうは問屋が降ろさない。投票日から二日経ってもなお大陸では総統選挙への注目が続いているようだ。民主的な選挙をこれほど「身近」に感じると言う機会は今までになく、大陸人民に一種のカルチャーショックを与えているようである。

 中国政府が「国家を分裂させる売国奴・漢奸」として扱っている民進党の蔡主席の評価も変わってきている。「台湾には反対を唱える声が必要」「泣いても構わない。だが、気落ちする必要はない」と語った敗北宣言に好感を抱いた大陸のネットユーザーは少なくないようだ。そもそも、中国では「負けた」政治家が敗戦の弁を述べることはできない。そもそも選挙がない上に、胡耀邦総書記や趙紫陽総書記など、失脚した政治家はひっそりと消えていければいい方で、劉少奇主席や彭徳懐元帥のように「なぶり殺し」にされて悲惨な末路を迎えた者も珍しくないのだ。「敗北宣言」ができるということ自体、大陸人民にとっては驚きであったろう。

 蔡主席は総統選挙敗北の責任を取って民進党主席を辞任することを既に発表している。しかし、陳水扁政権末期にボロボロになった民進党を立て直して総統選挙で健闘したことは評価されるであろう。民進党初期のメンバーである陳水扁元総統は獄中にあり、謝長廷元行政院長や蘇貞昌元行政院長は今回の立法委員選挙で落選している。陳水扁政権を支えた呂秀蓮前副総統、游錫堃元行政院長、張俊雄蓮舫前大臣の親戚である陳唐山元総統府秘書長らも第一線を退きつつある。そろそろ、民進党も世代交代の時期を迎えるであろうが、蔡主席はまだ若い上に陳水扁政権で要職も経験している。次の総統選挙の総統候補になるかはともかくとして、直轄市長などでまだまだ出番はあるのではないか。

 結果的に、今回の総統選挙は馬総統と蔡主席のどちらが勝っても台湾の勝利であり、大陸の敗北になっていたと言えそうである。

2012年1月15日 (日)

台湾総統選挙・立法委員選挙開票結果

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 14日に投開票が行われた台湾総統選挙では、国民党主席で現職の馬英九総統が民進党主席蔡英文元行政副院長と親民党主席の宋楚瑜元台湾省長を破り、再選を果たした。得票は馬総統が689万票に対して蔡主席は609万票で、民進党がボロボロの状態で臨んだ2007年の総統選挙よりは復調したものの、現状維持派の多い台湾住民は着実な実績を挙げて来た馬総統に引き続き台湾の舵取りを託したと言える。2000年総統選挙で無所属ながら当選した陳水扁総統に肉薄した宋主席は39万票を獲得したにとどまり、往時の勢いを知る者にとっては信じられない凋落となった(既に2006年の台北市長選挙でも泡沫候補並みの得票ではあったが)。

 同時に行われた立法委員選挙では国民党は議席を大幅に減らしたものの64議席を獲得して過半数を維持した。民進党は40議席、親民党は3議席、2007年の選挙で全滅した台湾団結連盟も3議席を獲得した。立法委員選挙でも、馬政権と国民党は一定の評価はされたものの、「揺り戻し」と「牽制」は働いたように思われる。

 馬政権の成立と続投を支持していたのは中国だが、皮肉なのは馬総統が中台の交流を推進した結果、今回の総統選挙・立法委員選挙は、これまでになく大陸の住民が「総統選挙」と「立法委員選挙」に接する機会となった。この結果、自由と民主の定着した台湾の状況を大陸の住民が羨ましがる状況が生まれた。馬総統に「大陸反攻」を要求するネットの書き込みは御愛嬌としても、「同じ民族」「台湾解放」を教え込まれた大陸の若い世代の間には、「何故同じ民族なのに我々には自由も民主もないのか」「解放してもらいたいのは我々の方だ」という共産党政権への疑問の声が出始めている。

