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2011年7月17日 - 2011年7月23日

2011年7月23日 (土)

公約の見直しをおそれるべきではない

 ようやく、民主党政権が子供手当等2009年の総選挙で掲げた公約の「見直し」を事実上表明しました。既に公約はあちこちで破綻状態にあったのですが、公式に見直しをすることは私はよいことだと思います。

 確かに、公約は有権者との約束です。簡単に破っていいものではありません。しかし、与党と野党では公約を作る上で重要になる情報について大きな差があることは確かですし、公約を作った時と現在では状況が大きく変わっていると言う事も見逃せません。特に、未曾有の大震災があったわけですから、復興を最重要課題とすることは当然である。そうなれば、当然ながら「できないこと」も出てくるわけです。

 公約を破ることは罪深い。しかし、事情が変わったにも関わらず姿勢を転換しないのはもっと罪深い事です。重要なのはより困っている国民をいかに救うかです。民主党政権の当初の見通しが甘かったのは否めませんが、それ以上に問題なのは震災が発生して三箇月も経ってようやく転換を決めた事です。これは、あまりにも遅すぎる。公約を破ることより、この対応の遅さこそ問題にされるべきではないでしょうか。

2011年7月21日 (木)

選挙制度改革と選挙無効判決について

 「一票の格差」をめぐる問題で、何度も最高裁判所は「違憲状態」という判決を出していますが、実際に国政選挙が無効とされた例は戦後一件もありません(地方選挙における無効判決はないわけではありませんが)。特に格差問題に関して選挙を無効にしてしまうと、法改正を行うべき国会議員が存在しないことになってしまい、法改正をして是正そのものができなくなってしまうというのが理屈のようです。

 確かに、言われてみればその通りなのですが、だからといって違憲状態が是認されるべきではありません。しかしながら、その判決にある意味では国会が安住し、なかなか制度改正が進んでいないことは確かです。

 選挙制度は政治の動き方や政党の枠組みは勿論のこと、「多数派」の中身すら変えてしまいます。例えば、現行の小選挙区比例代表並立制は、最大多数派により多数の議席を与えるシステムです。その点では、議席に民意の割合が正確に反映されているわけではありません。また、「総理大臣を選ぶ」ことを主目的にしてしまっているところがあって、個々の国会議員の立法府構成機関としての適性はそのほど重視されていないように思われます。

 憲法上の制約を受けているわけではありませんが、「議員定数を減らさなければならない」という大前提も、格差是正に対する障壁になっています。参議院地方区では3年ごとに半数を改選するため各県に最低2人は参議院議員がいることになります。どんなに人口が減少したとしても、これが基準になる。区割り等をいじらなくても例えば東京神奈川選出のの参議院議員を増員すれば済むのですが(実際、沖縄が復帰してきたときは、単純に地方区の定数を2議席増やして沖縄選挙区に割り当てています)、「無駄飯を食う税金泥棒である国会議員を増やすなど、とんでもない」ということになっていますので、こうした手段は「政治的」に取れないわけです。

 国会議員が働いているか遊んでいるかは議論百出するところでありますが、国民の参政権行使に関する不平等を放置しておく方が、はるかに大きな問題なのではないでしょうか。総定員を現行のままにしたとしても、例えば比例区に割り振られている定員の一部を選挙区に回すという手も考えられます。「何が問題か」の優先順位をつけ、まず最大の問題を迅速に解消することこそ必要なのではないでしょうか。

2011年7月19日 (火)

長久手町長選挙立候補予定者事前説明会

 本日、長久手町役場にて8月28日執行の長久手町長選挙立候補予定者事前説明会が行われました。5陣営が出席され、私は青年会議所メンバーとして会場外の廊下で関係者の方々にご説明をさせていただきました(早々に会場を立ち去られてしまいご挨拶すらできない立候補予定者の方もおられましたので全員にご説明できたわけではありませんが)。

 私は「マニフェスト」に懐疑的な見解を持っておりますので、「マニフェスト型公開討論会」を行えばただちに政治家や選挙のレベルアップが図られるとは思わないのですが、少しでも有権者の方々に知らせる機会を作ることは大切であると考えております。

 公開討論会については、多くの有権者の皆様方にご来場いただきたく改めてここでご案内をさせていただきますが、立候補予定者の皆様方におかれましても出席をお願いしたいと思います(立候補予定者のところには改めて担当者がお願いに伺いますが)。

