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2011年11月20日 - 2011年11月26日

2011年11月25日 (金)

年金給付の「引き下げ」について

 日本の公的年金制度では、物価などの経済状況に応じて年金額を改定する仕組みが取り入れられています。これは、専らインフレの時代に物価の上昇に応じて年金額を増やしていくものでした。見た目には増額されることになりますが、経済社会の中での価値は変わらないと言うことになります。これは年金額の計算においても同じで、過去の保険料がダイレクトに年金額には繁栄しないことになっています。もし、このような仕組みを取り入れなければ、「月給3万円」や「100円亭主」の時代に納めた保険料がそのまま支給額に反映されてしまい、年金はひどく安いものになってしまうでしょう。

 長い間日本の物価問題はインフレでしたが、ここ十年ほどはデフレの方が問題になっています。これは、経済の低迷に続いて消費者が安さを求め、安い品物を供給するため人件費が圧縮されて賃金が減り、購買力を失った労働者が更に安いことを求めると言う負のスパイラルに陥ったためです。こうなると、年金額も従前の額では物価に対して高いものになってしまいます。

 本来ならば、年金額は物価に応じて引き下げられるべきものでした。しかし、老人層にしてみればいくら物価が下がり実質的な価値は変わらないとは言われても、「手取り」が減ることに対する抵抗感は強いものがありました。そして、老人層は大切な票田ですから、老人に媚び諂うかたちで、年金のマクロ経済スライドが凍結状態にされたわけです。

 この結果、年金の給付水準は実質的に上がったことになり、その負担は現役世代が負う事になりました。これは、世代間の公平と言う観点から好ましいことではありません。年金額の物価に応じた引き下げは、制度維持のため必要な措置と言うべきでしょう。

2011年11月23日 (水)

オウム裁判ほぼ終結

                

    思い出の 事件を裁く 最高裁

            小泉純一郎 (元内閣総理大臣 罪人2001年4月26日~2006年9月26日)

 オウム真理教をめぐる刑事裁判で、最後まで残っていた遠藤誠一被告に対して最高裁判所は上告を棄却する判決を言い渡しました。これにより、下級審の死刑判決が支持され、一連のオウム裁判はほぽ終了しました。逃亡中の元幹部が数名いますので、逮捕されれば公判と言う事になるのでしょうが、裁判としては一区切りと言うことになります。

 オウム真理教に捜査の手が入り、教祖以下幹部が続々と逮捕されたのは1995年でした。当時、私は中学校3年生から高校1年生の時期にあたりますが、それから16年も経っています。当時生まれた子供が自分と同じような年頃になっているのですから、裁判と言うもののかかる時間の長さを改めて思い知らされました。小泉元首相が最高裁判所を「思い出の 事件を裁く 最高裁」と皮肉ったのも、頷ける話ではあります。

 ともかくも、元幹部を軒並み有罪としたことで、捜査機関の責任を一応は果たせたと言えますが、一方で真相の解明と言う事になると、課題が残っています。何しろ、主犯である麻原死刑囚の裁判は一審のみで終わってしまいました。その一審でも起訴する事件を絞っており、「起訴猶予」になってしまった事件、公判庭で裁かれなかった被害者の声も多かった。何より、麻原死刑囚そのものがまともに語らなかった。

 平穏な市民生活の真ん中に毒ガスを散布し無差別殺戮を行った事件について、我々一般市民は「思い出」の彼方にすることができても、被害者の身となれば忘れることはできないでしょう。遺族、更に毒ガス等で後遺症を残している被害者も多いのです。そうした人々にとっては、法による裁きの結果はともかくとして、真相解明と言う点においては不満の残るものになったのではないでしょうか。

 オウム真理教には破防法の適用も検討されたものの、結果的に適用されませんでした。宗教法人格は剥奪されましたが、団体としては未だに名を変えて存続しています。のみならず、オウム事件を直接に知らない世代が「入信」しているというのですから、信仰は自由であるとは言え、大丈夫かと思ってしまいます。

 オウム真理教が勢力を伸ばした時代は、バブル崩壊後の混迷の時代と重なります。90年代初頭と今を比較すると、当時以上に日本国民の自信は失われ、閉塞感は高まっている。これでは、オウムの後継団体でなくとも、カルトにはまり込む人々は増えていくのではないかと思えてなりません。オウム真理教は教祖が当時40代、高級幹部は軒並み30代で若い世代の入信が目立ちました。今もなお若者がカルトにはまり込む危険性がマスコミで騒がれていますが、主婦がはまり込むカルトもあり、若くないからと言ってカルトと無縁であると言い切ることはできません。むしろ、危険は何処にでも存在するとさえ言えます。

 刑事裁判と言う手続きは終わっても、カルトに対する市民社会の戦いはこれからも続けざるを得ないでしょう。そうした点において、オウム事件を「忘却」すべきではありません。

2011年11月21日 (月)

シーシェパード代表の丸儲けに思う

 反捕鯨団体シーシェパードの代表で国際指名手配犯ポール・ワトソン容疑者の昨年の収入が920万円だったそうです。2005年に反捕鯨活動を始めてから受け取った報酬が全部で4000万円だそうで、こうなると反捕鯨そのものが環境保護活動というよりは海賊類似のビジネスに思えてきます。

 日本を悪者にして、残虐な日本と対決する「反捕鯨」を喧伝し、それで反捕鯨国では寄付金がわんさか集まるのだそうです。これでは、三日やったらやめられない。日本に対する捕鯨妨害は収まらないでしょう。

 ただし、ポール・ワトソン容疑者は、日本の捕鯨を完全に断絶させるところまではやらないのではないかと思われます。何故なら、そんなことをしてしまえばワトソン容疑者の「金集めの機会」が失われてしまう。マグロなど、鯨以外にも標的を作りあげて日本叩きをすれば金は集まるでしょうが、鯨に比べればインパクトは小さい。そうなると、日本の捕鯨を「生かさぬように殺さぬように叩き」ながら、英雄を演じていくのが一番上手な商売の方法と言えます。

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