 中国政府は台湾を今の中国のようにすることを目標にしているが、今や大陸で「社会主義の勝利」を信じている者など皆無であり、むしろ大陸沿岸部の富裕層・インテリ層は「中国の台湾化」を望んでいる。中国政府が台湾政治に介入しようとすればするほど、結果的に自らの馬脚を現すと言う構図は実のところ1996年の総統選挙の時から本質的には変わっていない。大陸の一般市民に台湾との違いを見せつける結果となったことで、中国政府は独裁政権に対する不満の種を自らばら撒いたとすら言える。勿論、大陸の人々が全て台湾化を望んでいるわけもない。中国の田舎では地域ボスが党官僚と結んでやりたい放題をしているが、民主化や自由化が進めばこのヤクザとほとんど変わらない地域ボスや党官僚も消えていくことになる。今の中国政府・中国共産党幹部そのものが地域ボスと同様に民主化で「改革の対象」にされるべき存在だから、「中国の台湾化」の阻止に必死になることだけは確かだ。

 個人的に嫌な気持ちになったのは、日本で「総統は蔡主席、小選挙区は民進党、比例区は台湾団結連盟」に投票を呼び掛けるキャンペーンを行った者がいることだ。もし、中国から「小選挙区は民主党、比例区は民主党」などというキャンペーンがされたら間違いなく激怒しそうな人たちが同じことをしていたのだから呆れる。台湾の未来を決めるのは日本国民でもないし中国国民でもなく、台湾の国民である。

 これで、焦点は行政院長人事を含む新政権の布陣に移ることになりそうだ。現在の呉敦義行政院長の続投はあり得ない。と、言うのも呉行政院長は馬総統のランニング・メイトとして副総統に当選してしまったからだ。かつては副総統は行政院長と兼務することができたが、憲法改正によって兼務が認められなくなった。李登輝総統の副総統として当選した連戦行政院長が副総統兼行政院長として兼務した最後である。行政実務を担当するのは行政院長であるから、新たな行政院長にどのような人物を充てるかによって、今後の馬政権の動きも見えてくることになる。

2012年1月14日 (土)

野田改造内閣

 野田総理は内閣改造を行い、岡田元幹事長を副総理として入閣させるなど、社会保障と税の一体改革すなわち増税に向けた布陣を整えた。そして、新政権発足時と同様に「適材適所」と胸を張った。確かに、松原拉致問題担当相などは長年この問題に取り組んできただけに、適任と言えよう。しかし、田中防衛相は参議院の外交防衛委員長という経験はあるものの、田中真紀子元外相の夫と言うことを抜きにしてもどうも存在感の薄い人物で、率直に言って意外の感が強かった。しかも防衛大臣の主任務は沖縄の振興ではなく日本の国防と東亜の安定であるべきで、正直不安ではある。

 「無知」を誇った一川前防衛相やさながら泥棒に泥棒の番をさせるるかの印象を持たれていた山岡消費者担当相を引き合いに出すまでもなく、自民党政権時代から「適材適所」で発足した内閣が閣僚の無知や経験不足を曝け出すことは毎度のことであった。民主党政権は多少目に余るが、民主党のみ非難するのはいささか片手落ちと言うべきであろう。

 そもそも、省庁再編で閣僚と官庁が削減・統合された結果、各省庁は広い範囲を扱わねばならないことになっている。例えば厚生労働省関係では、年金と労働を同時に扱わねばならないが、双方に精通している人材を探すのは極めて困難であるし、年金問題や労働問題は注目はされている分野だが難しいこともあって有権者はあまり理解しようとしない。私も年金問題を話したら「難しすぎて上から目線に見える」と言われたことがある。その有権者に迎合しなければ政治家は当選できない以上、専門性を持つこと自体非常に難しいように思われてならない。

 しかも、野党的立場から政策提言してきた人物が、官庁のトップとして適性があるかもまた別問題である。営業マンとして優秀な人を営業課長にしたら役に立たなかったということはどの会社でもあることだろう。そうすると、任命は無論適材適所になるように知恵を絞ることは当然であるにせよ、閣僚任命の場合でも人材のミスマッチは避けられまい。

 そう考えると、不適格な閣僚は早目に交代させ、多少思考錯誤しながら政権運営に必要なチームとして内閣を構成して行くと言う方法の方が、必要な人材を適所に配置できるのではないかと思われる。内閣総理大臣に必要なのは無知蒙昧な閣僚がいることについて任命責任を問われるのを恐れて庇い続けることよりも、むしろ適性なき閣僚をすみやかに交代させる勇気を持つことではないだろうか。

