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2011年10月23日 - 2011年10月29日

2011年10月29日 (土)

大王製紙事件

 大王製紙の前会長がグループ企業から判明しているだけで106億8000万円巨額の借り入れを行い、59億3000万円が未返済となっており、大王製紙側が前会長を刑事告発する事態となっています。一方で、前会長側の弁護士は創業家排除であると主張しています。

 これだけの金額を、子会社も含めて取締役会を通すことなく調達していたのですから、会長職に加えて創業家というものの威光は絶大だったのでしょう。その分、本来支出に必要な手続きを行わず、支出したことを口止めすらしていたのですから、自分の財布と企業の財布の区別ができていなかったと責められても仕方がありません。

 自分の財布と会社の財布の区別ができていないケースは中小企業を中心にそう珍しいものではありませんし、創業家でなくても上司が部下に使用を申しつけているようなことも、やはり公私の区別がついていないという点で同じようなものです。無論、創業者や創業家側にも言い分はあるでしょう。特に中小企業では創業社長が文字通り「体を張り」、私財をつぎ込んで会社を運営し、中には自殺の道を選び生命保険で会社の債務を清算する人もいる。育てた自分の会社への愛着は、部外者には想像もつかないものがあるのでしょうし、そうやって育てた意識が強ければ、必然的に「自分のもの」「自分の家のもの」という感覚になってしまうのも無理からぬところはあります。

 しかし、道徳的にも峻別されるべきですし、株式会社となり大企業となった以上は、社会的な責任も非常に大きいものになります。創業家はともかく一般の株主に説明できないようなことをするということは、株主に損害を与えることになります。また、会社を私物化すればあおりを受けるのは労働者ですが、大企業ともなるとかなりの数の労働者が影響を受けますし、その家族も生活もあります。それらを背負っていると言う自覚に欠けていたのではないかと言わざるを得ません。

 会社法の特別背任で刑事告発され、恐らくは民事刑事の司法手続き上で真相解明が進むものと思われますが、経営者の側も今一度身辺を点検する必要があります。また、このような不正行為が行われてしまう土壌、要求できてしまうような土壌についても、当然見直す必要があります。会計監査だけでなく、今後は企業組織・体質そのものの適正チェックというものも観念されてよいのではないでしょうか。

2011年10月27日 (木)

大阪秋の陣

                          

 われわれはドイツ国民に無理強いをしてきたわけではない。

 …国民が自分のほうからわれわれに委任したのだ。…つまりは自業自得ということだ。

                        1945年 4月21日
                        第三帝国国民啓蒙・宣伝大臣 ヨーゼフ・ゲッペルス

                        (フリッチェ国民啓蒙・宣伝省ラジオ局長に対して)

 大阪府知事選挙に池田市の倉田薫市長が立候補することを表明しました。これで、橋下大阪府知事辞職に伴う大阪府知事選挙と平松大阪市長の任期満了に伴う大阪市長選挙の候補者が出揃ったことになります。

 「大阪都構想」を掲げる橋下知事としては、ダブル選挙に持ち込むことでマスコミの耳目を集め、反対派を「守旧派」「官僚主義者」として糾弾することで選挙を有利に進めるつもりなのでしょう。知事を辞職して市長に立候補し落選でもすれば、いくら有力地域政党とトップとは言っても公職を失い政治的影響力が落ちることは必至ですから、橋下知事の大阪市長立候補はそれなりの勝算があってのことであることは容易に想像できます。一方で、大阪維新の会が擁立する松井府議会議員は一般的な知名度も格段に低く、そもそも橋下知事自身が「独裁者」を志向する意思を明確にしていることから考えれば、橋下市長松井知事となれば、橋下氏は市政と府政双方で絶対的な権力基盤を獲得することができるでしょう。

 橋下知事は「大阪都構想」を打ち上げていますが、この構想自体はそれほど真新しいものではありません。大阪大学大学院時代に地方自治法を教授いただいた村上武則先生(現在近畿大学大学院教授)によれば、戦後幾度となく浮かんでは消えていたそうです。それでも、高度成長期までは大阪は日本経済の中心地であり東京と張り合っての「都構想」でしたが、大阪経済の衰退とともに口の端にのぼることも少なくなりました。

