« 2011年11月27日 - 2011年12月3日 | トップページ | 2011年12月11日 - 2011年12月17日 »

2011年12月4日 - 2011年12月10日

2011年12月 9日 (金)

日本は脱北者を保護せず

 まさに、「国辱」と言うべき誓約書を日本政府が中国政府に提出していたことが明らかになりました。報道によれば、今年初めに中国政府の求めに応じ、日本の公館で脱北者を保護しない旨の誓約をしたとされています。大使館や領事館などの公館は国際法で治外法権が保障された場所であり、我が国は自ら自国の主権を中国に「譲渡」したことになり、独立国として存続する意思なしと見られても仕方がありません。

 中国にしてみれば、「同盟国」である北朝鮮に不義理はしたくない。そこで、中国政府は北朝鮮からやっとの思いで逃げて来た北朝鮮国民を逮捕し、北朝鮮に送り返しています。彼らが良くて強制収容所送り、悪ければ公開処刑になることを知っているにもかかわらずです。庇護してくれる祖国である筈の北朝鮮で悲惨な扱いを受け、逃げ出した人々に助けの手を差し伸べてしかるべきところ、死刑の手助けをしているのですから、中国にとって人権など大した価値はないのでしょう。

 中国政府のこうした考え方に対して、日本政府にはそれを「理解し尊重」し「手助けする」義務もなければ責任もありません。むしろ、人道的には助け、韓国への入国を支援すべきところです。ところが、日本は中国と北朝鮮の人権侵害に協力するような方針を示してしまった。菅内閣時代に誓約書を提出したわけですが、尖閣諸島における漁船の問題等で菅内閣は中国に対してまことに弱腰で、文句をほとんど言わず、自国民に対して情報を隠し続けていました。中国に何か弱みでも握られているのではないかと疑いたくなりますが、ここまで屈辱的な誓約をしていたことは、ますますその疑いを強くするものです。

 民主党はその政策の中で「日本の主権を中国や韓国に譲渡し、共有する」という意味のことを掲載していました。民主党が政権獲得後にやってきたことは、基本的にこの流れに沿っているように思います。ネット右翼などは主権の譲渡や共有などできないと思い込んでいたようですが、国家と言うのは「自殺」もできるわけで、主権を譲渡することも共有することも国際法的には可能です。ただし、独立国であることを放棄する事になりますが。

 脱北者を人道的に助けるかどうかという問題のみならず、日本の独立を危うくするような、まことに危険な誓約であると思います。何故、このような馬鹿なことをしたのか、当時の日本政府首脳の責任が追及されるべきでしょう。

2011年12月 7日 (水)

内柴元客員教授準強姦事件

 北京オリンピックの柔道金メダリストの内柴九州看護福祉大学元客員教授が教え子に対する準強姦容疑で逮捕されました。既にセクハラ問題で大学を解雇されていたわけですが、これで民事上の責任のみならず刑事上の責任も問われることになります。

 内柴容疑者は「合意の上だった」と弁解しているようですが、仮に合意の上だったとしても問題があります。未成年者に酒を飲ませたこと自体あってはならないことですし、教え子との性的関係は教員としての自覚に著しく欠けるものであり、大学から追放されるのは当然のことであると言わざるを得ません。「確かに物は盗んだが、強盗ではなく窃盗だった」と弁解するようなもので、弁解の通りだとしても責任は免れない。

 そもそも、教育者としての適格性が本当にあったのかどうかも疑問視せざるを得ないところです。最近はトップ・アスリートを教員として迎える傾向が大学にありますが、選手として超一流であったとしても、スポーツ指導者として適格性があるのかどうかはそもそも別問題です。更に大学と言う「学問の府」に相応しい研究のできる人物でなければ大学に迎え入れる必要はありません。内柴容疑者は33歳にして「客員教授」の肩書が与えられていたようですが、学問をするのでもなく、実務家として研究者に対して実務面での研究協力をするのでもなければ、コーチの肩書で十分だった筈です。客員教授として、大学側は内柴容疑者に何をやらせるつもりだったのでしょうか。

 仮にスポーツ実務家を大学に迎え入れるとしても、それは教育者・研究者としての素養があり自覚があることを条件とすべきでしょう。アスリートとしての実績だけで採用してしまうと、場合によっては学生を危険に晒すことになるし大学の信用も失墜することになります。

 今回の事件では大学の柔道合宿であったそうですから、準強姦事件に関しては内柴容疑者に対してだけでなく大学側に対しても安全配慮義務違反等で責任追及がなされる可能性があります。余罪が相当あるという噂もあり、そもそも内柴容疑者の性的暴行の疑惑は本件に留まらずかなり色々あったという話もあります。真偽の程は分かりませんが、もしそのような申告が学生等から大学に寄せられていたにもかかわらず、大学側が何の手も打っていなかったとすると、大学そのものの体質も問われることにもなるのではないでしょうか。

 こうした事件の処理では、一般的には行為者のみ処分して行為者が自己中心・好き勝手・やりたい放題できた組織の体質にメスを入れないと言う事はまま見受けられます。一般企業におけるセクハラでもそうですが、組織そのものを見直さないと、類似した事件が今後も起きるリスクを組織は抱えることになります。

2011年12月 5日 (月)

青年会議所卒業式・クリスマス例会に思う

 金曜日に私が所属している社団法人愛知中央青年会議所の卒業式・クリスマス例会が行われました。毎年、12月度例会は、卒業式と家族への感謝を兼ねた例会を行っているところは多いようです。長年青年会議所活動に貢献してこられた諸先輩方、お疲れ様でした。

 ただ、中小企業の減少と資力の弱体化はこうした例会でも顕著に見られるようになりました。かつては家族同伴が当たり前でしたが、今や家族を同伴する者の方が少数派になっています。家族の参加費も必要になりますし、独身者の割合も随分増えました。何より、会員数が激減しています。

 地域活動に参加したくとも、金銭的時間的余裕のある人がどんどん少なくなっているわけです。我が国の労働者数は一貫して増加傾向にありますから、経営者・自営業者からの「転換」(多くが「転落」に近いと思われる)が続いているわけです。日本経済のフレキシビリティの低下とともに、地域社会の担い手がどんどん減っていく。このまま放置して行けば、地域社会の担い手として残るのは地元で確実に仕事の見込める公共事業関係者くらいになってしまうのではないかと思います。

« 2011年11月27日 - 2011年12月3日 | トップページ | 2011年12月11日 - 2011年12月17日 »