 自治体のトップも同じで、任命した副市長をある程度働かせてみて適性なしと判断すれば、配置転換する勇気を市長は持つべきであろう。野党や議会も、単に任命責任を追及して失点を狙うよりも、問題点を指摘し、その人物をより活用できるポストに転換できるよう指摘することのほうが組織の健全化を謀る上では進歩的と言えまいか。

2012年1月13日 (金)

NHK大河ドラマ「平清盛」

 NHK大河ドラマの「平清盛」の表現が「汚い」という趣旨の発言を兵庫県知事がしたことで物議を醸している。私も第一回放映を観たが、確かに綺麗なものではなかった。しかし、歴史的に見て平清盛の活躍した平安時代末期は政情不安に汚職、災害の頻発した「混迷の時代」であり、京の都も死人が溢れ路上に遺体が放置されていたそうである。大河ドラマは必ずしも歴史に忠実に描かれてきたわけではないが、少なくとも「混迷の時代」であることはよく描き出していた。逆に言えば、混迷の時代だったからこそ家柄よりも実力・腕力にものを言わせて平清盛は位人心を極めたわけで、時代背景の描き方としては「汚く見える」ことは決して間違ったものではないように思われる。

 時代劇がその人物や時代に対して間違ったイメージを植え付けてしまうことは珍しいことではない。暴君であった徳川光圀は「水戸黄門」のお陰で勧善懲悪の英雄にされてしまったし、赤穂浪士にしても同じことだ。最近流行りの韓国ドラマも問題で、李氏朝鮮をはじめとする歴代朝鮮王朝が美しく、豊かで平和な独立国として描かれてしまったことで、そうした平和な国を無茶苦茶にした倭奴(日本)は酷い奴であるということになり、日帝三十六年の恨みを更に深いものにする効果すら生んでいる。

 私は仙台の仕事を引き受けるようになってから愛知と仙台を頻繁に行き来しているが、飛行機を使う時も新幹線を使う時も仙台駅を必ず経由する。仙台駅でイベントが開かれていることも多いが、そこでオーケストラが演奏していたのは「独眼竜政宗」のオープニングテーマ曲であった。放映時も放映後二十年以上過ぎても、大河ドラマで作られたイメージは大きいものがあり、観光客誘致など仙台は未だにその恩恵を受け続けているように思われる。大河ドラマが町興しとリンクするようになったのは「独眼竜政宗」以来のことであり、私も「武田信玄」が放映された時には山梨県と長野県を訪れたものだ。

 平清盛は現在の国際貿易港である神戸港の原点を築いた人物であり、町興しを期待するのは自治体関係者である兵庫県知事としては無理からぬところもあったろう。アテが外れると言う思いもあったのではないか。

2012年1月11日 (水)

台湾人留学生殺害被疑者自殺事件

 東京で台湾人留学生二人を殺害したとして手配されていた被疑者が、愛知県で任意同行中に隠し持っていたナイフで自殺すると言う事件が発生した。被疑者は指名手配されており逮捕も可能な状態ではあったようだが、刑事法の原則は任意であるから、任意同行を求めその際に簡単な確認しかしなかったということで警察の不手際だと主張するのは酷というものであろう。

 確かに捜査機関は被疑者を裸にして肛門の中まで調べることがある。もっぱら、逮捕されて警察署か拘置所に連行された後のことだが、理由としては自殺防止や危険な品を持ち込ませないためだと説明されている。しかし、目的は正当であっても極度に羞恥心を害するような検査は許されるべきではなく、特に被疑者段階の者に行うのは人権侵害ではないかと言う意見も根強い。ましてや、指名手配されていたとは言え逮捕前の任意の検査であった。もし、自殺防止のため任意同行の段階でただちに路上で被疑者を丸裸にして調べることを容認するとなると、警察の業務が著しく遅滞するばかりでなく、被疑者の人権を著しく侵害することになるのは否定できまい。

 今回の事件では、自動車で連行中に突然ナイフを取り出して首に突き刺しているが、任意同行中に少しでも動いたらただちに取り押さえるとか手錠をかけるとかするのは酷な話である。そうした権限を警察に付与することが、捜査機関が「合法的」に被疑者に対して暴力を振るう機会を与えることにもなりかねない。