 橋下知事の「大阪都構想」が従来のものと異なる点は、従来の都構想が東京に張り合うと言う類の色彩が強かったのに対して、橋下知事の構想は府と市を一体化し、そのトップに君臨することで独裁者となり、全権委任状態を作りあげた上で「改革を強力に推し進める」ことを志向している点にあります。目的ははっきりしていますが、どのような改革をするのか、その改革が本当に大阪府民と大阪市民に資するものかは限りなく怪しいものがあります。「敵を作り戦うヒーローを演じる」ためであると少なからず疑惑の目が向けられるのも仕方がないことでしょう。

 確かに、政令指定都市は「基礎自治体」としては非常に大きく、住民自治の観点からはかなり市政そのものが遠い存在であることは確かです。そうした点では、現在の大阪市を構成する各区を東京の特別区と同様に基礎自治体に格上げすることでよりきめ細かな行政ができるようになる可能性があります。一方で、巨大な大阪市を分割することにより、大阪府との関係において「巨大な府と弱小基礎自治体」という図式になれば、府の影響力は更に強大なものになるでしょう。府の長に独裁的権限を与えることもできますし、仮にそのようなことをしなくても、政治的影響力の点から府の長の威光には簡単には逆らえなくなります。

 大阪では橋下知事の人気は非常に高いのですが、どうして支持するのか聞いてみると

 「橋下さんは頑張ってはるから支持する」

 と言う。では何を頑張っているのかと問うと

 「テレビに出ている」

 ということが実は非常に多い。せいぜい、「役人と戦っているから」という答えを引き出せればいい方です。橋下氏を熱烈に支持し、統一地方選挙では大阪維新の会を躍進させた大阪府民も、実のところ何をしているのか分かっていない人の方が圧倒的多数なのではないかと思えてしまいます。

 大阪の経済は衰退の一途を辿り、大阪はお笑いはともかくとしてそれ以外のことについては全般的に「自信を失っている」ように感じます。歴史的に見てそうした時期には、合議で物事を決めようと言う意欲すら失われ、独裁者を大衆が求める傾向にあります。橋下知事の志向ともマッチングしていると言えます。

 名古屋市の河村市長はいち早く橋下氏支持を表明しています。市長選挙では橋下知事が河村市長を応援しており、ともに「反中央政府」で連帯しているとアピールしてきました。しかし、河村市長の志向も橋下知事と似たところがあって、地域内で独裁的な権力を欲しているところは極めて良く似ています。そして、名古屋市民は河村市長を熱烈に支持したわけですが、名古屋と名古屋を含む愛知県もまた昔日の経済力を失い、落日の色彩が濃くなってきています。

 「大阪秋の陣」は、大阪都構想の他には個人に独裁的な権力を委ねるか否かも争点なのではないでしょうか。それも含めて、決めるのは大阪府民であり大阪市民です。民主的な選挙で独裁的な権力を委ねた事例は古代ギリシアにはじまり、近現代でもナポレオン三世やヒトラーなど決して例外的なケースではありません。有権者が望めば可能であり、それは有権者の意思なのです。それが吉と出たケースもないわけではないので、そのような選択肢も「アリ」なのでしょう。ただし、独裁的権力を与えれば、抑制する者は誰もいなくなりますから、負の方向に走り出した時は誰も止められません。破滅に至ろうが自業自得ということになります。大阪都構想以上の「大ばくち」と言えましょう。

2011年10月25日 (火)

東トルコ大震災

               トルコの国旗  トルコの国章

 トルコ共和国東部で大地震が発生しました。今もなお捜索が続いているようですが、先ずはお見舞いを申し上げます。

 野田総理は早速援助隊派遣の用意があるとトルコ政府に申し入れたそうですが、トルコ政府は外国の救助隊を受け入れる用意はないと表明しています。地震の発生したトルコ東部はクルド人勢力との紛争を抱えた危険地域ですので、救助隊の安全を完全には保障できないと言う問題もあるのでしょう。