女子サッカーワールドカップで日本が優勝

 女子サッカーワールドカップで、日本チームがアメリカを破って優勝しました。私はサッカーの事は余り良く分からないのですが、快挙を喜びたいと思います。

 かつて、イラク戦争直後のイラク選手団がアテネオリンピックで4位と健闘し、イラク国民に勇気を与えたことを思い出しました。韓国選手団が各種競技で日本と当たると「実力以上の力が出る」と皮肉られたことがありますが、故国の危機に発奮すると言う事は日本選手団にもあるのかも知れません。

2011年7月17日 (日)

ドラマ「水戸黄門」終了

 TBSが、ドラマ「水戸黄門」の終了を発表しました。42年の歴史に幕を下ろす事になるそうです。祖父母と同居した事があれば、恐らくは小さな頃に一緒に観たことがあるのではないでしょうか。
 役者が交代していくのはともかくとして、話が余りにも「ワンパターン」でしたので、再放送を観ていればそれなりに満足でき、新しいシリーズを作る必要性も薄くなっているのでしょう。ただし、ああいうワンパターンな「勧善懲悪」に対する世間の需要は今後も確実にあると思います。
 日本人の法意識、特に刑事法に関しては、刑法や刑事訴訟法の手続きよりも「水戸黄門」とか「暴れん坊将軍」のような「勧善懲悪」モノがむしろベースになっているような感すらあります。とにかく、偉い人が悪い奴を懲らしめている姿を見て喜ぶわけです。そして、それで正義がなされたと思いこんでしまう。
 ドラマで黄門様のやっていることは、言うまでもなく越権行為です。各藩(厳密には江戸時代は○○家と呼び地名などを冠した藩と言う呼称は使われていなかったようですが)は公儀(徳川将軍家)の家臣として統治を委託されている形式ではありましたが、司法権等は基本的に各藩が独自に持っていました。各藩の家臣は一部の例外を除くと「陪臣」であり、藩主の家来ではあっても将軍と直接の主従関係はなかった。したがって、大規模な御家騒動とか藩主の目に余る乱行など「将軍の家来として見過ごせない振る舞い」があればともかく、そうでなければ基本的には各藩の自主性に委ねられていたわけです。
 ところが、黄門様は副将軍であったと仮定しても各藩の内部統制に介入する権限はないのに(実際に「副将軍」自体制度的にも存在したことはない)、「前副将軍」を名乗って堂々と行っている。しかも、捜査から事実上の身柄拘束と判決まで一人でやってしまうのですから、手続き上明らかに問題があるわけです。そうした手続きを一切問題にしないばかりか「勧善懲悪」だと喝采を送ってしまうのだから。警察や検察の冤罪を誘発しているのは、組織の問題もあるのでしょうが、こうした国民の処罰感情によるところも大きいのではないかと思います。
 また、為政者の姿としても興味深いものがあります。日本国中に悪人が溢れて民百姓を苦しめていると言う事になれば、黄門様としては自分の身の処し方や各藩を統制するに際しての幕府の政道について問題があったのではないかと考えるのが自然なことでしょう。実際、江戸時代には何度も制度改正が試みられています。しかし、ドラマの黄門様はそのようなことは全く考えていないようで、いつも「その場限り」の懲罰で一件落着にしてしまっている。スケープゴートをでっちあげて制度の欠陥をウヤムヤにしている現代の将軍様や藩主の何と多いことか。
 ちなみに、現実の黄門様は名君とは到底言えず、むしろ暴君であったとさえ言える人物であったようです。年貢は4割なら名君、5割ならまあまあ、6割なら暴君という相場の時代に8割も取っている(当時は社会保障制度などは存在しませんから、国民の為の支出をまかなうため高い税金を取ると言う発想はなく安い事がいいことだとされていました)。このため、水戸藩では黄門様の引退後ですが、農民の怒りが爆発して一揆に発展し、これが原因で水戸徳川家は統治能力がないと見なされて、8代将軍争いから脱落する結果になりました。つまり、黄門様は他人の事をとやかく言える立場ではなかった。それどころか、「民百姓を苦しめる不届き至極」と「公儀から厳しき沙汰あるものと覚悟」しなければならないような統治をしていたわけです。水戸黄門が「名君」にされてしまったのは、民百姓を苦しめて「大日本史」を編纂し、そこで「尊王」を声高に叫んだことが大きいのではないかと思われます。例えば楠正成などはそれまで「悪党」とされていたのですが、光圀によって「忠臣」とされ、「大楠公」と称せられるようになりました。
 私も勧善懲悪ものは見ていてスカッとするところはあります。黄門様に総理や知事を「懲らしめて」欲しいと思っている国民は少なくないでしょう。しかし、適正手続きを無視して「懲らしめ」たり、或いは自分の悪事を棚に上げて小悪党を懲らしめている姿を見ていると、「これでいいのか」と思ってしまいます。

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