 そうすると、任意同行時点でいかにすみやかに危険物を見つけ出し取り上げることが重要になるが、これは強制のできるものではない。警察はコンテストまで行って任意同行や任意の事情聴取の「腕」を競っているが、今後はそうした危険物を確保するテクニックもまた必要になるのではなかろうか。

 いずれにせよ、自殺防止は重要であるものの、日本の刑事司法における人権侵害としてかなりの数が「自殺防止」を大義名分として行われ、それを指摘されて改善されてきたことに思いを致す時、自殺を防止できなかったという結果のみをもって警察の責任と断じるのは酷というものであろう。

2012年1月 9日 (月)

戸塚ヨットスクール事件

 愛知県美浜町にある戸塚ヨットスクールにおいて、9日午前に入所していた男性がヨットスクールにおける苦しさを理由に飛び降り自殺するという事件が起きた。戸塚ヨットスクールでは判明しているだけで近年毎年のように自殺者が出ており、この団体が本当に健全なのか否か、疑いの目を向けてみる余地は大いにありそうである。

 校長の戸塚宏元受刑者はヨット訓練によって多くの登校拒否や引きこもりを指導してきたと言われているが、体罰肯定論者として名高い戸塚元受刑者の指導にのもと1980年代には死亡・行方不明・傷害致死と言った事件が起きている。この一連の事件によって戸塚校長は懲役6年の実刑判決を受けて服役したわけだが、事件そのものを起こした反省はしておらず、出所後も同じようなビジネスを続けているところから見て、懲役刑と言う罰では反省させるには至っていないようだ。

 戸塚元受刑者は脳幹を鍛えればうつ病や癌などあらゆる病気が治ると主張していたようだが、少なくともこの「脳幹論」は国内外の病院や研究機関で追試は全くなされていない。もし、メンタル面に問題のある受講生に対して適切な治療を受けさせないまま彼らの言うところの「脳幹論」に基づく「スパルタ教育」を行っていけば、病状がより悪化して自殺に至るのは何の不思議もないことである。まじないで病が治ると言ってまじない以外に適切な治療を行わなければ罪に問われるのと同じことで、ここまで自殺が頻発する以上、この戸塚ヨットスクールという組織に問題があると考えるのは自然なことであろう。

2012年1月 7日 (土)

甘く見られている日本年金機構

 国民年金も厚生年金も、保険料納付率は決して高いとは言えない。しかも、国民年金の保険料納付率は免除者も含んだ数字だから、実際に定額保険料を納付している者は絶対的な多数派ではない。厚生年金にしても同じことで、加入しなければならない筈の事業主が加入していないと言う例がまま見受けられる。これでは、真面目に保険料を負担している個人や事業主は市場で不利な戦いをしなければならないのみならず、最終的には支払わなかった者を助けるための負担まで求められることになる。不公平極まりない。

 残念ながら、我が国では社会保険加入が「会社側からの恩典」として捉えられている面が非常に強い。その証拠が労働者募集で良く見られる「社保完備」の四文字だ。社会保険を完備していることは一部の任意適用事業を除けば当然のことであり、わざわざ誇っているように書けるようなことではない。募集要項に「我が社は犯罪を犯しません」「我が社はセクハラを許しません」と大々的に書いたらバカにされるだろうが、社会保険に関してはそれと同レベルの事を「書けて」しまうのである。

 かかる事態を招いたのは国の無策の故であるが、多少は反省したことを示すため、日本年金機構発足と同時に悪質な保険料滞納者については国税庁に委託して強制的な徴収ができることとなった。しかし、この制度が発足して2年、今まで発動されたことが一件もない。年金機構は「国税庁」をちらつかせれば納付に応じているから問題ないと主張しているが、それにしては納付が劇的に改善されたわけではない。

 残念ながら、日本年金機構は甘く見られている。皮肉なことに、社会保険庁から「民営化」されたことにより、余計にその傾向は強くなった。私も経営者から「日本年金機構から厚生年金に入れと言う書類が来たが、これは役所なのか?」と聞かれたことが何度もある。そこで「役所ではない」と言えば、経営者は「役所でないなら無視してもいいな」と言い出す。義務があると説明しても、事実上強制されないことを知っているから、悪質な経営者はかくて義務を堂々と免れることになる。