 トルコ経済は中国や韓国の企業が進出している関係で、実は日本で喧伝される程日本は身近な存在ではないと言われていますが、伝統的にトルコ人は日本に対して好印象を持ち、先の東日本大震災でも多くの支援が寄せられました。1999年のトルコ大震災では、日本から輸送艦に仮設住宅を積んでトルコに送る等、エルトゥールル号事件以来、ある意味で両国の関係は悲劇に見舞われた際に助け合ってきた歴史とも言えます。

 日本自身が東日本大震災の被災国という状態ですが、出来る限りの支援はすべきでしょう。

 なお、東トルコ大地震によって改めて認識させられたのは、トルコが「地震国」だと言う事です。あのハギア・ソフィアも地震でドームが崩落したことがありますし、温泉が多い等は日本と似たところがあります。この点では親日国と言われる台湾も同じです。日本は台湾に原発を売り、またトルコに原発を売ろうとしていますが、今回の東トルコ地震の状態も踏まえて、提案して行く必要があると思います。

 

2011年10月23日 (日)

企業の発展途上国脱出は本当に生き残りの道となるのか

 非正規雇用の正規化、社会保険適用対象者の拡大、労働者派遣法の見直し等において、いつも財界側が主張してこられたのが「それでは人件費が高くなり過ぎて日本ではやっていけない。海外に逃げる」というものでした。民主党は2009年の総選挙では格差の解消などを訴え労働条件に不安を持つ人々からの支持を一定数獲得したように思われますが、政権交代後この分野に関してはほとんど手をつけていません。むしろ、自民党政権時代の政策の延長線上で更なる規制緩和や市場主義化を求める動きすらあります。

 そうは言っても、企業の海外脱出は着々と進んできました。無論、企業側としても「生き残り」を考えれば甘いことは言っていられません。いくら美辞麗句を並べたとしても、本音の部分では重要なのは利益であって、祖国愛や郷土愛などは利益追求の前には簡単に吹き飛んでしまいます。残念ながら、それが現実です。最近まではそれでも「根は日本に残す」という企業が普通でしたが、人材登用等を見ていますと、将来的には本社機能も海外に移し、日本と言う地には格別拘らないことになるのではないかと思われます。外国で生まれ育ち教育を受け、外国で採用されて勤務する幹部社員が日本で生まれ育った幹部社員と思い入れが違うのは当たり前のことでしょう。

 かつては韓国や台湾や香港に進出したものでしたが、今やそうした地域が先進国化したこともあって、より賃金の安い中国やインドに、更にはタイ、マレーシア、インドネシア、ベトナムなど、移動先は増えています。発展途上国としても、先進国の企業が進出してくることは技術の移転や雇用等を期待することができますから、税制面やインフラ整備等で優遇措置を講じてくれるわけです。

 しかしながら、今回のタイの大洪水を見ていますと、外国企業を優遇するだけの政策では限界があると言わざるを得ません。いくら工業団地一角を先進国並みに整備したとしても、周辺地域が水浸しになるような治水治山政策では、結果的に意味をなさないことになるからです。工場は無傷でも、従業員の住むところが流されてしまっては、もちろん工場は動きません。工場地帯だけではなく、広く基盤が整備されていない国への進出は、相当なリスクがあることだと言えます。そうした工場に生産を集中していた場合、災害によって大きな打撃を受けることになります。

 先の東日本大震災においても、被災地の工場が被災したことで全国的世界的に生産が滞ると言う事態に陥りました。今回のタイの大洪水も踏まえて、企業側もリスク分散を検討することになろうかと思います。一方で、真剣に考えるべきなのは、「税金が安い」「人件費が安い」ということは、一般的にはそれだけ社会基盤の整備が遅れていたり、労働者の能力が劣っていたりと、リスクも非常に高いと言う事です。安売りには理由がある。日本では「当たり前」であることが期待できないことも普通であることを考えると、発展途上国脱出で本当に「生き残り」ができるのかは疑問に感じざるを得ないところです。

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