 この点、強制力を持っている国税庁と税務署に対する彼らの態度は180度異なるもので、税金はきちんと納めている。税理士と一緒に知恵を絞って節税はしていても、脱税しているという話は聞いたことがない(無論、堂々と「脱税しています」と言う者はいないだろうが)。こうなると、年金機構との差は、強制力の有無によるところと考えるほかはない。

 個人法人問わず、保険料を納付しない或いはそもそも制度に加入しないことを正当化する文言としてよく使われるのが「どうせ国が破綻して年金制度も破綻するので、納めても無駄」というものだ。破綻するか否かは見解の相違があるので置いておくとして、それならば国家財政とて同じ事であるから、税に対しても同じ見解で支払いを拒否するかと言えばそうではない。「どうせ国が破綻するから税金なんか納めなくてもいい」とは誰も言わない。年金保険料の方は逃げ向上がまかり通るからで、本音は別のところにある。ちなみに、国家が破綻しても年金の受給権や保険料納付実績が後継政権のもとでもなお有効なものとして認められた例は少ないものではない。

 本来であれば、日本年金機構も自前の調査能力と強制力を持つべきであった筈なのだが、何故かこの点では民営化されても大した進歩は見られていない。国税庁以外にも、厚生労働省の傘下にある労働基準監督署や公共職業安定所と連携すればより把握も進むだろうし、悪質滞納者の摘発もスムーズに行きそうなものだが、縄張り争いもあるのか連携はほとんど行われていないようである。特に厚生年金や健康保険は「労働条件」の一部であるから、未加入未納の場合労働基準を満たさないものとして取り扱う余地は大きいように思われる。

 今の日本年金機構は甘く見られている。この結果、真面目に保険料納付に応じている者が不利益を被りバカを見ることになってしまっている。民営化されたとは言え公的年金を扱う公益的な機関であることに変わりはない以上、社会正義を全うするために努力するのも機構の使命ではないだろうか。 

 

2012年1月 5日 (木)

インドネシア人看護師の就労断念相次ぐ

 2008年に鳴り物入りで導入されたインドネシア人看護師の日本就労について、来日した104人のうちの半数以上が日本での就労を断念していることが明らかになった。3年間の滞在中に日本の看護師試験に合格する必要があったのかだが、日本語の習得が難しかったのもあって第一陣で合格したのは15人。特例措置で在留延長が認められ再度試験に挑戦する者も27人に過ぎない。

 厚生労働省は日本語能力のレベルを下げるという愚挙まで行っているが、これこそ本末転倒である。日本語能力が怪しければ、患者や同僚とのコミュニケーションに難が生じるのみならず、医師の指示を間違えて医療過誤に発展する可能性もある。言葉で妥協するわけにはいかない。確かに専門用語は日本語であっても難解なものが多いが、専門職の職場というのはそのようなものであり、外国人看護師にあわせて言語や言葉のレベルを下げるわけにもいくまい。仮に語学レベルを試験の段階で下げたとしても、医療過誤の発生に怯える医療機関が採用に二の足を踏むのは当然のことであろう。

 財界などは、この制度を突破口にして逐次外国人労働者を受け入れ、将来的に移民労働者解禁に繋げたい意向であったようだが、早くも出鼻をくじかれたと言える。同時に、外国人労働者受け入れをする場合の問題が早くも浮き彫りになってしまった。

 確かに看護師は人手不足と言われて久しいが、一方で看護師の資格を有しながら看護師として稼働していない者が実に四割、准看護師に至っては六割を占めている。この原因としては、昇給昇格の制度が整っていないことや、結婚出産の後に職場復帰するための制度や再教育制度が十分に整備されていないことが挙げられる。国内の人材を活用せず、低コストを見込んで外国人労働者の受け入れを行う事は、人材の使い捨てを加速させる結果に終わるだけではないか。今回来日しているインドネシア人看護師も祖国に戻れば立派な看護師であり、インドネシアが国費を投じて育てた人材なのだ。

 TPPが妥結して実行に移されれば、言語理解の不足によって資格を付与しないこと自体が障壁とされてしまう可能性はある。しかし、低コスト化ツケは結局のところ医療過誤や就職難や低賃金と言うかたちで国民が支払う事になる。今回のインドネシア人看護師の問題は、決して小さな問題ではない。

2012年1月 4日 (水)

長久手市発足

               長久手町役場

 本日は、長久手市発足の日です。

 新しく生まれた市の前途が幸あるものになるよう祈りたいと思います。

2012年1月 3日 (火)

さようなら長久手町、さようなら愛知郡

 市制施行に伴い、間もなく長久手町はその歴史に幕を閉じる。同時に、愛知郡からも離脱することになり、これによって愛知県の名称ともなった愛知郡は東郷町のみで存続することとなる。

 もともと「市」部と「郡」部は都市部と農村部と言う区分けがなされていた。この思想は地方自治法のみならず戦前の町村制はもとより、ヨーロッパの都市と農村の区分けにまで遡ることができる。農業国であった戦前は市部よりも郡部の方が圧倒的に広く、郡部に属す町村の数も市に比べて圧倒的に多かった。近年では市と町村の明確な区分けと言うものはほとんどなくなり、もっぱら人口によって区分けさている様相を呈している。しかし、かつての長久手は極貧とは言わないまでも決して豊かではない農村であり(無論、岩作などは亜炭採掘で栄えた時代もあったわけだが)、戦後になると住民は食えない農業から次々と離れ、名古屋市のベッドタウンとして都市化が進んだ。こうした歴史の流れから見れば、農村部の区分けから都市部の区分けに移ることは住民構造の変化に照らせば必然と言えるのではないか。

 もっとも、都市化したとは言ってもそれは「平均的」なレベルで見た場合であることに留意する必要がある。平均と言うのは非常に危険なもので、平均値を見ているだけでは本質を掴むことはできない。長久手そのものを見ても、平均だけ見れば若い街であり、インテリ層・高学歴者が多く賃金収入も多い。しかしながら、それらは専ら転入者によって動いた数値であり、長久手の実質的な指階層と言うべき旧住民を見ていると土地から上がる収入は相応のものがあるようだが、それ以外の要素は新住民と大きくかけ離れているように感じる。もっとも、こうした旧住民は新たな血として補充され拡大されていくことは基本的にないわけだから、現在でも人口の上では少数派であり、今後は圧倒的少数派として先細っていくことにはなろう。しかし、現に人口に比して主導権を握っていることはまぎれもない事実であり、当面も相応の影響力を相対的にせよ維持し続けることになると見込まれる以上、旧住民の非都市的価値観は無視できない。

 農村的な景観や観光資源としての農業はともかくとして、それ以外の部分においては今後一層の「都市化」が進むことになるであろうが、そうした場合に旧住民は「こんな筈ではなかった」と思うかも知れない。しかし、発展と言う道を選択し、都市化=発展という思想において開発を進めて来た以上、最終的に自らが立脚してきた基盤を解体・消滅させることになることは、歴史の必然ではなかろうか。

 先祖代々長久手に住んで来た住民の末裔として、農村部としての長久手が消滅する瞬間に立ち会う事は、幾ばくかの感慨はある。しかし、歴史を後戻りさせることは難しい(古代ローマ帝国の没落等、近代文明の栄えた都市部を田舎にしてしまったことは全く例がないとは言わないが)。我々は先に進むしかないのではなかろうか。

 長久手町の最後にあたり、長久手市の母体となった長久手町に改めて「ありがとう、さようなら」と申し上げたい。

2012年1月 1日 (日)

謹賀新年

                Hippocampus abdominalis (white).jpg

 明けましておめでとうございます。本年も、宜しくお願い致します。

 2012年は台湾総統選挙にはじまり、ロシア大統領選挙、アメリカ大統領選挙など、国際情勢を大きく変化させる可能性のある選挙が行われます。また、選挙がない国でも指導者の世代交代の可能性があり、エジプトやリビアでは新政府が発足する可能性もあります。どのような方向に動くのかは分かりませんが、「変動の年」となることは間違いないでしょう。

 この動きを、しっかり見守っていきたいと思います。

      平成24年 元旦

              水野 勝康 拝

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